王太子に転生しましたが、なぜか悪役令嬢に土下座する羽目になりました

王太子に転生しましたが、なぜか悪役令嬢に土下座する羽目になりました

last updateLast Updated : 2026-05-03
By:  奈香乃屋載叶Updated just now
Language: Japanese
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王太子に転生した男子高校生・レオポルトは、判断疲れの末に悪役令嬢ユリアナとの婚約を破棄する。 これで全て解決した――はずだった。 だが、なぜか心は晴れず、王都で彼女の姿を見た瞬間、前世の記憶と「推し」だった事実を思い出してしまう。 後悔に突き動かされ、彼は最大級の謝罪として“土下座”を選ぶが、この世界にその意味は存在しなかった。 一方、土下座の意味を知るヒロインが騒ぎ立てたことで、転生者であることが露呈し、事態は思わぬ方向へ。 誤解と文化差が連鎖する中、王太子は本当に守りたいものを選び直すことになる。

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Chapter 1

第1話 悪役令嬢は土下座を知らない

 俺は、人生で初めて土下座をした。

(最短で信頼を取り戻すなら、これしかないと思った)

 形式も、言葉も、全部捨てる。

 ”誠意《せいい》だけを見せる”ーーそのはずだった。

 そして、その謝罪は思うようには進まなかった。

 過去、別の人物への謝罪時、他の手段は上手くいかなかったからだ。

 言葉で謝っただけだと、何か裏があるのではないかと疑われ、贈り物を送ったら、印象操作だと思われてしまった。

 だからこそあの日は、土下座しか手段が残されていないと思っていた。

 そして行った。

(段取りも、時間も、言葉も)

 

 現実は上手くいかなかった。

「いや、違うな。完璧だった”つもり”なだけだ」

 だからこそ、だろう。

 とある”成功例”を、俺は知っていた。

 だがそれは、物語の中の話だった。

 それをあの日、痛感《つうかん》することになった。

 時間を空ければ、その分だけ疑いは強くなる。

 なら、間を置かずに動くべきだ。

 ーーそう判断した。

 馬車がとある屋敷の前で停まった。

 俺はゆっくりと馬車から降りて、玄関へと向かっていく。

 従者はいない。

 ペトリコールの匂いが鼻に入ってくる。

 雨が降らなければいいが。

 扉の前に着いたら、扉を叩いて開くのを待った。

「どちら様でしょうか」

 この家の使用人が出てきた。

 俺の顔を見ても、見当がついていない様子だった。

 使用人は扉を開けた瞬間、わずかに後ずさりして問いかけてきた。

「レオポルドだ」

「え?」

 突然言ったからか、気づいていないようだった。

「シュナイエ王国、王太子だ」

 ”王太子”と言った瞬間、扉の向こうは空気が変化する。

 使用人が息を飲んでいるようだった。

「お、王太子殿下……大変失礼いたしました」

 使用人の謝罪の後に一瞬だけ静寂《せいじゃく》が訪れる。

 そして、使用人は驚きながら俺を見ていた。

「ほ、本日は、その?」

 静寂が破れたのは、使用人の緊張しながらの問いかけだった。

「ユリアナ嬢に会わせてほしい」

 彼女は公爵令嬢《こうしゃくれいじょう》で、この屋敷に住んでいる。

 俺の目的は彼女だった。

(ここで言う。理由も全部)

 そう決めていたはずなのに。

 喉が、ひどく乾いている。

 言葉を思い浮かべるたびに、何かが引っかかる。

 ーー言えば、終わる。

 何が?

