All Chapters of 組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~: Chapter 81 - Chapter 90

150 Chapters

22.落とし前③

 そんな彼女の震える腕には紙袋が抱えられていて、中から何ともいえない生臭いにおいが漂ってきた。 「殿様が、殿様がっ」  要領を得ない物言いではあるけれど、京介から大体のことを聞いて把握している佐山は、どうしたものかと思案する。  細波をこのままここへ転がしておくのは得策ではないが、芽生の様子を見ると猫の容態は一刻を争うように思えた。使える車は細波のを入れると二台あるけれど、動かせるのは自分一人だ。しばし考えた佐山は、助手席から芽生の鞄を取って彼女に手渡すと、細波を引きずり起こして車のキーを奪う。そうしておいて、いま芽生が出てきたばかりの後部シートへ細波を転がすと一旦車のドアを閉めた。 「組の車取ってくるから少しだけ待っててくれるか?」  問えば芽生が不安そうに瞳を揺らせたけれど、「走って行ってくるから」と付け加える。言外に〝猫、あまり揺らさない方がいいだろ?〟と含めたのが伝わったみたいに芽生が頷いた。  ダッシュで車を取りに行って芽生の傍へ戻ってくると、ミニバンのリアハッチを開けて細波をそちら側へ移してから、芽生を助手席へ座るよう促す。  いつもなら後部シートに乗せるところだが、細波がリアシートのすぐ後ろにいることを考慮した形だ。  結束バンドで後ろ手に縛ってあるし、芽生に危害を加えることはないだろうが、大事を取るに越したことはない。緊急事態だし、カシラもきっと許してくれるはずだ。「よし行くか」  最寄りの動物病院はここからでもやはり、芽生が探した『みしょう動物病院』みたいで――。  佐山は念のためスマートフォンのナビアプリで行き先をそこへ指定すると、芽生にカシラへ電話を掛けるように言う。佐山が掛けるより、芽生自身から無事を知らされた方がきっと、カシラも安心できると思ったからだ。 ***  あと少しで市役所というところで、電話が鳴った。見れば、芽生からで、京介はすぐさま応答する。 『京ちゃ、私……』  電話口で声を震わせ、言葉を詰まらせる芽生に、京介は「無事でよかった」と
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22.落とし前④

『うん。吐い、たり……下痢したりしてる、けど……ニィニィ鳴いて、る』  芽生の言葉にホッと肩の力を抜くと、京介は「俺も病院向かうから、もうちっと頑張れるな?」と声音を和らげる。  運転席の石矢が、聞いたことのない優しい喋り方をする京介を一瞬だけルームミラー越しに確認したのだけれど、京介はそんな石矢の驚きにさえ気付けない。いつも気を張っている京介にしては珍しく、芽生と猫の無事に安堵して気が緩んでいたのだ。 ***  荷台部分へ細波を拉致しているため、佐山は車を離れられなくて、芽生は待合室で一人、不安に押しつぶされそうになりながら殿様の入った袋を抱えて縮こまっていた。  一人ぼっちだからだろうか? もっと早く連れてこられていたら……と後悔ばかりが去来する。 (ごめんね)  心の中、何度目になるか分からない謝罪の言葉をつぶやいたと同時、入り口の自動ドアが開いて、「芽生!」と呼び掛けられた。その声に芽生が「京ちゃん」と涙目で立ち上がったのに合わせたように、「神田さん、殿様くん、第三診察室へお入りください」と呼び出しが掛かった。  犬猫のシルエットが描かれた札の貼られた第三診察室前には、芽生たちより先に来て待っている飼い主さんと犬猫の姿がいくつもあったけれど、病院側は殿様の方が、緊急性が高いと判断して他の患畜を飛ばす形で殿様を先に呼んでくれたのだろう。  院内には実際、『患者さんの容体によって、順番が前後する場合があります。あらかじめご了承ください』と貼り紙がしてあったけれど、芽生は実際に自分たちがそうしてもらえるとは思ってもいなかった。  突然のことに戸惑った涙目の芽生に、座っている飼い主さんらが色々察してくれたんだろう。「どうぞ」と促してくれるから、芽生は皆からの優しさが沁みて余計に泣いてしまった。さっきまで殿様のことを替えの利く道具ぐらいにしか思っていない細波と一緒だったから尚更、その思いは一入だ。  そんな芽生の肩をそっと抱くよ
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23.ふたつの婚姻届①

