唇が離れたあとも、充の体の中には触れていた感覚だけが残った。熱が残るというより、そこだけ輪郭が濃くなる。指を絡めたままの手のひらがじっとりしていて、汗の薄い膜が二人の間にあることが妙に現実的だった。陸斗は近い。近いのに、踏み込みが乱暴じゃない。抱きしめる腕も、頬に触れた指も、逃げ道を残していた。逃げ道があることが安心なのに、安心した瞬間に欲が顔を出す。欲が怖い、と言ってしまったばかりなのに。充はその矛盾を笑えなくて、喉の奥がひりついた。新居の寝室は、まだ生活が馴染みきっていない匂いがした。新品のカーテンと、段ボールの紙と、洗剤が混ざった匂い。床に置きっぱなしの箱が視界の端にあり、片づけの途中だと告げている。それなのに、今夜だけは片づけの途中で止められない。止めたら、また戻る気がした。戻ったら、今ここにある熱が嘘になる気がした。充は目を逸らし、指先で自分の唇を軽くなぞった。濡れた感覚が残っていて、なぞった指に遅れて熱が走る。触れた瞬間を体が覚えてしまっている。覚えた体を怖がるのは、もう遅い。そう思うと、今度はその遅さが怖い。陸斗は充の手を離さなかった。離さずに、そっと引く。引く力は強くない。誘うというより、道を指すみたいな引き方だった。充はその引き方に腹が立つほど安心してしまい、足が勝手に動くのを止められなかった。寝室の入口で、充は一度だけ立ち止まった。敷きたてのシーツが、薄い光を拾って白く見える。白いものを見ると、余計に自分の汚さが浮く気がした。汚さというより、夜の匂い。夜の仕事でまとった香水の残りが、皮膚の下に染み込んでいる気がした。充は小さく息を吐き、半分だけ笑う。「……マジで、ここまで来るとは思ってなかった」陸斗は返事の代わりに、握っていた手を少しだけ持ち上げた。手の甲に唇を落とす、みたいな真似はしない。ただ、指を絡め直す。絡め直すだけで「戻らない」を確認される気がして、充の胸がざわついた。充は自分の喉が乾いているのに気づき、舌で唇を湿らせた。湿らせた途端、さっきの触れ方を思い出してしまう。思い出した瞬間、また熱が走る。熱が走る自分が恥ずかしい。恥ずかしいのに、嫌じゃない。
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