 分からない。

 だが、言ってはいけない気がした。

「分かりました、中へ」

 俺は使用人に案内されて、客間へ。

「王太子がお越しになられたって!?」

「紅茶をすぐに用意しなさい!」

 侍女がバタバタと慌てている。

 すぐにカップに淹れられた紅茶が出される。

 湯気が立っていて、香りが鼻に入ってくる。

 だが飲んでいる余裕はない。

 椅子に座りながらユリアナ嬢がやってくるのを待っていた。

(ここで失敗するわけにはいかない)

 時計の針が動く音だけが耳に入ってくる。

 後は俺の深呼吸の音だけ。

(完璧にしないとな)

 タイミングを間違えたら失敗する。

(俺は”正しいこと”をしに来た)

「お待たせしましたわ」

 しばらくして、やってきたのは、ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ嬢。

 前に見たときと変わらない姿をしている。

 ドレスを着ていて麗しい。

 ユリアナ嬢は一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らした。

「……そのままで結構です」

 距離を詰めようとした瞬間、彼女はわずかに後ろへ下がる。

「近づかないでくださいませ」

 拒絶だった。

 分かっていたはずなのに、その一歩がやけに遠い。

 手を伸ばせば届く距離のはずなのに。

 その一歩が、どうしても埋まらない。

「ユリアナ嬢」

 彼女は、すぐには口を開かなかった。

 一度、呼吸を整えるように間を置く。

「……お話は、伺います」

 そう言ったものの、視線は合わせないままだった。

「殿下、本日はどういった……」

 俺は彼女の言葉を言い終わらないうちに、床に両手と膝をつけて、頭も床につくくらい身体を折る。

 礼服がしわになるが問題ない。

 彼女の顔が見えなくなるが仕方が無い。

「どうも、すみませんでした!」

 俺はユリアナ嬢に謝罪を行った。

 額を床につけながら。

 その瞬間、客間は静寂が襲いかかった。

「え?」

 ユリアナ嬢のドレスの裾《すそ》が僅《わず》かに揺れる音が聞こえるだけ。

「あの、今、何を?」

 表情は見えないものの、使用人は驚いているようだった。

 ユリアナ嬢も一歩遅れて驚いていた。

(早すぎたか?)

 こういうのは先手必勝だと思ったが。

「殿下?」

「突然、どうしたんですの?」

 俺の様子を見ているのだろうか、ユリアナ嬢も使用人も疑問を口にしていた。

「何故そんな事を?」

 やがてユリアナ嬢は口を開いた。

 困惑が混じったような感じで。

「貴方の礼服も床も汚れますわ」

「…………」

 俺はこの状態のままでいた。

 誠意を伝えるために。

「それにここは、王宮ではありませんわ」

 分かっている。

 だからこそだ。

「その姿勢は、どういう意味ですか?」

 俺が行っている姿勢に疑問を持っているようだ。

 だがさっきの言葉を含めて、ユリアナ嬢は察した。

「謝罪、ですか?」

「……そうだ」

 合っている。

 だから俺は肯定の返事をする。

「理由を、お聞きしても?」

 ユリアナ嬢は落ち着きながらも訊いてきた。

 訊きたいのは当然だろう。

 ユリアナ嬢はいつも通りだった。

 背筋を伸ばし、視線も逸らさない。

 ーー完璧だ。

 だからこそ、分かってしまう。

 カップを持つ指先だけが、わずかに震えていた。

(やめろ)

 言葉が喉元まで出かかる。

(それを言ったら)

 震えが、止まらなくなる気がした。

(言えない。言葉にした瞬間、全部崩れる)

