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秋風に消えた想い

秋風に消えた想い

作家:  金色の宝物完了
言語: Japanese
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概要

切ない恋

逆転

愛人

ひいき/自己中

妻を取り戻す修羅場

「霞さんの病気は、とっくに手術で治せたはずなのに、どうして治せないなんて嘘をついたんだ? 霞さんはとっくに普通の人と同じ生活ができたはずなのに。お前は彼女の苦しみを長引かせたんだぞ。心不全の患者が毎日どれだけ苦しんでいるか分かってるのか?」 しかし、「生涯愛するのは霞だけ」そう公言していた男は、悪びれる様子もなく答える。 「夏美が我儘なんだから、仕方ないだろ?それに、夏美は俺が他の人に触られるのを嫌がるし、自分のものだって印までつけるんだ。そんなんじゃ、霞の病気が治ったら、隠し通せなくなる」 新井要(あらい かなめ)の言葉は、鋭いナイフとなって新井霞(あらい かすみ)の心を突き刺した。 街の誰もが、要は「色欲とは無縁な男」だと思っていた。 なぜなら結婚してから5年、要は霞に指一本触れていなかったから。それに、霞の生まれつきの病気を気遣って、負担をかけたくないからだと言っていて、霞自身でさえその深い愛情に涙したこともあったのに。 しかし、その「色欲が無い」というのが、自分に対してだけのものだったなんて。 こんな男、もういらない。

