唯織は帰国後、D市にある高級プライベート・リハビリセンターの招きに応じ、心理リハビリ部門の副主任に着任した。海外での学びを国内の臨床現場に落とし込み、彼女の仕事ぶりは目覚ましい成果を上げていた。今の彼女は、仕立ての良いビジネススーツに身を包み、洗練されたメイクを施している。その立ち居振る舞いからは、プロとしての自信と余裕が滲み出ていた。背中の傷跡は今も残っている。けれど彼女は、それさえも自分の人生の欠かせない断片として受け入れ、ひた隠しにすることはもうなかった。今回、C市を訪れたのは、業界のサミットで基調講演を行うためだった。空港のロビーは、相変わらず多くの人々が行き交っている。唯織は小ぶりなスーツケースを引き、凛とした足取りで保安検査場へと向かった。講演は成功に終わり、気分は悪くない。D市に戻ってから着手する新しいプロジェクトに、早くも思いを馳せていた。その時、ふとした拍子に、少し離れた場所に立つ一人の男の姿が瞳に飛び込んできた。男は質の良いダークカラーのカジュアルジャケットを羽織り、背筋を伸ばして、俯き加減でスマホを見ていた。記憶にあるままの、冷ややかで端正な横顔。その静かな佇まいは、喧騒に満ちた空港の中で、そこだけが別の時間を湛えているかのような凪いだ空気を纏っていた。千隼だ。唯織の足が一瞬だけ止まったが、すぐに何事もなかったかのように歩き出した。かつての友人から、風の便りに聞いたことがある。千隼はその後、ゲストハウスを手放した。今は共同経営者と共に、高原トレッキングやアウトドア体験に特化した小さな会社を立ち上げ、富裕層向けのオーダーメイドツアーなども手掛けているらしい。彼にとって馴染み深く、そして何より得意とする「自然」と「彼方」向き合う生き方を、形を変えて守り続けているのだろう。どうやら、自分にふさわしい道を見つけたようだ。それでいい、と唯織は思った。彼の揺るぎない実力や実直な性格を考えれば、どこか別の場所に身を寄せ、浮き草のように彷徨っている姿など想像もつかない。こうして自らの足でしっかりと地を踏みしめ、着実に歩んでいること。その方が、ずっと……彼らしい気がした。立ち止まるつもりも声をかけるつもりもなかった。視線を逸らして通り過ぎようとしたその時、千隼が何かに気づいたように顔
Read more