組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~ のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

183 チャプター

19.人質④

 細波鳴矢は日本を代表する大企業のひとつ、『さかえグループ』社長の遠縁だと言っていた。確かに、そんな息子が芽生のような親も分からない施設育ちの孤児なんかに熱を上げているのは、彼の母親的には許せなかったのかも知れない。 でも――。「私が細波さんに好意を抱いてないことは」「あー、逆にそれが問題だった、みたいな?」 ますます意味が分からなくて、芽生は殿様の入った紙袋を持つ手に力を込めた。「芽生ちゃんがさ、僕に靡いてくれてれば万事丸く収まったんだよ? 今日だって危険を冒してまでママに動いてもらう必要なんてなかったんだ」 またしても母親。細波は一体何が言いたいんだろう? そこで車が暗い場所に入る形で停車して、細波が「とりあえず降りようか」と言いながら芽生の腕から紙袋を引っ手繰った。「あっ!」 車に誘い込まれた時もそうだったけれど、そもそも殿様の体調不良を作り出したのは目の前の細波なのだ。そんな男に殿様を奪われて、安心できるはずがない。 芽生は泣きそうになりながら殿様を取り返そうとしたのだけれど、細波はそんな芽生をあざ笑うみたいに殿様が入った紙袋を手にしたままさっさと運転席を降りてしまう。「この子は大事な〝人質〟だよ。あー、猫だから〝猫質〟かな? まぁどっちでもいいんだけど……猫が僕の手の中にいる限り、芽生ちゃんはこの子を置いて逃げたりできないでしょう? 僕が、この子がどうなったって構わないと思ってるのは、さっきの牛乳の件で分かってもらえたと思うし。――ね?」 そこで再度車を降りるよう促された芽生は、薄暗いなりにも照明で照らされた周りを見回した。もしかしたら動物病院に連れて来てくれたのかも知れないという淡い願いは、どう見てもそうとは見えない雰囲気にあえなく砕け散る。「芽生ちゃんはラブホって入ったことある? 実は僕、こういう安っぽいホテルを利用するのは初めてなん
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20.不本意だけど必要?①

「あー、別にラブホテルに入るからって何も今すぐにエッチなことをしようってわけじゃないから安心して?」 ギュッと身体を固くして細波のあとを怖々付き従う芽生を振り返って細波がクスクス笑う。「とりあえず芽生ちゃんには僕が提示する書類の空欄を埋めて欲しいんだ。それが済んだら然るべきところへ提出するのに付き合ってもらうつもり」 そこで細波が、殿様の入った袋をこれみよがしに揺すってみせるから、芽生は慌てて手を伸ばした。だけど寸前のところでサッと躱されて、「くれぐれもこの子が僕の手の内にいることを忘れないでね?」と脅される。 要するに殿様を無事に返して欲しければ、黙って言うことを聞けと言いたいらしい。 芽生は泣きそうになりながらも懸命に頷いた。「あのっ、ちゃんと言うことを聞くので先に殿様を病院へ」 ギュッと鞄を握りしめて言えば、「殿様?」とつぶやかれて、「ああ、猫の名前か。大丈夫だよ。もしコレが死んでも新しいのをもらってあげる。あ、ちなみにコレね、うちの知り合いの家で生まれたうちの一匹だから、代わりならちゃんと用意できるよ?」と信じられないことを言われてしまう。 京介なら、命に代えが効くとか……そんな酷いことは絶対に言わない。一流企業勤めだかなんだか知らないけれど、極道者といわれる京介の方がよっぽどこの男より優しいと思って、芽生はグッと唇を噛み締めた。「細波さん、それ本気で……」「当たり前だよー。そもそも僕、そんなに猫とか好きじゃないし。――けど、そうだな。〝殿様?〟を助けたいんなら僕の望みをできるだけ早く叶えることだ。じゃなきゃ手遅れになっちゃう」 芽生が、猫のことさえチラ付かせれば素直に従うと踏んだんだろう。 細波は芽生の方を振り返ることなく「行くよ」と告げるなり駐車場の片隅に設けられた扉を開ける。そこを押し開けたまま、先にあちら側へ行くよう目配せしてくるから、芽生はおとなしくその指示に従った。 扉を抜けると階段が一本上へ伸びていて、その先に部屋へ
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20.不本意だけど必要?②