「京ちゃん、ここ」  問うまでもなく、ここは芽生が満十八歳になるまで過ごした場所――児童養護施設『陽だまり』――近くの駐車場である。「カシラ!」  聞き慣れた声にそちらを見遣れば、馴染みのミニバンを背に、佐山が立っていた。  いつもの癖。つい「ブンブン!」と呼びかけようとして、即座に京介から睨まれた芽生は、「さ、やまさん」とぎこちなく言い直す。そんな芽生に佐山はチラリと視線を投げかけると、「姐……神田さん、猫、どうでしたか?」と心配そうに問うてきた。  芽生は佐山に、殿様を入院させてきたと告げると、助けに来てくれたこと、病院へ車を走らせてくれたことに改めて謝辞を述べる。  もちろん入院させたから安泰というわけではないけれど、「とりあえず一安心っすね」と佐山に吐息を落とされた芽生は、それだけで張り詰めていた緊張の糸がほぐれた。  みしょう動物病院でも感じたけれど、やはり細波の対応が異常だったのだと思えたことが純粋に嬉しかった。命に代えがあるだなんて、芽生は絶対に思いたくない。「ところで京ちゃん、なんでここに……?」  京介はここで佐山と落ち合うために待ち合わせていたのだろうか? でも……だとしたらみしょう動物病院の前であのまま待っていてもらっていた方が良かったんじゃないだろうか?  京介と佐山を交互に見て小首を傾げた芽生に、京介が「あの男は?」と冷ややかな声音を放つ。 「そこへ」  佐山の声に視線を転じればミニバンのスモークガラス越し、細波と思しき人影が見えた。  はっきり見えるわけではないのに、そこに細波がいると思うだけで、芽生はギュッと身体に変な力が入るのを感じてしまう。  すぐさま芽生の変化に気付いた京介が「俺たちがついてる。大丈夫だ」と手を握ってくれた。  そうしておいて、京介が「なぁ芽生。お前はまだ俺と……」と言葉を濁らせてじっと芽生を見下ろしてくるから、芽生は大好きな男から視線が外せない。 「……?」  しばし見つめ合っていたら、その膠着状態を壊したいみた
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23.ふたつの婚姻届②

「……っ!」  そうして見えた車内の様子に、芽生が息を呑んだのが見えた。 ***  細波は口に猿轡を噛まされていて、モゴモゴトくぐもった声しか出せなくされていた。手も拘束されているのか、シートベルトは掛かっているけれど、不自然に両手が背中の方へ回ったまま。額に傷でも負ったのか、乾いた血が眉間の辺りまで流れてこびりついているのも、その際に打ち付けたのか顔全体がどことなく腫れぼったく見えるのも、芽生にはなんとも痛ましく思えた。 芽生は、いつも澄ました雰囲気で身綺麗にしている細波とは思えないその姿に、顔色一つ変えない京介の名を呼ばずにはいられなかった。 「京ちゃん……」  ギュッと京介の腕を掴んで瞳を揺らせたら、「すまねぇな。お前にゃちぃーと刺激が強いが、俺の陰に隠れてやり過ごしてくれ」と京介に謝られてしまう。  佐山に助けを求めて視線を投げかけても、静かに頷かれるだけで、芽生は今更のようにこれが京介や佐山にとっては〝日常のこと〟なのだと思い知らされた。  もちろん、罪もない殿様にされた悪行の数々を思うと、細波を懲らしめてやりたいという気持ちは芽生にだってある。  あるのだけれど――。 芽生はギュッと唇を引き結ぶと、京介が言ったように彼の背後に隠れてボロボロの細波を見ないことにした。  それはとても卑怯だと芽生自身分かっているけれど、今自分がどうこう動いたところで、きっと京介も佐山も聞く耳は持ってくれないだろう。 芽生の前では滅多なことでは煙草に火をつけない京介が、紫煙をくゆらせているのも芽生にこれ以上踏み込むなと言われているように感じられたから。 (目の前で、京ちゃんやブンブンが細波さんにこれ以上危害を加えるようなら止める!)  そう心に決めて、芽生はギュッとこぶしを握り締めた。 *** 「細波さんよ、コレが何だか分かるよなぁ?」  京介は血が付いて薄汚れた【婚姻届】を細波の眼前に突き付ける。  細波が胡乱げな
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23.ふたつの婚姻届③

