All Chapters of 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Chapter 51 - Chapter 60

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51話 不信感

私がそう聞くと森崎健太郎が笑う。「もう聞いたのか。情報が入るのが早いな」そう言ってお母様の元に向かって行った加山良江の方を見ながら森崎健太郎が言う。「口が軽いのは良くないな」そう言われてドキッとする。(マズい。危険信号だわ)森崎健太郎は難しい顔をして私に向き直り、言う。「誰がこの家の主なのか、加山さんは承知していないのかもしれないな」そう言われて私は苦笑いする。森崎健太郎は険しい表情のまま、言う。「くるみ、君が久遠家から加山良江を連れて来たんだ。加山良江が使用人の部を超えるような態度なら、彼女には久遠家に戻って貰おうじゃないか」そう言われて心臓が跳ねる。「でも、お父様」私がそう言い掛けると、森崎健太郎は私を一睨みして言う。「これは決定だ。相談じゃない」そう言いながら森崎健太郎は加山良江が向かった先へ、歩いて行く。部屋に戻り、私はバッグをベッドに投げ付け、考える。このままでは加山良江が久遠家へ戻される。しかも相談では無く決定だと森崎健太郎は言ったのだ。綺麗に仕上げさせたネイルを噛む。加山良江は私の手から離れても大丈夫だろうか。高嶺遼大と佐伯燈がこの家に来て……その後の今、森崎健太郎は加山良江を久遠家へ戻すとそう言った。そこには何か因果関係があるんだろうか。(一体、何を話したのよ!)ウロウロと部屋の中を歩き回る。高嶺遼大と佐伯燈が組んでいる事は明白だ。そしてその二人がどうして森崎の家に来たのかを考えなくてはいけない。聖カトリーナで見た、佐伯燈を庇う高嶺遼大……あの庇い方は普通じゃない。そこでふと思い付く。(そうか……高嶺遼大は佐伯燈が好きで……二人は付き合っているのかもしれないわ)もしそうなら高嶺遼大が実の父親である森崎健太郎と佐伯燈を会わせるのは極々普通の事……。しかも燈は幼い頃から颯太とも友人で、家同士の付き合いもある間柄。一度、顔合わせさえしておけば、その先はスムーズに事が進む……。私の“洗脳”がきちんと出来ていれば、お母様も加山良江も私を疑ったり、裏切ったりはしない筈……。そうと分かればお母様に会って、確かめないといけないわね。◇◇◇聖カトリーナに戻り、ラボに向かっている最中、湊のスマホが鳴る。スマホを見た湊は険しい顔で言う。「呼び出しだ」湊の今の状況で呼び出しに堪えられるだろうか。「大丈夫なの?」そう聞
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52話 渾身の演技と女王の油断

くるみはいつから俺……いや、俺たちに罠を張り巡らせ始めたんだろう。高嶺遼大に大学時代にはもう罠は張られていたのかもしれないと言われ、そう思う。愛沢くるみは佐伯家の家政婦をしている愛沢幸子の娘。愛沢くるみが俺たちの間に入り込んだのは3歳か4歳の頃だったと記憶しているが。その頃は愛沢くるみも使用人の娘として、振る舞っていたし、そんな愛沢くるみを誘い出し、遊びに連れて来たのが燈だった。(いつからだ……? いつから……)そう思い返そうとすると、頭が痛くなる。顔を顰めて頭痛を我慢する。「大丈夫か?」高嶺遼大にそう聞かれ、俺は目を閉じたまま言う。「あぁ、ちょっと頭痛が……」高嶺遼大は柔らかい声で言う。「無理はするな、今は愛欲の女王の離脱症状が出始めている。湊くんはまず、その離脱症状から抜け出さないといけないからな」その時、検査機が検査を知らせる音が鳴る。高嶺遼大が立ち上がり、分析結果を画面に出す。「前頭葉に作用する物質と、向精神薬……いずれも未承認だな」高嶺遼大がそう言う。「だが、これなら“解毒”は出来そうだ」高嶺遼大はそう言って、PCを叩く。俺も医学の知識はそれなりに持ってはいるが、やはり世界最高峰の研究機関の責任者だ、知識量が全く違った。「これとこれ……精製して……」そう呟きながら、PCを叩いている高嶺遼大を見ていると、その隣に燈が居るのが容易に想像出来た。(昔は俺もそうだった筈なんだよな……)そう思いながらどれだけのものを愛沢くるみに侵食されていたのかを実感する。◇◇◇お母様の部屋に向かうと、部屋には森崎健太郎が居た。(まだ居るの? さっさとお母様と二人きりになりたいのだけど!)そう思いながら私は少し開いていた扉を開ける。私が現れた瞬間、森崎健太郎が聞く。「何をしに来た?」そう聞かれ、私は用意していた台詞を言う、可愛らしく、可憐に。「お母様が休んでいると聞いたので、心配で……」そう聞きながら部屋を見回す。(加山良江はもう居ないのね)そう思っていると、今度は森崎望美が言う。「くるみちゃん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ」森崎望美はベッドに半身を起こしている状態。森崎健太郎と何かを話していたようだった。「でも、お母様……」私がそう言い掛けると、森崎健太郎が言う。「くるみ、悪いが私は妻と話があるんだ。二人
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53話 ER