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第1話

第1話

「6億円賭けるわ。私と要が離婚することに」

新井霞(あらい かすみ)が静かに賭け金を置くと、そばにいたカジノ責任者は冷や汗を流した。

これは、令嬢たちが嫉妬まじりに暇つぶしで仕掛けた戯れにすぎなかったのに、まさかそのせいでこんな大物を怒らせてしまうとは、夢にも思わなかったのだ。

新井要(あらい かなめ)が霞を骨の髄まで愛していて、霞のためなら命まで捨てかねないほどだということは、誰もが知っている。

以前、霞が身をかがめたときに胸元を覗こうとした男がいた。その男は数日も経たずに交通事故に遭い、二度と光を見ることはなかったという。

また、酒に酔ったふりをして彼女の腰に手を回した男もいた。翌日、その男の両手は勤め先の会社のドアに吊るされていたらしい。

霞は孤児で、先天性の心臓病を抱えていたから、子どもも産めないし、激しい運動もできない。ましてや、要に男としての喜びを与えてあげることだってできなかった。

それでも、要は霞をこれでもかというほど溺愛していた。

だから霞の体を気遣い、要は決して関係を持とうとはしなかった。いつもキスやハグだけで終わらせて、自分は冷たいシャワーを何度も浴びていたそうだ。

そんな要を見かねた親友が気を利かせて女をあてがったが、要はその女を布団ごと部屋から叩き出したという。

さらには、親戚たちが子供を産むようどんなに必死に説得しても、彼の決意は変わらず、こう言い切ったのだ。

「この生涯で俺が愛するのは霞だけだ。これ以上、彼女を諦めろと強要するなら、お前達の前で死んでやる」と。

また、霞は表舞台に立つことをあまり好まなかったので、要はわざわざ霞とよく似た替え玉を用意し、面倒な場にはその女を代わりに行かせていた。

……

こんな幸せが永遠に続くと思っていた。しかし、ある事件が起きた。

1年前、薬を盛られた要は替え玉の女を霞だと思い込んでしまい、関係を持ってしまったのだ。

正気に戻った要は、霞の前で額を床に擦り付けた。

さらには、ナイフで自らの胸に霞の名前を刻み、許しを求めたのだった。

「霞、信じてくれ。あの時は薬のせいで、あの女をお前だと思い込んでしまったんだ。

俺が愛しているのはお前だけだ。あの女はもう遠くに行かせる。二度と俺たちの前に現れないようにするから」

霞は要の言葉を信じて許した。

要に満足な夜の営みをしてあげられないのは、自分のせいだという負い目もあったから。

しかし、次第に……

霞は、何かがおかしいと感じ始めた。

要は自分といても、誰かからのラインを待っているかのように、常にスマホを気にするようになった。

自分の誕生日の時、要は海外出張だと言っていたのに、スマホの位置情報を見てみると、彼はすぐ近くのホテルにいたのだ。

また、霞が体調を崩して電話したときも、要の態度はそっけなかった。

「霞、まだ会議中なんだ。悪いけど、一人でなんとかしてくれ」

霞が不満を口にしても、要はいつもこう言った。

「親戚連中はお前のことを快く思っていない。だから俺がもっと頑張って、あいつらを黙らせないといけないんだ」

そんなある日、霞は発作を起こした。50回以上電話をかけたのに繋がらず、要が入院先に見舞いに来たのは、結局4日も経ってからだった。

要の鎖骨には、生々しいキスマークがついていた。

そのとき霞は初めて知った。要が橋本夏美(はしもと なつみ)とずっと関係を続けていたことを。

退院したその足で、霞は要の会社へ向かった。すると偶然、オフィスで要が親友と口論しているのを目にする。

「霞さんの病気は、とっくに手術で治せたはずなのに、どうして治せないなんて嘘をついたんだ?

霞さんはとっくに普通の人と同じ生活ができたはずなのに。お前は彼女の苦しみを長引かせたんだぞ。心不全の患者が毎日どれだけ苦しんでいるか分かってるのか?」

その言葉を聞いた霞は、まるで氷の穴に突き落とされたような衝撃を受けた。

世界で自分を一番愛してるといつも言ってくれていた人が、自分が病気で苦しむ姿を、ただ黙って見ていただけだったなんて。霞は信じられなかった。

……

「霞さんを一番愛しているんじゃなかったのか?なんで彼女にこんな酷いことをするんだよ?」

「夏美がすごく我儘なんだから仕方ないだろ?」

困っているような表情を浮かべている要だったが、その声はどこか楽しそうだった。

「俺が他の人に触られるのを嫌がるし、自分のものだって印までつけるんだ。そんなんじゃ、霞の病気が治ったら、隠し通せなくなるだろ?

それにこの間、俺が霞を抱きしめているところを夏美に見られたんだ。そしたら泣き喚いて大変でさ。惑星を99個も買ってあげて、やっと機嫌が直ったんだ」

「惑星を99個?一体いくらかかったんだよ?昔、お前が霞さんにプロポーズした時は、たった1個だったじゃないか。

一生、霞さんだけだって言ってたのに、なんであの女にそんなに尽くすんだよ?まさか、本気で好きになったんじゃないだろうな?」

その問いに、要は答えなかった。

長い沈黙の後、要は困ったようにため息をつく。「俺だって、好きでこうなったわけじゃない。

最初はただ、夏美の体に興味があっただけだった。でも、いつの間にか……」

霞は胸を押さえ、唇をきつく噛みしめた。

「気づいたら、もう夏美なしじゃいられなくなっていた。起きてるときも、夢の中でも、あの子のことばかり考えてる……」

そして要は、一度息を深く吸った。

「霞と一緒にいるときでさえ、心の中は夏美のことでいっぱいなんだ」

「じゃあ、心変わりしたってことなのか?本当に夏美って女を愛してるなら、早く霞さんに本当のことを言ってやれよ。下手に隠してると、二人とも傷つけることになるぞ。

結婚式の時、霞さんは言ってたじゃないか。『一途な愛だけが欲しい』って。もしこのことがバレたら、霞さんは絶対にお前と別れるぞ。その時になって後悔しても遅いからな!」

