Semua Bab 時の流れに消えた夢: Bab 11 - Bab 20

21 Bab

第11話

2階にある佳奈の部屋は、元のままだった。佳奈がいなくなってからも、仁は毎日部屋を掃除させて、彼女の帰りを待ち続けていた。部屋は真っ暗で、明かりはついていない。仁は呆然としたままドアを開けると、思いっきり息を吸いこんだ。まだ残っているかもしれない、佳奈の香りを求めて。すると突然、背後からまわってきた誰かの手が、そっと彼の胸に触れた。仁の心臓がどきんと跳ねる。喜びが一気にこみ上げてきた。「佳奈か?」声が震える。背後から相手を強く抱きしめた。まるで自分の体の一部にしてしまうかのように。「やっぱり、生きてたんだな!佳奈、俺が悪かった。本当に……」しかし次の瞬間、彼は言葉をぴたりと止めた。違う。佳奈はここ数年、ひどく痩せてしまっていた。だから、片腕でも十分に抱きしめられる。しかし、腕の中にいるこの人物は肉付きが良くて、佳奈とは感触が全然違う。「誰だ?」相手を突き放し、鋭い声で問いかけながら、部屋の明かりをつける。明かりで目が痛い。そこに立っていたのは若葉だった。シルクのネグリジェ姿で、恥ずかしそうに頬を赤らめている。「仁、何するのよ……」若葉は唇を軽く噛んだ。その目元は恥ずかしさで赤らみ、少し拗ねたような、うらめしそうな表情を浮かべている。むせそうになる程の強い香水の香り。そのせいで、部屋に残っていた佳奈の香りが一瞬でかき消されてしまった。「誰がここに入っていいと言った?出ていけ!」仁の表情は冷たく、その声にはむき出しの嫌悪がこもっていた。「ただ心配で、様子を見に来ただけなのに。どうしてそんなに怒るの?」若葉の笑顔はこわばっている。「佳奈はまだ見つかっていない」目を瞑りながらそう一言答えた仁の声は、氷のように冷え切っていた。「佳奈、佳奈って!あなたは横山のことばっかり!」若葉がかん高い声で叫ぶ。「私がいるのに、何が不満なの?岩崎家なら、あなたが望むものは何でもあげられる。でも、あの女にそれができるの?」彼女は一歩踏み出し、仁の手首をつかんだ。「仁!あなたの心にまだあの女がいるのはわかってる。でも、もう死んだの!私が彼女の代わりになるから。いいえ……私のほうが、あの女よりもあなたのことをずっと理解しているわ」若葉の声が優しくなった。でもその言葉は、まるで毒のように心に侵食してくる。「
Baca selengkapnya

第12話

次の日。南区のホテルの宴会場にて。頭上には豪華なシャンデリアがダイヤモンドのようにきらきらと輝いている。壁を埋め尽くしているバラは、全て海外から空輸されたもの。摘んだばかりのものを輸入したのか、花びらにはまだ水滴がついていて、豪華な雰囲気に拍車がかかっていた。南区で名を馳せる2つの名家が、結婚によって結ばれるのだ。街の有力者たちは、こぞってこの結婚式に駆けつけた。会場の真ん中に、今日のために仕立てたワインレッドのドレスを着た若葉が立っている。背中の大きく開いたデザインが、雪のように白い肌を引き立てていて、彼女はとても自信に満ちていた。「岩崎さん、おめでとうございます!」贅肉を揺らした、いかにも社長という人が人込みをかき分けて若葉に祝いの言葉をかける。そして、綺麗に包装されたギフトボックスを差し出した。「これからの南区は、もうあなたのものですね。うちの会社のこと、ぜひよろしくお願いしますよ」「ええ、間違いありませんわ」隣にいた女性が、媚びへつらうような笑みを浮かべて口をはさむ。「松尾社長があなたに一番弱いってみんな知ってますよ。あなたの一言で、周りの面倒な女関係をぜんぶ切っちゃったんですもの。本当にうらやましい限りです!」……あちこちからお世辞が聞こえてくる。若葉はすこし顎をあげて、口元に笑みを浮かべた。横山?あの女はもう死んだ。仁があの女を愛してたって、それが何だっていうの?だって、今彼の隣にいるのは、自分なんだから。「プレゼントは、そこに置いといてください」若葉は気のない声で言う。「仕事の話は、あとで私から仁に言っておきますから」そう言うと、彼女は腕時計に目をやった。すこし眉をひそめながら、近くにいたウェイターを呼び止め尋ねる。「ねぇ、私の両親と仁はどこ?こんな大事な日なのに、まだ来てないんだけど?」ウェイターは、申し訳なさそうに首を横に振った。「それが……連絡がつかなくて。申し訳ありません。私には分からないんです」「もう!どっか行って。この役立たず!」若葉は苛立ちを含んだ声で彼を追い払う。その時だった。宴会場の美しい彫刻が施された、重厚な扉が開いた。会場のざわめきが、一瞬で静かになる。逆光の中には、一人の男性が立っていた。漆黒のオーダーメイドのスーツが、その引き締まった体をより際立たせる。
Baca selengkapnya

