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33

二 光と影

 午後二時。人事部の会議室。 涼介の前には、人事部長と、直属の上司である村田部長が座っていた。「黒川くん、単刀直入に言う」 人事部長が口を開いた。「君を課長代理に昇進させることが決まった」 涼介は一瞬、言葉を失った。 課長代理。入社六年目での昇進は、この会社では異例の早さだ。通常は就くまでに十年以上かかる役職だ。「シンガポールでの成果は、本社でも高く評価されている。現地支社からの報告書を見たところ、君のリーダーシップと交渉力には目を見張るものがあった」「……ありがとうございます」 涼介は頭を下げた。内心では驚きが渦巻いていたが、表情には出さないよう努めた。「これからは、チームを率いる立場になる。責任は重くなるが、君なら大丈夫だろう」 村田部長が付け加えた。「期待しているぞ、黒川」 会議室を出た涼介の足取りは、少し宙に浮いたようだった。 昇進。課長代理。 かつての自分なら、考えられなかったことだ。成果を出しても「黒川は冷静だから」で片付けられていた。手柄は同僚に奪われ、「便利な人材」として使われるだけだった。 だが今は違う。 自分の実力が正当に評価された。自分の存在が認められた。 席に戻ると、山下が意味ありげな目で涼介を見た。「で、どうだった?」「……昇進だ。課長代理」「マジか! やるじゃん、黒川!」 山下が涼介の背中を叩いた。「シンガポールでの成果、ちゃんと評価されたんだな。良かったじゃん」「……ああ」「今夜、祝杯あげないとな。奏さんも誘って、三人で飲もうぜ」「いや、今日は奏と二人で……」「おっと、そうだな。邪魔しちゃ悪いか。じゃあ、週末にでも」 山下がにやにやと笑う。涼介は少し照れながら、「考えておく」とだけ
last updateDernière mise à jour : 2026-01-27
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三 涙の真実

 翌朝、涼介は激しい頭痛とともに目を覚ました。 隣を見ると、奏はいなかった。リビングから、何かを作っている音が聞こえる。 時計を見ると、すでに九時を過ぎていた。「しまった……」 涼介は飛び起きた。今日は平日だ。遅刻だ。 リビングに出ると、奏がキッチンに立っていた。「起きた?」 奏の声は、いつもより冷たかった。「すまない、寝坊した。会社に……」「会社には連絡しておいた。体調不良で休むって」「え?」「昨日、すごく酔って帰ってきたから。朝になっても起きなかったし、無理だと思って」 涼介は記憶を辿った。昨夜のことは、断片的にしか覚えていない。居酒屋で飲んだこと、そこからどうやって帰ってきたのかは曖昧だ。「……悪かった」「座って。おかゆ、作ったから」 奏がテーブルにおかゆを置いた。涼介は黙って席に着いた。 奏は向かいに座らなかった。キッチンに戻り、洗い物を始めた。背中を向けたまま、動きを止めない。 沈黙が、重くのしかかる。「奏」「何?」 奏は振り返らない。「……俺、話さなきゃいけないことがある」 奏の手が止まった。 しばらくの沈黙の後、奏がゆっくりと振り返った。「やっと話す気になったんだ」 その声には、怒りと悲しみが混じっていた。「昨日、涼介が帰ってきたとき、すごく酔ってた。『もう駄目だ』とか『俺のせいで』とか、うわごとみたいに言ってた」 涼介は目を閉じた。 酔った勢いで、口が滑ったのだろう。隠していたことが、無意識に漏れ出していた。「……すまない」「謝らなくていい。それより、何があったか教えて」 奏がようやく涼介の前に座った。その目は、涼介を真
last updateDernière mise à jour : 2026-01-28
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四 永遠の誓い

 挙式の場所は、カナダのバンクーバーに決まった。 奏が調べたところ、バンクーバーは同性カップルに寛容な街で、美しい自然に囲まれた結婚式場もいくつもあるという。「ここ、どうかな」 奏がパソコンの画面を見せてきた。そこには、海に面したチャペルの写真が映っていた。白い壁と大きな窓があり、背後には山々が連なっている。「綺麗だな」「でしょ? 天気がいい日は、窓から夕日が見えるんだって」 涼介は画面を見つめながら、現実感のなさに戸惑っていた。 結婚式。 数か月前までは、考えたこともなかった。いや、考えることを避けていた。ゲイである自分には、そんな未来はないと思い込んでいた。 だが今は違う。 奏と出会い、愛し合い、共に暮らすようになった。だからこそ、その先に結婚という選択肢がある。「涼介、どうしたの? ぼーっとして」「いや……実感がなくてな」「何が?」「俺が結婚するってことが」 奏がくすりと笑った。「僕もだよ。でも、嬉しい」「ああ。俺も」 涼介は奏の手を取った。「お前と結婚できて、幸せだ」「まだしてないよ。これからでしょ」「そうだな。これから、だ」 二人は顔を見合わせて笑った。  挙式の日程は、三か月後に決まった。 涼介は会社に休暇を申請した。一週間の休みを取るのは、入社以来初めてのことだった。「カナダ旅行か。いいな」 山下が羨ましそうに言った。「ああ。リフレッシュしてくる」「奏さんと二人で?」「ああ」 山下がにやりと笑った。「いいねえ、新婚旅行みたいだな」 涼介は一瞬、言葉に詰まった。 旅行の目的は山下にも伝えていなかった。いずれ話すつもりだが、今はまだ二人だけの秘密にしておきたかった。
last updateDernière mise à jour : 2026-01-29
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