 だが俺は言えなかった。

 言葉を探したけれども、見つからなくて失敗する。

「俺の未熟さだ」

 そして出てきたのは、抽象的な言葉だった。

 だがこれ以上、言葉が出てこない。

 しばらく静寂の時間が流れる。

 長時間のように俺は感じられた。

「殿下、顔をお上げください」

 俺は彼女にそう言われて、ユリアナ嬢の表情を見る。

「わたくしは、殿下が何をされたのかを知りません」

 無表情で目を逸られ、返事までに間があった。

 俺は何も言えず、ただユリアナ嬢の言葉を聞いていた。

「それは、”わたくしのため”ではありませんよね?」

 突き刺さるような鋭い言葉。

 ユリアナ嬢は視線を一瞬だけ、床に向ける。

「理由の分からない謝罪は、受け取れません」

 感情を持たずに淡々と俺に伝えた。

 その場では、何も変わらなかった。

「殿下のは”謝罪”ではなく、ただの自己満足です」

 ユリアナ嬢はそう俺に伝える。

「そのような形で謝罪されても、困ります」

 冷たい目は俺を拒絶していた。

「帰りなさい」

 ため息を吐きながら、ただユリアナ嬢はそう言った。

「…………」

 俺は何も言えない。

 謝罪だからこそ、何も言えなかったからだ。

「もう一度謝罪に来るのであれば、はっきりとわたくしに理由をお伝えください」

 ユリアナ嬢はそう言って、俺の前から離れていく。

 俺は立ち上がり、彼女の様子を見ていた。

 背筋は完璧に伸びていたが、指先が何となく震えているようだった。

 でも、そのまま追いかけることもなく、立ち尽くしていただけ。

 離れていくユリアナ嬢は、少し立ち止まるといったためらいはありながらも、振り返ることはなかった。

「紅茶、少々冷めてしまいましたが、飲まれますか?」

 使用人はカップを見たまま答える。

「いや、いい」

 俺は紅茶を飲むこと無く、屋敷を立ち去ることにした。

 馬車に戻るまでの間、額には床の冷たさが残っていた。

 外では雨が降り始めている。

 そしてユリアナ嬢が言っていた通り、礼服は汚れていた。

 謝罪は失敗した。

 あの時と同じだ。

 庭園で、紅茶を飲んでいた日もーー。

 あの時も、気づいていたはずだ。

 震えていたことに。

 それでも、俺は。

 見ないふりをした。

(段取りは決めていたはずなのに)

 どうして俺がこんな事をしてもなお、理由を言えなかったのか。

 何故、あの謝罪は失敗したのか。

 少し前に起きた出来事からだった。

 それでも俺は、すぐには理由を言えなかった。

 言葉にするには、もう一度ーー現実に向き合わなければならない。

(そうか、やり方が足りなかったのか)

 俺は分かった気になっていた。

 ーー今にしてみれば、逃げだったのかもしれない。

 前世の推し《・・》を、現実で傷つけた俺は最低だ。

(間違っているとは、思わなかった)

