Todos os capítulos de 極道若頭は、愛しき飼い主を逃さない 〜狂犬と呼ばれた彼が、私にだけ従順な理由〜: Capítulo 301 - Capítulo 310

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第301話:暴走する盤面②

 私は部屋の隅に置かれていた安っぽい合板のテーブルへ歩み寄り、そこに放置してあった古いノートパソコンの電源を入れた。 このセーフハウスに備え付けられている、外部のネットワークから完全に物理遮断されたスタンドアローン端末。 ブゥゥゥン……。 寿命の近い冷却ファンが、苦しげなモーター音を立てて回り始める。 暗い部屋の中に、液晶ディスプレイの青白い光が四角く浮かび上がった。 冷たい光が、背後に座る千隼の顔の輪郭を鋭く削り出す。 ポートにUSBメモリを差し込む。 カチリという微かな感触。 画面上に、幾重にも暗号化されたフォルダのアイコンが並んだ。 金庫室の端末で一度プロテクトは解除してある。キーボードに指を置き、パスワードの文字列を打ち込んでいく。 ターンッ。 エンターキーを叩くと、黒い画面に、無数の数字と文字の羅列が濁流のように流れ始めた。 不来方玄が、十数年にわたって構築してきた裏社会の金脈と、血塗られた歴史。「……お嬢」 背後から、衣擦れの音が近づいてきた。 千隼がテーブルの横に立ち、私の肩越しに画面を覗き込む。 彼から放射される熱気が、背中をじりじりと焦がす。アルコールのツンとした匂いと、獣の体臭。「これが、不来方の裏帳簿……」「ええ。これさえあれば、あの男が特捜部と裏で繋がって、久遠の資金をどうやってロンダリングしていたか、すべて証明できる。……あなたの過去の誓約書も、これで無効化できるわ」 私はマウスのホイールを回し、大量のテキストファイルの中から、特捜部の捜査官たちの名前がリストアップされたスプレッドシートを開いた。 画面をスクロールしていく。 日付、金額、そして、架空のダミー会社の口座番号。 だが。 その資金の流れの『終着点』を示す項目に目を落とした瞬間、私の指がマウスの上でピタリと凍りついた。 心臓が、嫌な音を立てて大きく跳ねる。「&hellip
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第302話:暴走する盤面③

「違うわ」 私は首を横に振った。背中に張り付いた冷や汗が、シャツをじっとりと濡らしていく。「観音は、自分の組織の完璧な統制を何より重んじる男よ。こんな不自然で足のつきやすい金の動きを、彼自身が許容するはずがない。……紅よ」 料亭の座敷で、真紅のドレスを着て笑っていたあの女の顔が脳裏をよぎる。「あの毒蜘蛛が、不来方と共謀して、黒鉄会のシステム内部に特捜部の資金を還流させるルートを構築していたのね。……観音を、スケープゴートにするために」 背筋に、氷をねじ込まれたような悪寒が走った。 不来方の真の狙い。 それは、久遠組を内部から崩壊させて乗っ取ることなどという、生ぬるいものではなかったのだ。「不来方は……」 かすれる声で、私は画面の数字をなぞった。「特捜部を使って、久遠組を社会的に抹殺する。それと同時に、この『偽装された資金ルート』の情報をわざと特捜部にリークして……黒鉄会も同時に摘発させるつもりなのよ」 息を呑む音が、狭い部屋に響く。 不来方玄という初老の男が抱える、底知れない狂気。 関東の裏社会を二分する巨大組織、久遠と黒鉄。その両方を、国家権力という暴力を使って、一網打尽にすり潰す。 権力の奪取ではない。 極道という存在そのものの、完全な殲滅。「……狂っている」 千隼の口から、吐き捨てるような言葉が落ちた。「自分の手駒や、傘下の組織ごと、関東の裏社会すべてを更地にしようというのか。……あの中途半端に老いぼれたジジイが、何のためにそんな盤面を引く」「わからない。でも、このスケジュール表を見て」 私は別のファイルを開いた。 そこには、特捜部による一斉ガサ入れの予定日時と、それに乗じた不来方の私兵部隊の襲撃ルートが、分刻みで記載されていた。 日付の欄。 そこに記されていたのは。「……今日」
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第303話:暴走する盤面④

