「杏奈が失恋したばかりでさ。今がいちばん、そばにいてあげなきゃいけない時なんだよ。だから結婚式は……もう少し延期しないか?」試着室のカーテンの向こうから聞こえる長谷川慶(はせがわ けい)の声は、どこか申し訳なさそうだった。彼が結婚式を延期するのは、これで3度目だった。慶が大切に育ててきた義理の妹・長谷川杏奈(はせがわ あんな)は、またしても肝心な時に、そのか弱さを見せつけてきた。私はカーテンを開けて、落ち着いた気持ちで彼を見つめた。「杏奈が失恋したからって、どうして私たちの結婚式を延期しなきゃいけないの?」慶は唇を結んで言った。「結衣(ゆい)、誤解しないで。杏奈は別れたばっかりで、一番なぐさめてほしいときなんだ。俺たちが結婚したら、あの子をもっと悲しませることになる」喉の奥がツンとして、今までずっと溜め込んできた悔しさが一気にこみ上げてきた。「じゃあ、私たちは一体いつになったら結婚できるの?杏奈に次の恋人ができるまで?それとも、彼女が結婚して子どもを産むまで待てってこと?」慶の顔つきが険しくなり、声も冷たくなった。「どうしていつも杏奈のこと、そんなに悪く言うんだ?あの子には両親がいなくて、頼れるのは俺だけなんだよ!もう少し待ってくれてもいいじゃないか!」待つ?まだ、待てっていうの?杏奈のせいで、私はもう7年も待たされてるのよ。7年前の1回目の結婚式。大学に入ったばかりの杏奈が、慶にしがみついて泣きじゃくった。「お兄ちゃん、あの人と結婚したら、私のこと、もういらないの?」って。それにほだされた慶は、招待客全員の前で、結婚式の延期を宣言した。3年前の2回目の結婚式では、大学を卒業していた杏奈が、置き手紙一つを結婚式場に届けて家出をした。慶は式を中断して、私や招待客を置き去りにして空港に走って行った。慶は、杏奈に彼氏ができたら結婚するから、って言った。彼らが本当の兄妹みたいに仲がいいから、私は我慢した。この3年で、私が杏奈にどれだけ男の子を紹介したことか。でも彼女はいつも乗り気じゃなくて、ああでもない、こうでもないって文句ばっかり。やっとのことで彼氏ができたと思ったら、私と慶の結婚式の直前になって、あっさり別れちゃう。何年経っても、慶にとって、杏奈はいつまでも自分が守ってあげなきゃいけ
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