「馬鹿なこと言うな。俺は霞のことも愛してるんだ。お前達が黙っていれば、霞にばれる事はないんだからさ」

要は有無を言わさぬ冷たい声で続ける。

「それに霞は体が弱いし、俺が長年甘やかしてきたから、もう一人ではまともに生活できない。身寄りのないあいつが、俺から離れていけるわけないだろ?」
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第1話
「6億円賭けるわ。私と要が離婚することに」新井霞(あらい かすみ)が静かに賭け金を置くと、そばにいたカジノ責任者は冷や汗を流した。これは、令嬢たちが嫉妬まじりに暇つぶしで仕掛けた戯れにすぎなかったのに、まさかそのせいでこんな大物を怒らせてしまうとは、夢にも思わなかったのだ。新井要(あらい かなめ)が霞を骨の髄まで愛していて、霞のためなら命まで捨てかねないほどだということは、誰もが知っている。以前、霞が身をかがめたときに胸元を覗こうとした男がいた。その男は数日も経たずに交通事故に遭い、二度と光を見ることはなかったという。また、酒に酔ったふりをして彼女の腰に手を回した男もいた。翌日、その男の両手は勤め先の会社のドアに吊るされていたらしい。霞は孤児で、先天性の心臓病を抱えていたから、子どもも産めないし、激しい運動もできない。ましてや、要に男としての喜びを与えてあげることだってできなかった。それでも、要は霞をこれでもかというほど溺愛していた。だから霞の体を気遣い、要は決して関係を持とうとはしなかった。いつもキスやハグだけで終わらせて、自分は冷たいシャワーを何度も浴びていたそうだ。そんな要を見かねた親友が気を利かせて女をあてがったが、要はその女を布団ごと部屋から叩き出したという。さらには、親戚たちが子供を産むようどんなに必死に説得しても、彼の決意は変わらず、こう言い切ったのだ。「この生涯で俺が愛するのは霞だけだ。これ以上、彼女を諦めろと強要するなら、お前達の前で死んでやる」と。また、霞は表舞台に立つことをあまり好まなかったので、要はわざわざ霞とよく似た替え玉を用意し、面倒な場にはその女を代わりに行かせていた。……こんな幸せが永遠に続くと思っていた。しかし、ある事件が起きた。1年前、薬を盛られた要は替え玉の女を霞だと思い込んでしまい、関係を持ってしまったのだ。正気に戻った要は、霞の前で額を床に擦り付けた。さらには、ナイフで自らの胸に霞の名前を刻み、許しを求めたのだった。「霞、信じてくれ。あの時は薬のせいで、あの女をお前だと思い込んでしまったんだ。俺が愛しているのはお前だけだ。あの女はもう遠くに行かせる。二度と俺たちの前に現れないようにするから」霞は要の言葉を信じて許した。要に満足な夜の営みをして
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第2話
「夏美は公にできない関係で我慢してもらっているから、もう十分辛い思いをさせているんだ。だから、こんなささやかなプレゼントでは、とても埋め合わせにならないよ。できることなら、彼女とだって式を挙げたいんだから」オフィスの外で、霞は必死に正気を保とうと自分の腕をつねっていた。かつて自分と結婚するためなら、家族全員を敵に回すことも厭わなかった要が、まさか他の女を愛しているなんて、信じられなかった。ありえない。10年前、霞が病で倒れ、病院から要に何度もかなり危ない状況であるという連絡が来た時、海外にいた要はすぐにチケットを取り帰ってきてくれた。そして、山奥にある神社に毎日通っては祈りを捧げてくれたのだった。二人で交通事故に遭った時も、要は迷わず霞を庇い、意識不明の時でさえ、霞の名前を呼び続けていたし、家族に結婚を反対された時は、すべてを捨てて霞と心中しようとまでした。そして、やっとのことで霞と結ばれた日、要は誓った。「何度生まれ変わっても、俺はお前だけを愛し続ける。もしこの誓いを破るようなことがあれば、望んで天罰を受けるよ」……あれから長い月日は経っていないというのに、要は心変わりしている。