呼び出しに応じて行くと、そこは事故の為に搬入された患者さんがERに来ていた。(ERの呼び出しに湊が応じなければならないの?)そう思いながら私はその場に居た看護師に言う。「久遠先生は体調が優れないので来られないから、私が代わりに」そう言うと看護師は私を見て頷く。「お願いします」ERの雰囲気は久しぶりだ。活気のある現場、飛び交う指示。「先生、お願いします!」そう声を掛けられて早速向かう。◇◇◇混乱していた現場を収め、的確に指示を出していく。指示を出された人間が確実に指示を遂行してさえくれれば、現場はすぐに混乱からは立ち直る。一人の処置を終え、すぐさま次の患者に向き合う。「これは……」開放骨折……すぐに手術をしなければならない。「術室は空いてるの?」そう聞きながら開放骨折以外の箇所を診て行く。「空いてます!」そう言われて私は指示を出す。「すぐに運び入れて! セファゾリン2g、生理食塩水100mlで点滴静注準備」そしてすぐさま近くに居た看護師に言う。「患者さんのご家族か親しい方にアレルギーの有無を確認! 急いで!」看護師が走って行く。「お名前はー?」患者さんの肩を叩きながら聞く。「かた、おか、です……」患者の男性がそう言う。「片岡さんね、大丈夫ですよ。すぐに処置しますので……何かアレルギーなど、ありますかー?」大きな声でそう聞く。混乱のさなかに居る患者さんに話しかけ、笑顔を見せてあげる事で、その患者さんが落ち着くのが狙いでもある。「アレルギーは、ありま、せん……」本人の確認が取れた。意識があって良かった。確認を取りに行った看護師が戻って来る。「患者さんにアレルギーはありません」これで両方の確認が取れた。「セファゾリンの投与開始」そして患者さんを診て微笑む。「手術室に移動しますね。これから足の方の処置をしますので、麻酔をかけますよ」◇◇◇手を洗いながら、一息つく。開放骨折の手術はとりあえず、無事に完了した。それにしても。(どうして湊を呼んだの……?)今回の患者さんたちは事故で搬入された人たちだ。脳外の湊が処置しなければならない患者さんは一人も居なかった。(それだけ医師が不足しているのかしら……?)私と一緒に手術を執刀した新見医師が私が手を洗っている場所へ来て、深々と頭を下げる。「ありがとうござ
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54話 甘い毒からの脱却

