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第2話

Author: もなか
家に帰ると、両親がリビングで私を待っていた。

ドアが開く音を聞いて、母がすぐに駆け寄ってきた。その笑顔には期待がこもっている。「ウェディングドレス、どうだった?」

父は何も言わなかったけど、読んでいた新聞から目を離した。

私は無理に笑って、二人に告げた。「結婚式、またなくなったの」

少し間を置いて、付け加えた。「私、慶と別れたから」

「バカなこと言わないで!」母がいきなり声を荒げた。「結衣、あなたもういくつなの?意地を張らないで。慶さんは彼の妹さんの面倒を見て大変なんだから、わかってあげなきゃ。

延期になっただけで、中止じゃないでしょ。数ヶ月遅れるだけじゃないの?7年も待ったんだから、あと数ヶ月くらい平気でしょ?」

母を見ていると、自然と涙がこぼれてきた。

みんな私に慶をわかってあげろって言うけど、じゃあ私のことは誰がわかってくれるの?

「お母さん、私、今年でもう29歳だよ。

それに、あの兄妹の関係は、どう考えても普通じゃない」

父は眉をひそめて、勢いよく立ち上がった。

「どこが普通じゃないんだ?二人は兄妹なんだから、仲がいいのは当たり前だろう。

明日は山本家と長谷川家の合同記者会見なんだぞ。招待状も送ったし、マスコミへの手配も済んでる。このタイミングで別れるなんて、山本家を潰す気か?」

私は口を開いたけど、喉がからからで声が出なかった。

この人たちは本当に私の家族なの?慰めの言葉は一つもなくて、冷たい非難ばかり。

二人にとって、私の幸せはたかが記者会見ひとつにも及ばないんだ。

長い沈黙の後、父は少し表情を和らげた。

「結衣、お父さんも年だ。体も弱くなる一方で、あと何年もつかわからない。弟の勇太(ゆうた)はまだ小さいし、この大きな会社を誰が継ぐんだ?

長谷川家はここ数年、勢いがある。うちには慶さんが必要なんだ」

私は父を見て、訳がわからないという顔で聞いた。

「お父さん、うちの会社は、私じゃだめなの?」

海外で経営学も学んだし、今まで私が担当したプロジェクトは全部うまくいってるのに。

「お前が?」父は鼻で笑って、手を振った。

「お前はいずれ嫁に行く身だ。山本家の会社は、勇太に残すものなんだから」

信じられない思いで父を見た。「お父さん、忘れたの?大学を卒業して、良い就職先を断って、傾きかけてた山本家の会社を立て直したのは誰だったのか?

郊外のあの頓挫したプロジェクトのせいで、銀行からは催促されて、作業員の人たちも押しかけてきた。あの時、私は数日、一睡もしなかったんだよ。

私が寝ずに現場を走り回って、進捗を管理してた時、あなたはなんて言った?私が山本家を支える存在で、会社を任せるのが一番安心だって言ったじゃない。

それで今、経営が安定したら、会社は勇太に譲るなんて。私のこと、何だと思ってるの?」

父の顔は真っ赤になって、図星を突かれ、怒りに震えていた。

険悪な雰囲気を見て、母が慌てて私の隣に座り、なだめるように言った。

「結衣、お父さんは焦って変なことを言ってるだけよ。あなたのことを思ってくれてるの。

お母さんは年長者だからわかるの。慶さんはね、あなたのことを本気で想ってるわ。

去年あなたが病気した時、彼はすぐには来られなかったけど、次の日には契約書もろくに見ないで、うちの口座に2億円も前払いしてくれたじゃない。あなたに安心して休んでほしかったのよ」

2億円。

私は口の中に広がる苦い思いを飲み込んだ。去年、無理な接待が続いて、胃の痛みがひどくなったことがあった。

慶に電話したけど、彼は杏奈の誕生日を祝っていて、どうしても抜けられなかった。

30回電話しても、一度も出てくれなかった。

その後、慶は謝罪の印として、家の口座に2億円を振り込んできた。

私はため息をついた。もう言い争うのはやめた。意味がないから。

両親にとって、私の価値は政略結婚の道具でしかないんだ。

その夜、私はバーに行って一番強いお酒を頼んだ。

べろべろに酔っぱらって、空になったグラスをテーブルに叩きつけた。

すると、温かい大きな手がグラスの口を覆った。

顔を上げると、視界がぼやけていた。

慶が、自分の体温の残る上着を脱いで、私にそっと着せてくれた。

「手がすごく冷たいじゃないか」

彼は私の前にしゃがみ込むと、両手を自分の手のひらで包んで、息を吹きかけながら優しくさすってくれた。

その瞬間、7年前の慶がふと目に浮かんだ。

あの頃、彼は実家と縁を切って、一人で会社を立ち上げたばかりだった。

あの年の冬はすごく寒かった。ファッションウィークに間に合わせるため、私はコートを着て、隙間風の入るアトリエで10時間以上も立ちっぱなしで作業していた。

手がかじかんで、ハサミも持てなくなってしまった。

そしたら慶が駆け寄ってきて、私の手を彼のシャツの胸元に入れて、熱い素肌で温めてくれた。

あの頃、彼の目には私しか映っていなかった。

慶は私を抱きしめて、お水を口元まで運んでくれた。

「結衣、約束するよ、これが最後だから。記者会見が終わったら、盛大な結婚式を挙げよう」

杏奈のことさえなければ、慶は世界で一番素敵な恋人なのに。

私は情けなくもその優しさにすがりついて、彼を強く抱きしめた。

「慶、結婚したら、二人で別に暮らさない?」

私の手を温めてくれていた慶の動きが止まった。彼は私から目をそらし、小さくため息をついた。

「また今度話そう」

慶が立ち上がって私を抱きしめた時、襟元が私の頬に触れた。ふわりと香水の匂いが鼻をつく――「禁断のローズ」だ。

それは杏奈がいつもつけている香水だった。私は思わず吐き気を催した。

そして、よろめきながら慶を突き放した。

「もう今度なんてないから」

慶は一瞬きょとんとして、「結衣、俺たちは……」

彼が言い終わる前に、スマホの画面が光った。表示されたのは杏奈のアイコン。

数秒後、慶はスマホをしまうと、慌てた口調で言った。「杏奈がちょっとトラブルに遭ったみたいで、すぐに行かないと。

タクシーは呼んでおいたから。家でゆっくり休んで。明日の記者会見で会おう」

彼は私の上着をかけ直して、くるりと背を向けるとバーを出て行った。

慶の後ろ姿を見つめながら、さっき温めてもらった手をそっと下ろした。指先のぬくもりは、すぐに消えていった。

7年間。

私は一体、何を信じてきたんだろう?

本当は、慶はとっくに答えを出していたんだ。私だけが、ずっと自分に嘘をついてきた。

慶が杏奈をそんなに大事にするなら、いっそ、その願いを叶えてあげよう。

私は秘書に電話をかけた。「来週、F国へ飛ぶチケットを一枚とってちょうだい。片道で」
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