【ユリアナ視点】 わたくしは急いで身支度を整えて、馬車に乗り込んだ。 王宮へ向かう途中、報告書を何度も読み返していた。 指先が震えて、紙がカサカサと音を立てる。 やはりそこには、『クレア・ユングホルツ嬢と婚約を結びます』という文字が、冷たく並んでいた。「クレア嬢が殿下の婚約者に、本当に?」 声に出して呟いた瞬間、胸の奥が鋭く痛んだ。 まるで鉄の爪で心臓を掴まれたような痛み。息が詰まり、喉がひりつく。 手が震えていて、思わず強く握りしめていた。紙がくしゃりと音を立てた。 正式に婚約するのかしら。(どうして?) 馬車の揺れに身を任せながら、わたくしは目を閉じた。 思い出すのは、婚約してからの頃。「ユリアナ嬢、ずっと一緒にいてくれますか?」 まだ幼かった殿下は、わたくしの隣で少し照れながら言っていた。 あの頃の殿下は、わたくしを「完璧な婚約者」として見つめてくれていました。 わたくしは完璧な令嬢であろうと必死でしたわね。 笑顔を崩さず、言葉を慎重に選んで、殿下の弱さを決して許さずに。 それが正しいことだと信じていた。「君との婚約を、ここで解消したい」 なのに、それから納得いく理由も告げられずに王宮の応接室で婚約破棄された。 何日かして、殿下は屋敷の応接室で床に頭をこすりつけた。 行動が理解できなかったものの、謝罪であることは分かった。 彼がした事で、わたくしの胸に走ったのは、怒りよりも深い痛みだった。 ”完璧じゃなかったから、捨てられた”。その思いが、わたくしを長い間縛り付けた。「わたくしを捨てたの?」 そして先日、殿下からもらった絵。 歪んだ線と、優しい横顔。 完璧じゃないけれども、温かさだけは確かに伝わってきた。 添えられた言葉、『完璧じゃなくても、この気持ちだけは変わらない』、今も脳裏に焼きついている。 あの瞬間
Last Updated : 2026-05-11 Read more