そう言うと新見医師が慌てて言う。「そういう意味じゃ……」私はそんな新見医師に笑う。「分かってるわ、大丈夫」そして決意を新たにする。「変えなくちゃいけないわよね」私は手を洗い終え、歩き出す。「燈先生……?」そう言う新見医師に微笑み、私は言う。「お疲れ様」その場を出る。すると私と一緒に術室に入った人たちが一斉に私を見る。「お疲れ様でした」私がそう言うとその場の全員が一斉に頭を下げる。「燈先生、お疲れ様でした」◇◇◇「湊くん、出来たぞ」高嶺遼大が自身で配合した“解毒薬”を持って来る。「もう出来たのか?」そう聞くと高嶺遼大が笑う。「こういうのは得意なんだ、だから研究職をやっている」そう言われれば、そうなんだろう。俺が頭痛と吐き気に襲われ、ただただ高嶺遼大がやっている事を眺めている事しか出来なかった。点滴を吊るした高嶺遼大が俺を見る。「どうする? 俺を信じるか?」そう聞かれて俺は苦笑いする。「今はそれしかないだろう?」俺がそう言うと、高嶺遼大が笑う。「まぁな」俺は自分の置かれている立場が情けなく感じて、俯く。「それに、高嶺さん、あなたは燈に信頼されている。それだけであなたは信じるに値するよ」あの高貴で誰よりも医療に可能性を感じ、自身の身を粉して人々を救う事にその身を捧げていた燈。そんな燈が信じる人物だ。その人物が俺に危害を加えるとは思えない。「まだ分からないぞ? 君を再起不能にして……なんていう末路を辿らせる事も今なら可能だからな」俺がそう言う高嶺遼大を見ると、その瞳の奥には微かな怒りが感じられる。「もしそうだとしても、それを俺は甘んじて受けるよ……」俺がそう言うと高嶺遼大が盛大に笑う。「脳外の中でもその手腕を買われている医師を、俺が潰すと思うか?」高嶺遼大はそう言って俺の肩に手を置き、言う。「ベッドに横になれ、その甘い毒を抜いてやる」◇◇◇ラボから出て、隔離されている病室に入る。ベッドに湊くんが横になる。俺は点滴をセットしながら言う。「どんな離脱症状が出るか、やってみないと分からない。経過を観察し、数回に分けて解毒する必要があるのか、それともこの一回で終わるか」俺にそう言われて湊くんはベッドに横になった状態で腕をまくる。「構わない、やってくれ」俺はそんな湊くんの腕を触り、針を刺す箇所を確認す
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55話 解毒剤の効果と久遠家の忌避

そう聞くと高嶺遼大が笑う。「さぁな。だがただの香水として使っている訳では無さそうだったな」そう言う高嶺遼大に聞く。「それはどういう事?」私にそう聞かれた高嶺遼大は少し笑って言う。「愛沢くるみは俺の前で“これで颯太も湊もイチコロだったのに”ってそう言ったんだ」愛沢くるみならそう言うだろうと思うと笑える。「それが何を意味してそう言ったのかは分からない。自分の体なのか、その態度なのか、愛欲の女王なのか」あの愛沢くるみが愛欲の女王の作用を知っているかどうかは、本人がそれを意識して使っているかどうかで、その重要度も変わって来る。いずれにせよ、一番の被害者であった湊は今、目の前でその解毒をしている。私は湊に近付く。「大丈夫?」そう聞くと湊は吐き気と戦いながら、言う。「あぁ、大丈夫だ……何だか抗がん剤を使っている患者みたいだな」そう言われて私は確かに、と思う。「湊の血液検査は?」振り返って高嶺遼大に聞く。「今、検査に回してるよ」そう言われて私は湊を見る。医者の性だろうか、離脱症状の出ている湊を患者とみなしている自分が少しおかしかった。「診察しても?」そう聞くと湊が苦笑いする。「あぁ、構わない」そう言われて私は湊の体を診察する。顔色は、少し悪い。吐き気、そして熱は……そう思い湊の首に触れる。「熱は無いようね」そう言うと湊が頷く。「あぁ、寒気も無い」という事は、これから熱が出るという兆候も無い……。脈を取る。「脈も正常ね」私がそう言うと湊が言う。「動機や息切れも無いよ」そう言われ、頷く。これなら解毒剤の投与だけで問題は無さそうに見える。「前頭葉にどれだけの作用があったのか、MRIを撮りたいとこだが」高嶺遼大が私の背後で言う。「そうね、出来れば撮りたいわね」私がそう言うと、湊が少し笑って言う。「MRIなら俺の専門だ。懇意にしている放射線科の医師が居る。すぐに手配出来る」確かに脳外の湊ならそういう人物も居るだろう。高嶺遼大を向き合い、顔を見合わせる。「それなら一度、MRIを撮った方が良いわね」私がそう言うと湊が頷く。不意に高嶺遼大のスマホが鳴る。高嶺遼大がスマホを確認して少し笑う。「加山良江が久遠家に戻された」そう言われて少し驚く。「戻されたの?」そう聞くと高嶺遼大が頷く。「あぁ、父さんからのメッセージだ
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56話 自己愛と覚醒と