 火事の処理でバタついている最中ではあったけれど、ふと携帯を見た京介は思わず眉根を寄せた。 さっき電話を掛けたときにはなかったのに、いつの間にきたんだろう。芽生から着信とメッセージが入っていた。 着信時刻は、京介が家を出て三〇分も経たない内だったから、連絡があってから優に二〇分は過ぎてしまっている。 芽生からの着信があるより前に佐山へ行ってくれるよう要請はしてあったが、タイミング的に考えてまだマンションへは着いていないだろう。 京介は三井に目配せすると、ちょっとだけ現場から離れた。京介が顔を見せたことで下の者は一応に落ち着きを取り戻していたし、火事自体ほんの小火で、事務所が入ったビル付近に置かれたゴミと一緒に一階のテナントが少し焼け焦げただけで、上の階にある事務所の方は問題なく使えそうだった。少しぐらい電話を掛けても問題はないだろう。 着信履歴から芽生に折り返した京介は、結構コールしても出ない芽生に、動物病院で猫を診察してもらっている最中だろうか? と思った。 一旦切って、芽生の位置情報を確認しようかと考えた矢先、出た。「芽生、お前……」 ――また勝手に動いたのか? 事情が事情だし、京介自身芽生からの電話にすぐ応じられなかった手前、そんなに酷く怒るつもりはない。だが一応危機感は持って欲しくて低めた声音で続けようとしたら、何やら様子がおかしい。 ガサガサと言う音に混ざって聞こえてくるのは、男の声だ。(……細波?) 聞き覚えのある厭味ったらしい喋り方に、眉間にしわが寄る。 京介は通話を切らないままマイクを切ってスピーカーモードに切り替えると、会話を録音しつつ位置情報アプリを立ち上げた。(ここ……) 【ホテル・ロイヤルキャッスル】と地図上に出ているそれは、確かラブホテルだったはずだ。 それを裏付けるように雑音に混ざって芽生がラブホであることを確認する声に続いて、自動音声と思しきアナウンスが流れてきた。
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20.不本意だけど必要?③

 そんなことを考えながらオロオロと細波を見上げたら、「僕が芽衣ちゃんのことを好きだっていうのはまるっきり信じてないんだね? やっぱり気持ちのない言葉は響かないかぁ」と吐息を落として、「ま、ホントの理由は役所に書類を出した後で教えてあげるよ。不本意ではあるけれど僕には君が必要なんだ」と、心底嫌そうな顔をする。「……不本意なら」 ――わざわざ無理する必要なんてないのに。 芽生がそう続けようとしたら、細波が苛ついたように舌打ちを落とした。「聞こえなかった? 不本意だけど仕方ないんだよ! こうしなきゃ僕が立場的にマズくなっちゃうんだから!」 感情的にそこまで言って、細波はハッとしたように不自然なまでににこやかに微笑むと、殿様が入った袋を芽生に向けて揺すってみせる。「ねぇ芽生ちゃん。無駄話してたら猫、死んじゃうんじゃない?」 酷く扱われたからだろうか。紙袋の中から「ニィ」とか細い声が聴こえて、芽生はそれが殿様の助けを呼ぶ声に聞こえた。「分かったからやめて!」 芽生は子供の頃からずっと、京介との結婚に憧れていた。京介にいつかお嫁さんにして欲しいとお願いしたこともある。京介は『どうしても貰い手がなかったらな』と笑ってくれた。その場しのぎの優しさだと分かっていても、芽生はその日を夢見ていたのだ。でも、それも叶わなくなってしまうんだろうか。 そう思いながら、涙に滲む目を懸命に凝らして空欄を埋めていく。 陽だまりを出た時、『私が三十歳まで独身だったら約束通りお嫁さんにしてね?』とこの書類を書いて京介に渡したことがある。 だから書き方は知っているけれど、細波に自分のことを知られるのが嫌で本籍地の所で手を止めたら、児童養護施設『陽だまり』の住所を渡された。「君は新生児の頃にそこへ捨てられてたらしいから本籍地はそこだよ」 細波は何故か芽生のことにやたら詳しくて、当然のようにそう言ってくる。「ちなみに君の苗字は拾われた場所の近くの神田神社から付けられてる。芽生って名前も含めて名付け親は当時の市長
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21.優先順位①

