All Chapters of 極道若頭は、愛しき飼い主を逃さない 〜狂犬と呼ばれた彼が、私にだけ従順な理由〜: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話:女帝の采配④

 そして、その上に添えられた一通の封筒。「昨日の『ビジネス』に関する、感謝と謝罪の印とのことです」「……捨てろ」 千隼が低く吐き捨てた。「そのゴミを今すぐ持ち帰れ。でなければ、この場で燃やすぞ」「千隼、待って」 私は千隼の背中から顔を出した。 ここで騒ぎを起こせば、また注目を集めてしまう。それに、観音がただの嫌がらせでこんなことをするはずがない。 そこには必ず、次の「手」が隠されている。「……受け取るわ」「お嬢!」「いいから。……中身を確認するだけよ」 私は千隼を制し、封筒を受け取った。 花束は、千隼がひったくるように奪い取った。彼が握りしめた茎が、メキメキと音を立てて折れていく。 封を開ける。 中に入っていたのは、招待状だった。 今週末。都内の会員制レストランでのディナーへの招待。 そして、手書きのメッセージ。『チェックメイトだ、愛しいライバル』 背筋がぞわりとした。 ライバル。 彼は私を、敵対組織の娘としてではなく、対等な「プレイヤー」として認めたのだ。 そして、その認識には、粘着質な執着が含まれている。 昨日、千隼が感じ取った「別の種類の化け物」の気配が、この文字から漂ってくるようだった。「……なんて書いてあるんです」 千隼が、私の手元を覗き込む。 メッセージを読んだ瞬間、彼の手の中で、薔薇の花束が握り潰された。 真紅の花弁が、血飛沫のようにアスファルトに散らばる。「……殺す」 千隼の声は、これ以上ないほど静かで、だからこそ恐ろしかった。「あいつ、死にたいらしいな。……俺の目の前で、俺の女に手を出そうなんて」「千隼、落ち着いて」「落ち着いていられますか! これは宣戦布告だ! あいつは貴女を、ただの交渉相手として見
last updateLast Updated : 2026-02-16
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第72話:女帝の采配⑤

 私は散らばった薔薇の花弁を見つめた。 昨日の勝利は、あくまで一時的なものだ。黒鉄会という巨大な組織を相手にするには、四億円の損害だけでは足りない。 根本的な解決――つまり、トップである観音聖との「決着」が必要だ。 彼が私に興味を持っているなら、それはチャンスでもある。 敵の懐に飛び込み、その喉元にナイフを突きつける絶好の機会。「逃げてばかりじゃ終わらない。……ここでケリをつけるわ」 私は顔を上げ、千隼を真っ直ぐに見据えた。「それに、私にはあなたがいるでしょう?」「……ッ」「私がどこへ行こうと、あなたが守ってくれる。……違う?」 千隼の表情が歪んだ。 怒りと、心配と、そして「頼られた」ことへの喜び。 相反する感情がせめぎ合い、彼の理性を揺さぶっている。 彼は深く溜息をつき、乱暴に髪をかき上げた。「……狡い人だ」 彼は、潰れた花束を使いの男に突き返すと、私を強く抱き寄せた。 公衆の面前だろうと関係ない。 私の身体が痛むほどの強さで、腕の中に閉じ込める。「分かりました。……ただし、条件があります」「条件?」「俺の目の届く範囲にいること。そして、何かあったら……たとえコンマ一秒でも危険を感じたら、俺が乱入してあいつを殺すのを止めないこと」 極端な条件だ。 でも、それが彼の精一杯の譲歩なのだろう。 私は彼の胸に顔を埋め、その心音を聞いた。 速い。 怒りで高ぶっている鼓動。「分かったわ。……約束する」 使いの男は、壊れた花束を抱えて一礼し、無言で車に乗り込んで去っていった。 残されたのは、私たち二人と、路上の赤い花弁だけ。 嵐の前の静けさだった。 観音聖の執着は、まだ始まったばかりだ。 この誘いは、優雅なディナー
last updateLast Updated : 2026-02-17
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第73話:誘いの罠①

