All Chapters of 極道若頭は、愛しき飼い主を逃さない 〜狂犬と呼ばれた彼が、私にだけ従順な理由〜: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話:嫉妬の炎④

 ◇ 屋敷に着くなり、私は千隼に手首を掴まれ、自室へと引きずり込まれた。 バタンッ! 扉が乱暴に閉められ、鍵がかかる音が響く。 広い寝室に、二人きり。「ち、千隼……?」 振り返った千隼の顔を見て、私は息を呑んだ。 余裕なんて欠片もない。 髪は乱れ、瞳は血走っている。ネクタイを乱暴に緩めながら、彼は私を追い詰めるように距離を詰めてきた。「消毒が必要です」「……は?」「あいつに触れられた場所も、あいつの声を聞いた耳も、あいつを見て笑った目も。……全部、俺のもので上書きしないと気が済まない」 ドンッ、と背中が壁に当たった。 逃げ場はない。 千隼の両腕が私の顔の横に突き立てられ、私を檻の中に閉じ込める。 至近距離で見る彼の瞳は、暗く、深く、私を飲み込もうとしていた。「千隼、落ち着いて……んっ!?」 言葉は、唇によって塞がれた。 キスなんて生易しいものじゃない。 唇を噛み破るような、捕食。 舌が強引にねじ込まれ、口内を荒らし回る。息ができない。彼の熱い唾液と、私の味が混ざり合い、頭が真っ白になる。「ん、あ……っふ……!」 抵抗しようと胸を押したが、びくともしない。 彼は私の両手首を片手でまとめ上げ、頭上へ押し付けた。 無防備になった首筋に、彼の顔が埋められる。「あいつが触れたのは、ここですか」 手の甲。 彼が唇を押し付け、吸い付く。 ちゅ、じゅる……という水音が、静かな部屋にいやらしく響く。「い、や……変な音、させないで……」「嫌? カフェではあんなに無防備に触らせていたのに?」 千隼の声には、棘があった。 彼は私の手の甲を強く吸い上げ、さら
last updateLast Updated : 2026-02-13
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第62話:嫉妬の炎⑤

 ゾクゾクと背筋を這い上がる痺れ。 怖いのに。 こんなに乱暴に扱われているのに。 身体の奥底が、熱く疼き始めている。 この狂犬に、どうしようもなく愛され、求められ、執着されているという事実が、私の自尊心と本能を同時に満たしていく。「もっと……もっと俺を刻まないと。誰が見ても分かるように。一目見ただけで、『この女は我妻千隼のものだ』と、誰もが尻尾を巻いて逃げ出すように」 彼は私の髪をかき上げ、首筋の一番目立つ場所――頚動脈の上あたりに、狙いを定めた。「書いておきますよ。……『俺のもの』だと」 ガブリ。 噛まれた。 鋭い痛みが走り、私は悲鳴を上げて身をよじった。 けれど、千隼は離さない。 牙を立てたまま、皮膚を強く、長く吸い上げる。 肉が吸われる感覚。血管が浮き上がり、血液が一点に集まっていくのが分かる。「あ、あぁっ! 千隼、あとになる……っ!」「残すんです。一生消えないくらい、深く」 痛みは、次第に熱く、痺れるような快楽へと変わっていく。 吸われるたびに、魂まで吸い取られていくような浮遊感。 彼の唾液と体温が、皮膚の下まで染み込んでくる。 私はガクガクと震える足で立つのがやっとで、彼の背中にしがみついた。 長い、長い時間の後。 ようやく彼が唇を離した時、私の首筋には、見るも無残な、けれど毒々しいほど鮮やかな赤紫色の痕が刻まれていた。 キスマークなんて可愛いものじゃない。 それは、所有の焼印だった。「……はぁ、……はぁ……」 千隼は荒い息を吐きながら、自身の作品をうっとりと眺めた。 先ほどまでの殺気立った表情は消え、そこには満ち足りた獣の、蕩けるような甘い表情があった。「綺麗だ……。よく似合いますよ、咲良」 彼は優しく親指で痕をなぞると、今度
last updateLast Updated : 2026-02-14
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第63話:経済戦争①

