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秋風に消えた想い のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

23 チャプター

第11話

しかし、最後まで言い終わる前に、冷たい機械音声に言葉を遮られる。「おかけになった電話は、ただいま電波の届かない……」続けて5回6回とかけてみたけが、結果は同じだった。……おかしい。二人はもう何年も一緒にいるが、要からの電話なら、霞は10秒と経たずに必ず出てくれるはずなのに。まさか、霞の身に何かあったのか?不安が一気に胸に込み上げてきて、要が部下に調べさせようとした、その時だった。突然、後ろから夏美が要の腰に腕を回してきた。「どうしたの?浮かない顔しちゃって」「なんでもない」要はスマホの画面を消すと、「仕事のことだ」と答えた。そこで要は、夏美がいつの間にかセクシーなバニーガール姿になっていることに気づいた。そして、要のいちばん大事なところを、わざとらしく刺激してくる。「要さん。私たち、ずっとしてないでしょ……」いつもなら、夏美がそんな顔をするだけで、要は一瞬で理性を失ってしまうはずだった。しかし今は、何の反応も示さないどころか、むしろ少しだけ拒絶している自分がいた。要は夏美の手を握り、制止する。「いい子だから。今日は一日疲れただろう、早く休もう」「でも……」夏美は目をうるませる。その表情は、不満そうでありながら、どこか男を誘う色っぽさがあった。「だって私たち、ずっとしてないんだよ……」要は夏美をまっすぐ見て、真剣な声を出す。「夏美。お前は今、妊娠してるんだ。少しは抑えないと」「わかった、でも……」夏美はがっかりしながらも、なんとか誘おうとチャンスを伺っていたが、気がつくと要はとっくに体をするりと離してしまっていた。夏美の手が行き場をなくして宙を彷徨い、心の底では不安が芽生え始める。何かが変わってしまったような……夏美を寝かしつけた後、要はこっそりとベランダに出た。もう一度、霞に電話をかけてみたがやっぱり、誰も出ない。要は気持ちを切り替えて、今度は秘書の池田健二(いけだ けんじ)に電話をかけてみる。この数日間、特に変わった様子はないと健二から聞かされ、要はほっと息をついた。健二はさらに、庭で花を眺める霞の写真を送ってきた。霞の優しく穏やかな横顔を見ていると、要の口元は自然と綻んだ。ようやく安心した要だったが、なぜか無性に霞のことが恋しくなってきた。霞が
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第12話

しかし、その言葉が終わるや否や、周りからの嘲笑はさらに大きくなった。みんなの軽蔑するような視線に、夏美はたまらなくなり、一人で店を飛び出した。「夏美!」要はその場で弁解する間もなく、とっさに後を追った。しかし、車が多くて、夏美が一人で遠くへ走り去っていくのを、ただ見ているしかなかった。しばらくして、やっとの思いで追いついたのだが、夏美に力いっぱい突き飛ばされた。夏美の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。「ほっといてよ」夏美が声を詰まらせながら言う。「あの人たちから見たら、私はただの厚かましい女なのね。あなたもそう思ってるんでしょ?」「そんなわけないだろ。考えすぎだ」要は夏美を抱きしめた。「あいつらは、何も分かってないだけなんだ」夏美は自嘲の笑みを浮かべると、涙をはらはらとこぼす。「あの人たち、私をゴミみたいに見てた……みんな私を馬鹿にしてる。私たちこそ、本当に愛し合ってるのに」夏美がお腹をさすりながら泣いているのを見て、要は胸が締めつけられるようだった。要は顔を近づけ、夏美の目元の涙にキスをする。「大丈夫、俺が何とかするから。泣かないで。お腹の赤ちゃんも、お前が悲しんでたら寂しくなっちゃうぞ」お腹の赤ちゃんに話が向けられ、夏美はようやく泣き止んだ。彼女は真っ赤な目で顔を上げ、要に尋ねる。「ねえ。前に言ってくれたこと、本当だよね?霞さんに対しては愛じゃなくて、責任があるだけだって。愛してるのは、私だけなんだよね?」要は夏美の瞳をまっすぐ見つめて、真剣に答える。「ああ、お前だけだ」しかし、今の夏美には、以前のような無邪気な喜びはなかった。その言葉が本当なのか確かめるように、要を見つめる目は、まるで心の中まで見透かそうとしているかのようだった。でも、いくら見つめても、要の様子に怪しいところは見当たらない。やがて夏美は涙を拭うと、要の腕の中に体を縮めた。そして自分に言い聞かせるように、言葉を付け加える。「私たちは本当に愛し合ってるって知ってるんだから。なのに、あの人たちは何も知らないくせして、勝手に決めつける」その後やっと夏美を寝かしつけたが、夜が更けても、要はベッドの中で眠れずにいた。昼間の出来事が、何度も頭の中をよぎる。自分は霞という妻がいるのに、夏美との結婚式を準備していたのだ。罪悪感
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第13話