それどころか、夏美を愛してしまったのは仕方なかったなんて言っているのだ。なんて愚かなのだろう。二人の女を同時に手に入れようとするなんて。しかし、霞は最初からはっきりと要に伝えていた。二股なんて絶対に許さない、と。中途半端な愛情なんていらない。もし心変わりしたら、きっぱりと別れると決めている。その時、オフィスの中から要の苛立った声が聞こえてきた。「霞が来てること、なんで前もって報告しなかったんだよ!それに、どうして彼女をここまで上らせたんだ?」中の様子に気づいた霞は、素早く涙を拭うと、平静を装ってドアを開けた。霞の姿を見るなり、要の目に明らかな動揺が走る。「霞、いつ来たんだ?」全部聞こえていたよ、と本当は言いたかった。でも、それを言って何になるというのだろう?たとえ言ったとしても、自分の立場が不利になるだけだ。下手すれば逆ギレされて、あれこれとこちらの非を責められるかもしれない。そう考え、霞は問い詰めたくなる気持ちをぐっとこらえた。「今来たとこ。どうしたの?何か私に何か隠しごとでもあるの?」霞は明
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第3話
電話の向こう側からは、兄・小山亮太(こやま りょうた)の喜びを爆発させた声が聞こえた。「本当か!ならよかったよ、霞。やっと決心してくれたんだな。お父さんとお母さんも、ずっと霞のことを心配してたんだから。何年も待ってたんだぞ、やっと帰ってきてくれるのか」久しぶりの温かい言葉に、霞は声を詰まらせる。「こっちのことが片付いたら、すぐに帰るから。これからは家族みんなで、ずっと一緒だよ」なんだか妹の言葉に違和感を感じ、亮太は心配になった。「もしかして、要に何かされたのか?もしそうだったら、俺に言ってみろ。俺の妹に何かしてたら、あいつ……絶対タダじゃおかないから」霞は慌てて亮太を宥める。「お兄ちゃん、私は大丈夫。自分でなんとかするから」少し声が震えた。「1ヶ月で片付けてみせる」霞の強い決意を感じ、亮太はそれ以上何も言わなかった。「わかった。じゃあ、1ヶ月後に迎えに行くから。何かあったらいつでも連絡しろよ」霞は孤児で、要以外に頼れる人がいないと要は思い込んでいたので、霞を蔑ろにしてもそんなに問題はないと勘違いしていた。しかし実際は、霞の家族が何年も前に霞を見つけてくれ、家に連れて帰ろうとしていたのだ。当時の霞は、要のためにすべてを断固として拒否していたのだが、今になって考えれば、自分は本当に愚かだったと思う。電話を切ってしばらくすると、霞はふと思った。1ヶ月後には、もうあの人とは何の関係もなくなるのか……これからは、本当の家族のもとへ帰り、要の世界からは完全に姿を消す。霞は要と暮らしていた家に帰ると、これまでの自分の痕跡を消し始めた。子供の頃に作ったミサンガ、着ていた服、手描きの絵。それらはすべて要が大切に保管し、専用の部屋に飾られていた。昔は数日おきに彼女をその部屋へ連れてきては思い出に浸っていたのに、今ではすべてが埃をかぶっている。霞の視線が、洗いすぎて色落ちしているワンピースに止まった。それは7歳の時、孤児院で初めて要に会った時に着ていた服。その時の要は霞を一目見ただけだったのに、家に連れて帰ると言って聞かなかったのだ。18歳の時、要は長年大切に保管してきたそのワンピースをバラの形に折りたたみ、その上にダイヤモンドの指輪を置いて、彼女の前に片膝をついた。「霞、愛してる。お前を初めて見た瞬間、俺は
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第4話
