「藤原社長、水原さん」江原社長が揉み手で駆け寄ってくる。「こちら、すべて準備できております。すぐ始められますので」「疲れてない?先に少し休む?」裕也が首を傾け、絵里の顔を覗き込む。江原社長が今まで見たことのない、やたらと優しい声だった。仕事は速い、手も容赦ない、そんな藤原社長にここまでさせる女。絵里は、ただ者じゃない。江原社長は機嫌を取るように言った。「休憩スペースもございます。水原さん、そちらでお水や果物など……」絵里は静かで、でも晴れやかな表情のまま口を開く。「大丈夫です。疲れてません。私のことは気にしないで、いつ始めてもいいです」「さすが、元気印だな」裕也がからかうように笑い、すぐ横を向いて指示を出す。「じゃ、始めよう」絵里は一瞬、言葉を失った。驚いた顔で裕也を見る。元気印。大学の頃、絵里は尽きることのないエネルギーの塊みたいだった。運動会だろうが学園祭だろうが、片っ端から参加する。バレーもリレーも当たり前にこなして、成績は上位。発表会のダンスは、校内がざわつくほどだった。いつからか、誰かがそう呼び始めた。「元気印」梨乃は言っていた。明るすぎて眩しいから、妬まれやすいんだって。でもそれは、学校の中での話だ。裕也は何年も上の先輩のはず。どうして知ってるの?試乗はすでに始まっていた。走行エリアの車両に視線を向けている裕也を、絵里はじっと見つめる。堪えきれず、口にした。「ねえ……私のこと、色々知ってるよね」今になって思えば、和也と入籍の約束をしていたことを、裕也が知っていたのも、出来すぎている。偶然にしては、噛み合いすぎる。どうして裕也は、和也が私と入籍しないって知ってたの?まさか、ずっと、私を見てた……?裕也は、車両を追っていた視線をゆっくり戻し、絵里の頬に落とした。柔らかな瞳が、いつものように微笑む。「今さら気づいたの?このおバカさん」そう言って、手を伸ばし、くしゃりと彼女の頭を撫でる。「和也から離れたら、本当に少し賢くなるんだな」甘すぎる。動作も、言葉も。変に誤解しそうになる。胸の奥に溜まっていた疑問が、いっきに溢れそうだった。結婚のこと、態度のこと、あの時あんなふうに言った理由……裕也は、どうしていつも私のこ
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