LOGIN王太子に転生した男子高校生・レオポルトは、判断疲れの末に悪役令嬢ユリアナとの婚約を破棄する。 これで全て解決した――はずだった。 だが、なぜか心は晴れず、王都で彼女の姿を見た瞬間、前世の記憶と「推し」だった事実を思い出してしまう。 後悔に突き動かされ、彼は最大級の謝罪として“土下座”を選ぶが、この世界にその意味は存在しなかった。 一方、土下座の意味を知るヒロインが騒ぎ立てたことで、転生者であることが露呈し、事態は思わぬ方向へ。 誤解と文化差が連鎖する中、王太子は本当に守りたいものを選び直すことになる。
View More俺は、人生で初めて土下座をした。
そして、その謝罪は思うようには進まなかった。(段取りも、時間も、言葉も)
現実は上手くいかなかった。「いや、違うな。完璧だった”つもり”なだけだ」
だからこそ、だろう。
とある”成功例”を、俺は知っていた。 だがそれは、物語の中の話だった。 それをあの日、痛感することになった。 馬車がとある屋敷の前で停まった。 俺はゆっくりと馬車から降りて、玄関へと向かっていく。 従者はいない。 ペトリコールの匂いが鼻に入ってくる。 雨が降らなければいいが。 扉の前に着いたら、扉を叩いて開くのを待った。「どちら様でしょうか」
この家の使用人が出てきた。
ただ俺の顔を見ても、見当がついていないようだった。 まあ、当然だろうな。「レオポルドだ」
「え?」
突然言ったからか、気づいていないようだった。
「シュナイエ王国、王太子だ」
「お、王太子殿下……大変失礼いたしました」
俺がそう言ったら、謝罪の後に一瞬だけ静寂が訪れる。
謝罪の後、使用人は驚きながら俺を見ていた。「ほ、本日は、その……?」
静寂が破れたのは使用人の緊張しながらの問いかけだった。
「ユリアナ嬢に会わせてほしい」
彼女は公爵令嬢で、この屋敷に住んでいる。
俺の目的は彼女だった。「分かりました、中へ」
俺は使用人に案内されて、客間へ。
「王太子がお越しになられたって!?」
「紅茶をすぐに用意しなさい!」
侍女がバタバタと慌てている。
すぐにカップに淹れられた紅茶が出される。 湯気が立っていて、香りが鼻に入ってくる。 だが飲んでいる余裕はない。 椅子に座りながらユリアナ嬢がやってくるのを待っていた。(ここで失敗するわけにはいかない)
時計の針が動く音だけが耳に入ってくる。
後は俺の深呼吸の音だけ。(完璧にしないとな)
タイミングを間違えたら失敗する。
(俺は”正しいこと”をしに来た)
「お待たせしましたわ」
しばらくして、やってきたのは、ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ。
前に見たときと変わらない姿をしている。 ドレスを着ていて麗しい。「ユリアナ嬢」
「殿下、本日はどういった……」
俺は彼女の言葉を言い終わらないうちに、床に両手と膝をつけて、頭も床につくくらい身体を折る。
礼服がしわになるが問題ない。 彼女の顔が見えなくなるが仕方が無い。「どうも、すみませんでした!」
俺はユリアナ嬢に謝罪を行った。
額を床につけながら。「え?」
「……今、何を?」
表情は見えないものの、使用人は驚いているようだった。
ユリアナ嬢も一歩遅れて驚いていた。(早すぎたか?)
こういうのは先手必勝だと思ったが。
「……殿下?」
「突然、どうしたんですの?」
俺の様子を見ているのだろうか、ユリアナ嬢も使用人も疑問を口にしていた。
「何故そんな事を?」
やがてユリアナ嬢は口を開いた。
困惑が混じったような感じで。「貴方の礼服も床も汚れますわ」
「…………」
俺はこの状態のままでいた。
誠意を伝えるために。「それにここは、王宮ではありませんわ」
分かっている。
だからこそだ。「その姿勢は、どういう意味ですか?」
俺が行っている姿勢に疑問を持っているようだ。
だがさっきの言葉を含めて、ユリアナ嬢は察した。「謝罪、ですか?」
「……そうだ」
合っている。
だから俺は肯定の返事をする。「理由を、お聞きしても?」
ユリアナ嬢は落ち着きながらも訊いてきた。
訊きたいのは当然だろう。(言えない。言葉にした瞬間、全部崩れる)
だが俺は言えなかった。
言葉を探したけれども、見つからなくて失敗する。「……俺の未熟さだ」
そして出てきたのは、抽象的な言葉だった。
だがこれ以上、言葉が出てこない。 しばらく静寂の時間が流れる。 長時間のように俺は感じられた。「殿下、顔をお上げください」
俺は彼女にそう言われて、ユリアナの表情を見る。
「わたくしは、殿下が何をされたのかを知りません」
無表情で目を逸られ、返事までに間があった。
「…………」
「理由の分からない謝罪は、受け取れません」
感情を持たずに淡々と俺に伝えた。
その場では、何も変わらなかった。「殿下のは”謝罪”ではなく、ただの自己満足です」