 スピーカーから漏れてくる、ヒステリックな怒号と、何かが叩き壊される凄まじい破壊音。『若頭ッ! 本部が……本部のビルに、特捜の連中が踏み込んできました! 正面ゲートが突破されて……うわぁぁッ!』 電話の向こうで、鈍い打撃音と悲鳴が上がる。 千隼の左手の指が、携帯のプラスチックの筐体をミシミシと軋ませた。「特捜だけか! 状況を正確に報告しろ!」『ち、違います! 特捜のガサ入れのすぐ裏から、フルフェイスの武装集団が……っ! 奴ら、手当たり次第に実弾を撃って……!』 ダダダダッ! という、乾いた連続音。 間違いなく、自動小銃の銃声だ。 日本の警察が使うような装備ではない。不来方が海外から引き入れた、完全な軍事用の殺戮部隊。『それと……黒鉄の連中も、あちこちで同じ武装集団に襲撃されているとの情報が……っ! 街のあちこちで火の手が……通信が、切られ……っ』 ザザァァァ……ッ。 突然、激しいノイズが走り、若衆の悲鳴が強制的に途切れた。 千隼は携帯を耳から離し、鋭い舌打ちをした。「……始まりましたね」 彼の紫色の瞳が、窓の外の暗闇を睨みつける。 雨音の向こう側から、かすかに、本当に微かにだが、パトカーのサイレンのような甲高い音が、複数重なって聞こえてくる気がした。 盤面が、完全に暴走している。 不来方は、論理や駆け引きといったテーブルを自らひっくり返し、盤面そのものに火を放ったのだ。 私の指先が、カタカタと震え始める。 私が安全な場所で計算をこねくり回している間に、外の世界では、私の組織の人間たちが、理不尽な暴力に蹂躙されている。「……戻らなきゃ」 私は椅子から立ち上がろうとした。 だが、千隼の大きな左手が、私の
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第304話:暴走する盤面⑤

 千隼が、ゆっくりと振り返る。 その瞳に浮かんでいたのは、死への恐怖など微塵もない、むしろ血の匂いに酔いしれるような、狂気的な恍惚の笑みだった。「……俺の命の使い道は、お嬢が決めるんじゃなかったんですか」 彼の言葉が、私の喉の奥を塞ぐ。「俺が死地に向かうのは、アンタをこれ以上、あんな冷たい場所に立たせないためだ。……お嬢の視界を塞ぐゴミは、俺がすべて噛み殺してきます」 ジャケットを掴む私の手に、彼の手が重なる。 その時だった。 ビィィィィィンッ! 再び、テーブルの上の携帯電話が激しく振動した。 今度は、先ほどのような連続した着信音ではない。 スピーカーの穴から、直接、人間の声が強制的に出力されたのだ。『……ひどい有様だね。君の組織の悲鳴が、この高層階まで聞こえてきそうだよ』 空気が、一瞬にして氷点下まで凍りついた。 千隼の動きがピタリと止まり、彼の背中の筋肉が岩のように強張るのが、私の手を通してはっきりと伝わってきた。 スピーカーから漏れる、温度を持たないクリスタルのようなバリトン。 観音聖だ。 このアナログな緊急回線に、外部から強制的に割り込んできたのだ。 私は千隼の背中から手を離し、テーブルの上の携帯を睨みつけた。「……観音。あなたのところも、襲撃されているはずよ。こんな小細工をしている余裕があるの?」『ふふ。僕のセキュリティを、あんなアナログな鉄砲玉どもに突破できるはずがないだろう? サーバーの物理破壊を狙ってきたようだが、すでに自動防衛システムで鎮圧済みだ』 観音の声は、相変わらず滑らかだった。 だが、その声の端々に、以前のような完璧な余裕はない。どこか焦燥したような、粘り気のある執着が混じっている。『不来方の狙いは理解したよ。僕の足元の口座に、ずいぶんと汚い泥を流し込んでくれたようだね。……君がハッキングしてくれたデータのおかげで、特捜部が動く前にこちら
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第305話:暴走する盤面⑥

