Todos os capítulos de 極道若頭は、愛しき飼い主を逃さない 〜狂犬と呼ばれた彼が、私にだけ従順な理由〜: Capítulo 311 - Capítulo 320

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第312話:見えない糸③

 だが、問題は不来方の私兵部隊だ。 彼らは警察組織とは無関係の、純粋な殺戮部隊。データのリークなど意に介さず、物理的な殲滅を遂行し続ける。 画面の一つに、セーフハウス周辺の電波トラフィックのマップを表示させる。 赤い点が、アパートを囲むように密集している。不来方の私兵たちの通信端末の反応だ。 その赤い点群が、アパートの正面玄関付近で激しく明滅し、一つ、また一つと不規則に消滅していく。 千隼だ。 彼が、敵の数を減らしているのだ。 だが、赤い点の数は多すぎる。二十という千隼の読みは正確だった。そして、周囲を封鎖する車両の配置は、逃げ道を完全に塞ぐ合理的な陣形を組んでいる。「……この陣形、右翼の通信車が要ね」 私は画面を凝視し、唇を噛んだ。 敵の部隊は、右側に配置されたワンボックスカーから全体の指揮を執っている。あそこを潰さなければ、千隼は永遠に連携の取れた十字砲火を浴び続けることになる。 どうやって、彼にそれを伝える? インカムは壊れ、携帯電話の回線は観音にジャックされた可能性があるため切断した。 直接言葉を届ける手段は、何もない。 私は、キーボードの上に置いた指先を見つめた。 彼の熱が、まだ残っている。 目を閉じる。 雨の冷たさ。血の匂い。彼の荒い呼吸。 もし、私が彼なら。 もし、私が彼のあの狂気じみた本能と、圧倒的な暴力を持ち合わせていたなら、どう動く? 目を開け、ターーンッ、とエンターキーを叩いた。「……千隼。私なら、正面の弾幕を避けて、左の路地の陰から回り込むわ。そして、車体の下を滑って、右翼の通信車の死角に潜り込む」 画面の中の赤い点の動きを、じっと睨みつける。「そこよ。……そこを、潰して」 声に出して、祈るように呟いた。 ◇ ザァァァァッ! 雨脚がさらに強さを増し、視界を白く塗り潰していく。 千隼は、弾丸がアスファルトを砕く音を背中
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第313話:見えない糸④

 あそこから、インカムで細かく指示が飛んでいる。 指揮車だ。 千隼の唇が、凶悪な弧を描いた。「……御意」 誰にともなく呟き、彼は地面を蹴った。 路地から飛び出すのではなく、路地のフェンスを蹴って上へ跳躍し、隣接するトタン屋根へ飛び乗る。 バンッ! という大きな音が鳴ったが、雨音と銃声に紛れて敵の反応が一瞬遅れた。 千隼は屋根を滑るように駆け抜け、右翼のワンボックスカーの真上へと躍り出た。 そのまま、車のルーフへと音もなく着地する。「な、上が――」 車外で見張りをしていた男が気づき、銃口を向けようとした。 だが、千隼の左手から放たれた折れたナイフの柄が、男の眉間を正確に撃ち抜く。 ガクンと膝から崩れ落ちる男。 千隼はルーフから車のボンネットへと滑り降り、そのまま運転席の窓ガラスに左足の踵を思い切り叩き込んだ。 ガシャァァァンッ! 防弾仕様ではないただのガラスが粉々に砕け散り、車内に悲鳴が響く。 千隼はガラスの破片ごと車内に左腕をねじ込み、中にいた指揮官の首根っこを掴んで、窓枠に力任せに叩きつけた。 グチャッ、という音とともに、敵の指揮系統が完全に沈黙する。「……五匹」 千隼は、雨で濡れた前髪を掻き上げ、車体を背にして立ち上がった。 指揮官を失い、混乱し始めた残りの私兵たちへ向けて、狂犬がゆっくりと歩みを進める。 彼の脳内では、彼女のタイピングの音が、まるで暴力のビートを刻むように正確に鳴り響いていた。 ◇「……右翼が沈んだわ」 私は画面の赤い点が一つ、大きく消滅したのを確認し、深く息を吐き出した。 手のひらが、汗でじっとりと濡れている。 通じている。 言葉は交わしていない。姿も見えない。 それでも、私の引いた論理の線の上を、彼が狂気的なまでの精度でなぞり、実体化させてくれている。 私はキーボードをさらに強く叩き、次の指示を出すため
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第314話:魔術師の罠①

