終電が終わったあとの新宿は、昼間とは別の国みたいだと、陸斗はいつも思う。コンビニの裏口から出ると、冷蔵ケースと揚げ物の油の匂いが、まだ服と髪にまとわりついていた。夜勤用の紺色のポロシャツからパーカーに着替えたばかりの身体は、じっとりと汗を抱えたまま、外気に触れて少しだけ震える。頭上には、高層ビルの黒い影と、その間を縫うように光る看板たち。緑と赤と青のネオンが、眠る気のない夜の空を薄く染めている。アスファルトには、一度乾いてまた湿ったような、曖昧な光沢。路地の端には、さっき降ったらしい霧雨の名残がまだ残っていた。「…つかれた」誰に聞かせるでもなく、口の中でだけ言う。指先には、さっきまで握っていたレジ袋の感覚が残っていた。ホットスナックをトングで掴む時の油のべたつき、レジ横のコーヒーマシンのボタンを押す時のわずかな振動。缶コーヒーとペットボトルのバーコードの位置は、もう目をつぶっても分かる。時計を見ると、三時を少し回っていた。空が白むには、まだ時間がある。パーカーのポケットに手を突っ込み、イヤホンを取り出そうとして、やめる。この時間帯、新宿の裏通りで片耳を塞ぐのは、なんとなく嫌だった。「充さん、起きてんのかな」ふと頭に浮かんだ顔に、苦笑いが漏れる。この時間でも、まだ店にいることもある。逆に、今日はとっくに帰っていて、ソファでうつ伏せになってスマホをいじっているかもしれない。玄関の鍵の音に、片手だけひらひら上げて「おかえり」と言う顔が、簡単に思い浮かぶ。駅前の明るい通りから、少しずつ住宅寄りの道に入る。ビルの肩越しに見えていた巨大なスクリーンはもう見えない。代わりに、看板の少ない低い建物と、コンビニの看板がぽつぽつと散っている。アパートへ向かういつもの道を、少しだけ外れて歩く。真っ直ぐ帰るより、一本裏の道を通った方が、コンビニの匂いから早く離れられるのを、身体が覚えていた。曲がり角の手前に、自販機が一台、ぽつんと立っている。白い光が、周りの暗さを余計に際立たせる。喉の奥が、店内の冷房とホットスナックでからからに乾いていたことを、ここでようやく自覚す
最終更新日 : 2026-03-03 続きを読む