「でも、我慢できなくって……」要は呆れてしまっていたが、夏美のお腹の子供のことを思うと、怒るわけにもいかなかった。苛立つ気持ちをなんとか抑え、笑顔で「大丈夫だよ」と声をかける。また深夜まで仕事をしていた要は、霞のことを思い出していた。いつも品があって完璧な霞も、失敗がなかったわけじゃない。でも一度ミスをすると、それを徹底的に反省して、二度と同じ過ちを繰り返すことはなかった。霞は華やかなパーティーが苦手だった。しかし、要のためと言って、いつも完璧に立ち回ってくれた。霞のおかげで契約がまとまったことも、一度や二度じゃない。それにひきかえ、夏美はどうだろう。失敗するたびに、天気のせいにしたり、照明が眩しいと言ったり、言い訳ばかり。それどころか、急に服を脱いで誘ってきたりする。口癖は「体で返すから許して」だ。霞は自分が忙しいことを分かってくれていたから、いつも要に一人の時間を作って、気持ちを落ち着かせてくれていた。でも夏美ときたら、四六時中べったりそばにいたがる。だから自分は、無理してでも彼女の相手をしなければならなかった。それに、自分が少しでも気を抜くと、夏美はすぐにお腹をさすって泣き出す。「要さん、あなたも私のこと馬鹿にしてるんでしょ?」「要さん、もう私のこと好きじゃなくなったの?」「要さん、仕事が私と赤ちゃんより大事なの?」……こういう言葉が、まるで網のように要をがんじがらめにして、息苦しくさせた。要は思わずにはいられなかった。自分は、間違った選択をしてしまったのだろうか?それから数日、大事なプロジェクトが進むにつれて、要はますます忙しくなった。毎日、朝早くから夜遅くまで仕事だった。でも予想外のことなことに、夏美は彼にまとわりついてこなかった。一日中、買い物に出かけたり、新しい友達と会ったり、赤ちゃんのためのケアに通ったりして忙しくしていた。そして、二人きりになると、夏美はとても情熱的になった。まるで、付き合い始めた頃に戻ったかのように。夏美の穏やかな様子を見て、こういうのも悪くないな、と要はふと思った。やっと夏美も、自分のペースに合わせてくれるようになったのかもしれない。しかし、そう思ったのも束の間だった。ずっと準備してきたプロジェクトの入札に、まさか負けてしまったのだ。
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第14話