第13話

仁は若葉の手を振り払うと、冷たく言い放った。「俺が愛しているのは、ある警察の女性です。しかし、彼女はある任務が原因で、両親を二人とも亡くしました」その言葉を聞いて、会場が一気にざわめき立つ。若葉もその場で固まり、自分の耳を疑った。「松尾家も岩崎家も裏社会の人間なのに、どうして警察と関係が?!」「女一人のために、松尾社長はそこまで?まったく、たいしたもんだな!」「でもこれじゃあ、岩崎家が黙ってないだろ?岩崎家のお嬢様が、まさか人前でこんなことされるなんて……」あちこちから聞こえてくる声が針のように突き刺さり、若葉は震えが止まらなかった。しかし、仁の声は止まらない。「そして、3日前には、彼女にとってたった一人の家族だった兄まで、殺されたんです!」そう言い終えると、彼は若葉に視線を向けた。「だから今日が、この女の命日になります!」「よくもそんなことが言えたわね!」若葉が勢いよく顔を上げた。完璧だったはずのメイクが、怒りで歪んでいる。「仁。私と結婚しないってことは、岩崎家に逆らうってことなの。そして、それは同時に、この街の裏社会全体を敵に回すことになるんだから!」彼女は仁を指さし、目に憎しみを宿して叫んだ。「誰か!この裏切り者を捕らえて!」「はい!」廊下から十数人の黒服のボディーガードがなだれ込んできて、若葉の後ろにずらりと並ぶ。彼女は甲高い声で狂ったように笑った。「仁、まさかあなたがこんなに身の程知らずだったなんてね。まあ、いいわ。今日ここで身も心もズタズタに引き裂いてあげるから!」「やってしまって!」若葉は命令を下す。しかし、次の瞬間。ボディーガードたちはくるりと向きを変えると、いきなり彼女を地面に押さえつけた。「何するのよ?!」髪を振り乱して抵抗する、若葉のその姿はまるで地獄から来た鬼のようだ。「あなたたちには仁を捕らえろって言ったのよ!この役立たずどもが!」「岩崎さん、勘違なさってるようですが……私たちはみんな社長の命令で動いています」そして、リーダー格の男が彼女の顎を掴む。「大人しくしていたほうが身のためですよ。これ以上、痛い目を見たくなければ、ね?」「なんですって?!」若葉は目をカッと見開き、唇を震わせる。「よくも裏切ったわね?」彼女は狂ったように叫びながら、男の腕に思いきり噛みつい
Baca selengkapnya

