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32 Chapters

第三章 第31話 狂人

拝殿を後にした私はその後、優さんの指示通り巫女長さんの元へと向かい、彼女と共に授与所で参拝客にお守りやお札の授与をすることになりました。 「努めて笑顔で、愛想良く。分かった?」 「はい──分かりました、巫女長さま」 こくりと頷く私を見て、巫女長さんはたいへん満足した様子でくすっと微笑みます。 「うん、良い返事ね──県外から来たって言うから、正直不安だったのだけれど……思っていたよりも、しっかりしてそうで安心したわ。こんな風に考えてしまうなんて、私も結局は、鳴神山地に生きる人間なのね……」 どうやら、巫女長さんは村社会さながらの陰湿さを持つ地元に対し、何か思うところがあるようでした。二十代後半と立派な大人世代ではありますが、それはそれとして、若者世代と非常に近しい感覚をお持ちのようです。 積もり積もった雪が何れは解けて消えてゆくように、鳴神山地に蔓延る村社会的風潮も、少しずつ変わってゆくのだろう。巫女長さんに横髪を優しく撫でてもらいながら、私はそのようなことを考えました。 授与所に居るのは、私と巫女長さんの二人。和さんは御朱印の練習をしており、この場には居ません。巫女長さんが特務機関【敷島】の工作員である可能性も、現状ゼロではありませんが、そこまで高くもありません。適度な距離感を維持して接すれば、仮に【敷島】の工作員だったとしても、不意打ちを受けることはないでしょう。 背乗りは【敷島】の十八番《おはこ》ですから、勿論参拝客や敷地内で作業している氏子の方々にも要注意です。何処にでもいて、何処にもいない蜃気楼のようなもの……それが、彼ら【敷島】の在り方ですから。 昼間でも太陽が大地を照らす時間より、雲に覆われている時間の方が多い此岸町……ちらほらといらっしゃる参拝客の殆どが、陰鬱なる空模様と瓜二つのどんよりとした表情をした、中高年の方々です。 彼らは、此岸町出身者である巫女長さんには愛想良く接するのですが……見慣れぬ余所者である私とは、頑なに目を合わせようとすらしません。私がお守りやお札を授与しても唇を尖らせて小さく頷くだけで、後は巫女長さんと他愛もない世間話をしていました。 若し、授与所にいるのが私一人だったなら、彼らは息をするように陰湿な嫌がらせをしてきたことでしょう。今の私は、巫女長さんという抑止力がいて下さるお陰で、精々無視さ
last updateLast Updated : 2026-04-27
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第三章 第32話 夕闇に蠢く

氏子総代の加賀さんの去り際の言葉に、言い表しようのない恐れを抱きつつも、私は巫女長さんと共に社務所内の談話室で一時間ほど昼食を兼ねたお昼休憩をとり、その後またお務めに戻りました。 金剛さんが作った昼食は、神主さんや巫女さんたちからはとても美味しいと絶賛されており、健啖家ではなく食欲のない私でも、少々時間こそ掛かれども綺麗に完食する程に絶品でした。 さて、午後に入って私が最初に取り組んだのは、午前中ずっと和さんがしていた御朱印の練習でした。が、数回ほどで練習の必要なしと合格を言い渡され、その後は午前中と同様に、授与所で巫女長さんや和さんと共に、御守りやお札の授与に携わりました。 神社の敷地内の至る所で作業している氏子の方々と私が極力接することのないよう、どうやら優さんが配慮して下さったようで、今後も基本的には巫女長さんが、可能な限り私と一緒に行動して下さるとのことでした。 幸いにも加賀さんのような奇人変人は現れず、参拝客から変に絡まれることはありませんでした。目を合わせて貰えない、此方から声を掛けても基本無視という反応は相変わらずでしたが、加賀さんを目の当たりにした後だと、そのような参拝客たちの反応が却ってありがたいと思えるのですから、人間の感情というのは不思議なものです。 比較的平穏に時間は流れ、気が付けば午後四時半を回っていました。香々星神社は午後四時半を終業時間としていますので、一日のお務めはこれで終了です。 授与所を閉めると、巫女長さんと和さんは着替えのために更衣室へと向かいます。私は着替えには向かわず、巫女装束のまま事務室でお茶を飲みながら、皆さんが着替えを終えて降りてくるのを待ちます。 正直気は進みませんが、今夜も星降山に立ち入って天津甕星と接触を試みるつもりでしたから、洋服に着替えるのは二度手間になってしまいます。故に、表向きは優さんたちを見送ってから着替える、ということにして、彼らが神社から立ち去るのを待っていたのでした。「そろそろ、かな……」 帰宅する神主さんや巫女さんたちを見送るため、私は社務所を出て鳥居前へと向かいます。平坂さんに調査の進捗状況などを報告するには、彼らが全員帰宅するのをこの目で直に見届けなければなりません。 若し仮に、彼らの中に特務機関【敷島】の息がかかった者がいて、話を盗み聞きでもされ
last updateLast Updated : 2026-05-09
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