少し膨らんだお腹の夏美は大声でわめき散らす。要は、怒りのあまりもう言葉が出なかった。かつて、会社の重要機密を狙う敵に霞が拉致され、金庫の番号を吐けと脅されたことがあった。しかし霞は、海に身を投げてでも、決して要を裏切ろうとはしなかった。同じような顔立ちなのに、中身はこれほどまでに違うのか。夏美が、ここまで愚かで浅はかな女だったとは……それに、まったく反省もせず、ただ言い訳ばかりする夏美を見ていると、怒りと後悔の念がますますこみ上げてくる。要は腕を思い切り振るい、テーブルの上の瓶などをすべて床に叩き落とした。ガラスの破片がそこら中に飛び散る。「出ていけ!」真っ赤に充血した目で夏美を見つめる要の瞳には、失望の色だけが浮かんでいた。夏美はすっかり怯えてしまい、泣きそうな顔で部屋を飛び出していった。要は、ソファに体を沈める。様々な感情が入り乱れ、息もできないほどに苦しい。霞に会いたい気持ちが限界に達し、要はもう一度霞のスマホを鳴らした。しかし、十数回かけても、いっこうに繋がる気配はない。霞と連絡がつかないため、要は国内で彼女の世話をさせている健二に、慌てて電話をかけた。「霞はどこだ?今すぐ見つけ出して、電話に出させろ」電話の向こうで、健二はしばらく口ごもっていたが、やがておそるおそる口を開く。「奥さんが……いなくなりました……」「いつからだ?」電話の向こうの健二は少し黙り込んでから、重い口を開いた。「社長が橋本さんと発たれた、その3日後のことでして……」健二の話を聞き、要はようやく事の経緯を理解した。自分が夏美を連れて発った後、家には誰もいなくなっていたのだ。そこに突然、謎の男たちが現れ霞を連れ去った。その連中は手際が良く、指紋一つ残していかなかったらしい。要はそれを聞くとますます苛立ちを募らせ、ズキズキと痛むこめかみを指で押さえた。「探せ!何が何でも探しだせ!すぐに国内に帰る便を予約しろ!一番早いやつだ!」要が帰国すると聞いて、夏美の心臓はどきりと跳ねた。要の言い訳は完璧で、つけ入る隙はなかった。それでも、夏美は一瞬で見抜いてしまった。要が帰国を急ぐのは、霞のため。今までの要なら、自分に嘘なんて絶対につかなかったのに、この数日でどうしてこんなに変わってしまったのだろ
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第15話

飛行機を降りると、要は急いで二人の新居へ向かった。「霞」二人の愛の巣に戻ると、家の中はほとんど空っぽになっていて、かつての温かくて居心地の良かった家は、今や冷たい空気が漂うだけだった。霞の甘い香りさえも、すっかり消えてしまっている。はっとした要は急いでコレクションルームへと向かった。しかし、そこにあったはずの品は、すべて跡形もなくなっていた。要は、以前秘書の健二が何気なく話していたことを思い出した。「奥さんが荷物を整理して、全部捨ててしまわれたようです……」霞が捨てたのは、二人が長年育んできた愛の証だった。霞はどうしてそんなことができるんだ?要の心は抉られ、血の滴る抜け殻だけが残されたようだった。要が混乱していると、突然、夏美が背後から現れ、要にきつく抱きついた。「なんでここにいるんだ?」要の声はやけによそよそしい。「ごめん、要さん。この間はあんなこと言うんじゃなかった。全部私が悪いの。だから怒らないで」夏美は申し訳なさそうに続ける。「霞さんのこと聞いたよ。まだ怒っているのかもしれないし、私にも原因があるんだから、私も何か少しは助けになれるかも……」日に日に大きくなっていく夏美のお腹を見て、要も無下にすることはできず、部屋を用意させてしばらく泊まらせることにした。……丸一日探したが、何の手がかりも掴めなかった。要が部屋に戻ると、夏美はとっくに眠りについていた。彼女のスマホがベッドの脇に置いてあり、充電が切れそうになっているのが見えたので、充電してあげようと要は手を伸ばす。充電器を差した瞬間、画面がパッと明るくなった。目に飛び込んできたのは、夏美のインスタ。毎日何十件も更新されていて、そのすべてが要と一緒に過ごした日々の記録だった。いかにも若い女の子らしい投稿を見て、要は思わず口元を緩める。まだ若い夏美が、急にたくさんの高級品を手にし、贅沢な暮らしをすれば、自慢したくなるのも無理はない。いくら自慢したって構わない。金ならいくらでもあるのだから。夏美が楽しめるなら、そんなことは気にしなかった。しかし、投稿の内容をよく見ているうちに、要の顔色が変わった。そこには、要と遊びに行った記録だけでなく、二人の甘いラインのやりとり、行為の後に残った赤い痕、それに乱れたベッドシーツ
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第16話