第14話

若葉は、地面で虫の息になっている両親を見て、体をがたがたと震わせている。彼女は涙と鼻水をだらだらと流しながら、仁に懇願した。「仁、私が悪かったわ……だから、お願い。許して……」しかし、仁は何も言わずにただ若葉の顎をくいっと持ち上げる。両親がボディーガードによって、外へと運ばれていくのが目に入り、若葉は何とか止めようと思ったが、仁に胸を強く蹴られてしまった。「うっ――」彼女は血を吐くと胸を押さえ、焦点の合わない目で叫ぶ。「やめて!私は岩崎家の令嬢よ……」「こいつを連れていけ」仁の声には、温度がまったくなかった。「まずは平手打ちから始めろ」大柄なボディーガードが二人やってきて、若葉の両腕をがっしりと掴み、地下室へと連れていく。バシッ。乾いた音が地下室に響いた。若葉の顔が横を向くと同時に、彼女の口の端からつーっと血が垂れる。「離して!いやあああ――」彼女が叫んだ途端、ボディーガードは反対側の頬を、再び思いっきり叩いた。ビンタの音が次から次へと、がらんとした地下室に響きわたる。若葉の叫び声は、甲高い悲鳴から嗚咽に変わり、最後には声も出なくなった。彼女の頬はパンパンに腫れあがり、もう目を開けることさえ難しい。夕方になるころには、若葉は人形のようにぐったりと床に倒れているだけだった。口の端からは血の混じった泡がこぼれ、呼吸も弱々しい。地下室に入ってきた浩平は小声で言った。「社長、彼女は気を失ってるようです」しかし、仁にやめる気はまったくなかった。「吊るせ。氷水で目を覚まさせてやれ」ガチャンと鉄の鎖が音を立てる。つま先がかろうじて地面に付かない高さで、若葉の体は鉄骨から吊るされた。そして、氷水を頭から浴びせかけられた若葉は激しく痙攣し、叫びながら目を見開く。目の前の男を見て、若葉はとてつもない恐怖に包まれた。佳奈というストッパーがなければ、仁は完全な狂人なのだと、若葉はようやく悟った。仁が手招きすると、十数人のボディーガードが訓練用のゴム弾銃を手に集まってきた。「いいか、お前ら。これから、こいつがお前たちの射撃訓練の的だ」「やめて!」必死にもがく若葉の腕には鎖が食い込み、肌が赤くなっている。「仁、いっそのこともう殺して!」しかし、次の瞬間には銃声が響いた。ゴム弾が体に当たり、突き刺すよ
Baca selengkapnya

第15話

14時間もの長いフライトだったが、仁はまったく疲れを感じていなかった。機内には、プレゼントが山積みになっている。例えば、3年前に佳奈が食べたがっていたのに買えなかった、あの店のパイ。宝飾展で見かけて、佳奈の鎖骨に似合うと直感したダイヤのネックレス。それに、彼女の好きな模様が刺繍されたオーダーメイドのガンホルダーなど、佳奈に似合うもの、彼女が好きそうなものを見かけると、何でも買ってしまうのだった。なぜなら、それを宝物のように差し出して、佳奈を喜ばせたかったから。パイの箱を指でなぞりながら、仁は口元をゆるませる。佳奈は自分を愛してくれている。だから、ちゃんと謝って機嫌をなおしてもらい、今までの誤解を解けば、きっと戻ってきてくれるはず。仁はそう信じて疑わなかった。だって、今までもいつもそうだったから。ふと、昔、佳奈が怒ったときの顔を思い出す。彼女はいつも怒ると、ぷいっと横を向いて拳をにぎった。でも耳だけは真っ赤になっていて、まるで毛を逆立てた子猫みたいなのだ。でも、こっちから「もう拗ねるなよ」って声をかけるだけで、彼女はそっとこっちを向いてくれる。自分を愛してくれていたからこそ、佳奈の機嫌をなおすのはいつも簡単だった。飛行機が着陸するや否や、仁はプレゼントを手にし、自ら車を運転して郊外の別荘へと急ぐ。住所は浩平に調べさせていた。怪我が治ってから、佳奈はずっとそこで療養しているらしい。別荘の周りは、落ち葉でいっぱいだった。車を止めると、仁の心臓はどきどきと高鳴った。しかし、門の前に立った途端、彼の甘い幻想はこなごなに砕け散った。芝生に置かれたブランコに座りながら、佳奈が見知らぬ男とキスをしているではないか!クリーム色のニットワンピースを着ている佳奈。風になびいた長い髪が、男の手首にからみつく。男が優しくキスをすると、佳奈も彼の首に腕をまわし、夢中で応えていた。そこは彼らだけの世界で、二人は少しも離れる気配がない。彼らに降りそそぐ日差しは、目に痛いほど暖かかった。佳奈はとても生き生きとして輝いていて、この光景を見た人なら誰もが惹きつけられてしまうだろう。しかし、この輝きはもう、自分とは何の関係もない。そう思った瞬間、仁の手からプレゼントが滑り落ち、ドンと鈍い音を立てた。パイの箱が開き、中身が地面に
Baca selengkapnya