 京介は佐山へ電話を掛けると、至急市役所へ向かうよう手配してから、現状を見る。「三井。ここ、任せても大丈夫か?」 ゴタゴタした中、すぐそばの三井に問い掛けた京介に、「カシラが顔を見せて下さったお陰で下の者も皆、落ち着いてます。大丈夫ですよ」と、三井が胸を張ってみせる。その目には、例え無理でもご要望とあらばなんとかします、という意志が感じられて、京介は「すまねぇな」と労いの言葉を掛けた。 火事とはいえ、幸い小火だ。消火活動も終わり、野次馬も大分引けてきている。事務所自体に被害はないから、あと数時間もすれば中へ入ることも出来るだろう。 三井にも電話の内容を聞いてもらった絡みで、芽生が危機的状況にあることは自然と伝わっている。「姐さ……、神田さんのところ、早く行ってあげて下さい」 一度ここへ連れて来た時から、相良組の面々の間で暗黙の了解的に、芽生がこっそり〝姐さん〟と呼ばれていることは京介だって知っている。だが基本的に京介の前で三井クラスの人間が口を滑らせることは珍しい。それだけ芽生の状況に、三井も危機感を覚えていて気持ちにゆとりがないということなんだろう。 日頃ならアイツはそんな対象じゃねぇよ、と軽く訂正するところだが、京介は何故か言及する気になれなかった。*** 車に戻るなりいつも持ち歩いている鞄の中から少し角が傷んだ印象を受ける封筒を取り出した京介は、それを手に小さく吐息を落とした。 中には芽生が十八の時――『陽だまり』から独り立ちしてすぐの頃に冗談半分で託された【婚姻届】が入っている。 三十歳になっても芽生が独身だったら、京介が芽生を〝引き受ける〟という約束をさせられた証だ。 芽生は身内の贔屓目を差し引いても、かなりいい女だと思う。 きっと放っておいてもいい男を捕まえて、自分との約束なんて笑い話になるだろうと、京介は考えていたのだ。 だが――。 こんな形。望まない男と無
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21.優先順位②

 幸い電話を掛けた時、佐山は市役所のすぐ近くを通過中で、一分と掛からず現場へ到着できると請け合ってくれた。 一階の戸籍担当課が見渡せる場所に隠れて待機するよう指示を出した京介は、自身もそこへ向かいながら逸る気持ちを懸命に押さえつける。 車がスムーズに流れればここから市役所まで約十五分。 どう足掻いても自分より芽生を拉致した細波の方が先に到着してしまうだろう。(頼んだぞ、佐山) こうなっては、佐山だけが頼りだ。 きっと今、相良組の中で芽生のことを一番に考えて動けるのは、自分以外だと佐山だったから、どう考えても彼が適任だと分かっている。 分かっているけれど、佐山と今いる場所を今すぐ入れ替えたいと思ってしまったのは何故だろう。 〝芽生のことを誰よりも救いたいのは自分だから〟という言葉だけでは説明し切れないモヤモヤとした感情の正体を、京介はあえて深く考えないことにした。***「細波さん! その書類が目的だったんですよね!? だったら……私とその子はもう」 ホテルの部屋を出るなり、当然のように芽生も車へ乗せようとする細波に、自分達はもうお役御免ではないかと問い掛けた芽生である。 書き上げてすぐ細波の懐へ仕舞われた婚姻届は確かに気になるけれど、芽生にはそれより何より殿様の命の方が大事だった。 望まない婚姻なら……ましてや相手が〝不本意〟と言ってのけた関係なら……最悪ほとぼりが冷めたら離婚してもらえば済む。けれど、殿様の命は失ってしまえば二度と戻ってこないのだ。 芽生が懸命に殿様の入った紙袋を返して欲しいと意思表示すれば、細波は何が可笑しいのか、クスッと笑った。「ねぇ芽生ちゃん。もしかして書類さえ出せば解放されると思ってる? 残念だけど芽生ちゃんには役所のあと、まだ僕と一緒に行って貰わないといけないところがあるんだ。僕の用が全部済むま
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21.優先順位③