 観音の言葉は、恐ろしいほどに合理的だった。 今、このセーフハウスに不来方の部隊が押し寄せてくれば、片腕の千隼一人ではどうにもならない。観音の要塞化されたビルに逃げ込むのが、一番生存確率の高い「計算」だ。 だが。 私は、携帯電話の黒いプラスチックの筐体に向かって、鼻の奥で短く笑い飛ばした。「……お断りよ」『……なんだと?』 観音の声に、微かな苛立ちが混じる。 私は、隣で怒りに震える千隼の左手を、自分の両手でしっかりと握りしめた。 彼の熱い体温。血と泥の匂い。 それが、私をこの不条理な現実に繋ぎ止めてくれる唯一の重りだ。「私の犬は、あなたのようなペテン師の作った綺麗な檻には入らない。……誰にも繋げないわ。私の手以外ではね」 千隼の手が、私の手を握り返してくる。 ギリッ、と骨が軋むほどの強い力で。「それに、私の組織をめちゃくちゃにされて、他人のシェルターに逃げ込むような趣味はないの。……私の盤面は、私の犬が力ずくでこじ開けるわ」『……愚かな。感情というノイズに支配されて、自ら泥船と共に沈むつもりか』 観音の冷ややかな声が、部屋の空気を凍らせようとする。 私は千隼と視線を交わせた。 彼の瞳には、一切の迷いはなかった。私がどんな地獄を指差そうとも、嬉々としてそこに飛び込み、すべてを噛み砕いてくるという絶対的な服従の色。「沈まないわ。……せいぜい、安全なガラスの箱の中から、私の犬が不来方の喉笛を食いちぎるのを見物していなさい」 私は、携帯電話の通話終了ボタンを、親指で強く押し込んだ。 プツッ。 強制的な切断。 不快な電子音が消え、部屋には再び、激しい雨垂れの音だけが残された。 無機質な沈黙。 私は千隼の手を離し、テーブルの上のUSBメモリを掴み取った。「行くわよ、千隼」「…&helli
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第306話:囮の狂犬①

 玄関の土間に、ひび割れたコンバットブーツの重い足音が響いた。 千隼は錆びたドアノブに左手をかけ、ゆっくりと押し下げる。 ギィィ、という不快な金属音とともに、分厚い鉄の扉が数センチだけ開いた。 そのわずかな隙間から、外の空気が一気に室内に流れ込んでくる。 叩きつけるような雨の音。 アスファルトが濡れる青臭い匂いと、排気ガスの入り混じった都会の夜の臭い。 そして。 私の鼻腔の奥をツンと刺す、硝煙の乾いた匂い。 千隼はドアを完全に開け放つことなく、その狭い隙間から外の暗闇を鋭く睨み据えた。 彼の広い背中が、岩のように強張るのがわかる。 私も彼の背後から、息を殺して外の様子を窺った。 古いアパートの目の前を通る、狭い一方通行の道路。 その両側を塞ぐように、黒塗りのワンボックスカーが二台、ヘッドライトを消した状態で不自然に停まっていた。 車体の周囲には、雨合羽に身を包んだ複数の影が蠢いている。 街灯の光を反射して鈍く光っているのは、彼らの手にある黒い鉄の塊――自動小銃だ。 ここは、仮にも現代の日本だ。白昼堂々、いや深夜とはいえ、住宅街のど真ん中でフルオートの銃火器を持ち出すなど、正気の沙汰ではない。「……」 千隼の喉の奥から、ヒュッと細い空気が漏れる音がした。「……囲まれていますね」 低い、地を這うような声。「足音でわかります。表に十、裏にもおそらく同数。……完全武装のプロです。この建物を物理的に封鎖している。……サツの動きを完全に計算に入れた、イカれた布陣だ」 千隼の右の手の甲から、ぽた、ぽたと赤い雫が土間のコンクリートに落ちる。 防爆扉を叩き壊した右拳は、すでに元の形を留めておらず、赤黒く腫れ上がった状態のままだ。 そんな身体で、あの大勢の銃口の前に飛び出していくというのか。「……千隼」 私は彼に歩み寄り、その分厚い背中にそっと触れ
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第307話:囮の狂犬②