 久遠邸のメインリビングにある、イタリア製の重厚なローテーブル。  その中央に、一通の封筒が置かれていた。  上質な和紙に、金箔で縁取られた招待状。  そこから漂う微かな白檀の香りが、この部屋の空気をじっとりと重く淀ませている。 「……却下です」  氷点下の声が響いた。  我妻千隼は、ソファの背もたれに深々と身体を預け、組んだ足の上で指を組んでいる。  その三白眼は、まるで汚物を見るかのようにテーブルの上の封筒を見下ろしていた。 「ですが、千隼」 「却下だと言いました。……聞こえませんでしたか、お嬢」  彼が視線を上げる。  射抜くような眼光。いつもの甘さは微塵もない。本気の拒絶だ。 「これは罠です。それも、分かりやすすぎるほど単純な」 「分かっているわ。観音聖が、ただの親睦会のために私を呼ぶはずがない」 「なら、話は終わりだ。……破り捨てて、暖炉の火種にでもすればいい」  千隼は吐き捨てるように言うと、不快そうに顔を背けた。  私は小さく息を吐き、招待状に手を伸ばした。  指先に触れる和紙の感触は、ひやりと冷たい。  宛名には『久遠咲良様』と、流麗な筆致で書かれている。その文字一つひとつに、あの男の理知的な、そして粘着質な執着が滲んでいるようだった。 「……逃げられないのよ」  私が呟くと、千隼の肩がピクリと跳ねた。 「経済戦争で勝ったからといって、黒鉄会が消滅したわけじゃない。むしろ、手傷を負った獣ほど危険だわ」 「だからこそ、近づいてはいけないと言っているんです」 「逆よ。……今、ここで引けば、彼らは必ず次の一手を打ってくる。もっと陰湿で、回避不可能な手を」  私は立ち上がり、千隼の正面に立った。  彼が見上げてくる。  怒りと、心配と、そして焦燥がない交ぜになった瞳。  あの日、図書館で観音と対峙した時の、千隼の殺気立った横顔を思い出す。  彼は本能で感じ取っているのだ。観音聖という男が、単なる敵対組織のトップである以上に、私という人間に興味を持ち、彼の手の届かない領域へ引きず
last updateLast Updated : 2026-02-17
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第74話:誘いの罠②

 近い。 怒りで高まった体温が、スーツ越しに伝わってくる。「貴女は、あいつに興味があるんでしょう」 低く、湿った声が耳元に落ちる。「あいつの語る『知性』だの『論理』だのが、貴女には心地いい。……俺のような暴力装置と違って、会話が成立する相手だと思っている」「……っ、そんなこと」「図星だ」 千隼の手が、私の顎を強引に上向かせた。 逃げ場のない瞳。 嫉妬だ。 どろどろとした、黒いタールのような独占欲が、彼の瞳の奥で渦巻いている。「あいつの目が、貴女をどう見ていたか気づいていないんですか。……あれは、知的な会話を楽しみたい学者の目じゃない。希少な蝶を標本にして、ガラスケースに閉じ込めたいと願うコレクターの目だ」 彼の指が、私の首筋――先日彼がつけた痕がまだ薄く残っている場所――を、なぞるように這う。「行けば、貴女は汚される。……言葉で、視線で、あるいはその手で。俺の大事な主が、あんな男の毒気に当てられるなんて、耐えられない」 千隼の声が震えていた。 彼は本気で恐れているのだ。 物理的な危険よりも、精神的な侵食を。私が観音の世界に魅了され、彼の手を離してしまうことを。 私は、彼の頬にそっと手を添えた。 熱い。 感情を剥き出しにした彼の顔は、子供のように無防備で、どうしようもなく愛おしい。「……バカ犬」「……何とでも」「私が誰のものか、忘れたの?」 千隼の目が、わずかに見開かれる。 私は彼の首に腕を回し、その唇のすぐそばで囁いた。「私は久遠の女よ。そして、我妻千隼の妻。……誰が何を言おうと、私の飼い主はあなただけ」 千隼が息を呑む気配がした。 その瞳の奥で、揺れ動いていた不安の炎が、一瞬にして鎮火し、代わりに別の熱――強烈な忠誠と情欲の炎が燃え上がるのが見えた
last updateLast Updated : 2026-02-17
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第75話:誘いの罠③