「いいリフォーム会社を見つけたの。これ契約書だから、サインしてくれる?」要は何も疑わず、すぐに名前を書いた。サインされた離婚協議書を素早くしまい、霞はホッと胸をなでおろす。「今日は俺たちの記念日だろ?お祝いしに行こう」霞が断る間もなく、要は彼女の腕を引き外に出た。霞は抵抗するのをやめた。要がどこまで真実を隠し通せるのか、見てやろうと思ったのだ。着いてみると、そこは二人が学生の頃に一番好きだったレストランだった。驚いたことにレストランは10年前の内装のままで、細かいところまで、何もかもが当時と変わっていない。しかし、思い出に浸る間もなく、見覚えのある姿が目に入った。夏美。髪をポニーテールに結び、その店の制服は彼女のしなやかな体のラインを際立たせていた。清純そうでありながら、どこか色っぽい。ちょうどその時、夏美が酔っ払った客に絡まれた。霞に気づいたらしい夏美は目をうるませ、わざとらしく慌てたような表情を見せる。そんな表情の夏美を見た要は思わず、助けようと前に出た。しかし、霞は手を伸ばして彼を制す。「どうして彼女がここにいるの?海外に行かせたって言ってなかったっけ?」「海外生活が合わなかったみたいなんだよ。でも、こっちに戻ってきても仕事がないから、バイトでもしてるんだってさ。でも、心配するな。面倒は起こさないようにって、ちゃんと釘を刺してあるから」そう早口で言うと、要は霞の返事を待たずに、大股で夏美を助けに向かった。二人の親密な様子を見て、霞は心臓を鷲掴みにされたかのように、痺れるような痛みを感じた。ことが落ち着くと、要は振り向きもせず霞の元へ戻ってきた。そして手慣れた様子で霞に水を注ぎ、料理を取り分けては温度を確かめる。スープを飲ませる時も、フーフーと冷ましてから彼女の口元へと運んだ。その様子に、周りの客も感心して目を細めていた。店員までもが要の優しさを褒めたたえていたが、霞は何を食べても砂を噛むような味しかしなかった。要は自分に優しくしているように見せかけて、心はとっくにここにはないのだから。突然、着信音が鳴ると、要が申し訳なさそうな顔をした。「ごめん、霞。会社で急用ができたから、ちょっと行かなきゃなんだ」そう言うや否や、要は慌てて席を立った。霞はふと思い立って、久
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第5話
罰を与えるかのように、夏美に激しく腰を打ちつける。その目元には、霞が今まで見たことのない悦びと満足感が浮かんでいた。夏美は唇を軽く噛み、妖艶な声で答える。「ねぇ、制服ってそそるでしょ?外にだってあんなに人がいる……興奮しない?」要は低く笑うと、夏美の柔らかな体に手を添わせた。「お前のその格好、たまらない。このままお前の中で果てたいくらいにな」「そんなことばっか言って……」夏美は甘えるように彼の耳を噛む。「どうせ霞さんのベッドでも、同じこと言ってるんでしょ?」「やきもちか?」要はからかうように言った。「俺をこんなに興奮させられるのは、お前だけだ。お前じゃなきゃ、俺は満足できないんだから」要は夏美の顎を持ち上げると、指の腹でみずみずしい唇をなぞった。「あいつには一度も触れていない。確かめてみるか?」すると二人はすぐに体勢を変え、2戦目を始めた。彼らの甘い喘ぎ声を聞きながら、霞の心は引き裂かれるような痛みを感じていた。ずっと、要は自分の体を気遣ってくれているのだと思っていた。でも、本当はただ、自分と肌を重ねるのが嫌だっただけなのだ。霞は力なくその場にへたり込んだ。息が詰まるほどの絶望感に、内臓が抉られるように熱い。なんとか気持ちを落ち着けて席に戻ると、要が涼しい顔で人だかりの中に立っているのが見えた。少し離れたところにいる夏美は、うっとりした目つきで、顔をほてらせていた。要はダイヤモンドのネックレスを手に片膝を地面につける。「霞、愛してる。この輝くダイヤモンドに、俺たちの永遠の愛を誓わせてほしい」周りの人たちが囃し立てる。しかし、霞の心は少しも動かなかった。なぜなら、さっきまでこの男は別の女の体の上で、自分には興味がないと言っていたのだから。それなのに今は、公の面前で自分だけを愛しているなんて芝居をうっている。なんて皮肉なんだろう。どうやってこの場を乗り切ろうかと苛立っていると、夏美が目をうるませながら近づいてきて、霞にバラの花を差し出した。さっきの吐き気を催すような光景を思い出し、霞は思わず後ずさった。しかし、その拍子に足元の床板がぐらりと傾いき、霞は反射的に目の前にいた夏美に掴みかかってしまった。悲鳴が響き渡る中、二人はもつれ合うように階段を転げ落ちた。霞は地面に強
