登入五年越しの恋、周囲も公認の仲。 しかし、入籍当日、婚約者は現れなかった。 プライドをズタズタにされた私は、彼との絶縁を誓う。 失意のどん底で、私は彼への当てつけのように結婚を決めた。 相手は、あろうことか元カレの実の兄であり、「金融界の冷徹な帝王」と恐れられる男だった。 愛のない生活になる……そう思っていたのに。 始まった新婚生活は、予想を裏切る激甘な日々だった!? 彼は私をお姫様のように溺愛し、どんなわがままも叶えてくれるのだ。 ある日、元カレが私を嘲笑いにやってきた。 「お前なんて価値がない」と罵る弟に対し、夫は容赦なく鉄槌を下す。 「俺の妻は、何にも代えがたい宝物だ。彼女を侮辱するなら、一族から追放してやる!」 その時、私は初めて知ることになる。 私が恐れていたこの男が、実は10年も前から私に執着し、ずっと俺のものにする機会を窺っていたことを……
查看更多絵里は病室へ戻ると、もう一度治夫の手を取り、頬に押し当ててそっと撫でた。胸が熱くなり涙が目に溢れながら、震える声を落とす。「じいちゃん……お願い、目を覚まして。私、怖いの……お願い……目を覚ましてよ。じいちゃんが『学べ』って言うなら、私、何だって学ぶ。目を覚ましてくれるなら、全部言うこと聞くから……ね?だから……じいちゃん、私……ほんとに間違ってた。自分のわがままばかり通して……恋愛しか見えてなくて……それなのに、その恋愛のために、あんなに卑屈に生きて……」涙が絵里の頬を伝い落ちる。胸の奥で、後悔がどろりと広がっていった。「じいちゃん……ごめんなさい。私のせいだよね。私が……じいちゃんを……」絵里は治夫の手を強く握りしめ、額に押し当てたまま、嗚咽を堪えきれず肩を震わせる。心臓をぎゅっと掴まれたようで、泣き止むことすらできない。灯りが静かに降り注ぎ、彼女の周りだけが濃い哀しみに染まっていく。泣いて、泣いて、ようやく吐き出し切った頃には、もう遅い時間になっていた。絵里はふらつく足で廊下を出て、階段を下り、そのまま病院を後にする。病院の建物を出たところで、少し離れた場所に立つ男が目に入った。背が高く、肩幅の広い、がっしりした体つき。修司だ。動かない。まるで、最初からここで待っていたみたいに。絵里は足を止め、すぐに大股で近づいた。顔は冷たく強張る。「なに?わざわざ尾行してきたの?」修司は可笑しそうに彼女を見下ろした。「ここは病院だぞ。俺がわざわざ尾行してここまで来るわけ?」絵里は信じない。けれど、これ以上言い合う気もなかった。「……ならいいわ」言い終える前に、横から勢いよく影が飛び出してきた。鋭い声が夜気を裂く。「あんた!裕也に何を吹き込んだのよ。裕也は今、私を避けてばっかりじゃない!どこにいるの?どこに行ったのよ!言いなさい!」郁江だ。いつもは見下すように振る舞っていた女が、今は目の前で取り乱し、品もなく噛みついてくる。高慢さなど跡形もない。絵里はとっさに身を引き、郁江の手をかわして後ろへ退いた。「私に関係ないでしょ。なんで私のところに来るの?」「絶対あんたのせいよ!裏で何かしたから、裕也が私に会わないんだ!」郁江は癇癪を起こしたように叫ぶ。「返して
絵里は一瞬、息を呑んで振り返った。そこに立っていたのは裕也だった。いつもと変わらず、イタリアの職人が仕立てたオーダースーツに身を包んでいる。すらりと伸びた体躯は隙がなく、滲む品格は神のようにさえ見えた。絵里は感情をすべて飲み込み、目に見えて表情を冷たくした。「……何しに来たの」裕也の胸がぎゅっと縮む。拳を握りしめ、低い声で言った。「お爺さんの様子を見に」「必要ない。帰って」氷みたいな視線だった。まるで、初めて会う他人を見るように。裕也はその場を動けない。暗い目を絵里の顔に落とす。「……そんなに俺が嫌いか?」嫌い?絵里は立ち上がり、正面から向き合った。冗談にもならないことを聞かされたみたいに、歯を食いしばって吐き出す。「あなたのせいで、じいちゃんは病院のベッドにいるのよ。あの日、あなたが否定したとき……私のこと、考えた?じいちゃんのこと、考えた?じゃあ言ってみて。あの夜、いったいどんな事情があったの。あんなに大勢の前で翻すしかない事情が……だったら、なんでその前に私を藤原家に連れて行って、みんなに会わせたの?離れるなら離れるでいいじゃない。どうして……希望を見せて、突き落とすの」絵里は堪えきれなかった。問いが、ひとつひとつ鋭くなる。聞きたいのだ。彼が何を言うのかを。けれど裕也は眉を深く寄せたまま、弁解のひと言すら口にしない。まぶたを伏せ、まつ毛がかすかに震えた。「……いろいろ複雑なんだ。傷つけるつもりはなかった。お爺さんも、お前も」結局、説明はしない。つまり、言えない事情なんて、ない。絵里の心は氷の底へ沈んだ。冷たくて、震えが止まらない。今すぐ視界から消えてほしい。首を強情に立て、手のひらをぎゅっと握りしめる。「帰って。あなたの顔は見たくない。じいちゃんだって、会いたくないはず」「絵里……」裕也の喉仏が小さく上下した。瞳の奥に、暗い影が差す。絵里はもう一言も交わしたくなくて、背を向けた。「あなたと話すことはない」それでも裕也は引かない。「和也と寧々のことは、どうするつもりだ?」絵里は口元を引きつらせ、振り返って笑った。笑うしかない。「二人のために取りなす気?それとも藤原家は、私が全部許せると思ってる?」「お前の力になりたくて……」