 ◇ 出撃の準備は、まるで儀式のようだった。 ドレッシングルームには、千隼が選んだドレスが一着、マネキンに着せられている。 ミッドナイトブルーのイブニングドレス。 肌の露出は控えめだが、背中が大きく開き、身体のラインを容赦なく拾うデザインだ。 布地は厚手で、光沢のあるシルク。 一見して上品だが、どこか「鎧」を思わせる重厚感がある。「……これを着ろと?」「ええ。防刃繊維を織り込んであります。ナイフ程度なら通しません」 千隼は平然と言ってのけ、私の背中のファスナーを引き上げた。 ジジッ、と布が閉まる音が、戦場へのカウントダウンのように響く。 鏡の中の自分と目が合う。 髪はアップにし、首元には大粒のサファイアのネックレス。 化粧は濃いめに、紅は血のように赤く引いた。 そこにいるのは、ただの女子大生ではない。敵地へ乗り込む「女帝」の姿だ。「仕上げです」 千隼が跪いた。 彼はドレスのスリットから覗く私の左足を取り、ガーターベルトのような革製のバンドを太腿に巻き付けた。 ひやりとした革の感触。 そして、そこに収められた、小型のセラミックナイフ。 空港の探知機にも引っかからない、暗殺用の武器だ。「使い方は教えてありますね」 彼の手が、私の太腿の内側をゆっくりと撫で上げる。 くすぐったさと、危険な昂りで、足が震えそうになる。「……頸動脈か、大腿動脈を狙う。一撃で」「正解です。……ですが、貴女がこれを使うような事態にはさせません」 千隼は私の膝に口づけを落とし、ゆっくりと立ち上がった。 その目は、すでに「番犬」のモードに入っている。冷たく、研ぎ澄まされた刃の色。「会場は、港区の会員制フレンチ『ラ・メール』。完全予約制、個室のみの隠れ家です」 彼はタブレットの画面を私に見せた。 建物の見取り図。侵入経路、脱出ルート、監視カメラの位置までが詳
last updateLast Updated : 2026-02-18
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第76話:誘いの罠④

 ◇ 黒塗りの防弾車が、夜の街を滑るように走る。 車内には、重苦しい沈黙が満ちていた。 千隼は運転席の部下に短い指示を出す以外は、ずっと私の手を握りしめていた。 その手は熱く、汗ばんでいる。 いつもなら軽口を叩いて私をからかう彼が、今は言葉を探すように押し黙っている。 窓の外を流れるネオンサインが、雨に滲んでぼやけて見えた。 これから会う男。観音聖。 彼の目的は何なのか。 ただの食事会? 脅迫? それとも――。 考えれば考えるほど、胃の腑が冷たくなる。 でも、隣にある千隼の体温だけが、私を現実に繋ぎ止めていた。「……着きました」 運転席の男が告げる。 車が停止した。 重厚な石造りの建物の前。看板はなく、ただ小さな真鍮のプレートだけが掲げられている。 入り口には、黒服を着た大男たちが数人、彫像のように立っていた。 明らかに堅気ではない。黒鉄会の精鋭たちだ。 ドアが開く。 千隼が先に降り、私に手を差し出した。 夜風が冷たい。 私は深呼吸をして、冷気を肺いっぱいに満たした。「……行ってくるわ」 私が言うと、千隼は繋いだ手を離さなかった。 数秒、いや十数秒。 彼は私の手を握りしめたまま、じっと私の目を見つめていた。 行かせたくない。 今すぐ抱き上げて、車に押し込み、安全な屋敷へ連れ帰りたい。 そんな本音が、痛いほど伝わってくる。 でも、彼はゆっくりと、指をほどいた。「……いってらっしゃいませ、お嬢」 千隼は深く腰を折り、最敬礼をした。 それは、組長に対する礼儀であり、同時に、愛する女を死地へ送り出す男の、苦渋の決断だった。「待っています。……ここで、一歩も動かずに」 私は頷き、踵を返した。 コツ、コツ、コツ。 ヒールの音が、静まり
last updateLast Updated : 2026-02-18
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第77話:狩りの時間①