道理であの時、霞はあんなに悲しそうで、よそよそしい目で自分を見ていたのか。霞、お前は全部知っていたんだな……要は心臓をえぐり取られたかのように、体が震えるほど痛かった。霞は自分に心底がっかりしただろうな。その時、健二から連絡が入った。その内容は、要の全身の血の気を引かせるには十分な内容だった。「社長、カジノ側が言うには、奥さんは1ヶ月以上も前から、お二人が離婚することに賭けていたそうで……それに……」「まだ何かあるのか?」「2週間前に、奥さんが離婚届受理証明書を持って賭け金を受け取りに行った後、国内での身分情報は全て抹消されており、現在は国外にいるようです。しかし、どの国へ向かったのかは、全く足取りが掴めません。人を使って確認させましたが、現在、確かに離婚が成立している状態でした」それはまるで雷に打たれたような衝撃だった。そんなに前から、霞は自分から離れたいと思っていたのか。突然空っぽになった家も、いきなりサインを迫られたあの契約書も、全部……病院で友達に「もう二度と帰ってこない」と話していたことも。こんなに分かりやすいサインがあったのに、自分は全く気づいていなかった。巨大な後悔が、要の頭を支配する。霞はこの全てを綿密に計画していたのだ。完全に逃げ出して、自分と二度と関わらないようにするために。そこまで考えると、要は崩れ落ちそうになった。霞がいなくなって初めて、霞のいない一瞬一瞬がこれほど苦しいものだったことに気づく。でも霞を裏切ったのは自分なのだ。だから、霞を必ず探し出して、これからの人生で償っていこう。しかし、霞はまるで蒸発したかのように、何の手がかりも残していなかった。今になってようやく、長い夢から覚めた。夏美への気持ちは、今まで経験したことのない情熱に目がくらんでいただけで、ただの一時の気の迷いだった。霞がいなくなって、ようやくその全てを悟ったのだ。夏美との情熱や甘い時間は、ただの目新しさからくるもので、本当に愛していたのは、霞だけだったのに。要は力なく椅子に崩れ落ちると、拳をデスクに思い切り叩きつけた。熟睡していた夏美だったが、その大きな音で目を覚ます。夏美は眠そうな目をこすりながら、それが要だとわかると、すぐに甘い笑顔で体を要にすり寄せる。「要さん、まだ休まな
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第17話

すると、夏美は雷に打たれたように、その場に崩れ落ち必死に懇願し始めた。「やめて、要さん、お願い!私が悪かったの。この子は私たちの子でしょ?あなたのたった一人の子よ!見捨てないで、お願い!この子を産ませて!」これが最後のチャンスだと、夏美は分かっていた。もしこのチャンスを逃せば、要との未来は永遠に閉ざされる。この子を失えば、夢にまで見ていた玉の輿の結婚生活は完全に水の泡。しかし、夏美がどんなに必死に頼んでも、要の心は動かなかった。要は冷たい目で言い放つ。「霞以外に、俺の子どもを産む資格のある女なんていない。お前は霞の足元にも及ばないんだよ」その言葉を聞いて、夏美は完全に我を失った。「は……ははは……私に資格がないって?それがなんだって言うの?あなたは私と寝たいがために、あの女の病気を放っておいたくせに。今さら後悔したって、もう遅いのよ」その言葉は、要の怒りに火をつけた。要は夏美の首を掴み、壁に叩きつける。「なんだと?」「言ったでしょ――」夏美は顔を真っ赤にしながら、かすれた笑い声をあげた。「あれだけひどいことをしたんだもの、もう取り返しなんかつかないよ。まだ分からないの?あの女はもう、あなたに愛想を尽くしたから、あんな風に何もかも捨てて出て行ったんじゃない。もう夢を見るのはやめなよ。あの女は絶対にあなたを許さない。あなたみたいな男は、愛する人を永遠に失う運命なのよ!」要の手の甲に青筋が浮かぶ。夏美が窒息しそうになったその時、駆けつけた医療スタッフが二人を無理やり引き離した。急に静かになった世界で、さっきの言葉が頭の中で何度も繰り返される。まるで抉られているかのように胸が痛んだ。要は爪が手のひらに食い込むほど、強く拳を握りしめる。なんとしてでも、失った愛する人を取り戻さなければならない。残りの人生をかけて、霞に償うんだ。しかし、数ヶ月が過ぎても、霞の行方は全く分からなかった。要は一日中酒を飲んで自分をごまかすようになった。二人が暮らした家はがらんとして、床には空き瓶が転がり、空気はタバコと酒の匂いで澱んでいる。床に座り込む要の服は皺だらけで、髪もずっと手入れしていないようだった。顎には青い無精ひげまで生えている。昼も夜も酒を飲み続けなければ、霞がもういないとい
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第18話