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第6話
それから間も無くして、霞の元に友達申請が届いた。承認した途端、その相手からは要とのラブラブなやり取りが、何百件も送りつけられてきた。夏美の気晴らしのためだけに、要は大事な契約を断り、映画や食事に付き添ったり、夏美が隣の市のスイーツが食べたいと何気なく言っただけで、要は夏美の笑顔のためだけに、車を何百キロも走らせて買いに行ったりしているようだ。さらには、夏美のために自らキッチンに立って料理をし、手にやけどをしても、まったく気にしないらしい。夏美が要のUSBを排水溝に落としてしまい、数百億円ものプロジェクトを台無しにした時だって、ベッドに押し倒して三日三晩ひどいことをしただけだった。……退院の日、霞が足を引きずりながら病院から出ると、すぐに要が駆け寄ってきた。「霞、この間はわざと怒鳴ったり、置き去りにしたわけじゃないんだ。大勢の人が見てたし、夏美はお前のせいで怪我したからさ。あそこで夏美を放っておいたら、会社に悪影響が……」霞は心の中で冷たく笑ったが、落ち着いた声で「大丈夫。仕事が大事なのはわかってるから」とだけ言った。その言葉を聞いて、要はすっかり安心したようだった。「お腹すいただろ。お前が行きたがってた、あの湖畔にあるレストランに行こう」霞はこれ以上彼と関わりたくなかったが、結局は上手く言いくるめられ、無理やり車に乗せられてしまった。ドアを開けると、自分の指定席であるはずの助手席に夏美が座っていた。「霞さん……」夏美が霞の機嫌を伺うように、おそるおそる声をかけてきた。要は思わず夏美を庇うように言い訳を始める。「この前のことを夏美がずっと気にしててさ。俺たちの関係にひびが入いったら嫌だから、食事に誘ってお詫びしたいんだって」必死に夏美をかばう要の姿は、ひどく滑稽に見えた。結局、霞は何も言わず、静かに後部座席に乗り込んだ。席に着くとすぐ、要は手慣れた様子でたくさんの料理を注文し始めた。煮込みハンバーグに豚の角煮、それに麻婆豆腐。案の定、すべて夏美の好物ばかりだった。霞の体では、油や塩分の多い食べ物は口にできない。要はそのことをずっと覚えていてくれたはずなのに、今ではすっかり忘れてしまったようだ。立ちのぼる油の匂いで息が苦しくなり、霞は急いで席を外した。新鮮な空気を吸い込むと、少しだけ
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第7話
その声はひどく冷たくて、陽菜は思わず体を震わせた。彼女の言葉を遮るように、霞が口を開く。「陽菜が海外に移住するの。もう国内には戻ってこないつもりなんだって」そう聞いた途端、要の険しい顔つきがふっと和らいだ。それどころか、次の食事会の計画を嬉しそうに立て始め、霞の顔が真っ青なことには、全く気づいていない。しかし、霞はあえて何も言わなかった。こうすれば、要はまた後ろめたさを感じることなく、夏美と会えるのだから。要は身を屈め霞の額にキスをし、反省するような口調で言った。「霞、さっきはごめん。焦ってて、お前のこと考えてやれなかった。もう機嫌を治してくれるか?」自分が夏美を気にかけたばかりに、霞は怒ったのだと要は思っていた。霞は自嘲気味に笑ったが、まだ何も言わずにいた。すると突然、大きな着信音が鳴り響く。要が通話ボタンを押すと、霞にも夏美の声が微かに聞こえてきた。「要さん、どこにいるの?すごく痛い。そうだ、要さんにいい知らせがあるの。私、妊娠してたみたい。要さんはパパになるんだよ」要はすぐさま顔色を変え、複雑な表情で霞の方を振り返る。「霞、会社で急用ができた。それが終わったらまた顔を出しに来るよ。いいかな?」そう言うと、要は足早に去っていった。すると何を思ったのか、霞は何かに操られるように要の後を追いかけた。病室では、夏美がベッドの上で幸せそうに自分のお腹を撫でていた。