 会員制フレンチ『ラ・メール』の個室は、海底の静寂に沈んでいた。 壁一面が巨大な水槽になっている。 照明は極限まで落とされ、水槽から漏れる蒼白い光だけが、テーブルの上の銀食器を鈍く照らし出している。 優雅に泳ぐ熱帯魚たち。その影で、岩場に潜むウツボが鋭い歯を覗かせている。 それは、今のこの空間の縮図そのものだった。「……口に合わないかな?」 テーブルの向かい側から、滑らかなバリトンの声が響く。 観音聖(かんのん ひじり)。 彼は純白のタキシードに身を包み、まるで自分の居城で寛ぐ王のように、ワイングラスを揺らしていた。 グラスの中の液体は、血のように濃い赤。 彼の指先は、恐ろしいほど白く、細く、そして冷たい。「……いいえ。とても美味しいです」 私は嘘をついた。 皿の上に置かれた仔羊のロースト。その断面のピンク色が、生々しい肉塊に見えて喉を通らない。 フォークを持つ手が微かに震えるのを、テーブルクロスの下で太腿を抓って誤魔化した。 太腿に巻いた革ベルトの感触。そこに収められたセラミックナイフの冷たさだけが、私の理性を支えている。「なら良かった。……君の舌は、安っぽい学食の味に毒されているんじゃないかと心配していたんだ」 観音はナイフを手に取り、肉を切り分けた。 その手つきは、食事というよりは外科手術のようだ。繊維の一本一本を丁寧に、慈しむように、そして残酷に切断していく。 キィ、とナイフが皿を擦る音が、神経を逆撫でする。「単刀直入に伺います。……私をここに呼んだ目的は?」 私はカトラリーを置き、彼を真っ直ぐに見据えた。 彼は手を止めず、一口大に切った肉を口に運ぶ。咀嚼する音すらさせず、優雅に飲み込むと、ナプキンで口元を拭った。「デートだよ。……それ以外の理由が必要かい?」「昨日の『経済戦争』の話をするつもりがないなら、帰らせていただきます」
last updateLast Updated : 2026-02-18
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第78話:狩りの時間②

 足音がしない。 高価な絨毯が音を吸い込んでいるのか、それとも彼自身の気配が希薄なのか。 ふわりと、冷たい香水の匂いが鼻腔を突く。 ミントと、消毒液のような清潔すぎる香り。「我妻千隼は、優秀な暴力装置だ。だが、それだけだ」 観音の手が、私の椅子の背もたれに置かれた。 顔が近い。 耳元に、温度のない吐息がかかる。「彼は君を守ることはできるが、君を理解することはできない。……君が美しい数式を組み立て、世界を動かすその快感を、彼は共有できないんだ」 背筋が粟立つ。 彼の言っていることは、ある一面では真実だ。千隼は私の知性を「魔法」のように崇めているが、そのロジック自体を理解しているわけではない。 けれど、決定的な間違いがある。 千隼は、理解できなくても、私の魂を肯定してくれる。 目の前のこの男は違う。私の知性を愛しているだけで、私という人間(こころ)を見ていない。「……千隼は、私の一部です」 私は声を絞り出した。「彼がいないと、私は私でいられない。……あなたには分からないでしょうね」「ああ、分からないな。……依存と共生を履き違えている」 観音の手が、私の肩を滑り落ち、二の腕を掴んだ。 力が強い。 細い指が、肉に食い込む。「だからこそ、私が君を解放してあげるよ。……泥沼のようなヤクザの世界から、清潔で、完璧な支配者の世界へ」 彼は私の髪を掬い上げ、その一房に口づけを落とした。 そして、とんでもない言葉を囁いた。「私と結婚しなさい、久遠咲良」 思考が停止した。 プロポーズ? この状況で? いや、愛の告白ではない。もっと事務的で、もっとグロテスクな響きが含まれていた。「君の遺伝子と、私の遺伝子。……それを掛け合わせれば、完璧な次世代が生まれる。感情というノイズに邪魔されない、純
last updateLast Updated : 2026-02-18
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第79話:狩りの時間③