夏美は力の限り要を突き放し、何度もその顔を叩いた。「このろくでなし!私は夏美よ!愛してるって言ってくれたじゃない!なのに、あの女がいなくなった途端、私を捨てるなんて!」夏美はそばにあった鎖を掴むと、要の首に巻きつけた。「あなたは私の人生をめちゃくちゃにした!一体、私のどこがあの女に劣ってるっていうのよ!」この女が霞ではなく、夏美だと認識した要の笑顔が凍りつく。しかし、すぐに窒息感で幻覚が見え始めると、要はやはり優しい顔で夏美を見つめた。「霞、愛してる」その瞬間、夏美は完全に我を失った。「死ね!この裏切り者!あなたなんか大っ嫌い!」二人がもみ合っていると、酒瓶が床に落ちて割れた。そこへ、まだ火のついたままのタバコが落ちる。炎は一気に燃え上がり、あっという間に部屋中が火の海となった。「はははは!あの女を愛してたって、何になるのかしら?だって、あなたは、どうせ私と一緒にここで死ぬんだから」夏美は炎の中で狂ったように笑う。「これで、私たち家族三人、ずっと一緒だね。私の赤ちゃん、ママがパパを連れて、今そっちに行くからね」炎が瞬く間に屋敷全体を飲み込んでいく中、要は床に倒れたまま、意識が朦朧としていった。しかし、体が焼けるような熱さで、要はすぐに意識を取り戻す。だめだ。自分はまだ死ねない。まだ謝れていないのだから、霞を探さなくては。償いも何もできていない。だから、自分はまだ死ねないんだ。要は最後の力を振り絞り、燃えさかる家から這い出した。外に出ると、要は空を見上げた。視界には、昔のように白いワンピースを着て、楽しそうに笑いながら自分に手を振る霞の姿が浮かんでいる。「霞……」要は最後の力を振り絞ってその名前を呼ぶと、完全に意識を失った。異変に気づいた近所の人たちが、すぐさま通報した。消防車とパトカーが駆けつけたときには、既に一面が火の海となっていた。夏美も助け出されたが、彼女の顔は半分以上焼けただれ、体は黒焦げになっていた。それでも、口元はまだ何かをぶつぶつと呟いていた。「彼が愛しているのは私。彼が一緒にいられるのは私だけ。霞、あなたなんかに私は負けない。ははは」……目を覚ました要は、幸運にも一命を取り留めた。しかし、その姿はまるで、生ける屍のようだった。霞を失ってからというもの、毎日が地獄のよう
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第19話