興奮した様子の要は、夏美のお腹に耳をあてている。「パパだよ、分かるかな?いい子にしてるんだぞ。ママを困らせちゃだめだからな」傍では、要の母親・新井洋子(あらい ようこ)が夏美の口に入るものを一つ一つ、念入りにチェックしていた。栄養士や産後ケアの専門家も、夏美のために念入りに選んでいるようだ。霞は爪が肉に食い込むほど、強く手のひらを握りしめる。そうだったのか……みんな、夏美の存在を知っていたのだ。何も知らなかったのは、自分だけだったなんて。その場を離れようとした時、夏美がドアの外にいた霞に気づいた。「あら、霞さん。どうしてこんな所に?」その言葉に、その場にいた全員が唖然とした。複雑な表情を浮かべた要は、「霞。彼女が妊娠したのは、本当に予想外のことなんだ。信じてくれ」と言う。しかし、真実を知ったことで、霞はか
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第8話
要も口の端を上げて、優しく笑う。「馬鹿だな。愛してなかったら、毎日お前とあんな気持ちいいことするわけないだろ?それに、もしお前を愛してなかったら、どんな時も迷わずお前を選ぶわけないじゃないか」……動画はまだ再生されている。しかし、霞は涙を流しながらも、それを止めることはできなかった。霞がスマホを思い切り投げると、画面はクモの巣のようにひび割れた。唇を強く噛みしめる。そして、涙を流しながら笑った。動画の言葉一つひとつが、ナイフのように霞の胸に突き刺さる。次に目を覚ました時、霞は家のベッドに寝かされていた。全身に力が入らず、少し動いただけでも引き裂かれるように痛い。すると、頭上から要の優しい声が聞こえてきた。「霞、目が覚めたのか。さあ、このスープを飲んで」要の目は心配の色で満ちている。「どうしてこんなに痩せてしまったんだ?」霞は要を視界に入れることさえしたくなかった。その時、突然ドアが乱暴に開けられる。使用人が慌てた様子で言った。「外の雷が怖いようで、橋本さんが泣きながら旦那様を呼んでいるのですが……」その言葉を聞くや否や、要は慌ててスープの皿を置くと、一度も霞の方を振り返らずに部屋を出ていった。要はどうやら忘れているようだ。霞も雷が大の苦手だということを……外では稲妻が光り、雷が鳴り響いている。霞は布団の中で震えていたが、何だか熱っぽくなってきたため、水を飲もうと階下へ降りた。要の部屋を通りかかると、中からは甘い喘ぎ声が聞こえてきた。夏美の声は、男を惑わすように甘い。「これからはあの女と距離を置いてくれる?じゃないと、私……やきもち焼いちゃうもん」男の掠れた声が続く。「分かった。お前がいい子でいてくれるなら、なんだって聞いてやるさ」翌日、まだ衰弱していた霞だったが、使用人に無理やり起こされ、夏美の誕生日パーティーに参加させられた。内輪だけの簡単なパーティーだったけど、とても気配りがされているものだと見てとれた。参加者達が夏美に豪華なプレゼントを贈る。要は手ぶらの霞を見て、フォローしようと口を開きかけたが、霞がすっと立ち上がり、腕にはめていたブレスレットを外した。それは洋子から譲り受けた、家に代々伝わる真珠のブレスレット。しかし、霞はそれを夏美の前に差し出した。「
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第9話
休憩室の大きな窓の向こうで、一機の飛行機が雲を突き抜け、まるで鳥かごから飛び立った鳥のように、まっすぐ空へと昇っていった。エンジンの轟音に、要は心臓を大きく揺さぶられた気がした。それは、まるで誰かに胸をえぐられたような感覚。不安が瞬く間に全身を駆け巡り、要は全てを投げ出してでも、飛行機を止めに行きたい衝動に駆られた。「どうしたの?」夏美は振り向くと、要の首に腕を回した。心配そうな声で、要の視線を追って窓の外を見る。しかし、そこにはもう空に描かれた白い飛行機雲が一本、寂しげに残っているだけだった。「最近、疲れてるんじゃない?」「エアコンが少し寒いのかもしれないな」要は表情を少し暗くし、何だか心にぽっかり穴が開いたような寂しさを感じた。