 そう考えると少々なら荒っぽいことが出来そうな分、建物へ入る前に捕まえるのが妥当に思えた。けれど残念ながら市役所の入り口は一か所ではない。以前それが原因で、ワオンモールで芽生に逃げられた過去もある。(戸籍担当課が見える位置で張ってなかったら、婚姻届の提出自体を阻止できねぇ可能性もあるんだよな) それだけは何としても防ぎたい。 役所内駐車場、細波に気付かれないよう目立たない位置へ車を停めて下車してみたものの、どこで待機すべきかなかなか気持ちが定まらない佐山である。 だが、佐山のそんな迷いを見透かしたみたいなタイミングで、京介からの電話が鳴った。『佐山、もう役所には着いたか?』 京介からの問いかけに「はい」と答えると、何も言っていないのに、『待機場所だがな、やっぱテメェの判断に任せる』と言葉を紡がれる。「え……?」『猫を盾に取られてる限り芽生は動きが制約されちまう。あいつはそういう女だ。役所内じゃ、お前も思うように動けねぇだろ? ――さっき千崎に確認取ったんだが、脅されて書かされた婚姻届は、最悪一度受理されちまっても家庭裁判所に無効の訴えを起こせば結婚自体を取り消せるらしい。こっちにゃ、芽生が脅されて書類書かされてる証拠の音声もある。だから、提出云々のことは考えねぇでお前の好きに動け』 幸い駐車場は役所前のだだっ広いここしかない。 駐車場の出入り口は東側と西側にひとつずつ。その両方が見渡せる場所で入ってくる車をチェックするぐらいなら、佐山一人でも出来る。「分かりました」 京介の言葉にグッとスマホを握る手に力を込めると、佐山は心を決めた。*** 殿様が入った紙袋を労わるようにして膝に抱えて座った芽生は、本当はシートベルトしないといけないと分かっていて、あえてそうしなかった。 ルームミラー越しに細波がそんな芽生を観察しているのは見えていたけれど、お構いなしに助手席の後ろ側へ移動する。車が停まったらすぐ、ドアを開けて逃げるつもりだ。
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21.優先順位④

 打ち付けたところはズキズキと痛んだけれど、これで少しは細波に、『神田芽生は婚姻届に固執している』と思い込ませることが出来ただろうか。  足元に置いた殿様の袋を膝の上に乗せてギュッと抱きしめ直したら、中から「ニィ」とか細い声が聞こえて、芽生は心の中で(ごめんね。もうちょっとだけ頑張って)と声を掛けた。 鞄の中の携帯は通話中ではなくなってしまっていたけれど、さっき隙をみて確認した着信履歴には『京ちゃん』と表示されていた。京介がホテルでの会話を彼が聴いてくれていたならば、絶対に何か手を打ってくれているはず。  芽生はその可能性へ賭けることにした。 ***  市役所が見えてきたところで芽生はグッと手に力を込めた。  殿様に心の中で(もう少しだよ)と励ましの声を掛ける。  そんな芽生を嘲笑うように、細波が言うのだ。 「そう言えば言い忘れてたんだけどね、リアシートのドア、チャイルドロックがしてあるから。中からは開けられないよ?」 「えっ?」  その言葉に、芽生はルームミラー越しに細波を見詰めた。 「逃げられると思ってた? 残念だったね」  子供の転落防止のため、外からは開けられても中からは後部ドアが開けられないようにするのがチャイルドロックだと説明を加えて笑う細波に、芽生は我知らず殿様が入った紙袋を持つ手に力を込める。 「ホント芽生ちゃんって隠し事下手だよね」  市役所駐車場入り口ゲートで発券機から駐車券を抜き取りながら、細波が吐息を落とす。 「そんなあからさまに助手席側へ寄ったりしたら『私、車が停まり次第こちらから逃げようとしてます』って宣言してるみたいなもんだよ?」  そこで一旦言葉を切ると、細波が駐車スペースを探しながら付け加える。 「婚姻届より猫の方が大事?」  芽生の思惑なんてお見通しだと言わんばかりに問い掛けられて、芽生は返答に窮した。 「そんなに大切なら役所の中にいる間だけは猫、芽生ちゃんが持っていていいよ?」  予期せぬ言葉を
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22.落とし前①