ユリアナ嬢はそう俺に伝える。
「帰りなさい」
ため息を吐きながら、ただユリアナ嬢はそう言った。
「…………」
俺は何も言えない。
謝罪だからこそ、何も言えなかったからだ。「もう一度謝罪に来るのであれば、はっきりとわたくしに理由をお伝えください」
ユリアナ嬢はそう言って、俺の前から離れていく。
俺は立ち上がり、彼女の様子を見ていた。 でも、そのまま追いかけることもなく、立ち尽くしていただけ。 ユリアナ嬢は少し立ち止まるといったためらいはありながらも、振り返ることはなかった。「紅茶、少々冷めてしまいましたが、飲まれますか?」
使用人はカップを見たまま答える。
「いや、いい」
俺は紅茶を飲むこと無く、屋敷を立ち去ることにした。
外では雨が降り始めている。 謝罪は失敗した。(段取りは決めていたはずなのに)
どうして俺がこんな事をしてもなお、理由を言えなかったのか。
何故、あの謝罪は失敗したのか。 少し前に起きた出来事からだった。 それでも俺は、すぐには理由を言えなかった。 言葉にするには、もう一度ーー現実に向き合わなければならない。ーー今にしてみれば、逃げだったのかもしれない。
前世の「お嬢様は戻りました」 そう言われるまで、俺は土下座をしたまま。 既に謝罪をする相手は、居なくなっている。 だから頭を上げてゆっくりと立ち上がる。「出口までご案内いたします」 使用人に案内されて、屋敷の外へ。 屋敷の雰囲気が冷たく感じた。 丁寧だが、最初に来たときよりも距離があった。 出ると、扉は静かに閉じられる。 だが音が重かった。(終わった、のか?) 屋敷を出たタイミングでも、その実感がまだ起こらなかった。 拒絶された実感すらない。 それは、『帰りなさい』や『お引き取りを』って言われず、使用人にも物理的な行動をされず、追い返されなかったのもあるが。 扉から門へと向かっていく庭の間にある道。 太陽は完全に昇っていて、空は水色に染まっている。橙色は少ない。(謝罪、受け取ってもらえなかった) ユリアナ嬢の言葉が、ゆっくりと頭の中で反響する。 『殿下は、わたくしに謝りに来たのではありませんわ』 『”安心したい”だけですわ』 『殿下、わたくしは”二度と捨てられない未来”を約束できない方とは、関われません』 はっきりと、俺に突きつけた言葉。 正論であるが、ある意味断罪するような、冷たいもの。 でもそれだけ婚約破棄によって、ユリアナ嬢を傷つけた事になる。 明らかに俺が間違っていた。 時が戻れるなら、婚約破棄直前で俺を殴りたい。(俺は、許される前提で来ていた) 土下座をして、前世の事だけじゃなくて、全部を話した。 それで許されて、戻れると思っていた。 ゲームと同じような世界だから。 パワーの強い行動をすれば、ゴリ押せると。 でも結果は違っていた。 俺がしていたのは、謝罪ではなく、回復魔法。 壊れてしまった関係すらも戻せるような、ありもしない回復魔法唱えていた。 だからこそ、『謝ったから戻る
【ユリアナ視点】 この日、夜明け後にわたくしへ使用人のサルチャクから報告があった。 まだベッドで起きてすぐに。「殿下がお見えです」 朝早くから? そして報告したサルチャクは、諦めているような目をして疲労を見せていた。 ただ、わたくしにとっては驚きもしなかった。(やはり来ましたのね) それだけの感情。 もう一度来るって事は予想できた。 先日の謝罪、殿下は頭を床につけて謝罪の言葉だけを伝えた。 跪いて、わたくしに許しを請《こ》うて。 明らかにおかしな状況。 しかも、何に対して謝罪をしようとしているのかを、何も言わず。 だからわたくしは、謝罪を受け入れられなかった。 婚約破棄に関する事かもしれない。 でも、それならば言ってほしかった。 理由も訊きたかったから。 謝罪だとすれば、今日は言ってくれるのだろうか。「通しなさい。でも客間とは違う場所に」 わたくしはそうサルチャクに伝えた。「かしこまりました」 寝間着から着替えて、殿下が通されたであろう部屋に行ってみる。 殿下が通されたのは小さいながらも庭がよく見える部屋で、わたくしにとってはお気に入りだったりする。 彼はどんな言葉をわたくしに言うのだろうか。 そう思いながら部屋に。 部屋に入ってみると、そこには既に先日を同じような体勢を取った殿下が。「殿下」 わたくしは元婚約者でありながらも、冷たく淡々と言葉を話していく。 そして近くにある椅子に座って、話を聞くことにした。「また謝罪ですのね」「俺は君のために婚約破棄をした。だが、それが正しかったのか分からなくなった」 やはり謝罪は、婚約破棄に関することですのね。 分からなくなったって。迷っているじゃないの。 だからこそ謝っているのだろうけれど、なら婚約破棄する前に、気づかなかったのかしら。 私は何も言わずに聞いていく。 すると、殿下は前世に関することを話していた。 前世ーー伝承等《でんしょうとう》で見聞きしたことがある。 別世界の人物が転生することがあると。 本当にあるのね。 しかも、殿下がその人物だなんて。 わたくしはそれでも驚きを見せず、ただ聞くだけ。 ”推し”って分からないけれど、前世ではわたくしを好いていたのね。 確かにわたくしも