 俺は、彼女が好きだった。

 だから、壊した。

 一番、取り返しの付かない形で。

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第1話 悪役令嬢は土下座を知らない
 俺は、人生で初めて土下座をした。(最短で信頼を取り戻すなら、これしかないと思った) 形式も、言葉も、全部捨てる。  ”誠意《せいい》だけを見せる”ーーそのはずだった。  そして、その謝罪は思うようには進まなかった。  過去、別の人物への謝罪時、他の手段は上手くいかなかったからだ。  言葉で謝っただけだと、何か裏があるのではないかと疑われ、贈り物を送ったら、印象操作だと思われてしまった。  だからこそあの日は、土下座しか手段が残されていないと思っていた。  そして行った。(段取りも、時間も、言葉も)  現実は上手くいかなかった。「いや、違うな。完璧だった”つもり”なだけだ」 だからこそ、だろう。  とある”成功例”を、俺は知っていた。  だがそれは、物語の中の話だった。  それをあの日、痛感《つうかん》することになった。  時間を空ければ、その分だけ疑いは強くなる。  なら、間を置かずに動くべきだ。  ーーそう判断した。  馬車がとある屋敷の前で停まった。  俺はゆっくりと馬車から降りて、玄関へと向かっていく。  従者はいない。  ペトリコールの匂いが鼻に入ってくる。  雨が降らなければいいが。  扉の前に着いたら、扉を叩いて開くのを待った。「どちら様でしょうか」 この家の使用人が出てきた。  俺の顔を見ても、見当がついていない様子だった。  使用人は扉を開けた瞬間、わずかに後ずさりして問いかけてきた。「レオポルドだ」「え?」 突然言ったからか、気づいていないようだった。「シュナイエ王国、王太子だ」 ”王太子”と言った瞬間、扉の向こうは空気が変化する。  使用人が息を飲んでいるようだった。「お、王太子殿下……大変失礼いたしました」 使用人の謝罪の後に一瞬だけ静寂《せいじゃく》が訪れる。  そして、使用人は驚きながら俺を見ていた。「ほ、本日は、その?」 静寂が破れたのは、使用人の緊張しながらの問いかけだった。「ユリアナ嬢に会わせてほしい」 彼女は公爵令嬢《こうしゃくれいじょう》で、この屋敷に住んでいる。  俺の目的は彼女だった。(ここで言う。理由も全部) そう決めていたはずなのに。  喉が、ひどく乾いている。  言葉を思い浮かべるたびに、何かが引っかかる。  ーー言えば、終わ
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第2話 正しいより楽
 時間は数週間前に戻る。  いつものように公務が忙しかった。「この部分だが、君はどう思う?」 俺は王都にあるシュナイエ王国の王宮において、青髪の子爵令嬢《ししゃくれいじょう》のクレア・ユングホルツ嬢に意見を求めた。  資料の確認をするためだ。「私は、殿下のご判断が最善だと思います」「そうか」 クレア嬢は決断をしなかった。  俺の判断が正しいと言ってくれた。  その途端に、肩の力が抜ける。  間違ってもいい。  そう言われている気がした。  ーー楽だ。  ユリアナ嬢は、違った。  あの人はいつも正しかった。  だから、俺は。「君の意見で確信が持てた。ありがとう」「いえ、殿下の考えは正しいですから。あなたは王太子ですので」「王太子、か。確かにな」 俺はちょっとクレア嬢に笑みを見せる。  すると彼女も微笑み返した。「ふふ、そういったところ、魅力的です」「そう言ってくれると嬉しい」 クレア嬢は肯定的に捉えてくれる。  それが俺の心を惹きつけた。  婚約者がいるのにな。  クレア嬢は、迷うことそのものを否定しなかった。  それが、俺にはありがたかった。「そうだよな」 俺は彼女に対して、そう呟いた。  だからこそ、意見を訊くんだよな。(俺だって迷うよな)「クレア嬢、ちょっと良いだろうか?」 何日かして、彼女に意見を求めた。  ちょっと遠慮《えんりょ》がちに。「迷われていますのね」「ああ」 彼女は俺の様子を察して、優しく微笑んでいた。  少々安心する。「俺だってただの人間だからな」 先日クレア嬢に言ってくれた事を返した。「勿論ですよ。迷われるのは、真剣だからだと思います」 クレア嬢は頷きながら俺の事を肯定してくれる。「私としてはーー」 そして意見を言ってくれた。  俺は楽になった気持ちになる。「ありがとう。つっかえていたものが取れた気分だよ」「ふふ、そんな所が私はお好きですよ」 笑顔を見せてくれるクレア嬢。  水が流れるように、俺は楽な方向へ心が向いていく。「君は縛らないな」「そんな。私はただ、殿下を尊敬しているだけです」 彼女がそう言ってくれる事に心が温かくなる。「あのレオポルド殿下、お疲れではありませんか?」 少し経って、業務が終わったタイミング。  そこでクレア嬢は
