All Chapters of 組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~: Chapter 1 - Chapter 10

47 Chapters

1.しつこく言い寄ってくる男①

「ごめんなさい、細波さん。何度言われても、私、貴方とはお付き合いできません」 神田芽生がそう言って頭を下げるのに合わせて、腰まである彼女のさらさらストレートの黒髪が、スルリと肩をすべって顔を覆い隠した。それと同時、プルンと揺れた胸は、一五五センチあるかないかの芽生にはちょっぴり不釣り合いに大きくて、そのギャップからだろうか。胸目当ての男性からよく絡まれてしまう。 芽生の勤め先のファミリーレストラン『カムカム』の常連客、細波鳴矢からの交際申し込みは一度や二度ではない。何度断っても懲りないバイタリティを思えば、何もこのたわわなバストだけが目当てではないのかも知れない。 でも、だからと言って好きになれそうにない相手からのアプローチほど面倒なことはないのだ。何度断ってもしつこいぐらいに言い寄ってくる細波に、芽生は正直辟易していた。 「ねぇ芽生ちゃん、何で僕じゃダメなの?」 細波は大企業『さかえグループ』の社長室付きのスーパーエリートらしい。一番最初に交際を申し込んできた際、頼んでもいないのに『さかえグループ 社長補佐 細波鳴矢』と書かれた名刺を差し出されて、つらつらと自らの価値――社長の遠縁だのなんだの――について本人から説明された芽生は、残念なことにそのことを知っている。 「僕の職歴に不服はないはずだけど?」 言外に、『ファミレスで働いているキミにはもったいないくらいの申し出だと思うよ?』という言葉が見え隠れするようで、芽生はゾクリと肩を震わせた。 見た目だけなら彼は本人が自信を持つのも納得がいくイケメンだが、性格と趣味嗜好に難あり。それが細波鳴矢と言う男だった。 暦は冬へ向かってまっしぐらな十一月の半ば。上着を羽織っていても日陰に入ると風が冷たくてぶるっと震えてしまう。 (でも今のは違うゾクゾクだ) 香水のにおいをぷんぷんまき散らす細波に傍へ寄られると、それだけで嫌な気分になる。移り香なんかが残ってしまったらと思うと無意識に距離をあけたくなった。 (香水なんて、薫るか薫らないかを身に纏うくらいでちょうどいいのに) ふとそこで、〝ある人〟を頭に思い描いた芽生
last updateLast Updated : 2026-01-24
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1.しつこく言い寄ってくる男②

停車した車の後部シートのサイドウインドウが静かに開いて、普段はプライバシーガラス仕様で見えない車内があらわになる。 「おう、子ヤギ、こんなトコで何してる? お前、仕事の時間が迫ってんじゃねぇのかよ」 中から声を掛けてきたのは、芽生が小学生の頃から見知った男――相良京介だった。 芽生は、目の前にいる細波の存在も忘れたみたいにくるりと向きを変えると、縁石の上にピョンッと飛び乗った。そうして車の窓枠に手を突いて、スーツ姿のいかにも堅気とは程遠い雰囲気の京介に「京ちゃん!」と嬉し気に微笑みかける。 車内からは温かな空気とともに、大好きな人の煙草の香りと、上品な香水の芳香が漂ってきた。 「バカ、お前、不用意に触んなよ。手垢がつくだろ」 「車のことなんて気にしないくせに」 ふふっと笑った芽生に、京介は小さく吐息を落とすと、「ついでだし、乗ってくか?」と問い掛けてくる。そうしながら、ジロリと芽生の背後に佇んだままの男――細波を睨みつけた。 細波は京介の牽制にチッと舌打ちをすると、「じゃあ芽生ちゃん、また会いに行くね」と捨て台詞を吐いて立ち去る。 「京ちゃんってば……乗っていくほどの距離じゃないの分かってるくせに」 芽生の職場はここから徒歩三分足らず。そこの常連客である細波もそれを知っていたから、あからさまに自分から芽生を遠ざけようとした京介を忌々し気に睨んだのだろう。 「だったら放置してそのまま通り過ぎた方が良かったか?」 「まさか!」 芽生はニコッと微笑むと、「乗せて?」と京介にせがんだ。 相良京介は芽生が赤ちゃんの時から十八歳まで世話になった児童養護施設『陽だまり』によく来てくれていた〝チューリップのおじさん〟だ。 京介の来訪は芽生が赤ちゃんの頃からというわけではなく、芽生の記憶が正しければ彼女が十歳になった辺りからの付き合いになる。 京介、実際には彼の友達で施設運営に大きく貢献してくれていた男――長谷川建設社長・長谷川将継の〝付添人〟として来訪していただけらしいのだが、芽生には長谷川社長より相良京介の方が魅力
last updateLast Updated : 2026-01-24
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1.しつこく言い寄ってくる男③