部屋でいつまで待っても加山良江は来なかった。何も荷物を持たずに出て行くなんて事、あるかしら? と思ったけれど、森崎健太郎のあの剣幕を見たら、無い話でも無いかもしれないとも思う。(まぁ、加山良江なら大丈夫よ)(だって私に高嶺遼大や佐伯燈が来た事を告げ口しに来たくらいだもの)ピンク色の部屋で私はベッドに座り、湊から貰った真っ赤なカバンを手に取って眺める。限定品のイルミのバッグ。発売されたばかりでまだ周囲に持っている人間は見た事が無い。(湊も私の手の中に居るし、問題は無いわ)そう思いながら、ネイルを気にする。お母様のあの様子じゃ、燈が森崎家に入る事は無いだろう。高嶺遼大は所詮、先妻の子だもの。それでも自分の今、居る場所を奪われてはいけない。颯太が死んで、森崎家の跡継ぎは高嶺遼大だけになってしまっている。仮に私が再婚しても、森崎家には当然、残れない。(行く先を見繕わないといけないわね)そう思った時に一番最初に浮かんだのはやっぱり湊だ。今日のあの様子なら、湊はまだ私に気がある可能性が高い。それに、今までだって私は自分の体を使って湊を篭絡して来たじゃない。大丈夫よ、くるみ。問題無いわ。◇◇◇湊の点滴が終わる、湊は吐き気も収まり、体をすぐに起こせる状態になっている。「どう?」そう私が聞くと湊は少し笑って言う。「あぁ、問題無さそうだ。視界が晴れた気がする」そう言う湊の表情は、以前の湊に戻ったような気がした。(この感じ……いつの湊だろう?)私はそう思った自分に気付き、ハッとする。私のその様子に気付いた高嶺遼大が聞く。「燈、どうした?」そう聞かれ私は言う。「うん……湊の表情が晴れ晴れしてるのを見て……以前の湊に戻ったって感じたの」私がそう言うと高嶺遼大が微笑む。「そうか、良かったじゃないか」そう言われて私は高嶺遼大に言う。「そうじゃないの、そうじゃなくて。いつから湊は愛沢くるみに、愛欲の女王に毒されていたのかって思って……」私がそう言うと高嶺遼大が考えるように言う。「確かに……湊くんがどれだけの期間、愛欲の女王に晒されていたのか……」私は自分の思い出を振り返る。(いつからだろう……いつから……)(私が湊と結婚した時はまだ、湊は正常だった……?)「俺もずっと考えてたんだ」湊が不意に言う。「俺と燈の間にいつからくるみが入り込ん
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57話 新しい協力者

「俺が覚えている限り……」湊が口を開く。「最初から燈を排除するような動きを見せていた事は確かかもしれないが」そう言って湊がベッドから立ち上がる。「俺がくるみから体を使ったモーションをかけられるようになったのは、燈と結婚した後だったよ」そう言われて私は自分の感覚が間違っていなかった事を確信する。確かに今にして思えば、愛沢くるみは幼少期から一見、私を褒めるような事を言いつつも、自分にはそんなふうに振る舞えない、自分はか弱いからそんなふうには出来ない、などと言っては、弱々しい自分を演出し、私を貶めて、自分を上げるような発言ばかりだった。そして改めて、目の前の元夫はそんな女に振り回され、篭絡された男なのだと実感する。私の中で下衆い興味が湧いて来て、私はそれを口に出してしまいそうで、苦笑いする。本当は聞きたいのだ。愛沢くるみに篭絡された時、何を考えていたのか。本当に私よりも愛沢くるみの方が良かったのか。愛沢くるみに何を囁かれ、私に対してあれ程の敵意を持っていたのか。それでもそれを聞くのはモラルに反する。結果だけを見れば、湊は愛沢くるみに篭絡され、洗脳に近い状態だったとは言え、私に消えない傷を負わせた張本人なのだ。「MRIを撮りに行こう」高嶺遼大がそう言った事で、私は自分の中の下衆い部分を晒さずに済んだ。歩き出しながら湊が言う。「加山良江は無事に久遠家に入ったよ。使用人に命じていた軟禁が完了したようだ」湊の口調がほんの少し鮮明になっている事に気付く。それだけ愛欲の女王の作用が強かったのだろう。「通信機器は取り上げたか?」そう高嶺遼大が聞くと湊が微笑む。「あぁ、その辺は抜かりない」しっかりとした足取りで歩く湊は、以前の湊だった。私と結婚した当時の湊。若く聡明で脳外のエースと謡われ、将来を熱望されていた、あの久遠湊が戻って来たと感じる。「ねぇ、加山良江の荷物は森崎家にあるのよね?」私がそう聞くと高嶺遼大が頷く。「あぁ、ある」そう言いながら私が何を言おうとしているのかを、高嶺遼大は分かっている。「愛沢くるみが居る間は、森崎家で加山良江の荷物を捜索するのは危険だろう。父さんには加山良江の部屋には鍵をかけておくように頼んではあるが。現状、愛沢くるみは油断しまくっているだろうから、その間に捜索はしたいところだな」愛沢くるみを森崎家から出さ
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58話 動き出した作戦