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第3話 婚約破棄
 数日後、王宮にある応接室。  そこで俺は立ってある人物を待っていた。  侍女《じじょ》を通じて、やってくるように伝えている。「失礼いたしますわ」 やってきたのはユリアナ嬢。  礼をしながら応接室に入ってくる。  いつもと変わらない表情をしていて、何も不安に思っていない。「来てくれてありがとう。時間は取らせない」「殿下、どういった用件でしょうか?」 一呼吸置いて、伝えることにする。「君との婚約を、ここで解消したい」「……っ!」 ユリアナ嬢は驚いた表情をしていた。  確かにそうなるよな。  でも取り乱すこともなく、ただ考えているようだった。「理由を、お聞きしても?」 次に彼女が口にした事は理由を訊ねるもの。  彼女には心当たりが無いようだ。  俺は彼女に視線を合わせず、書類を差し出す。  それは、婚約を解消する旨《むね》を書いたもの。  これによって、完全に俺とユリアナ嬢は婚約を解消することになる。  ユリアナ嬢は震えることなく、書類を手に取った。  ただ、指先が一瞬だけ紙の端を強くつまんでいるようだったが。「理由か。これは、君のためだ」「わたくしのため?」 きょとんとしている。「君は、正しい王妃になる人だ」 それは間違っていないと思う。  ユリアナ嬢と結婚すれば、彼女は正しい王妃になれるだろう。「だが、俺にはそれを受け止めきれなかった。それ以上の説明は、出来ない」 俺は謝罪をせず、ただ理由を伝えていく。  それを感情もぶつけずにユリアナ嬢は聞いていた。  言葉を遮らず、ただ淡々と。  俺の言葉が終わると、ユリアナ嬢が口を開く。「わたくしが、殿下のお役に立てなかったのでしょうか?」 問いかけた声のトーンが、わずかに低くなる。「いや。何も」 その問いかけに対して、俺は間を置かずに答えていく。  即答と言ってもいいくらいに。  確かに彼女は悪くない。  役に立っている。立てなかったことはない。「これまでの尽力に、感謝している」 俺はユリアナ嬢に一礼をして出ていこうとする。  彼女は俺に縋るわけでもなく、ただ俺を見ていた。「必要な手続きは、後日こちらで行う」「分かりましたわ、殿下」 彼女は泣くことはなく、怒るわけでもなく、俺に対して一礼を返した。  姿勢は正しく、王太子の婚約者とし
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第4話 二度目の謝罪
「う~ん」 俺は悩みながら、王宮の廊下を歩いていた。  あれ、何か新鮮だな、この廊下を歩くのも。理由は分からないが。「それにしても」 ずっと歩いているのが新鮮に感じてしまう事、に関してはどっちでもいい。  今の状態としては、別の事で悩み中だ。「ユリアナ嬢、許してくれるかな」 二度目の土下座をしたいが、いつにするかを決めかねていた。  すぐにユリアナ嬢の屋敷へ向かっては、呆れられるだけだろう。  だから、多少は時間を置いて謝罪をしたほうがいい。  でも、どのタイミングで?  それが一番の悩みだ。  顎に手を当てながら考えていた。「殿下、何か悩まれているのでしょうか?」「すまない。変なところを見られてしまって」 クレア嬢が俺の様子を見て、微笑みながら優しく話しかけてきた。  しまったな。  彼女は当事者じゃないのに。  俺とユリアナ嬢の問題だからな。「もしかして、ユリアナ様の事でしょうか?」 分かるのか。  確かに先日、婚約破棄したことを伝えている。  だから察しがつくだろうな。「ああ。婚約破棄してから、冷静になってみたんだ。そうしたら、間違いだって思うようになってな」 そのため、俺は表面上であるがクレア嬢にユリアナ嬢への気持ちを伝える。「ま、間違いですか」 そう口にしながら、クレア嬢は一瞬だけ視線を落とした。  まるで、答えが分かっていたのに、聞いてしまったかのように。「謝罪をしたんだが、受け入れてもらえなかった」「せ、先日のってそれですか?」「ああ、そうだ」「ゆ、ユリアナ様と?」 クレア嬢の目が一瞬、悲しげに揺れた。彼女も、何かを知っているような……?  それに言葉が震えまくっている。  何が起きているんだ。「大丈夫か?」「は、はい」 落ち着かないな。  さっきまでは平常だったのに。  悪いことでも言ってしまったのか?「もしも再び謝罪をするなら、いつが良いだろうか?」「そうですね。すぐでもいけませんし、時間が空きすぎてもいけませんので、数日後がいいかと」 数日後か。  確かにそれが良いかもしれない。  やがてクレア嬢の様子は、完全ではないものの徐々に落ち着いていって、普通に話していた。「ありがとう」「……殿下の謝罪が上手くいくといいですね」 ぎこちない微笑みを見せながら、ク