第16話

しかし、仁は佳奈の手首をつかんだまま、苦しそうに低い声で叫ぶ。「信じない!じゃあ、俺たちのこれまでは全部嘘だったっていうのか?俺を愛したことなんて一度もなかったって、そう言いきれるのか?佳奈、俺は全てを償うから。若葉が、そして松尾家がお前にしたことのすべてを、俺に一生かけて償わせてくれ!な?だから、俺と一緒に帰ろう」その場の空気が静まり返り、二人が見つめ合う時間が永遠に続くように感じられた。しかし、佳奈は彼の手を振りほどく。そして仁に対する口調は、まるで他人に対するように落ち着き払ったものだった。「昔の私なら、心が動いたかもしれない」彼女は表情ひとつ変えずに仁を見つめる。「でも、今はもうあなたのこと、これっぽっちも好きじゃないの。岩崎って女のところに戻ったら?あんなおかしい人、あなたにお似合いだよ」仁は一瞬言葉を失い、さらに深く眉をひそめた。「あいつの話はするな!佳奈、わざと俺を怒らせようとしてるんだろ?」彼は一歩近づき、確信したように言う。「怒りにまかせて間違った判断をするな。俺たち、あんなに愛し合っていただろ?なのに、俺から離れるなんて、お前は本当に平気なのか?」佳奈はふっと鼻で笑うと、その唇に冷たい笑みを浮かべた。「確かに、昔はあなたのこと本当に愛してた。あなたが憎い仇の甥だって分かってても、つい甘くなってしまうくらいにはね!」彼女の声はがだんだんと大きくなっていく。その一言一句が、氷の錐のように仁の心を突き刺した。「でも、私の両親が松尾家の人間に殺された時、あなたはどこにいた?私があの女の的にされて、体中が傷だらけになっていた時、あなたは何してた?兄さんが倉庫で爆死して、骨も残らなかった時、あなたはどこで何してた?!」仁を見上げるその赤くなった瞳には、すべてを吹っ切ったような光が宿っていた。「だからね、仁。私の傷にずっと塩を塗ってたのは、他の誰でもない。あなただったんだよ?」彼女が言葉を紡ぐたび、仁の体はみるみるうちに強張っていく。仁の顔は真っ青になった。心臓を鷲掴みにされたような痛みが全身に走り、立っていることさえおぼつかない。「お、俺はただ……佳奈、すまない……」何か説明したかったが、一言も言葉が出てこなかった。「仁。人の心は、そんなに強くないんだよ」佳奈の声が沈む。
Baca selengkapnya

第17話

がっかりした仁がその場を離れると、別荘の中の二人はすぐに離れた。そして、スマホが震える。上司の純一からの電話だった。「25364番、任務の進捗を報告しろ」ノイズ混じりの純一の声が、受話器から聞こえてくる。「報告します。偽の身分で組織の中枢への潜入に成功しました」声をひそめる佳奈の目つきは鋭かった。「ターゲットは私たちを疑っておらず、結婚式の招待も受けました」「よし」純一の声が低くなる。「明日の結婚式で、あの悪党どもを一網打尽にするぞ」「はい!」返事をした佳奈は、きゅっと指先に力を込める。電話を切ると、彼女は窓の外の夜景を眺めた。両親の笑顔に、兄が爆弾の炎に飲み込まれた時の光景。それらが目の前で交互にちらつく。明日、ようやくみんなの仇を討てる。結婚式当日。海浜ホテルは、目がくらむほど豪華な装飾がされていた。シャンデリアからの黄金の光が降り注ぐ。入り口から舞台の中央まで続くレッドカーペットは、バラの花びらで埋め尽くされていた。招待客は資産家や名士ばかり。ここにいる誰もが、南区でひと騒動起こせるほどの大物だった。びしっとスーツを着こなした男たちと、きらびやかな宝石を身につけた女たちが、シャンパンを片手に談笑している。舞台中央のスクリーンには、「新郎・中村啓太(なかむら けいた)、新婦・横山美希(よこやま みき)」と、二人の名前がはっきりと映し出されていた。これは、佳奈と正人の偽の身分だった。控え室では、佳奈が純白のウェディングドレスを身にまとっていた。ドレスの裾が床に流れ、引き締まったウエストラインを際立たせている。ドレッサーを無意識に指先でなぞる。心臓の鼓動が少し速くなっていた。結婚式がもうすぐ始まるっていうのに、仁はまだ姿を現さない。まさか、自分たちの計画に気づいた?これが最後のチャンスなのに。もし、ここで失敗したら……佳奈は、珍しく少し焦っていた。「緊張してるのか?」正人がドアを開けて入ってきた。彼は仕立ての良い黒いスーツを、すらりと着こなしている。正人は佳奈の手を取り、手のひらで包み込んだ。「怖がらなくていい。俺がついてる。それに、外には完璧な包囲網が敷いてある。必ずこの作戦を成功させて、あなたの家族の仇を討とう!」彼の手のひらはとても温かく、佳奈の指先の震えは次第
Baca selengkapnya