 ノートPCの冷却ファンが、狭い車内で甲高いモーター音を立てていた。 画面には、複数のダミー回線を経由して監視している不来方私兵の配置図と、久遠組の残存部隊の撤退ルートがモザイク状に並んでいる。 千隼が右翼の指揮車を潰したことで、アパートを包囲していた私兵部隊の赤い点群は完全に統率を失っていた。彼らは混乱の中で無秩序に動き回り、久遠の部隊が仕掛けた陽動のルートへと面白いように吸い込まれていく。 私は、キーボードの上で固まっていた指先をゆっくりと解き、深く息を吐き出した。 ストッキングの破れた足の裏が、車のフロアマットの冷気を拾ってチリチリと痛む。「……品川のデータセンターまで、あとどれくらい」「この雨と通行規制で、下道だと三十分はかかります。高速に乗れれば……」 運転席の若い衆が、フロントガラスのワイパー越しに前方を睨みながら答える。 三十分。 その間に、不来方の裏帳簿のデータ解析を終わらせ、特捜部へリークする材料を完全に整えなければならない。 私は画面の右端に表示されている、千隼の生存を示す「通信トラフィックの乱れ」――彼が敵のインカムを奪って発しているノイズの波形を一瞥し、再びメインの作業ウィンドウへと視線を戻そうとした。 その時だった。 ピピッ、と。 PCのスピーカーから、警告音のような短い電子音が鳴った。 画面の中央で、不来方の私兵たちの配置を示す赤い点群が、不自然な挙動を見せ始めたのだ。 先程まで散り散りになっていた点が、まるで意思を持った一つの生き物のように、再びアパート周辺の狭いエリアへと集束していく。「……何これ」 キーボードを叩き、通信ログを解析する。 彼らが使っている暗号化された無線チャンネルに、外部から強力なパケットが割り込んでいる。 新しい指示。 それも、右翼の指揮車からではなく、全く別の、遥かに高度なセキュリティを突破して直接現場の私兵たちの端末へ書き込まれた指示だ。「……まさ
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第315話:魔術師の罠②

『僕の構築したセキュリティを、君がどうやって突破したのか。……ようやく種明かしができたよ。君のPCのバックグラウンドで走っているその解析ソフト、実に興味深いアルゴリズムだね』 観音聖。 彼は、私が特捜部へリークするために開いていた不来方の裏帳簿データの通信経路を逆探知し、私のこのスタンドアローンであるはずのPCに、ダミー回線経由で侵入してきたのだ。「私兵の通信網をジャックしたのね」『不来方の老朽化したシステムなら、造作もないことだ。……彼らには今、「ターゲットが裏路地から突破を試みている。全車両で路地の出口を封鎖せよ」と偽装した指示を送っている』 画面の中で、赤い点群が完全に路地の両端を塞ぎ、千隼を袋小路へと閉じ込めていく。「……卑怯ね。自分の手を汚さずに、不来方の兵隊を使って彼を孤立させるなんて」『僕は合理的なんだ。……言っただろう? あの狂犬では、これほどの規模の暴力から君を守り切ることはできないと。君が彼に依存するなら、その依存先を物理的に排除するまでだ』 観音の声は、あくまで平坦で、温度を持たなかった。 だが、その裏側に張り付いている粘着質な執着が、電波越しに私の肌を粟立たせる。「彼は死なないわ。……あなたの計算通りにはいかない」『死ぬさ。片腕が潰れた状態で、あの数の自動小銃を相手にすれば、いくら彼でも三十分と持たない。……だが、君が僕の提案を受け入れるなら、今すぐあの偽装指示を解除して、彼を逃がすルートを作ってあげてもいい』 取引。 千隼の命と引き換えに、私を黒鉄会の傘下に引きずり込むための、冷酷なディール。 私は、キーボードの上に置いた両手をきつく握りしめた。 爪が手のひらに食い込む。 画面の中の赤い点は、じりじりと千隼のいる中心へと距離を詰めている。『さあ、選んでくれ、咲良君。君のその優秀な頭脳なら、どちらが彼にとって、そして君にとって『最適解』か、わかるはずだ』 観音
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第316話:魔術師の罠③