 途端、細波が一瞬だけ前に身を乗り出そうとしたのを視線だけで制すると、京介は「芽生」と自分の背後へ呼び掛けた。 ***  こんな時に不謹慎だけれど、京介に当たり前みたいに〝うちの芽生〟と言われたことにキュンと胸を高鳴らせてから、でも、もしかしたらそれは〝うちの娘〟みたいな意味かも知れないと思い直して一喜一憂の芽生である。  そんな折、突然京介に呼び掛けられて、芽生はビクッと身体を跳ねさせた。  それを細波に対する怯えと取られたのだろうか。京介に「大丈夫だ」と労られながらそっと手を引かれて前へ出たら、車の後部シートの細波と目が合った。  途端、まるで芽生に救いを求めるみたいに「うー、うー」とくぐもった声を上げながらこちらを見上げてきた細波に、芽生はどうしたらいいのか分からなくなる。  だが京介が、細波がそれ以上のアクションを起こす前に、芽生が所在なく手にしたままだった婚姻届を抜き取ってしまうから、芽生はそちらに意識を引っ張られた。 「あっ……」  さっきはまるでそれを一緒に出してくれそうな口ぶりだった京介だけど、思い起こしてみれば芽生の意向を確認しただけで、京介自身が芽生と婚姻を結んでもいいと言ってくれたわけでも……もっと言えばそれに匹敵するような甘い言葉を投げかけてくれたわけでもない。  また、京介に〝保管〟されてしまって……それこそ七年後――芽生が三十路を迎えるその日までお蔵入りになるのでは?  そう思い至ると、もともとそういう約束で京介に婚姻届を預けていたくせに、芽生はなんだかすごく悲しくなってしまう。 だが、京介は芽生の不安な想いとは裏腹。芽生の手から取り返した婚姻届を細波の前で広げて見せると、凶悪な顔で言うのだ。 「細波さんにゃー悪ーがな、芽生は俺のなんだわ」  京介の言葉に芽生が「えっ?」とつぶやくより早く、京介にグイッと引き寄せられて、芽生は自分の唇がほんの一瞬だけ京介の唇と触れ合ったのを感じた。  鼻先を掠めた煙草の香りに、
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23.ふたつの婚姻届④

 芽生が、(細波が佐山に殴られたのでは?)と身じろいだら、京介の手にさらに力がこもって何が起こっているのかを確認することを出来なくされた。 「京、ちゃっ……!」  懸命に呼び掛ける芽生を無視する形。京介が佐山に「佐山。悪ぃーがいつもんトコで待っててくれるか? 俺もあとで行くから」と話し掛けて、「はい、分かりました」と佐山がすぐさまそれに応じる。続いて車のドアが閉められる音がするから、芽生は思わず京介が頭を押さえる手を振り解いて叫んだ。 「京ちゃん、細波さんはっ!」 「まぁ殺しゃしねぇから安心しろ」  芽生の言葉に、全然安心できないよ! という返しをしてくる京介を見上げて、この人はやっぱりヤクザさんなんだと今更のように実感させられた芽生である。 「でもっ」  さらに言い募って京介の拘束を解こうと藻掻く芽生の横、佐山が運転席に乗り込んで、ミニバンが駐車場を出て行ってしまう。細波はどこへ連れて行かれてしまうんだろう? 「ブンブン!」  思わずいつも通り、佐山のことをあだ名で呼んでしまった芽生だったけれど、きっと京介にもやましいことがあるからだろう。咎められなかった。  芽生が呆然と見つめる先、走り去っていくミニバンとすれ違う形で軽トラが一台こちらへ向かってやってくるのが見えて、京介が「来たな」とつぶやいた。  細波がどこへ連れて行かれたのか気になった芽生だったけれど、『長谷川建設』と書かれた軽トラが自分たちのすぐそばへ駐車されたことにも気を取られてしまう。「おう、長谷川。わざわざ呼び立てしちまって悪かったな。静月ちゃん、一人で留守番、大丈夫か?」  運転席から降りてきた作業着姿の長谷川社長へ京介が労いの言葉を掛けるなり、長谷川社長がニヤリと笑った。 「まぁ内容が内容だからな。静月も頑張って事務所守るって言って、送り出してくれたよ」  長谷川社長のセリフに、京介がバツの悪そうな顔をするのは何故だろう?  そんな二人をオロオロと見比べる芽生に、長谷川社長が至極優しい
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24.陽だまり①