 片腕が使い物にならず、満身創痍の状態で、二十人の自動小銃を持ったプロの殺し屋の群れに、正面から突っ込む。 それは囮というより、ただの自殺行為だ。「……駄目よ」 私の唇から、掠れた声がこぼれ落ちた。「そんなことしたら、あなたが……」「俺の命の使い道は、お嬢が決めるんじゃなかったんですか」 千隼の言葉が、私の喉の奥を塞ぐ。 彼の左手が、私の腰に回り、強引に私を彼の胸の中へと引き寄せた。 ドクン、ドクンと、異常な速さで脈打つ心臓の音が、直接肌に伝わってくる。「俺が死地に向かうのは、アンタをこれ以上、あんな冷たい場所に立たせないためだ。……お嬢の視界を塞ぐゴミは、俺がすべて噛み殺してきます」 彼から放射される熱気が、私の思考を麻痺させていく。 私は、右のポケットの中で、不来方の裏帳簿のデータが入ったUSBメモリを強く握りしめた。 金属の硬い感触が、指先に食い込む。 これさえ本部に持ち帰れば、盤面をひっくり返せる。 不来方の息の根を止め、特捜部の捜査を白紙に戻し、千隼の過去の罪という鎖を完全に断ち切ることができる。 そのために、今、彼を私の「盾」として使わなければならない。「……わかったわ」 私は、彼の胸に顔を埋めたまま、震える声を絞り出した。「あなたが、すべての目を引きつけなさい。……その間に、私がこのデータを本部に届ける」 千隼の背中が、大きく震えた。 彼の手が、私の後頭部を抱え込み、さらに深く、私を彼の胸の中へと押し付ける。「……御意。俺の女王」 千隼は、私の首筋に熱い唇を押し当て、深く息を吸い込んだ。 そして、名残惜しそうに、ゆっくりと身体を離す。 彼のアメジストの瞳が、私の顔をじっと見つめている。 まるで、これが最後になるかもしれないと、私の姿を脳裏に焼き付けようとするかのように。「死ん
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第308話:囮の狂犬③

 バァァァンッ!!  千隼が、ドアを蹴り開けた。  錆びた蝶番が悲鳴を上げ、鉄の扉が外の壁に激突する凄まじい音が夜の闇に轟く。 「いたぞ! 撃てェェッ!!」  外から、不来方の私兵たちの怒号が飛び交う。  ダダダダダッ!!  雨音を切り裂くような、連続した銃撃音。サプレッサーをつけているのか、破裂音自体はくぐもっているが、コンクリートを削り取る着弾の衝撃は本物だ。  マズルフラッシュの閃光が、玄関の土間を青白く照らし出す。  コンクリートの壁が弾け飛び、白い粉塵が舞い上がった。  千隼の巨大な影が、銃弾の雨の中へと躊躇いなく飛び出していく。  彼の左手が、腰のホルスターから大型ナイフを引き抜くのが見えた。  折れた刃の根元だけが残った、無惨な金属の塊。  だが、千隼はそれを逆手に握りしめ、獲物に向かって跳躍した。 「ガァァァァッ!!」  獣の咆哮が、銃声を掻き消す。  ドスッ! という鈍い衝撃音。  私兵の一人が、千隼の左腕の一振りでバランスを崩し、ワンボックスカーの車体に激突した。  千隼の動きは、片腕であることを全く感じさせないほど速く、そして無慈悲だった。  右手の潰れた拳を盾代わりに使いながら、左手のナイフの柄で敵の急所を的確に狙い、膝の関節を蹴り折っていく。  雨に濡れたアスファルトに、倒れた男たちのうめき声が響き始める。 「……千隼」  私は、玄関の奥からその光景を脳裏に焼き付け、踵を返した。  立ち止まっている暇はない。  彼が稼いでくれているこの数秒の間に、私はここを抜け出さなければならない。  キッチンの奥にある勝手口へと走る。  裸足の足の裏に、冷たいフローリングの感触が伝わる。  錆びたドアノブに手をかけ、押し開ける。  冷たい雨が、顔を叩いた。  真っ暗な裏路地。  私は、水たまりを蹴立てて走り出した。  背後から、絶え間ない銃声と、男たちの絶叫が聞こえてくる。  千隼が、敵の群れの中心で暴れ回っている音。  振り返っては
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第310話:見えない糸①