久しぶりに会った霞は、まるで別人のようだったのだ。昔の面影はどこにもなく、腰まであった長い髪はばっさりとショートカットになり、透き通るような白い肌は健康的な小麦色に焼けていた。服装の雰囲気もすっかり変わり、霞はセクシーなショートパンツ姿で庭のブランコに乗り、すらりと伸びた綺麗な脚を揺らしているではないか。しかし、その動きの一つ一つが、要の心をかき乱す。要が一歩踏み出そうとしたその時、霞は急にブランコを止めると、庭に出てきた上品な雰囲気の男の胸に、躊躇うことなく飛び込んでいった。霞はつま先立ちで男の首に腕を回す。すると男は霞の腰を抱き寄せ、情熱的にキスをした。二人はどちらからともなく求め合い、夢中で唇を重ねている。目を閉じてうっとりしている霞。こんな彼女を要はこれまでに一度も見たことがなかった。要は門の外に立ち尽くし、二人を食い入るように見つめる。今にも、嫉妬の炎で、全身が焼き尽くされんばかりだった。「霞」霞の名を呼ぶ要の声は、氷のように冷たく、聞く者をぞっとさせるような険しさを帯びていた。声のした方へ振り向いた二人。要は一目で、霞のそばにいる端正な顔をした男が、国際的に名高い医師、九条蓮(くじょう れん)だと気づいた。蓮は霞の治療をしたいと何度も申し出てくれていた。だがその頃、自分は夏美との関係に溺れていて、その提案を受け入れなかったのだ。「新井社長?」蓮は特に驚いた様子もなく要を見る。「うちへ何の御用ですか?」「こっちこそ聞きたいよ。お前らこそ、今何をしていたんだ?」要の顔は、氷のように冷え切っていた。それに対し、蓮は鼻で笑う。「キスですが、それが何か?あ、もしかして、新井社長には分かりませんでしたか?」そう言うと、蓮は何かを思い出したように付け加えた。「ああ、そうでした。新井社長の好みは、ちょっと変わっていましたよね。家の奥さんには目もくれずに、外で浮気する方がお好きだったとか」要の顔は怒りで真っ赤になったが、何も言い返せない。だから、要は霞の方へ向き直り、優しい声で語りかける。「霞、一緒に帰ろう。今見たことは、全部なかったことにしてあげるからさ。もう一度、二人でやり直そうよ。これからは今までのことを償わさせてくれ、な?お前を愛してるんだ」要の声は誠実さに溢れていた。しかし、
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第20話

家に帰った要は人を使い、最近の出来事を全て調べさせた。そこで初めて知ったのだが、霞は両親のいない孤児などではなく、小山家で大切に育てられた令嬢だったのだ。昔、霞は事故で行方不明になっていたらしい。小山家は何年も捜したが見つけられず、10年前にようやく霞の居場所を突き止めた。しかし、当時の霞は自分のそばにいることを選び、実家に戻るのを断ったのだった。そして、蓮という男は、小山家と代々付き合いのある家の息子で、二人は子供の頃から婚約していたそうだ。蓮が医学の道を選んだのも、霞が先天性の心臓病を患っていたからだった。そして、実家に戻った霞はすぐさま彼の手術を受け、今ではすっかり完治して健康な人となんら変わりない。霞の回復後、蓮はすぐに全ての仕事を辞めて彼女に付きっきりになった。スキー、日の出を見るための登山、サイクリング、サンゴを見るダイビング、そして気球に乗って火山まで見に行ったそうだ。最初の頃の二人の写真は、なんだかぎこちない様子だったが、次第に打ち解け、ついには抱き合うまでになっていた。それを見た要は、嫉妬の炎に身を焼かれた。この間、蓮は霞を献身的に支え、両家は縁談を再び進めるつもりのようだった。ここまで見て、要は怒りにまかせて資料を閉じた。心の中に、不安が繰り返し押し寄せてくる。こんなのだめだ。霞は自分の妻なんだから。他の男と結婚させるわけにはいかない。そう思い、要はすぐさま車を走らせ亮太の会社へと向かい、彼のオフィスに乗り込んだ。亮太が口を開くより先に、要は小切手の束をデスクに叩きつける。「1日、40億。それでお前の家に泊まる」金額を聞いた亮太はころっと態度を変え、好きなだけ泊まっていいと即答した。ただ、要が部屋を出ていこうとする時、意味深な言葉を投げかけた。「何日泊まってくれたって構わないよ。けど……後悔しても知らないからな、新井社長」要はその言葉に少し引っかかったが、亮太の言いたいことはよく分からなかった。しかし、小山家の邸宅に足を踏み入れた途端、要は目の前の光景に言葉を失った。もう深夜だというのに、霞と蓮はペアルックのパジャマ姿でゲームをしたり、ホラー映画を観たりしていた。ローテーブルの上は、スナック菓子で埋め尽くされている。蓮が時々、霞の口にお菓子を運んでやると、すぐに二人は
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