 観音の側で、カチャッ、と何かが机に叩きつけられる硬質な音がした。『……君は、僕が本気で彼を見殺しにしないとでも思っているのか?』「思ってないわ。あなたは殺すでしょうね。でも、彼が死ぬより前に、私が不来方のデータを特捜部に流し終わる。そうすれば、不来方の部隊は撤収せざるを得なくなる」 私は、観音が侵入してきているポートを強制的に切断するためのコマンドを打ち込み始めた。『愚かな……! 感情に目が眩んで、盤面が見えなくなっているのか!』 観音の声が、初めて明確な怒りを帯びてひび割れた。「感情じゃないわ。……これは、彼と私の『契約』よ」 ターンッ。 エンターキーを叩く。 スピーカーからの音声が、ブツッというノイズと共に完全に途切れた。 車内に、再び雨音と、タイヤが水を弾く音だけが戻ってくる。「……品川には向かわないで」 私は、運転席の若い衆に告げた。「えっ? でも、お嬢……」「観音にこのPCの回線を逆探知された。品川のデータセンターに行けば、あいつの息のかかった部隊が待ち構えている可能性がある」 私は画面を閉じ、膝の上のPCをシートの横に投げ出した。「ルートを変更して。……芝浦の、建設中のタワーマンションへ」「芝浦……? あそこはまだ内装も終わってない、雨ざらしの骨組みだけですよ!」「だからいいのよ。監視カメラも、電子セキュリティもない。観音の『魔術』が一切通じない、物理的な空間。……そこで、私が不来方のデータを直接、特捜のトップの個人の端末に叩き込む」 運転手が、バックミラー越しに私を不安そうに見る。「でも、若頭は……」「彼は、来るわ。……私がどこに逃げようと、必ず私の匂いを嗅ぎつけて」 私は、右のポケットの中で、USBメモリをき
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第317話:魔術師の罠④

 しかも、彼らは路地の中へ踏み込んでこない。 遠巻きに威嚇射撃を繰り返し、千隼をこの狭い空間に閉じ込めておくだけの、遅滞戦術。「……誰かが、裏で糸を引いてやがる」 千隼は、壁に背中を預けたまま、鋭い舌打ちをした。 不来方の私兵の指揮官は殺した。生き残った連中に、これほど緻密な再配置ができるとは思えない。 別の、もっと冷酷で、全体を俯瞰できる人間。 観音聖。 あの銀縁眼鏡の男の、血の通っていない顔が脳裏に浮かぶ。『君の隣にいる、その壊れかけの狂犬では、これほどの規模の暴力から君を守り切ることは不可能だ』 インカムから聞こえた、あの見下すような声。「……舐めるな」 千隼は、泥に汚れた前髪を左手で乱暴に掻き上げた。 お嬢は、俺に「すべての目を引きつけろ」と命じた。 そして、「必ず迎えに来て」と。 ここで足止めを食らっている時間はない。彼女が今どこに向かっているのか、正確な座標はわからない。 だが、千隼の鼻腔には、あのアパートの玄関で最後に抱きしめた時の、彼女の首筋の匂いが、まだはっきりと残っていた。 高級なシャンプーの甘い香りと、微かな冷や汗の匂い。 それが、雨の匂いに混じって、風下の方――芝浦の港の方角から、微かに漂ってくるような気がした。 錯覚かもしれない。狂気かもしれない。 だが、千隼にとって、それはどんなGPSよりも確かな道標だった。「……どけ」 千隼は、折れたナイフを左手に強く握り直し、ゴミ箱の陰からゆっくりと立ち上がった。 路地の出口を塞ぐ、数名の私兵たちが一斉に銃口を向ける。「出てきたぞ! 撃て!」 ダダダダッ! 千隼は、弾丸を避けることすらしなかった。 彼は、自らの身体を弾丸の軌道から最小限にずらすだけで、正面から突進した。 右肩を掠め、ジャケットの生地が引き裂かれる。脇腹を、熱い塊が通り抜ける。 痛覚はとうの昔に焼き切れている。
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第318話:雨の摩天楼①