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第5話 王太子は推しを切ったのか?
【ユリアナ視点】「……殿下」 |あの時《婚約破棄の日》、殿下が出ていって、扉が閉まった。  静かだったけれども、今までよりも冷たかった。  足音は遠ざかっていく。  わたくしは追いかけることもせずに、応接室で立ったまま。  遠ざかっていくと、応接室には静寂が訪れる。  聞こえるとすれば廊下を歩く侍女の足音くらいだろう。「本当なのね」 机の上に置かれた婚約破棄の書類を見てみる。  はっきりと、レオポルド殿下とわたくし”ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ”が婚約を解消する旨を書かれている。  殿下の署名もあるし、王家の印もあってこれが正式書類だって分かる。  偽造《ぎぞう》なんてありえないくらいに。「本当に、終わったのね」 わたくしは殿下との婚約を破棄された。  その事実は、時間が経つにつれてはっきりとわたくしにのしかかる。  殿下の、『君のため』という言葉が、胸に刺さる。わたくしのため? それなら、なぜ理由を言わないの? わたくしは……ただ、選ばれたかっただけなのに。  わたくしは無意識に指先で、書類の端を軽く折った。「どうしてなの?」 何が原因だったのかしら。  思い出そうとしても、心当たりがない。  いつから殿下は、わたくしとの婚約を破棄しようとしたのか。  そのきっかけって何だったの。  わたくしはその際に、何をしてしまったのか。  思考を巡らせながらその心当たりを探っていく。  でも、見当たらない。  何がいけなかったのだろうか。  気づかないうちにわたくしは殿下へ、粗相をしていたのか。  わたくしすらも知らない癖的な言動が、殿下を失望させてしまったのか。  もしかしたら、その時にわたくしが謝って態度を変えれば、婚約破棄にならなかったのだろうか。  考えれば考えるほど、問いだけが増えていく。  けれど、答えに繋がるものは一つも見つからなかった。「分かりませんわ」 思い出してみるけれども、失言はしていないはず。   言動には気をつけていたはず。癖で出ていたであろうものも含めて。  婚約者として、殿下を支えていたはず。職務的なのも積極的に行っていた。  なのに、どうして。  ”王太子なのに”とか、”王太子失格ですわ”といった事を言って、殿下を否定した覚えがない。「……何も思い当たらない」 
last updateLast Updated : 2026-02-05
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第6話 殿下は再び床に頭をこすりつけた
【ユリアナ視点】 この日、夜明け後にわたくしへ使用人のサルチャクから報告があった。  まだベッドで起きてすぐに。「殿下がお見えです」 朝早くから?  そして報告したサルチャクは、諦めているような目をして疲労を見せていた。  ただ、わたくしにとっては驚きもしなかった。(やはり来ましたのね) それだけの感情。  もう一度来るって事は予想できた。  先日の謝罪、殿下は頭を床につけて謝罪の言葉だけを伝えた。  跪いて、わたくしに許しを請《こ》うて。  明らかにおかしな状況。  しかも、何に対して謝罪をしようとしているのかを、何も言わず。  だからわたくしは、謝罪を受け入れられなかった。  婚約破棄に関する事かもしれない。  でも、それならば言ってほしかった。  理由も訊きたかったから。  謝罪だとすれば、今日は言ってくれるのだろうか。「通しなさい。でも客間とは違う場所に」 わたくしはそうサルチャクに伝えた。「かしこまりました」 寝間着から着替えて、殿下が通されたであろう部屋に行ってみる。  殿下が通されたのは小さいながらも庭がよく見える部屋で、わたくしにとってはお気に入りだったりする。  彼はどんな言葉をわたくしに言うのだろうか。  そう思いながら部屋に。  