徒歩三分の道のりは、車だと一分にも満たなくて――。赤信号で停まった車内、運転席で後部シートの様子などまるで見えていないように振る舞ってくれる若い男性に感謝しながら、芽生はこのままずっと青信号にならなければいいのに、と希わずにはいられない。 シートの座り心地の良さと、ほんのり薫る煙草のスモーキーさと相性抜群の、スパイシーでウッディな香りに包まれながら、芽生は京介の横顔をうっとりと見つめた。 *** 細波鳴矢は相良京介に牽制されてもちっとも懲りないみたいで、あの日以降も毎日のように芽生の職場――ファミリーレストラン『カムカム』へやって来た。 来るたびに必ず芽生を口説くことも忘れない細波に、同僚たちからは「お試しに一度だけ付き合ってあげたら?」と言われることが増えた。「付き合ってみれば、案外ウマが合うかも知れないじゃない」と。 まるでそのことを狙っているかのように、細波はファミレス内で芽生に言い寄る率が高くなってきて、芽生としては非常に迷惑なのだ。 「ね、芽生ちゃん、みんなからも言われてるでしょ? ホントお試しでいいからさ、僕と付き合ってみようよ! 今、誰か恋人がいるわけじゃないんでしょう?」 会計の際、わざわざ料金を差し出しながらそう言ってくる細波に、「あの……勤務時間中にこう言うのは本当困りますので」とお断りを入れながら、芽生はトレイをスッと細波の方へ押しやった。細波はそれを無視してギュッと芽生の手を握って裏返すと、丁寧に手のひらを広げてお金を握らせてくる。 その態度に心の中で『ヒッ』と悲鳴を上げながら、芽生は懸命に握られた手を引いた。 (絶対に細波さんのにおい、付いた!) 他の人が付けていたらここまで嫌悪感は湧かないのかも知れないが、〝細波のにおい〟としてインプットされてしまった強烈な異臭は、芽生をただただ不快にさせて。拒絶反応のせいか、鼻がムズムズしてクシュンッと小さくクシャミまで出て、芽生は心底イヤな気持ちになる。 「可愛いクシャミだね。ひょっとして芽生ちゃん、風邪ひいちゃった?」 細波にのほほんと聞かれて、芽生は(貴方のせい!)と心の中で文句を言いながら、「いえ、ちょっと鼻がムズムズしただ
last updateLast Updated : 2026-01-24
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1.しつこく言い寄ってくる男④

「ごめん、芽生ちゃん、驚かせちゃった?」 「さ、ざなみ……さん、何故ここに?」 その登場の仕方がストーカーチックで何だか怖い。 「話は歩きながらしよ?」 困惑する芽生の手を無遠慮にギュッと握ると、細波はニコニコしながら歩き出してしまう。 「あ、あのっ、細波さんっ」 その手を振り解こうと引っ張りながら芽生が呼び掛けると、細波が放すつもりはないよ? といわんばかりに手に力を込めてきて、芽生は痛みに顔をゆがめた。 「ほら、芽生ちゃん、今日レジでクシャミしてたじゃん? 風邪ひき掛けてるんだろうから、僕が車で家まで送ってあげようと思って」 「あ、あれは――」 (風邪なんかではなく、貴方のにおいが原因で……!) そう思ったと同時、折悪しくビュウッと吹き付けてきた風が、細波のコロンの香りを芽生の鼻先まで運んできて。 「クシュッ」 またしてもクシャミが出てしまった。 「ほらね?」 鬼の首を取ったみたいに言われて、芽生の手を引きズンズン歩を進める細波の目指す先には、嫌味なくらいコテッコテに装飾を施したいかにも〝成金仕様車〟といった風情の金色のセダンが停まっていた。 『カムカム』の駐車場でもしょっちゅう見かける細波の愛車だ。 「あの色、ゴージャスで良いだろ? 元々は黒だったのを業者に命じて塗り替えさせたんだ」 なんだか偉そうに聞こえるのは、きっと言い方のせいだろう。芽生なら『業者さんに頼んで塗り替えてもらった』と表現する。こういうところも、細波のことを好きになれない理由だ。 それに、芽生としては黒の方が何億倍もマシだと思えるのに、細波的にはゴールドにしていることが一種の自慢らしい。趣味が合わなさ過ぎるというのも、致命的ではないか。 (このままじゃ車内に引きこまれちゃう!) センスの悪さもさることながら、そこへ押し込まれることを焦った芽生だったのだけれど。 近付いてみるとフロントガラスに『駐車違反』と書かれた黄色い紙が貼り付けられていて、細波が思わずといった調子で芽生の手を放して愛車に駆け寄った。 「ほんの数十分停めてただけじゃねぇか!」 (この寒い中、そんなに待たれて
last updateLast Updated : 2026-01-24
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2.帰れない①