(見つけた!)  てっきりいつもの悪趣味なセダンで現れるのかと思っていたら、黒のセダンというどこにでもいそうな車で、危うく見逃すところだった。 佐山文至はマスクをすると、ダウンジャケットのフードを目深に被って顔を隠す。さも寒くてそういう格好をしているのだという風を装ってポケットに手を突っ込んで、俯き加減。駐車場内に現れた細波が運転する車両を追い掛けた。周りには細波の車以外にも沢山の車両がある。傍目には自分の車を目指して駐車場内をうろついているように見えるはずだ。 やましいことがあるからだろうか。  細波は役所近くにも空きスペースがあるのにそちらへは行かず、あえて建物から離れた場所を選んで駐車した。その辺りは基本的に市役所へ用はないけれど、とりあえず駐車だけして他所へ行く人間が停めがちな場所だ。繁華街や商店街が近いこともあって、庁舎近くの駐車スペースほど人の往来は多くないが、駐車されている車自体は結構ある。  人目が少ない割に、車はそこそこ停まっているという現状は、佐山には好都合に思えた。 さも駐車場から出ていくような体で細波の車の傍を通り過ぎながら何気なく見たら、助手席に神田芽生の姿が見当たらない。一瞬焦ったけれど、よく見ると細波がミラー越しに後部シートへ視線を送っているのが分かった。  リアガラスはスモークが掛かっていて中が見えづらいけれど、うっすらと人影が見えるから、恐らく彼女はそこだろう。 エンジンが切られたが、姐さんはおろか、細波すら降りてくる気配がないことに佐山は(おや?)と首を傾げた。佐山の知る神田芽生という女性は、車が停車して集中ドアロックが解除されるなり、運転席と一番離れた場所――助手席側の後部ドア――から逃げ出すだろうと当たりを付けていたのだが、何かおかしい。 (もしかして……チャイルドロックか?)  組の車も、京介が普段乗っている黒塗りのセダン以外はそれが掛けてあるのを思い出して、(細波のヤロー、ガキもいねぇくせに用意周到なことだな)と舌打ちせずにはいられない。
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22.落とし前②

 何やら後部シートの姐さんと話していた細波が、彼女のものと思しき鞄を受け取って助手席に置くなり、ドアを開けて車から降りてくる。 (今だ!)  それと同時、佐山は車の陰から飛び出して、ガン! と思い切りドアを蹴りつけて細波をドアと車体の間に挟んだ。そのまま突然の衝撃と痛みに怯んだ細波の髪の毛を掴んで額を思い切り車のルーフ縁に何度もぶつける。細波の額が割れようが知ったことじゃないという勢いで思い切り頭を打ち付けたからだろう。脳震盪を起こした様子の細波の首根っこを引いて地面へ仰向けに転がすと、股間目掛けて足を振り下ろした。  実際そこまでする必要はなかったのかも知れないが、大事な姐さんに酷いことをした以上、相手が堅気だろうが何だろうが容赦する必要はない。  落とし前はつけさせてもらう。  泡を吹いて気絶した細波を一瞥すると、こういう時のために常備してある結束バンドで、後ろ手に細波の左右の手の親指同士をギュッと引き結んだ。こうしておけば、下手に手首を縛るより拘束力があることを、佐山は経験から知っていた。 ***  てっきり細波に車外へ引きずり出されると思っていた芽生は、彼が運転席を出た途端ガン!っという音とともに車が思い切り揺れてビクッと身体を跳ねさせた。  窓越しに外を見遣れば、マスクをしてフードを被った男が細波を痛めつけているところで――。暴力沙汰に慣れていない芽生は、思わず目をつぶって殿様の入った紙袋を抱え込むようにしてリアシートにうずくまると、両耳を塞いで外の様子を見ない、聞かない……を決めこんだ。  顔を寄せた紙袋の中からは殿様の排泄物と吐しゃ物のニオイがしてくる。また下痢と嘔吐をしたんだろう。  一刻も早く動物病院へ行かないといけないのに、さっき細波が言った通り、中からはどんなにドアノブを引いてみても、開きそうにない。  芽生が懸命にドアと格闘している間に、外では細波が地面に転がっていた。  フードの男はこちらに背中を向けていて顔が見えないけれど、京介じゃないことだけは確
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