 京介、長谷川社長とともに約五年ぶり。懐かしい施設内へ入った芽生は、在所中は滅多に入室することのなかった施設長室にいた。 慣れた風な二人とは裏腹。芽生は緊張しまくりだ。「……比田先生、お久しぶりです」 京介や長谷川社長に倣ってぺこりと頭を下げながら挨拶した芽生に、八十歳近いと思える老齢の女性が「芽生ちゃんとは本当に久しぶりね」と言ってふふっと笑った。 私とは? と小首を傾げた芽生に、長谷川社長が、「私と相良は神田さんがここを巣立ってからも月に一度は来てるんだ」と説明してくれる。「月一?」 芽生がキョトンとしたら、比田が「ほら。芽生ちゃんがいた時にも二人、よく連れ立って来てくれてたでしょう? 実はね、京くんがもう何年もずっと……うちに支援してくれてるのよ」と微笑んだ。「ちょっ、比田先生っ!」 途端、京介が慌てたように立ち上がって、〝比田さん〟ではなく〝比田先生〟と彼女を呼ぶ。それに応じるように、比田が「あらっ、そういえばこのお話は内緒だったわねぇ。ごめんなさいね、京くん。先生ももう年だからつい……」と、まるで確信犯のようにクスクス笑う。 比田が京介のことを芽生同様あだ名で呼んだことにも、京介が比田のことを〝先生〟呼びしたことも、何となく違和感を覚えてしまった芽生だ。 そんな芽生を置き去りに、話は進んでいく。「でも京くん。芽生ちゃんを連れて婚姻届を持ってここへ来たんですもの。隠し事はダメよ?」 机上に、コーヒーカップなどとともに並べられた書類にちらりと視線を投げかけて、比田が「ね? 長谷川さんもそう思うでしょう?」と長谷川社長に視線を流す。「そうですね」 それに対して長谷川社長までが比田の味方をして、京介は苦虫を嚙み潰したみたいに不機嫌な顔になった。「なぁ相良、い
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24.陽だまり②

「京ちゃんからのお金を長谷川社長からって名目で寄付してた?」 芽生がそうつぶやいたら、そっぽを向いたままの京介に代わって、長谷川社長が頷いてくれる。「実際問題、京くんからの寄付金がなかったら、うちはとっくに立ち行かなくなっていたの……」 小さな児童養護施設だ。 行政からの支援だけでは上手く回らなくなっていたのだと比田が付け加えて、「……ほんの束の間だったが俺もここにゃぁ世話ンなったことがあるからな。恩返しをしたまでだ」 それに応じるように京介が不機嫌そうにぼそりとつぶやいた。「ホント、そういうトコ。お前は笑えるくらい素直じゃないよね」 途端、長谷川社長が京介を見てクスッと笑う。「相良はさ、私に対してもそうだけど、一度受けた恩は絶対に忘れないクソ真面目な男だ。私は相良のそういう義理堅いところを凄く気に入ってるんだよ。それこそ、『こいつはこんな態をしてて誤解されやすいけど、すっげぇいいヤツですよ?』って大々的に宣伝したくなるくらいにね」「ちょっ、長谷川っ、気色悪いこと言うんじゃねぇーよ。熱でもあるんじゃねぇか!?」 京介がどんなにムスッとしてみせても、一向に怯む様子のない長谷川社長を見て、二人は本当に仲の良い親友同士何だなと思った芽生である。比田先生も同じように思っているのか、そんな京介と長谷川社長をニコニコと温かなまなざしで見詰めていた。 元々京介は自分が陽だまりへ支援していることを誰にも明かすつもりはなかったらしい。 そのための親友経由送金だったのに、あろうことか隠れ蓑に選んだはずの長谷川社長が、真の支援者は相良京介だと比田先生に明かしてしまったそうだ。 要するに〝相良の良さを大々的に宣伝したくなった〟結果だろう。 その話を聞いた比田は比田で、かつて陽だまりで面倒を見たことの
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24.陽だまり③