夜が明けかけている。そんな時間に行われたMRIの撮影は、院内の誰にも見られる事は無かった。一条和輝は高嶺遼大と何かを話し合い、聖カトリーナを出て行った。「大丈夫なの? 巻き込んで」そう私が言うと、高嶺遼大が頷く。「大丈夫だ、概要を少し話せば、アイツなら分かる」そう確信を持って言えるのは何故なんだろうと思っていると、高嶺遼大が少し笑って言う。「和輝はさ、大学時代から愛沢くるみを胡散臭いと感じてたんだ、俺と同じように」胡散臭いと言われて少し笑う。「だからアイツは信用出来る。大丈夫だ」その時、放射線技師に声を掛けられる。「終わりました」高嶺遼大を顔を見合わせ、頷き合い、歩き出す。MRIの画像を見ながら、診断して行く。特に前頭葉についてだ。「一見、異常の無いように見えるが……」高嶺遼大が胸ポケットからペンを取り出して、画像の一か所をそのペンで指す。「ここ」高嶺遼大の言いたい事は分かる。「ちょっと委縮しているわね」私がそう言うと後ろで見ていた湊も頷く。「そうだな」湊はそう言って、画像を見ている。自分のMRI画像をこんなにも冷静に、分析出来るものだろうか。「まぁ、日常生活に支障は無いだろうが、要経過観察だな」高嶺遼大がそう言う。「そうね」私がそう言うと、高嶺遼大が言う。「これで愛欲の女王の危険が立証された訳だ」私はふと心配になり、湊を見る。湊は平静を装っているけれど、きっと動揺しているだろう。「大丈夫?」私が湊に聞くと湊は苦笑して言う。「あまり実感は無い。だが、高嶺さんの解毒剤で解毒し始めた時から、自分の視界が開ける感覚があった。それだけ俺は汚染されていたんだろうな。汚染されていた時と比べると、今の方が気分が良い」そう言う湊は何だか少し変わった気がした。彼の冷静沈着な態度は、こんな時も発揮されている。「それで……」湊が腕を組みながら、高嶺遼大を見る。「くるみの方はどうするんだ?」そう聞く湊に高嶺遼大が背伸びをしながら言う。「それは俺の腹心の友に任せてある。事が上手く運べば……」高嶺遼大がそう言って腕時計を見る。「昼頃には愛沢くるみを森崎の家から出せるだろう」そして高嶺遼大は私と湊を見て言う。「とりあえず。今日はここまでにして、各々、仮眠を取ろう」◇◇◇ホテルに戻った私はシャワーを浴び、ベッドに倒れ
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59話 捜索