黙ったままなのに、まるでこちらの腹の底まで見透かされているようだった。隆は理由もなく、胸の奥がざわついた。「……わかったよ。誰かさんに頼まれて、わざわざ絵里に渡せってさ」絵里は察したようにふっと笑う。その「誰か」が誰なのか、聞くまでもない。彼女は書類を向こうへ押し返した。「返しておいて。こういうことは私ひとりで片づけられる。彼に心配される筋合いもないわ」口調は淡々としているのに、意思だけは揺るがない。隆は目を見開いた。「でもさ、これ……水原のこれからに関わる資料だぞ?受け取れよ。あいつは絵里に負い目があるからな、これは、せめてもの償いだ」負い目も、借りも、そんなものは最初から存在しない。あの結婚は、自分は意地で、彼は「結婚するために結婚した」だけ。ここまで来てしまったのも、誰か一人のせいにはできない。絵里は薄く笑った。「……わざわざ来てくれてありがとうね、でもあの人のものはいらないの」その態度を見て、隆は悟る。これ以上何を言っても、彼女は受け取らない。「了解。じゃあ俺が持ち帰るよ。まあ、あいつが悪い。自業自得だ」そう言ってから、隆は眉尻を上げた。「ところで。絵里はいまグループを継ぐんだろ?まさか俺に脚本、書いてくれなくなるのか?」「しばらくは、ね」隆は肩をすくめて頷いた。「そりゃそうだ。いま水原には絵里が必要だもんな。気が向いたら戻ってこいよ。席はいつでも空けとく」「ありがとう」絵里はほっとしたように笑い、そしてふっと表情を引き締めた。「……ひとつ、お願いがあるの。たぶん、あなたの力が必要になる」隆は察したように片眉を上げる。「綾子、だろ?」やっぱり。頭のいい人と話すと、余計な前置きがいらない。絵里は素直に頷いた。「うん」隆は自分の胸を軽く叩く。「任せとけ。言われなくても、俺もあいつは許す気ねえ」綾子が和也たちとつるんでる時点で、自分で自分の首を絞めてるようなものだ。「……本当に、ありがとう」絵里は心から礼を言った。その穏やかで静かな横顔を見て、隆の胸にいろんなものが込み上げる。大変なんだろうな。たった一夜で、人はこんなにも落ち着いてしまうのか。……隆と別れても、まだ時間は早かった。絵里はその足で病院へ向かう。病
資材や必要書類などもろもろ、すべて現場に入れられていない。この二点が、工期の遅延を引き起こしていた。この二つに片を付けられなければ、絵里が会長の座を守り抜くことはできない。一週間後には、武延が取締役たちと結託し、彼女を取締役会から叩き出すのを、ただ見ているしかなくなる。だからこそ、この一週間ですべて片をつける必要があった。「部品のサプライヤーの件は、もう人を動かした。たぶんこの二、三日で返事が出ます。現場の資金不足は……悪質な横領が原因だろ。処理自体は難しくないんですが……」悟史が彼女をちらりと見やり、口元だけで笑う。「お嬢様が、そいつらに手を出せるかどうか次第ですね」絵里はすぐに察した。「現場プロジェクトの責任者は?」「水原正樹」「……」かつて水原一族が袂を分かった頃、本家は第二分家と完全に決別した。しかし情に厚い治夫だけは、第三分家に対してだけは何かと気にかけ、面倒を見ていた。その第三分家から会社へ押し込まれたのが、水原正樹(みずはら まさき)、肩書きだけは部長。絵里は冷たく言い切った。「調べて。吞んだ分は、全部吐かせる」言い終えたところで、車が会社へ滑り込んだ。悟史が先に降り、絵里の頭上に手をかざしてドアを支える。二人でビルへ入る。誰もが思わず振り返るほど、洗練された美貌の二人だった。悟史は柔らかな雰囲気をまといながらも、商いの場で鍛えられた鋭さを隠しきれない。絵里はここに来たばかりだというのに、明るくて高貴で、揺るがない。その姿に、ロビーがざわめいた。「水原さん、綺麗すぎ……」「見て、紫垣さんと並ぶとお似合いじゃない?」絵里は聞こえないふりをして、悟史と前後してエレベーターへ乗り込む。背筋を伸ばして立つ彼女の横顔は、穏やかで、どこか距離がある。悟史は唇を結び、低く言った。「ご心配なく。お嬢様がここで踏ん張れるよう、僕が支えますから」絵里は顔だけ向ける。表情は淡々としていた。「……ありがとう」悟史が先に降り、絵里は自室へ戻って書類に目を通し続けた。しばらくして、丈裕がノックし、資料をデスクの上へ置く。「調べました。こちらがレイダーズの資料です。ただ、今のレイダーズは何度も名義が移っていて……社名も法人も変わっています」
評分
評論更多