「もちろん、長谷川さんからも沢山ご支援いただいているのよ?」 あえて後出しのようにそう付け加えてきた比田先生は、結構な策士だな、と思う。「私のは相良のに比べたら足元にも及ばない額ですけどね」 クスッと笑ってそんな比田の言を軽く受け流す長谷川社長をみて、芽生は二人が自分たちにとって本当の意味での恩人だったんだと、改めて実感した。***「それにしても京くんと芽生ちゃんがねぇ」 しみじみとつぶやきながら、比田が婚姻届の証人欄を埋めていく。二人に、こういう欄を埋めてくれる代表格のような両親がいないのは先刻承知だからだろうか。割とすんなり証人になってくれた比田に、芽生はじんわり心が温かくなる。 世間一般的な〝家族〟というものは知らない芽生だけれど、陽だまりでの十八年間はとても幸せだった。赤子のときからここにいて、それ以外の環境を知らないからだと言われればそれまでだが、少なくとも芽生にとって陽だまりのみんなは、温かい家庭の象徴そのものだった。 そんな比田に、京介は始終ムスッとして無言だ。先ほど長谷川社長に散々揶揄われた後味の悪さもあるのだろうが、芽生は京介がこの婚姻自体を遺憾に思っているのではないかと段々不安になってきてしまう。 比田に続いて長谷川社長が嬉し気に残りの証人欄を埋めてくれるのをぼんやり眺めながら、芽生はこのままこの紙を市役所に提出してもいいのかな? と思い始めていた。 京介と夫婦になれることは芽生にとってこの上ない喜びだが、京介にとってはどうだろう? 長谷川社長の言うように京介は義理堅い。芽生に対する妙な義務感から、変な重荷を背負わせてしまっているんじゃないだろうか。 心許なさに瞳を揺らせる芽生の手を握ると、京介が出来上がったばかりの婚姻届を懐へ仕舞いながら「行くぞ」と立ち上がった。「あの……京ちゃん」 芽生はそんな京介を戸惑いに揺れる瞳で見上げながら、蚊の鳴くような声で大好きな男の名をつぶやいた。だが京介は芽生の心の機微に気付けな
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24.陽だまり④

「私、何年も前からずっと京ちゃんと家族になりたいって言ってるよ? だから京ちゃんが私をお嫁さんにしてくれるって言ってくれて本当に嬉しかった。……けど、京ちゃんはどうなの? 私と結婚するの、イヤ?」 もしも芽生と夫婦になることが、それこそ先ほどの細波同様〝不本意〟なのだとしたら、芽生はすごく悲しい。 何故京介が急に芽生と結婚するなんて言い出してくれたのかも分からないから、その思いは一入だ。 芽生は、京介が無理をしているのならば、無理に結婚してくれなくてもいいと思い始めている。好きな人に我慢を強いてまで、自分が幸せになりたいとは思わない。「京ちゃんが、もし私のために無理をしてくれているんだとしたら……私……」 そこまで言ったところでゆらりと京介の顔が歪んで見えて、芽生は(なんで?)と思ったのだけれど。 ツツッと頬を温かな涙が伝って、芽生はいつの間にか自分が泣いてしまっていたのだと気が付いた。 途端京介にグッと抱き寄せられて、「無理なんかしてねぇわ」と不機嫌そうに吐き捨てられた。「京、ちゃ……?」 強く京介の厚い胸板に顔を押し付けられたまま、芽生がくぐもった声で京介の名を呼べば、「俺は……お前が佐山とデキてんじゃねぇかと思った時、腸が煮えくり返るんじゃねぇかってくらい腹が立った」 京介が胸の内を吐露するみたいに低い声音でつぶやく。押し当てられた芽生の額を、京介の声がビリビリと震わせた。「細波のヤローがお前と婚姻届を出そうとしてるって知った時も、なんでもっと早く俺がお前と結婚してなかったんだろうって思っちまった」「京ちゃん……?」「今までずっと……俺なんかが未来あるお前の想いに応えるなんて事は、あっちゃーいけねぇと思ってたんだがな」 そこまで言って芽生を抱く腕の力を緩めると、
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