視線を窓から外し、夏美の服を整えてやる。なぜだか分からないが、あの飛行機は自分にとって、とても大切な人を連れて行ってしまったような気がしてならなかった。しかし、霞は部屋に閉じ込められていて、外出はできないはずだから、霞が飛行機に乗って出ていくなんてあり得ない。きっと、最近の疲れから来た幻覚なのだろう。「急にどうしたの?そんなに具合悪そうにして」夏美は心配そうに、要の体をあちこち確かめる。「手がすごく冷たいわ。お医者さんを呼ぶ?」「大丈夫だ。荷物の確認をしてくるよ」要のどこか寂しげな後ろ姿を見て、夏美は思わず眉をひそめた。夏美はもう一度窓の外を見たけれど、さっきの飛行機雲はとっくに消えていて、何も残っていなかった。妊娠しているせいで、気持ちが敏感になっているのかもしれない。しかし、夏美はまだ平らなお腹を撫でながら、そっと安堵のため息をつく。この切り札さえあれば、もう絶対に予想外のことは起こらないはずだから。要は外で立て続けにタバコを何本も吸ったが、心の中の不安は少しも晴れなかった。スマホを取り出して確認すると、昨夜から一晩中、霞からは何の連絡も来ていなかった。いつもなら何かしら感情的な反応があるはずなのに、今回は何も言ってこない。要は、この状況に違和感を感じ始めた。何だか妙な胸騒ぎがする。電話をかけようとしたその時、夏美がひょっこり顔を出した。「外は風が強いね。どうしてまだ中に戻ってこないの?」要はすぐに手元のタバコを消すと、甘い声を
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第10話
夏美の声がかなり大きかったので、周りの客がどんどん二人に注目し始めた。要は気まずくなったがここは海外だからと思い、とりあえずウェイターにチップを渡し耳打ちする。すると、金髪で青い目をしたウェイターはすぐに態度を変えて、丁寧に謝罪してきたのだった。しかし、夏美の不満はまだ治らない。「なんなの、あの人。本当失礼なんだから。それに、私に教えてくれたっていいじゃない」要は夏美を腕に抱いて、必死に宥める。「もう怒るなよ。あんなやつのことでカリカリするな。お腹の赤ちゃんも可哀想だろ?」それでも夏美はまだ苛立ちを隠さず、不満をぶちまけていた。「だって、もったいなさすぎじゃない!手を拭くなら紙でいいのに。なんで食べ物を無駄にするわけ?それに、こっちは客なのに、客をなんだと思ってるのよ。人を見て態度を変えるなんて、本当最低。世の中にはご飯を食べられない人だってたくさんいるっていうのに!それに、残酷な方法で作られてる高級食材だってたくさんあるのよ?」しかし、口ではそう文句を言っていた夏美だったが、そのあとに出てきた高価な料理は、夢中になって食べていた。「要さん、このフォアグラすっごく美味しい」「要さん、この黒トリュフもう一人前食べたいな」「要さん、食べないならあなたのキャビアもらっちゃうからね」夏美が機嫌を直し、たくさん食べて見たなら、本来要は喜ぶべきなんだろうが……なぜか、心の中は少しモヤモヤしていた。霞なら、人前であんな軽率なことはしない。ましてや、ちょっとしたミスで人の仕事を奪おうなんて、絶対に言わない。それに、霞は高価な料理であっても、屋台のご飯でもいつもおいしそうに食べていた。昔は、そんな霞の落ち着いた態度がつまらないと思っていたが、今はそれがとても貴重なことだったのだと気づいた。しかし、夏美のお腹の子を思い、要は慌ててその奇妙な考えを打ち消す。今は妊娠中なんだから、夏美が感情的になって怒りっぽくなるのも仕方ない。要は何度も自分にそう言い聞かせた。食事が終わると、要は夏美を連れて散歩に出かけた。そのリゾートホテルは広大な敷地を持っていて、あらゆる施設がそろっていた。ここ数年、要と一緒に色々な高級な場所に行ってきた夏美でさえ、目の前の光景には息をのんだ。夏美は要がどれほど裕福なのかを、はっきりと
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