【ユリアナ視点】「……殿下」 |あの時《婚約破棄の日》、殿下が出ていって、扉が閉まった。 静かだったけれども、今までよりも冷たかった。 足音は遠ざかっていく。 わたくしは追いかけることもせずに、応接室で立ったまま。 遠ざかっていくと、応接室には静寂が訪れる。 聞こえるとすれば廊下を歩く侍女の足音くらいだろう。「本当なのね」 机の上に置かれた婚約破棄の書類を見てみる。 はっきりと、レオポルド殿下とわたくし”ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ”が婚約を解消する旨を書かれている。 殿下の署名もあるし、王家の印もあってこれが正式書類だって分かる。 偽造なんてありえないくらいに。「本当に、終わったのね」 わたくしは殿下との婚約を破棄された。 その事実は、時間が経つにつれてはっきりとわたくしにのしかかる。 殿下の、『君のため』という言葉が、胸に刺さる。わたくしのため? それなら、なぜ理由を言わないの? わたくしは……ただ、選ばれたかっただけなのに。「どうしてなの?」 何が原因だったのかしら。 思い出そうとしても、心当たりがない。 いつから殿下は、わたくしとの婚約を破棄しようとしたのか。 そのきっかけって何だったの。 わたくしはその際に、何をしてしまったのか。 思考を巡らせながらその心当たりを探っていく。 でも、見当たらない。 何がいけなかったのだろうか。 気づかないうちにわたくしは殿下へ、粗相をしていたのか。 わたくしすらも知らない癖的な言動が、殿下を失望させてしまったのか。 もしかしたら、その時にわたくしが謝って態度を変えれば、婚約破棄にならなかったのだろうか。 考えれば考えるほど、問いだけが増えていく。 けれど、答えに繋がるものは一つも見つからなかった。「分かりませんわ」 思い出してみるけれども、失言はしていないはず。 言動には気をつけていたはず。癖で出ていたであろうものも含めて。 婚約者として、殿下を支えていたはず。職務的なのも積極的に行っていた。 なのに、どうして。 ”王太子なのに”とか、”王太子失格ですわ”といった事を言って、殿下を否定した覚えがない。「……何も思い当たらない」 だから、さっき殿下が言っていた事を思い出す。 『君のためだ』
「う~ん」 俺は悩みながら、王宮の廊下を歩いていた。 あれ、何か新鮮だな、この廊下を歩くのも。理由は分からないが。「それにしても」 ずっと歩いているのが新鮮に感じてしまう事、に関してはどっちでもいい。 今の状態としては、別の事で悩み中だ。「ユリアナ嬢、許してくれるかな」 二度目の土下座をしたいが、いつにするかを決めかねていた。 すぐにユリアナ嬢の屋敷へ向かっては、呆れられるだけだろう。 だから、多少は時間を置いて謝罪をしたほうがいい。 でも、どのタイミングで? それが一番の悩みだ。 顎に手を当てながら考えていた。「殿下、何か悩まれているのでしょうか?」「すまない。変なところを見られてしまって」 クレア嬢が俺の様子を見て、微笑みながら優しく話しかけてきた。 しまったな。 彼女は当事者じゃないのに。 俺とユリアナ嬢の問題だからな。「もしかして、ユリアナ様の事でしょうか?」 分かるのか。 確かに先日、婚約破棄したことを伝えている。 だから察しがつくだろうな。「ああ。婚約破棄してから、冷静になってみたんだ。そうしたら、間違いだって思うようになってな」 そのため、俺は表面上であるがクレア嬢にユリアナ嬢への気持ちを伝える。「ま、間違いですか」 そう口にしながら、クレア嬢は一瞬だけ視線を落とした。 まるで、答えが分かっていたのに、聞いてしまったかのように。「謝罪をしたんだが、受け入れてもらえなかった」「せ、先日のってそれですか……」「ああ、そうだ」「ゆ、ユリアナ様と……」 クレア嬢の目が一瞬、悲しげに揺れた。彼女も、何かを知っているような……? それに言葉が震えまくっている。 何が起きているんだ。「大丈夫か?」「は、はい」 落ち着かないな。 さっきまでは平常だったのに。 悪いことでも言ってしまったのか?「もしも再び謝罪をするなら、いつが良いだろうか?」「そうですね。すぐでもいけませんし、時間が空きすぎてもいけませんので、数日後がいいかと」 数日後か。 確かにそれが良いかもしれない。 やがてクレア嬢の様子は、完全ではないものの徐々に落ち着いていって、普通に話していた。「ありがとう」「……殿下の謝罪が上手くいくといいですね」 ぎこちない微笑みを見せながら