「――この赤線をすべて消すには、王都10個ぶんの薔薇園を売り払っても足りませんわね」 国庫帳簿の頁は、血管の図みたいに赤い線で埋まっていた。 赤字。赤字。赤字。 線はまっすぐなのに、見ているだけで脈が乱れる。誰かの出血が、机の上に静かに広がっているようだった。 頁の端を指で押さえる。紙が乾いている。なのに指先だけが冷えた。 押収資料の山の中から、この帳簿が出てきた時、クロード様は眼鏡越しにただ言った。「読め」 命令みたいで、けれど逃げ道も同じだけ用意された声だった。 頁の隅に、ほんの小さな凹みがある。薔薇と硬貨を重ねた印章。金環会の金の輪とは違う、別の輪郭。 そして、そのすぐ横に細い字で商会名が紛れていた。 フェルディアのラーデン商会。 帝国の名が、国庫の赤線のそばで呼吸している。まだ意味は掴めない。けれど、嫌な匂いだけは確かだった。 扉が叩かれ、侍従が顔を出す。「侯爵令嬢。陛下が財政会議へお呼びです」 膝の上で手袋の指が勝手に折れる。私の席は、また増えた。椅子が増えるたび、背骨に重みが積もる。 王城の会議室は、寒いほど整っていた。 机は長く、椅子の背は高い。背の高さが、そのまま言葉の強さになる場所だ。 玉座に近い上座にレオンハルト陛下。右手にクロード様。黒と白の配色が、ここでも空気を締める。 反対側には古参の財務官僚たち。紙の匂いより先に、ため息の匂いが来た。 私は……机の端に置かれた小さな椅子へ案内される。宰相の隣ではない。隣の隣でもない。発言するなら、まず視線を泳がせて許可を探す距離。 椅子が、立場を説明していた。「では始める」 陛下の声が落ちる。書記官が頁をめくり、赤線が見える位置で止める。「王太子の浪費の穴は塞いだ。だが国庫は息をしていない。宰相」「税の前借りで延命は可能です。しかし、民の喉を締めます」 クロード様の言葉は淡々としている。淡々としているから、嘘が混ざらな
آخر تحديث : 2026-01-28 اقرأ المزيد