 勢いでグラスが倒れ、赤いワインが白いクロスに広がる。 まるで、血痕のように。「私はあなたの実験動物じゃない。……それに」 私は椅子を蹴って立ち上がり、彼と距離を取った。 右手が、スカートのスリットから太腿のナイフへと伸びる。「私が愛しているのは、あの野蛮で、不器用で、どうしようもなく優しい『狂犬』だけよ。……あなたのその冷たい論理の檻の中で生きるくらいなら、彼と共に地獄の底で燃え尽きる方を選ぶわ」 言い切った。 部屋の空気が、ピタリと止まる。 水槽の泡の音だけが、コポコポと虚しく響く。 観音は、動かなかった。 怒鳴りもせず、殴りかかってもこない。 ただ、眼鏡の位置を指先で直し、深く、深く溜息をついた。 それは、期待していた実験結果が得られなかった科学者の、冷ややかな落胆だった。「……残念だ」 彼が呟く。「本当に、残念だよ。……君ほどの知性があれば、合理的な選択ができると思っていたんだが」 彼が指をパチンと鳴らした。 その乾いた音が、合図だった。 ――ガチャリ。 部屋の四隅にある隠し扉が、一斉に開いた。 音もなく現れたのは、黒いスーツを着た男たち。 五人、六人……いや、もっといる。 全員が耳にインカムを付け、懐に手を突っ込んでいる。銃か、ドスか。 狭い個室が、一瞬にして処刑場へと変わった。「交渉決裂だ」 観音は私に背を向け、窓際へと歩き出した。「君が自ら望んで私の手を取らないのなら、仕方がない。……躾(しつけ)が必要だね」「……ッ!」 私は一歩下がった。背中が冷たい水槽に当たる。 逃げ場はない。 入り口は男たちに塞がれている。「連れて行け。……丁重にな。傷一つ付けるなよ、私の
last updateLast Updated : 2026-02-19
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第80話:狩りの時間④

 恐怖はない。 あるのは、絶対的な確信だけ。 あの男は嘘をつかない。「五秒で駆けつける」と言ったなら、世界の理(ことわり)をねじ曲げてでも、彼はここに来る。「抵抗するな、お嬢ちゃん」 一番大柄な男が、嘲笑いながら手を伸ばしてきた。「大人しくしてれば、痛い目には……」(……三、四) 私はナイフを構え、男の頸動脈を睨みつけた。 刺す覚悟はある。 でも、その必要はないと信じている。「おっと、危ない危ない」 男が私の手首を掴もうとした、その瞬間だった。(……五!) ――ドォォォォォォンッ!!!!! 世界が揺れた。 地震ではない。爆発だ。 部屋の入り口――分厚いマホガニーの扉が、蝶番(ちょうつがい)ごと吹き飛んだのだ。 木片が手榴弾の破片のように飛び散り、男たちが悲鳴を上げて吹き飛ばされる。 舞い上がる粉塵。 煙の匂い。 そして、その白煙の向こうから、二つの赤い光が揺らめいた。 それは、地獄の釜の蓋が開いたような、灼熱の殺気。「……誰ですか」 低く、地を這うような唸り声。 粉塵を踏みしめ、一人の影がゆっくりと姿を現す。 ボロボロになったドアの残骸を革靴で踏み砕き、その男は部屋の中を見渡した。 整えられた黒髪は乱れ、額には青筋が浮かび、両手にはメリケンサック代わりのコンクリート片が握りしめられている。 我妻千隼。 私の狂犬が、鎖を引きちぎって現れた。「俺のお嬢に、指一本でも触れようとした、死に損ないは」 彼の視線が、私の手首を掴もうとしていた男を捉える。 男が「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさる。 もう遅い。 千隼の姿がかき消えた。 次の瞬間には、男の顔面が、千隼の拳によって物理的に歪んでいた。 ゴシャッ! 鈍く、重い打撃音が、
last updateLast Updated : 2026-02-19
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