深夜零時を過ぎていた。 黒川涼介は、マンションのエントランスで鍵を取り出しながら、重い息を吐いた。肩が鉛のように重い。目の奥がじんじんと痛む。今日も終電ギリギリだった。 誰のために。何のために。 そんな問いが浮かぶたびに、涼介は意識的にそれを押し殺してきた。考えても仕方がない。自分で選んだ道だ。総合商社の海外事業部。入社六年目。周囲からはエリートコースだと言われる。だが、涼介自身はその言葉を素直に受け取れたことがなかった。 エレベーターのボタンを押す。四階。築十五年の中規模マンション。新入社員時代に借りて以来、六年間ずっとここに住んでいる。 都心から電車で四十分。同僚たちの多くは会社近くの高級マンションを選ぶ。だが、涼介にはこの距離が必要だった。仕事とプライベートを切り離すため、そして誰にも詮索されないためだ。 自分の私生活を、誰にも覗かれたくない。 自分が何者であるかを、誰にも知られたくない。 エレベーターが四階に着く。長い廊下を歩きながら、涼介は無意識に隣の部屋――四〇三号室のドアに目をやった。 一か月ほど前、あの部屋に誰かが越してきた。引っ越し業者のトラックを見かけたし、何度か廊下で物音を聞いた。だが、顔を合わせたことは一度もない。それでいいと、涼介は思っていた。隣人と親しくなる必要などない。 四〇二号室の扉を開ける。真っ暗な部屋。電気をつける気力もなく、涼介は靴を脱いだ。 1LDKの部屋。一人暮らしには十分な広さだが、最低限の家具しかない。ここは寝に帰るだけの場所だ。六年間住んでいるのに、愛着らしい愛着もない。 スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩める。鏡の前に立つと、疲れ切った自分の顔が映っていた。 整った顔立ちだと言われる。長身で、黒髪短髪で、精悍な印象だ。だが、涼介自身はその評価に違和感を覚えていた。外見が整っていることと、人生がうまくいくことは、まったく別の話だ。 今日のプレゼン資料も、そうだった。 シンガポールの新規プロジェクトに関するプレゼン資料を、涼介は一週間かけて作り上げた。市場
Huling Na-update : 2026-01-01 Magbasa pa