第18話

「動くな!警察だ!」私服警察たちが、会場の両側からなだれ込んできた。まっ黒な銃口が、悪党たちに向けられる。佳奈の反応はとても早かった。とっさに隣にいた正人をテーブルの下に押し込むと、自分も柱の陰に隠れ、銃を抜いて包囲に加わる。激しい銃撃戦のあと、二人ともそれぞれ傷を負った。数分後、悪党は全員制圧された。仁の周りも、数人の特殊警察が固めている。インカムから純一の落ち着いた声が響く。「25364番、逮捕任務完了。悪党は全員確保した!」一瞬で佳奈の目頭が熱くなった。この任務のために、自分と正人は名前を変え、夫婦を装い3ヶ月も潜入捜査を続けてきた。張り詰めていた緊張の糸が、ぷつんと切れそうだった。そして今、やっとすべてが終わった。しかし、続けて切羽詰まった純一の声が聞こえてきた。「正体不明の別グループが会場に向かっているようだ!お前らもすぐに撤退しろ!」別のグループ?まさか、誰かが乱入してくるというのだろうか?「はい!」佳奈はとにかく、急いでその場を離れようとした。だが、立ち上がった瞬間に後ろからものすごい力で後頭部を殴られた。目の前が真っ暗になり、彼女は一瞬で意識を失った。次に目を覚ましたときには、体中がトラックに轢かれたみたいにものすごく痛んだ。手足は太くて重い鎖でベッドに繋がれている。冷たい金属が肌に食い込み、手首が赤くなっていた。少し身じろぎすると、鎖がガチャガチャと音を立てる。静かな部屋に、その音はひどく耳障りだ。まずい、拉致された。佳奈が眉をひそめて顔を上げると、次の瞬間、息が止まった。これは、ただの拉致じゃない。壁紙は見慣れたライトグレー。左側には絵が一枚掛けられてあり、額縁の隅にはかすかなひび割れがある。あれは去年、仁と喧嘩したとき、自分が誤って床に落としてしまった痕だった。それに、ベッドサイドの棚は濃いウォールナット色で、そこには空っぽの銀色の写真立てが置いてある。昔は二人の写真が飾られていたが、別れを切り出した日に自分の手で破り捨てたのだった。ここにあるなにもかも全部が、自分が国内で暮らしていた部屋とそっくりだった。その瞬間、彼女はすべてを察した。仁は本当に人を送り込んで現場を襲い、そして自分を拉致したのだ。「仁!」佳奈は力を振り絞り、彼の名前を呼
Baca selengkapnya