 むき出しのコンクリートが、打ち付ける雨を吸い込んで黒く変色している。 芝浦の海沿いに建設中の、巨大なタワーマンション。 まだ外壁のガラスすら嵌め込まれていない骨組みだけの空間は、東京湾から吹き付ける海風と冷たい雨粒を何の抵抗もなく素通りさせていた。 暗い階段を、一段、また一段と登る。 裸足の足の裏に、ざらついたセメントの感触と、時折転がっている建築資材の破片が食い込む。痛みをやり過ごすように短く息を吐きながら、私は脇に抱えた分厚いノートPCが滑り落ちないよう、腕にぐっと力を込めた。「……お嬢、ここは危険です。せめて一階の管理室に」 背後からついてくる若い衆が、雨風に顔を歪めながら懇願する。 私は足を止めずに、首だけで彼を振り返った。「一階じゃ駄目なの。不来方の妨害電波と、この悪天候よ。特捜部のトップの個人回線に重い暗号化データを叩き込むには、周囲の遮蔽物がない高層階から、直接通信衛星の帯域を拾う必要がある」「ですが、こんな雨ざらしの場所じゃ……」「あなたは下に戻って、見張りをしていなさい。誰も中に入れるなとは言わないわ。……ただ、千隼が来たら、真っ直ぐ上に通して」 若い衆は何か言いかけたが、私の視線の強さに圧されたように口を噤み、「……わかりました」と短く頭を下げて、暗い階段を下りていった。 私は再び、上を目指して歩みを進める。 三十階。いや、三十五階だろうか。 足の筋肉はとうに悲鳴を上げ、膝はガクガクと笑っている。右のポケットの中にあるUSBメモリの硬い感触だけが、今の私を支える唯一の芯だった。 やがて、階段が途切れ、広大なフロアへと出た。 壁のない、だだっ広い空間。 むき出しの鉄骨が等間隔に並び、その向こうには、雨に煙る東京の夜景がジオラマのように広がっている。 強烈な横風が吹き込み、雨粒が容赦なく私の髪や服を叩きつけた。 寒さで歯の根が合わない。 私はフロアの中央付近、太いコンクリートの柱の陰に身を潜めるよ
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第319話:雨の摩天楼②

 ゆっくりと、だが一切の迷いがない、等間隔で洗練された歩み。「……無駄な努力だと言ったはずだが」 風に乗って、滑らかで温度を持たない声が届いた。 私はPCの画面から視線を上げ、柱の陰からフロアの奥を睨みつけた。 薄暗い空間。 外のネオンの光を背に受けて、一人の男が立っていた。 シルバーグレーのスーツ。水滴ひとつ付いていない、完璧な装い。 彼の頭上には、部下と思しき黒服の男が、大きな黒い傘を差し掛けている。 観音聖。 吹きすさぶ雨風の中で、彼だけがまるで別の空間から切り取られたように、静かで清潔な空気を纏っていた。「……なぜ、ここが」 喉の奥から、掠れた声がこぼれる。 観音は、傘の下からゆっくりと歩み出た。 彼が近づくにつれて、カビと雨の匂いが充満するこのフロアに、人工的なミントの香りが冷ややかに混じり込んでくる。「君が僕のアクセスを強制切断した時、そのパケットの反射から君の端末の物理的な座標を割り出した。……芝浦の未完成ビル。通信衛星の帯域を直接狙うとは、君らしい合理的な判断だ」 観音は、私の数メートル手前で足を止めた。 彼の銀縁眼鏡の奥の瞳が、雨に濡れて床に座り込む私を見下ろしている。「だが、遅かったね」 彼はスーツの内ポケットから、薄いスマートフォンを取り出し、画面をこちらへ向けた。「特捜部のトップの回線は、五分前に僕が完全にクラックして通信網から切り離した。君が今送ろうとしているそのデータは、どこのサーバーにも届かない。暗号の海を永遠に彷徨うだけだ」 息を呑む音が、自分の喉から漏れた。 画面のプログレスバーに視線を落とす。 99%。 そこで、バーの動きは完全に停止し、赤いエラーメッセージが点滅を始めていた。『送信失敗。サーバーからの応答がありません』 指の先から、急速に血の気が引いていくのがわかる。「……私の盤面を、どこまで荒らせば気が済
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第320話:雨の摩天楼③

