私・江口凛(えくち りん)が妊娠していることを知った桜井渚(さくらい なぎさ)は、高額な報酬で名医を招き、私のために専属で面倒を見させた。日常ケアから体を調えるための薬まで。仏教を信じない渚が寺でひざまずき、私の無事出産を祈った。「本当につらいだろう。子供が生まれたら必ずしっかり埋め合わせするから」その日、私は何気なく渚のかわりに電話に出た。「社長、ご指示通り奥様のお薬に中絶薬を混入しました。生まれた子は死産となるでしょう。そして、芦田様の胎児は極めて健康で、必ず無事に出産され、桜井グループの後継者となるでしょう。奥様は何も気づかず、お二人の関係も損なわれません。ご安心ください」スマホが地面に落ちて通話が切れた。うつむいて膨らんだお腹を見つめ、そっと手を伸ばして撫でると、目にはとっくに涙が溢れていた。だから毎回、渚に胎動を聞いてもらおうとしても、渚は少しも感動してくれないわけだ。どうやら渚は最初から知っていたらしい――この子が生まれる運命ではないことを。渚が洗面所から笑いながら出てきた。「赤ちゃんはいい子にしてた?また騒いでる?俺が叱ってやるよ!」涙で濡れた顔を上げて渚を見つめ、問い詰める言葉が歯の間に絡まった。渚が心配そうに近づき、慌てて私を抱きしめた。「どうしたの?緊張しすぎ?ずっとそばにいるから、怖がらないで」渚の握りしめる手は、私に背筋が凍るような感覚を覚えさせた。どうして渚はこんなに残酷なのだろう。私たちの子供を殺しながら、愛人との関係を維持し、平然と甘い言葉を紡ぐなんて。舌先に苦味が広がり、私は腹を撫でながら渚を試すように尋ねた。「渚、どうして……どうして私は赤ちゃんの胎動を感じられないの?」渚は身を屈めて私の腹に耳を当てた。私はじっと渚を見つめ、その瞳に浮かぶ苛立ちを確かに見た。私と向き合うとその苛立ちは消え失せ、渚は優しく言った。「いやいや、赤ちゃんは元気だよ。君が神経質になりすぎてるんだ、ずっとそばにいるから」あの電話の件を問い詰めようとしたその時、渚のアシスタントがドアをノックした。「社長、医師から手術についてご相談があります」渚は無意識に私を一瞥し、優しい口調で言った。「すぐ戻るから待ってて」私が胎児の安否を気になるのを配慮してくれて、渚
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