細波鳴矢から逃げるようにして家へ帰り着いた芽生は、それでも何となく不安に駆られてすぐさま後ろ手に玄関の鍵を掛けた。 芽生の住まいはアパートやマンションなどではなく、庭付き平屋の一軒家だ。その言葉面だけだとすごく贅沢な感じに聞こえるが、実際はあちこちで立ち退きが進んでいるような、築五十年以上の昭和レトロなおんぼろ家屋。 今施錠したドアだって、斧を「えい!」と振り下ろせば、さしたる抵抗もなく木っ端微塵になってしまうような頼りない木製だ。そんな扉でも、一応外界と隔絶してくれる。そう思えただけで、芽生はホッと胸を撫でおろせた。 「怖かったぁー」 そして、何より気持ち悪かった。 なかなか整わない呼吸は、なにもダッシュで帰ってきた事ばかりが原因ではない。 安心したと同時、握られた手から鼻を刺すような細波の下品な香水の香りが漂ってきて、芽生は思わず眉根を寄せた。 いそいそと左手に見える出入り口を抜けて台所へ向かうと、いつもなら一プッシュのところを三プッシュもして、ハンドソープの泡をたっぷり手の上へ盛る。今愛用しているものは、手をこすり合わせなくてもポンプから直にふわふわの泡が出てくるのが嬉しい。 施設には基本ネットで蛇口へ吊るされたレモン型の黄色い石鹸しかなかったので、大人になって一人暮らしを始めた時、泡ハンドソープにいたく感動したのを覚えている。 芽生は、薬用の〝桃の香り〟と謳われた泡ハンドソープが特にお気に入りだった。 この家には洗面所なんて小洒落たものはついていないので、手洗いや歯磨きなどは全てキッチンの流しでしなければいけない。トイレだって今どき珍しい和式便所だし、風呂も昭和臭ぷんぷんのステンレス製の銀ギラな浴槽で、それを取り囲むのは冬とっても寒い玉石タイプのモザイクタイル張り。 その分3DKの広い庭付き物件にもかかわらず家賃が月三万円と破格なのだが、不便
last updateLast Updated : 2026-01-30
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2.帰れない②

コンビニでお目当ての鍋焼きうどんやラーメンなどをカゴへ入れた芽生は、用もないのに書籍コーナーでなんとなく目についたファッション雑誌を手に取ると、ぺらぺらとめくってみる。 表紙にデカデカとデザインされた『ニットで手軽に女っぽく!』という文言に釣られたのだが、表紙を飾る女性が着ているトップスは、暖かそうだし何よりデザインが可愛らしい。 淡いピンクベージュのリブニットは、ダボダボ感があって芽生の大きな胸を目立たなくしてくれそうだ。 (いつもよく行くファストファッション店にも似たのがあるかな?) 毎回、つい胸基準で服を選んでしまう癖がついている芽生は、そんなことを思ってしまう。 実は職場のメイド風な制服は、体にぴったりフィットするデザインのため、胸の辺りが強調されて辛かった。胸に合わせるとサイズが大き過ぎになるし、かと言って芽生の小柄な体型に合わせれば胸が締め付けられて苦しい。 結局中間どころを選んで着用している芽生だったけれど、胸元のボタンがはち切れそうなことを下卑た視線とともに大学生グループに揶揄われたことがある。 そのことを京介に話したら、すぐさま店長と掛け合ってくれて、下にタンクトップなどを着ることを前提に、胸元のボタンを上三つ外す許可を取り付けてくれた。 なんでも近いうちに制服の刷新も検討されているらしい。 それを知った時はさすがに、京介がただ単に店長へ掛け合っただけではない気がしてソワソワした芽生だったけれど、『将来お前と同じ思いをする子が出てくるかもしんねぇだろ? 改善は必然なんだよ』と頭をポンポンされて、納得した。 (京ちゃん……) そこで、いつも何だかんだ言って自分を助けてくれる京介のことを思い出した芽生は、彼に助けを求めてみようかな? と思って。 いそいそと携帯電話を取り出して京介の連絡先を呼び出したところで、思わず躊躇いに手を止めてしまう。 (実際に今、何かあるわけじゃないのに不安って
last updateLast Updated : 2026-01-31
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2.帰れない③