「あなたがどんな論理を並べようと、彼は必ずここに来る。……私と彼が交わした契約は、あなたのチープなハッキングなんかで断ち切れるものじゃない」 観音の顔から、ふっと表情が消えた。 彼の端正な眉間に、微かな、だが明確な苛立ちの皺が刻まれる。「……理解できないな」 観音の声のトーンが、一段階下がった。「なぜ、そこまであの獣にこだわる。血の匂いと暴力しか持たない、底辺のドブネズミだぞ。君のような美しい数式を組める人間が、なぜあんなノイズの塊に執着するんだ」「あなたに理解される必要はないわ」 私は、濡れた髪を乱暴に掻き上げた。「あなたが『ノイズ』と呼ぶその感情が、彼を突き動かしているの。……あなたみたいに、安全な場所からキーボードを叩いて世界を操作している気になっているペテン師には、一生わからない熱よ」 ピキリ、と。 観音の周囲の空気が、鋭く張り詰めた。 彼の白く細い指先が、わずかに痙攣しているのが見える。「……そうか。それなら、証明してあげよう」 観音が、スーツのジャケットの内側にゆっくりと手を伸ばした。 引き抜かれたのは、鈍い銀色の光沢を放つ、小型の自動拳銃。 彼の手の中で、冷たい金属の塊が、真っ直ぐに私の心臓に向けられた。 息が止まる。「彼が本当に来るというのなら……この引き金を引く前に、君を助けに来るはずだ。……違うかい?」 観音の瞳の奥で、どろりとした黒い感情が渦巻いている。 嫉妬。執着。そして、自分の論理を否定されたことへの、抑えきれない破壊衝動。「……撃てるの? あなたのような、自分の手を汚すことを一番嫌う男が」「君を手に入れるためなら、少しの泥を被るくらいは許容しよう。……それに、急所は外す。君の美しい頭脳さえ無事なら、脚の一本や二本、機能しなくなっても問題はない」 カチャッ
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第321話:雨の摩天楼④

 私のすぐ後ろに、巨大な熱源が降り立った。 ザッ、と。 コンクリートの床を削るような足音が響き、黒い影が私の横を通り抜けて前へ出る。「……俺のお嬢に」 地獄の底で煮えたぎるマグマのような、低く、しゃがれた声。 千隼だ。 彼の姿は、凄惨という言葉すら生ぬるい状態だった。 黒のタクティカルジャケットは原型を留めないほどに引き裂かれ、血を吸って赤黒く変色している。 左肩には、弾丸が貫通したであろう丸い穴が開き、そこからとめどなく鮮血が流れ落ちていた。 右腕は完全に脱力し、だらりと下がったまま。 額から流れた血が、彼の顔の半分を覆い隠している。 立っていることすら不思議なほどの、致命的なダメージの蓄積。 だが。 前髪の奥から覗く、そのアメジストの瞳だけは。 狂気的なまでの殺意と、歓喜の光を帯びて、爛々と燃え盛っていた。「その汚えオモチャを、向けるな……ッ!」 千隼の左手には、血脂で滑りそうになっている、折れたナイフの柄が逆手に握りしめられている。 彼は、血走った眼で観音を睨み据え、ゆらりと一歩、前に踏み出した。「……馬鹿な。あの部隊を、一人で……しかも、壁を登ってきたというのか……?」 観音の声が、完全に裏返っていた。 彼が手にした銃口が、微かに震えている。 完璧な論理が、圧倒的な不条理を前にして、音を立てて崩壊していく瞬間。「……遅い」 私は、震える声を必死に抑え込みながら、千隼の背中に向かって言った。 千隼の肩が、ビクリと跳ねる。「……申し訳ありません、お嬢」 彼は観音から視線を外さず、喉の奥で低く唸りながら答えた。「ゴミどもが、あまりにもしつこくて。……それに、階段を使うより、外からよじ登った方が、お嬢の匂いに真っ直ぐ近づけ
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