部屋に入ってみると、そこには既に先日を同じような体勢を取った殿下が。「殿下」 わたくしは元婚約者でありながらも、冷たく淡々と言葉を話していく。  そして近くにある椅子に座って、話を聞くことにした。「また謝罪ですのね」「俺は君のために婚約破棄をした。だが、それが正しかったのか分からなくなった」 やはり謝罪は、婚約破棄に関することですのね。  分からなくなったって。迷っているじゃないの。  だからこそ謝っているのだろうけれど、なら婚約破棄する前に、気づかなかったのかしら。  私は何も言わずに聞いていく。  すると、殿下は前世に関することを話していた。  前世ーー伝承等《でんしょうとう》で見聞きしたことがある。  別世界の人物が転生することがあると。  本当にあるのね。  しかも、殿下がその人物だなんて。  わたくしはそれでも驚きを見せず、ただ聞くだけ。  ”推し”って分からないけれど、前世ではわたくしを好いていたのね。  確かにわたくしも
last updateLast Updated : 2026-02-21
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第7話【土下座は前世を知っているものだけが使う】
 足音が遠ざかっていく。  一度も、振り返る気配はなかった。「お嬢様は戻りました」 そう言われるまで、俺は土下座をしたまま。  既に謝罪をする相手は、居なくなっている。  だから頭を上げてゆっくりと立ち上がる。  額と膝には、床から伝わった冷たさが残っている。  先日よりもより、はっきりと。「出口までご案内いたします」 使用人に案内されて、屋敷の外へ。  彼の言葉は、以前より淡々としている。  屋敷の雰囲気が冷たく感じた。  丁寧だが、最初に来たときよりも距離があった。  出ると、扉は静かに閉じられる。  だが音が重かった。(終わった、のか?) 屋敷を出たタイミングでも、その実感がまだ起こらなかった。  拒絶された実感すらない。  それは、『帰りなさい』や『お引き取りを』って言われず、使用人にも物理的な行動をされず、追い返されなかったのもあるが。  扉から門へと向かっていく庭の間にある道。  太陽は完全に昇っていて、空は水色に染まっている。橙色は少ない。  陽光が俺の影を長く伸ばしていく。(謝罪、受け取ってもらえなかった) ユリアナ嬢の言葉が、ゆっくりと頭の中で反響する。  『殿下は、わたくしに謝りに来たのではありませんわ』  『”安心したい”だけですわ』  『殿下、わたくしは”二度と捨てられない未来”を約束できない方とは、関われません』  はっきりと、俺に突きつけた言葉。  庭を歩いていく度に、足音と共に反響した言葉が何度も何度も。  正論であるが、ある意味断罪するような、冷たいもの。  でもそれだけ婚約破棄によって、ユリアナ嬢を傷つけた事になる。  明らかに俺が間違っていた。  時が戻れるなら、婚約破棄直前で俺を殴りたい。(俺は、許される前提で来ていた) 土下座をして、前世の事だけじゃなくて、全部を話した。  それで許されて、戻れると思っていた。  ゲームと同じような世界だから。  パワーの強い行動をすれば、ゴリ押せると。  でも結果は違っていた。  俺がしていたのは、謝罪ではなく、回復魔法。  壊れてしまった関係すらも戻せるような、ありもしない回復魔法唱えていた。  だからこそ、『謝ったから戻る』と思っていた。  ゲームにも存在しないし、この世界にもないが。「拒絶されたんだな
last updateLast Updated : 2026-03-01
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第8話【ハッピーエンドは燃えた】
「面白いな。仲間に出会えるなんて」 書庫は埃と紙の匂いに包まれていた。 足音も吸い込まれそうなほど、静けさに包まれている。 俺とクレア嬢の会話音だけが聞こえるだけ。 それにしても、ヒロインも転生者なんてな。「”仲間”って言わないでください。今、私のエンディングが燃えましたから」「俺も燃えた。いや、爆散《ばくさん》した」 両方ともハッピーエンドが吹き飛んだ訳。 面白いのか面白くないのか、分からないが。「爆散したのに、何で土下座をするんですか」「する前提で考えていた」「やめて」 頭を抱えながら、呟くクレア嬢。 それでもため息をつき、その流れで深呼吸をして、表情を戻した。「ユリアナ嬢へ謝罪をしたいですか?」 真面目な表情で彼女はそう問いかけた。「ああ」 俺はそれに対して頷く。「分かりました、あちらへ行きましょう」 事務のためにある机と椅子。 