聖カトリーナに一度、向かう。担当している藤堂氏の方は順調に回復しているけれど、本人の意識はまだ戻らない。数値的には何も異常は無く、もうあと数日で意識が戻るだろうと、私も高嶺遼大も同じ見解だった。カルテや本人の状態を確認し、異常は無さそうで一安心だ。「燈先生」呼ばれて振り向くと、そこには一人の看護師。看護師はしっかりと私に対し、お辞儀をし、顔を上げると言う。「昨日はお疲れ様でした」そう言われて私は思い当たる。「あなた、昨日の……」昨日の夜、ERに搬入されて来た開放骨折の患者さんの処置をしていた時に、その看護師が居た事を思い出した。「昨日、燈先生が担当された患者さん……」そう言ってその看護師が振り返る。看護師の視線の先には昨日の患者さんが居た。「順調に回復しています」そう言われて私は微笑む。「そう、良かったわ」私は高嶺遼大に視線を送り、頷く。高嶺遼大も微笑んで頷く。私は歩き出しながら、その患者さんの方へ向かう。患者さんの名は、確か……片岡さんだ。「おはようございます」私が声を掛けると、片岡さんが私を見て微笑む。「おはようございます、先生」一緒に付いて来ていた看護師が片岡さんのカルテを見せてくれる。そのカルテを見て、微笑み、言う。「うん、大丈夫そうですね」私がそう言うと片岡さんが微笑む。「先生のお陰です」私はそう言われて微笑みながら言う。「この感じだと今日中にはICUから出られそうですね」◇◇◇燈が患者さんと微笑み合い、話している。そんな光景を見て、やっぱり燈には研究職よりも、現場の方が合っているんだろうと思う。天才医師Xとして様々な現場へ向かう度に思っていた事だ。いつかは、燈を現場に復帰させてあげたい、そう思う自分も居るが、手離せない自分も居る。燈が自分の手から離れてしまうかもしれない事が、自分にこれだけの不安感を持たせるのだと実感すると、そろそろ俺もちゃんと燈と向き合わなければ、と思う。「高嶺さん」そう声を掛けられ振り向く。そこには湊くんが来ていた。「湊くん」湊くんは昨日よりも顔色が良い。しっかり眠れたのだろう。「しっかり眠れたかい?」そう聞くと湊くんが微笑む。「はい、久しぶりにしっかり眠った気がします」俺はそう言う湊くんに聞く。「加山良江は?」そう聞くと湊くんの表情が引き締まる。「久遠家の方に軟禁
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60話 日記

私が手に持っているのはサロン・ド・オーキッドの書類。加山良江名義で作られた借用書だ。「ものすごい額だな」高嶺遼大がそう言う。「えぇ、そうね。一介の使用人である加山良江には到底、払い切れない額だわ」書類から視線を上げる。「どうしてこんなに多額の借金があるのかしら」そう独り言のように言うと、高嶺遼大が笑う。「まぁ、サロン・ド・オーキッドはそういう所だからな……」そう言って、高嶺遼大が私から離れ、部屋にあったノートPCを立ち上げる。私もそのノートPCを覗き込む。パスワードの入力になっている。「これじゃあ、見られないわね」そう言うと高嶺遼大が少し考え込む。「もしかしたら……」そう言って高嶺遼大はパスワードの入力画面の表示されている画面のまま、Enterキーを押す。すぐにノートPCが立ち上がる。「パスワードを設定していないって事?」私がそう聞くと高嶺遼大が笑う。「そうらしいな」私は溜息をついて言う。「そんな事、出来るのね」そう言うと、高嶺遼大が笑う。「大学時代にさ、そういう奴が居たんだよ。自分の持っているノートPCのパスワードの設定が面倒で何も入力しない奴」立ち上がったPCを操作する高嶺遼大に聞く。「どうしてパスワードが要らないかもって思ったの?」そう聞くと高嶺遼大がPCの中身を確認しながら言う。「借用書なんていう人の目に触れさせたくない大事なものをベッドのサイドボードの入れておく女だ、意外と面倒臭がりなんだろ」そう言われて納得する。表面上は綺麗に整頓されていて、乱れた所は無いように見える部屋。それでもサイドボードを開ければそこは、意外と乱雑にものが放り込まれていた。そして高嶺遼大の言うように、借用書という自分の弱みに繋がるものを不用心にもすぐに見つけられる所に放り込んであったのだ。「本当にあなたってすごいのね……」私が感心したようにそう言うと、高嶺遼大が私を見て聞く。「惚れ直した?」そう聞かれて私は笑う。「そうね」ノートPCに視線を移す。「どう? 何かありそう?」そう聞くと高嶺遼大が笑う。「あぁ、あったよ、大収穫だ」そう言いながら高嶺遼大が画面を切り替える。そこに映されていたのは。「……日記?」加山良江はノートPCに自身の日記を綴っていた。最新のものは昨日の日付。~燈お嬢様が森崎の家に来た。何をしに
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