 冷たい雨が、容赦なく体温を奪っていく。 暗い裏路地を、裸足のまま駆け抜ける。アスファルトのざらついた表面が足の裏を削り、鋭い小石が容赦なく皮膚に食い込んでくる。破れたストッキングが泥水を吸って重く張り付き、一歩踏み出すたびに不快な摩擦を生んでいた。 肺が悲鳴を上げ、喉の奥からヒューヒューと笛のような音が漏れる。 それでも、足を止めることはできなかった。 右のポケットにねじ込んだUSBメモリ。その硬い金属の感触だけが、千隼の体温の残滓のように私の指先を焼いている。 彼が稼いでくれた数秒、数分の時間が、私の足元に敷かれた一本の細い糸だ。 路地を抜け、視界が急に開けた。 大通りだ。深夜の雨に濡れた四車線の道路は、行き交う車のヘッドライトを乱反射してギラギラと光っている。 息を乱しながら歩道に飛び出した私の視界の端に、ハザードランプを点滅させて停まっている一台の黒いセダンが映った。 ドアが内側から弾かれたように開き、黒いスーツの男が転がり出てくる。「お嬢ッ!」 雨音を切り裂く、切羽詰まった声。久遠組の若い衆だ。「本部のビルが特捜と正体不明の武装集団に……! 若頭から、お嬢を何としても回収して安全なハブへ移せと指示が……」「状況はわかっているわ」 私は男の言葉を遮り、水たまりを蹴って後部座席へと滑り込んだ。 バタン、とドアが閉まり、外の冷気が遮断される。「車を出して。本部は捨てて、品川の第二データセンターへ向かいなさい。それと、私の手元に回線を繋いだノートPCを」「は、はいッ!」 運転席の男が慌ててアクセルを踏み込む。タイヤが水しぶきを上げ、身体がシートに押し付けられた。 助手席から手渡された分厚いノートPCを膝の上に開き、電源ボタンを押し込む。 画面が青白く発光し、私の濡れた顔を冷ややかに照らし出した。 指先がカタカタと震えている。寒さからだけではない。 今この瞬間も、あの古いアパートの玄関先で、千隼が血を流している。片腕を潰された状態で、二十人の自動
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第311話:見えない糸②

「ガハッ……!」 男がくの字に折れ曲がり、水たまりの上に無様に転がる。 千隼は、その倒れた男の身体を飛び石のように踏み台にし、さらに奥へと跳躍した。 ダダダダッ! 彼のいた空間を、サプレッサー越しのくぐもった銃弾が引き裂いていく。アスファルトが削られ、コンクリートの破片が千隼の頬を掠めて浅い切り傷を作った。 だが、彼は立ち止まらない。 右腕は完全に脱力したまま、身体の側面にだらりと下げられている。防爆扉を殴り壊した代償は大きく、指先の感覚すら消失していた。 残されたのは、左手と両足のみ。 彼の左手には、刃の根元からへし折れた大型のサバイバルナイフが、逆手に握りしめられていた。 刃渡りわずか数センチの、ただの鋭利な金属の塊。 千隼は姿勢を低く沈み込ませ、ワンボックスカーの死角から滑り出る。「いたぞ! 右だ!」 私兵の一人が声を上げ、銃口を振り向ける。 遅い。 千隼の姿は、すでに男の懐、数十センチの距離まで肉薄していた。「……邪魔だ」 地獄の底から響くような低い唸り声。 千隼の左手が下から跳ね上がる。 折れたナイフの柄頭が、男の顎の骨を下から正確に打ち抜いた。 ゴキャッ! 脳髄を直接揺さぶるような一撃。男の目が白転し、銃を取り落とす。千隼はその落ちていく銃の銃身を左足のつま先で蹴り上げ、背後から迫っていた別の男の顔面に直撃させた。「ぐあッ!?」 悲鳴が上がる。 千隼は息を吐く。熱を帯びた呼気が、雨の中で白く濁って消えていく。 圧倒的な数の暴力。だが、彼の瞳の奥に恐怖はない。 あるのは、先ほどまで自分の腕の中にいた、あの細く温かい身体の感触だけだ。『死んだら、許さないから』 耳の奥に、彼女の震える声がこびりついて離れない。 千隼の口角が、血と雨水に濡れたまま、ゆっくりと吊り上がっていく。 死ぬわけがない。 俺の命は、俺の血の最後の一滴まで、あの人のものだ。あ
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