第19話

ギィッ、と音を立ててドアが開いた。そこには仁が立っていた。まるでホームレスのように、無精ひげが伸び放題で青黒く、顎のラインもすっかり隠れてしまっている。それに、彼の目は真っ赤に充血していて、目の下には濃いクマができていた。でも、佳奈の顔を見た瞬間、その瞳にぱっと光が灯る。佳奈は思わず息をのんだ。今の仁は、昔のあの隙のない完璧な姿とはまるで別人だったから。「佳奈」仁の声は、紙やすりでこすったみたいにしゃがれていた。「池田さんからご飯を食べてないって聞いたよ。そんなに怒らないで。体は壊しちゃだめだからね。新しくお味噌汁を作ったんだけど、一口どうかな?」彼はそう言うと、スプーンを佳奈の口もとへ差し出した。その目には、人をうんざりさせるほど狂おしい愛情が浮かんでいる。佳奈は顔をそむけて拒んだ。そして必死にもがいたが、鉄の鎖で肌が擦れ真っ赤になり、血がにじみ始める。彼女は顔を上げて仁をにらみつけた。「仁、あなたは狂ってる!ここから出して!」仁の顔がさっと青ざめる。彼は急いでそばに駆け寄り、恐る恐る佳奈の手首を触る。指の腹でそっと傷口をなで、仁は顔をしかめた。「動かないで」そう言うと、彼はポケットから鍵を取り出して鉄の鎖を外した。「佳奈、お前はきれいだ」仁は病的なほど大事そうに佳奈の手を取り、そこにキスを落とした。赤くなった肌に、彼の唇の熱が伝わる。それは羽のように軽い感触だった。しかし、佳奈の体は固まった。そしてすぐに、まるで熱いものにでも触れたみたいに、彼女は手を引っこめる。「何するの?!」佳奈は心底驚いて、一歩うしろへと下がった。今までの仁だったら、謝るなんてありえないのに。優しく話すことさえ難しかった彼だったのだから。でも今の彼は、自分が罵っても、突き飛ばしても、全てを受け入れている。それどころか、こんなに卑屈に自分の傷へキスまでしてみせた。骨の髄まで愛して、そして心の底から憎んだ男。その男がこんな魂の抜けた姿になってしまって、佳奈は憎めばいいのか、それとも哀れめばいいのか分からなくなっていた。「痛いか?」仁はまだ手を離さず、指の腹で優しく手首をさすっている。その声は、まるで何かを恋焦がれるように低かった。「先生に診てもらおう、な?」「放して!」佳奈は力いっぱい彼の手を振り払う。「今
Baca selengkapnya

第20話

30分後、身支度を終えた仁は、佳奈の手を引いて部屋を出ようとした。「佳奈、ちょっと会わせたい人がいるんだ」佳奈は眉をひそめる。「誰?」仁はそれには答えず、手下に地下室への通路を開けさせた。廊下はひんやりと湿っぽく、足音に反応して明かりが灯る。その薄黄色い光が、壁のカビをぼんやりと照らし出した。重い鉄の扉が開かれると、血と腐敗が混じったような臭いがつんっと鼻をついた。佳奈の足はぴたりと止まり、瞳がぐっと見開かれる。地下室の真ん中には、錆びた鉄の枠に鎖で繋がれた若葉がいたのだ。かつて自慢だった長い髪は血と汚れでべったりと固まり、顔の半分以上を覆っていた。肌が見えているところは青紫の痣や、まだ塞がらない傷だらけ。それに、左足はありえない角度に折れ曲がり、ハエがぶんぶんと周りを飛び回っている。長年、警察としていろいろな現場を経験してきた佳奈だったが、さすがにこみ上げてくる吐き気をこらえることはできなかった。物音に気づいたのか、若葉がゆっくりと顔を上げる。目は落ちくぼみ、瞳は濁っていた。口の端からはよだれが垂れ、体は骨と皮だけにやせ細っている。まるで地獄から這い出てきた鬼のようだった。佳奈はゾッとした。「まだ生きてる」仁は彼女の手を取ると、弾の込められた拳銃を握らせた。「お前が帰ってくるのを待って、生かしておいたんだ」「仁……」佳奈の声は強張り、指先は無意識に拳を握りしめていた。「こいつのせいで、お前の家族はめちゃくちゃになったし、お前も倉庫で死にかけた」仁の目は氷のように冷たい。「これくらいの苦しみ、当然の報いだろ?」そのとき突然、若葉のかすれた声が聞こえてきた。若葉の濁った目が、きっと光る。「横山?横山なのね!このクソ女!」彼女は激しくもがき、鎖が肉に擦れて耳障りな音を立てる。「お前のせいだ!お前が私のすべてを壊したんだ!殺してやる!」しかし、顔をこわばらせた仁が、若葉の胸を思いきり蹴りつけた。「ごふっ――」若葉は血の混じった泡を吐き出し、体を激しく痙攣させた。そして、悲鳴をあげながらうずくまる。「黙れ!」仁の声には、殺気にも似た険しさがあった。しかし、若葉は狂ったように全身の力を振り絞り、鎖を引きずりながら佳奈の足元まで這ってきた。「殺してやる!死んでもお前を許さない!」
Baca selengkapnya
Sebelumnya
123
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status