All Chapters of 万有禊ぐ天津甕星: Chapter 1 - Chapter 2

2 Chapters

序章 第1話 未知との邂逅

──いざや来たらん、君がもとへ ──いざや来たらん、門を開きて ──千の屍を築きし者よ ──万の血河を成したる者よ ──君が願いを聞き届けん ──君が思いを受け止めん ──万有を禊ぎ、楽土を望むか ──穢れを禊ぎ、浄土を望むか ──いざや、星となりて天に昇らん ──憂世を絶ち、現世を禊ぎ、 ──然して君が末葉と、御国を照らさん ──千代に八千代に、永久に ◇◆◇◆◇ 本来ならば、普段と何も変わらない穏やかな日常を過ごす筈でした。 父が宮司を、母が巫女長をしている実家の神社に奇妙な来訪者が訪れたのは、五歳になったばかりの冬のある日……まだ、肌寒い夜明け前のことでした。「──おはよう、可愛らしいお嬢さん? 宮司は今、此方にいらっしゃるだろうか?」 国旗掲揚をしている、巫女装束に身を包んだ母をぼんやりと眺めていると、子連れの若い男性が突然私に声を掛けてきました。 ダークグレーのスーツの上から黒い外套を羽織り、やや唾が広い黒い帽子を目深に被ったその出で立ちは、まるで映画に出てくるマフィアの首領のようでしたが、一方で容姿は如何にも優男と言った感じの端麗なる風貌で、物腰や態度も紳士的で穏やかな、何処かちぐはぐで不思議な雰囲気を纏う方でした。 ですが、私が惹かれたのは彼ではなく、彼と付かず離れずの距離を維持して傍らに静かに佇む、白の和服姿の小さな少女でした。 年は私と同じくらい……いえ、ほんの少し相手の方が年上でしょうか。背丈は私とそう変わりませんが、背中まで伸ばした艶やかな黒髪を白い和紙で結わえており、色白で華奢な見た目も相まってまるでお人形さんのようです。 年齢が年齢ですので、当然まだまだあどけなさが色濃いのですが、それを差し引いても非常に綺麗な顔立ちをしていました。可愛らしさと美しさを絶妙な加減で上手く両立しており、恐らくこれ以上に整った容貌の人はこの世に二人と居ないだろう……そう思わせるだけの美貌を、その少女は幼くして既に有していたのです。 何よりも魅力的だったのは、少女の瞳です。左の瞳は髪と同じく澄んだ黒色でしたが、右の瞳は綺麗な翡翠色をしていました。 義眼でしょうか。それとも、先天的なオッドアイでしょうか。何れにせよ、そのちぐはぐな両の瞳が、彼女の魅力をより引き立てていました。
last updateLast Updated : 2025-12-22
Read more

序章 第2話 日常は焔の中に消ゆ

神社が、燃えていました。 夕闇の中で煌々と燃え盛るその様はまるで、暗がりを照らす灯火のようにも見えなくはありませんでした。 そこに広がっている光景が、この世の地獄であることを除けば、ですが。 至る所に、神社で働いている巫女さんが血を流して倒れていました。胸や腹に大きな穴が穿たれている人、喉を搔き切られている人、左肩口から心臓にかけてナイフによる強烈な一撃を受けた人……原因は異なれど、何れも血の海の中で即死していました。 「…………」 この惨劇を引き起こしたのは、黒一色で統一された隊員服を纏い、私を人質にして氷のような眼差しを母に向ける複数の男女。 皆、見知った顔でした。毎日参拝に来ては、私に飴玉をくれた男の人。毎日、神社の前をジョギングし、私に気さくに挨拶してくれた人。母の下で巫女の研修をしていた人。 けれども、そのような彼らの振る舞いは全て、私たちを油断させるための演技だったのです。 特務機関【敷島】──それが、彼らの正体でした。とある筋からのバックアップを受け、特殊な訓練を受けた自衛隊員。狂信的な愛国者たち。潜入、背乗り、破壊工作、要人暗殺……目的のためなら手段を問わぬ狂人の集まり。 仕事終わりの直前……彼らは神社内部に潜ませていた仲間の手引きで侵入して社務所の事務室にいた父を殺害。更には異変を察知した他の巫女さんたちも……皆、声を上げる間もなく彼らによって殺されました。 運良く──いえ、運悪く難を逃れて生き残ったのは、買い出しのために外出しており、帰宅した丁度その時に殺戮ショーの現場に居合わせた私と母でした。 「──巫女長さん? 申し訳ないが、あまり時間を取らせないで頂きたい。生憎と、我々【敷島】は気が長い方ではないので、ね」 リーダー格と思しきまだ若い男が、片腕で私を拘束し、空いた手に持つ拳銃を私のこめかみに突き付けながら、他の面々によって地面に組み伏せられている母を見下ろしつつそう言いました。毎日参拝に来ては、笑顔で私に飴玉をくれた人と同一人物だとは、とても思われません。 「────」 サイレンは聞こえるのに、近くでパトカーのものと思われる、回転する蛍光灯は見えるのに……消防も警察も、誰一人として駆け付けてきてはくれません。寧ろこの場に、民間人を近づけさせまいとしている……そのような意図さえ感じられます。
last updateLast Updated : 2025-12-23
Read more
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status