昇降口を抜けると、空気がいつもより少しだけ騒がしかった。靴箱の上の壁には、色あせた画用紙にマジックで書かれた「卒業おめでとう」の文字。誰かの描いた安っぽい桜の花びらが、そのまわりに貼りついている。貼ってから日数が経っているのか、花びらの端が少しめくれて、蛍光灯の風でぴらぴら揺れていた。下駄箱の前には、スーツ姿の保護者と制服姿の生徒が入り混じっている。普段ならほとんど見かけない大人たちの姿が、狭い空間をぎゅうぎゅうにしていた。「うわ、混んでる…」陸斗は小さく息を吐き、ローファーのつま先を揃えるように靴箱の前に立った。自分の番号の扉を開けると、見慣れた上履きがそこにある。三年間でだいぶ黄ばんだ白いゴムの部分と、かかとに引っかけた指の跡。それを手に取って履き替えた。上履きの底が床を踏む感触も、今日で最後だ。そう思いかけて、陸斗は意識して頭を振った。いちいちそうやって「最後」を数えていたら、式が始まる前に疲れてしまう。靴箱の列の端で、充が所在なさげに立っているのが見えた。黒い革靴で落ち着かない足元を隠すように、ジャケットのポケットに手を突っ込んでいる。周囲の保護者たちの中に混じると、年齢的には浮いていないはずなのに、どこか場違いに見えるのは、たぶん本人の落ち着かなさが姿勢に出ているせいだ。目が合うと、充が顎を少しだけ持ち上げた。「行ってこい」「はい。えっと…体育館は、こっちからですね。案内出てるんで」「分かる。迷子になんねえよ」言いながらも、充の視線はきょろきょろと案内表示を追っている。昇降口から体育館へ向かう矢印が、赤い紙で作られて壁に貼られていた。「保護者入口って書いてある方から入ってください。保護者席、上の方らしいんで」「おう。いい席取っといてやるよ。一番後ろの端っこ」「それ、いい席って言わないです」そんなやり取りを交わし、陸斗は上履きのかかとを踏まないように気をつけながら、教室へと向かった。廊下は、いつもの朝より少し明るく感じられた。窓の外から差し込む光の角度が、冬
Last Updated : 2026-02-11 Read more