(ちょっとはイメチェン出来たかな?) 髪型を変えたくらいで細波の目をかいくぐれるとは思えなかったけれど、さっき会った時のままよりは幾分マシかも知れない。 もう一度だけ未練がましくスマートフォンを取り出すと、メッセージアプリを確認してみた。 (やっぱり未読のままだ……) 読まれないままのSOSに小さく吐息を落とすと、芽生はギュッと手指に力を込めてレジへと向かった。 *** レジで会計を済ませていると、後ろの道路をけたたましいサイレンを鳴らしながら消防車が立て続けに数台走り抜けていく。 「何ごとですかね?」 若い男性店員が思わずといった調子でつぶやいて、それが自分に向けられたものかどうかは分からなかったけれど、芽生は「どこかで火事でしょうか」とつぶやいた。 「何か煙の臭いもしてきますし、結構近いんじゃないっすかね?」 その言葉に、このコンビニからそんなに離れていない場所に住んでいる芽生はソワソワする。 「あざぁーっしたぁー!」 間延びした「有難うございましたぁー!」を背中に受けながら店外へ出てみれば、陽の落ちた街はとっぷりと宵闇に包まれていた。けれど、芽生の家の方角だけ朱に染まっていて、まるでそこだけ夕焼け空のように見える。そのことが、芽生の心を妙にざわつかせた。 (私、帰宅して手を洗っただけ……だよね? 火なんて使ってなかったよね) 思わずそんなことを思ってしまったのは、空に向かって小さな火の粉が上がっている場所が、我が家の辺りに思えて仕方がなかったからだ。 燃えているのが自分の家じゃなかったとしても、類焼は免れられないような、そんな気がしてしまう距離感。 芽生は細波に怯えていたことも忘れて小走りに家路を急いだ。 ***
last updateLast Updated : 2026-02-01
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3.家なき子①

「芽生……ちゃん……?」 痛いぐらいの力で捕まれた左手首に眉をひそめながら声のしたほうを振り向けば、いま芽生が一番会いたくない相手――細波鳴矢が立っていた。 炎に赤く照らされた細波の顔はいつもより不気味で、芽生は無意識に彼から距離を取ろうとした。けれど掴まれた腕のせいで離れることが出来なくて、仕方なく「あの……細波さん、手を……」と抗議の声をあげる。 細波は幽霊でも見ているみたいにそんな芽生のことをじっと食い入るように見詰めてから、ややしてホゥッと吐息を落とした。「良かった。無事……だったんだね。出火当時、家に電気が付いたままだったって聞いたから僕はてっきり……」 つぶやくなり、感極まったみたいに芽生をギュッと抱き締めてくる。「――っ!」 突然の細波からの抱擁に、芽生は〝やめて!〟という声すら出せなくて、ただただ身体を固くするしか出来なかった。 引き寄せられ、細波の胸元へグッと鼻先を押し付けられているせいで思わず吸い込んでしまった強すぎる香水のニオイに混ざって、どこかで嗅いだことのある香りが混ざっている気がしたけれど、家が燃える異臭にかき消されて上手く思い出せない。「あ、あの……さ、ざなみさっ、苦し……っ」 いろんな意味で息苦しくて、やっとの思いでジタバタと身じろぎながら放して欲しいと意思表示すれば、細波がハッとしたように「ごめんね」と言って腕を緩めてくれた。 そのことにホッとして距離を取ったと同時、握られたままだった左手首に加えて、買い物袋を手にしたままの右手首も掴まれて、「ね、芽生ちゃん。家があんなじゃ身を寄せる場所がないよね? とりあえず落ち着き先が決まるまで僕ん家においで?」とか。 芽生は、一瞬何を言われているのか分からなかった。そんなことより手を放して欲しい。「ね、芽生ちゃん、返事はもちろん『はい』だよね?」 細波越しに見える向こうの方では、芽生が施設を出てからずっと慣れ親しんできた我が家がズタボロになっている真っ最中。 時折パリンッ!と弾けるような鋭い音がするのは、熱に耐えきれなくなった窓ガラスが割れているんだろうか。 芽生の心は九割以上そちらに向いている。まるでその間隙を狙いすかしたみたいに答えを迫られても、芽生は正直上の空だ。「私の…
last updateLast Updated : 2026-02-02
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3.家なき子②

