「違う」航平が突然口を開いた。さっきよりも、ずっと冷たい声だった。電話の向こうで奥田が息を呑む。「……何が?」航平は額を強く押さえたまま、荒い呼吸を繰り返す。だが。その目だけが、ゆっくりと変わっていった。「何かがおかしい」「あの声だ」奥田が眉をひそめる。「声がどうした?」航平はすぐには答えなかった。なぜなら――ついさっき。【お前は最初からここにいるべきだった】その言葉が再び響いた瞬間。彼は、あることに気づいてしまったからだ。あまりにも自然すぎた。まるで――“侵食”じゃない。むしろ。誘導。航平はゆっくり顔を上げる。窓の外では、雨音がさらに強くなっていた。ガラスには、自分のぼやけた影が映っている。その時。ほんの一瞬。航平は気づいた。ガラスの中の自分が――半拍、遅れて動いたことに。全身が一気に冷えた。次の瞬間。窓に映った“航平”が。ふっと笑った。だが。現実の航平は笑っていない。「――っ!!」航平は勢いよく立ち上がる。椅子が激しく倒れた。電話の向こうで、奥田の声が一変した。「航平?! 何があった?!」航平はガラスを睨みつけたまま、荒く息をする。しかし。その影はもう普通に戻っていた。まるで何もなかったみたいに。だが――見間違いじゃない。絶対に。「……あれは、記憶の中にいるんじゃない」航平が低く呟く。奥田が息を止めた。「……何?」航平の声はさらに沈んでいく。「俺たちはずっと――」「異常は“記憶”の中で起きてると思ってた」「でももし」「記憶は、ただの入口だったとしたら?」空気が一瞬で静まり返る。電話の向こうで。奥田も何かに気づいたようだった。「待て……」呼吸が明らかに乱れる。「つまり――」「あれは」「過去を書き換えてるんじゃない」「過去を通して――」「今に入り込んでるってことか?」航平は答えなかった。なぜなら。その瞬間。部屋の中に。もう一つの呼吸音が聞こえたからだ。微かに。そして、近い。すぐ後ろ。航平の全身が硬直する。電話越しに奥田が何か叫んでいる。だが、もう聞こえない。その呼吸が。ゆっくり近づいてきていた。一歩。また一歩。まるで暗闇の中に立つ誰かが。静かに、自分へ歩み寄ってくるみたいに。航平の指先が震え始める
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