それぞれ俺達はその椅子に座ることにした。 クレア嬢はメモ帳を取り出し、机の上には資料を広げていく。「いいですか殿下。ここから先、”ゲームの攻略”は禁止です」「俺は攻略対象なんだぞ?」 だから攻略なんてしていないと思っている。 むしろ攻略される側だろ。「それに、ゲームの攻略みたいに俺と結ばれようとしていたのは、クレア嬢の方だろ」「今は関係ありませんから」 だがそれをクレア嬢は突っぱねていた。「それに今は”国の地雷”です」「地雷」 どれだけ危ないんだよ。 攻略って。「踏みましたよね。一度」「土下座のことを言うなら、実は二度踏んでいる」「はぁ、二度もしたんですね」 呆れかえっていた。 確かに謝罪だけを伝えていた
last updateLast Updated : 2026-04-28
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第9話【転生者同士】
「続きをしよう。今すぐ」 ユリアナ嬢から書状を握りしめたまま、クレア嬢へそう伝える。 講習会をして、謝罪の作法を身に付けるために。 彼女からの書状の要求を叶えるために。 握っている書状に、力が入る。 紙が、わずかに音を立てた。(遅い) 今日、拒絶されたばかりだ。 それでも、まだ足りない気がした。「今すぐ、の前に殿下。深呼吸」「すぅ~はぁ~」 そう言われ、深く息を吸って、吐く。 心が落ち着く。「声量は?」「小さめ」「”はい”」「……はい」 小さい声で返事をする。 クレア嬢は完全に先生であった。「よろしい。ですが、外を見てください」 廊下の窓を見てみると、空は暗くなっていた。 橙色は見えなくて、濃い藍色に染まっていて星がよく見える。「夜になっている」 いつもだったら、そろそろ夕食になる。 今日はクレア嬢と一緒だったが。「そうですね。私に二度目の転生を行わせたいなら、このまましましょうか」 二度目の転生って。 クレア嬢ははっきりと、圧を加えていた。 過労死させたいのかと。「まあ、転生してもまたヒロインになれるわけではないですし、私も休みたいから、明日にしましょう」 講習会をしたのが、夕方だったからな。 仕方ないかもしれないが。 にしても、クレア嬢の二度目の転生はモブってか? もうちょっと良いポジションを希望しても良いんじゃ。「ああ」「殿下」 クレア嬢は少しだけ声を落とした。「謝る時、一番大事なのは何だと思いますか?」 俺を見つめている。「言葉か?」「違います」 即答だった。「”何を壊したか&rdqu
last updateLast Updated : 2026-04-29
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第10話【封筒は間違えないように】
「おはようございます、殿下《でんか》」 次の日、クレア嬢は朝に俺の執務室へやってきた。 メモ帳を手に持ちながら。「クレア嬢、おはよう」「さて、昨日の続きをしましょう」 講習会の続きだな。「ああ」「殿下。次の行動は”訪問”ではありません」 クレア嬢が最初に言い放ったのは、俺が考えていたものとは違った事であった。「だが謝罪は直接ーー」「禁止です。”許しを取りに行く動き”に見えます」 俺の言葉を遮《さえぎ》る形で否定した。「じゃあ、どうする」「文書《ぶんしょ》です。短く、事実だけ。許しを請わない」「……文書、俺が?」 確かに王太子として、個人的な文書は何度も書いているが。 ユリアナ嬢に謝罪文を書くのか。「王太子だからこそ、です」 クレア嬢ははっきりと言い放った。 俺は机の中にある引き出しから便箋を取り出して、書いていくことに。「まずは殿下が思う感じで書いてください」 そう言われて、俺が思う感じの謝罪文を書いていく。 少しして書き上がった。『ユリアナ嬢へ、君のためだったという婚約破棄の理由は間違いでした。土下座してお詫びします。婚約者という関係に必ず戻します。ですので許してください』 それをクレア嬢に見せる。 するとじっくりと読んだ後、赤いインクに漬《つ》けたペンで添削を行っていく。「まず、ここ。”許してください”。禁止です」 バツ印が上書きされるように書かれた。「次、ここ。”君のため”。NGワードです」 バツ印。「次、ここ。”土下座”。外交事故です」 バツ。「次、ここ。”必ず戻します”。脅迫《きょうはく》に聞こえま
last updateLast Updated : 2026-04-30
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