 細波はそんな芽生に舌打ちをすると、「事後処理なら僕がちゃんとやってあげるから……!」 言って、芽生の手をグイグイ引っ張ってくるのだ。(細波さんは、どうしてそうまでして私をこの場から引き剥がしたいの?) 思考の鈍った頭でそんなことを思っていたら、細波のすぐ後ろに大きな人影が立った。 こんなに人だかりが出来ているというのに、みんなその長身の男を恐れるみたいに、彼の周りだけ不自然に空間が空いていく。「せっかくの申し出だがなぁ、その必要はねぇよ」 そんなに声を張り上げたわけではないのに、ガヤガヤと騒がしい喧噪の中にあって、その男の声は不思議とよく響いた。「京ちゃ……」 京介の登場に、細波が芽生の腕を握る力が一瞬だけ弱まって……芽生はずっと会いたくて仕方なかった京介の名を呼ぶと、倒れ込むみたいに京介の腕の中へ飛び込んだ。「芽生。遅くなってすまなかったな」 片腕で、今にも崩れ落ちそうな芽生の身体をグッと支えるように抱き留めてくれると、京介が申し訳なさそうに空いた方の手で芽生の背中を優しく撫でてくれる。その温もりを感じた途端、芽生は張りつめていた糸が切れたみたいにポロポロと涙をこぼして泣いてしまっていた。「京ちゃ……、どうしよぉ……。私の……家、が……っ」 わざわざ伝えなくても見れば一目瞭然だ。そう分かっていても、芽生は大好きな京介に、家がなくなってしまったことを言わずにはいられなかった。 京介は上手く言葉に出来ない芽生の気持ちが分かっているみたいに、ただ静かに背中をトントンとあやすように撫でながら、途切れ途切れにしか紡げない芽生のつたない言葉を何も言わずに受け止めてくれる。 先程、細波は芽生の感情なんてお構いなしに自分の言いたいことばかりをぶつけてきた。対して京介は口調こそ荒っぽいけれど、いつもこんな風に芽生の気持ちを一番に汲んだ対応をしてくれる。そういうところが好きで好きでたまらないと実感させられて、緊急事態だというのに胸がキュンと高鳴った。***「千崎、悪ぃーん
last updateLast Updated : 2026-02-03
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3.家なき子③

 そんなこともあって、(このままではまた京ちゃんが千崎さんに叱られちゃう!)と気が付いて、京介から慌てて離れようとした芽生だったのだけれど、背中に添えられた京介の手が何故かそれを許してくれない。「あ、あの、京ちゃ……?」 仕方なく京介の腕の中でもじもじと身じろぎながら彼を見上げたら、「バカ娘。足、まだふらついてんだろーが。遠慮せず俺に引っ付いとけ」と保護者の顔で言い切られてしまう。 こういう過保護モードな状態に入った時の京介は、何を言っても聞いてくれないのだ。 長い付き合いでそれを知っている芽生は、京介と密着しているのをいいことに心の中で千崎に『ごめんなさい』と謝りながら、京介から離れるのを早々に諦めた。だってこうやって京介の胸元に顔を埋めていれば、千崎の怖い顔を見なくても済むのだから。 千崎が「放せよ! 僕は一人で帰れる!」と抵抗する細波を数人掛かりで連れ去る気配が遠ざかると、「子ヤギ、ちぃーとしんどいかも知んねぇが、消防の方へ説明できるか?」 京介が芽生を見下ろしてそう問いかけてきた。 もちろん、それはしなければならないことだと芽生も思っていたけれど、何故無関係のはずの京介がこんなに申し訳なさそうな顔をするんだろう?「あ、あの……京ちゃん、私……」 ――それは自分の責務だし、確かにつらいけれど頑張れるよ? そう告げようとした芽生だったのだけれど。「もちろん一人で行けとは言わねぇ。頼りねぇかも知んねぇが、俺も付いてってやるから」 予期せぬことを言われて、芽生は思わず「えっ?」とつぶやいて京介をじっと見上げた。泣きまくった目元はこすりすぎたのか、火災現場から吹き付ける熱風にさらされて、ピリピリと痛んだ。 そんな芽生の頬を優しく労うように撫でてくれてから、京介が続けるのだ。「お前、俺に助け求めてくれてたのに気付くの遅れちまったからな? そのせいで変な男にも絡まれちまったし、心細かったろ」 ポンポンと頭に載せられた大きな手は、小さい頃から慣れ親しんだ感触だ
last updateLast Updated : 2026-02-04
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