 翌朝、久遠組の本家大広間は、怒号と悲鳴が飛び交う戦場と化していた。 ただし、血の雨が降る物理的な戦場ではない。 飛び交っているのは、絶望的な数字と、鳴り止まない電話の着信音だ。「お、お嬢! 大変だ! 株価が止まらねぇ!」 鬼瓦が、タブレットを鷲掴みにしたまま転がり込んできた。額には脂汗がびっしりと浮き、顔面は蒼白だ。「久遠建設の株が、寄り付きからストップ安だ! 変な噂が流されてやがる。『久遠の現場で人骨が出た』だの『耐震偽装の証拠がある』だの……根も葉もねえデマばっかりだぞ!」「こっちもです! 港湾の荷揚げが止まりました!」 別の幹部が青ざめた顔で叫ぶ。「税関で足止め食らってます。書類不備だとか難癖つけられて……このままじゃ生鮮品が全部腐っちまう!」「取引銀行からも電話だ! 融資の引き揚げを検討するってよ!」 矢継ぎ早に舞い込む凶報。 久遠グループの主要な資金源である建設、物流、金融のライフラインが、同時に、しかも精密に狙い撃ちされていた。 単なる嫌がらせのレベルではない。 これは、組織の心臓を止めるための、計算され尽くした「兵糧攻め」だ。「……落ち着いて」 私は執務机に座り、目の前のマルチモニターに映し出された赤いチャートを見つめた。 首元には、シルクのスカーフを巻いている。 昨夜、あの狂犬につけられた痕を隠すためだ。ジンジンと熱を持つその場所が、今の私を現実に繋ぎ止める唯一の錨(いかり)のように感じられた。(……来たわね、観音聖) 昨日の今日で、この速さ。 そして、この手口。 暴力団特有の「カチコミ」や「脅し」ではない。法の網目を縫い、経済活動の急所を突く、極めてホワイトカラー的な攻撃。 あの理知的な瞳をした男が、チェス盤の駒を動かすように、涼しい顔で私を追い詰めている姿が目に浮かぶ。「お、落ち着いてられっかよ! このままじゃ組が干上がっちまう!」「黒鉄(くろが
last updateLast Updated : 2026-02-14
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第64話:経済戦争②

「火をつける? ……今の状況でそんな真似をすれば、それこそ相手の思う壺でしょう。警察が介入し、久遠は特定抗争指定暴力団に認定され、銀行口座は凍結。……即座にゲームオーバーです」「だ、だからって、指くわえて見てろってのか!?」「いいえ。……お嬢が考えていますよ」 千隼の視線が、私に向けられる。 その瞳は、獲物を狩る直前の獣のように、怪しく、楽しげに光っていた。 彼は知っているのだ。 私がこの状況に怯えているのではなく、静かに怒り、計算していることを。「……タブレットを貸して」 私は鬼瓦から端末を受け取り、素早く画面をスワイプした。 情報の洪水を、頭の中で整理していく。 株価の暴落。風説の流布。物流の遮断。 一見、全方位からの無差別攻撃に見える。けれど、ゲーム理論の視点で見れば、そこには必ず「意図」と「構造」がある。 相手のリソースは無限ではない。どこかにリソースを集中させているはずだ。 それを突き止め、逆手に取れば――。 カチッ、カチッ、カチッ。 静まり返った執務室に、私がマウスをクリックする音だけが響く。 数分後。 私はモニターから顔を上げ、小さく息を吐いた。「……見つけた」 私の唇が、自然と弧を描く。 恐怖ではない。これは、高揚だ。 あんな屈辱的な扱いを受けた昨日までの私とは違う。ここは私の得意分野(フィールド)だ。 売られた喧嘩は、きっちり利子をつけて買い取らせてやる。「鬼瓦さん。……黒鉄会の息がかかった『アカツキ物流』の運行ルートと、彼らが独占契約している輸入資材のリスト。それから、主要取引先の連絡先をすべて出して」「は、はい? そんなもん何に使うんです?」「反撃よ」 私は立ち上がり、ホワイトボードに向かった。 黒のマーカーを手に取り、キュキュッと乾いた音を立てて数式と図
last updateLast Updated : 2026-02-14
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第65話:経済戦争③

 私が作戦を語り始めた瞬間から、彼の視線はずっと私の横顔に釘付けだ。 まるで、極上の芸術品を鑑賞するかのような、あるいは今すぐ服を剥ぎ取りたいと渇望するような、粘着質な熱視線。「千隼」「はい、お嬢」 名前を呼んだだけで、彼は嬉しそうに背筋を伸ばす。「あなたの『お友達』……いえ、あなたが個人的に貸しを作っている海外のブローカーに連絡して。A港に入港予定のアカツキ物流のコンテナ船、その積み荷の『検疫証明書』に不備があるという情報を、税関にリークさせて」「お安い御用です。……それだけでいいのですか?」「いいえ。同時に、B倉庫周辺の道路工事を申請して。……水道管破裂の緊急工事という名目で、トラックの出入りを物理的に封鎖するの」 千隼が、喉の奥でククッと笑った。「なるほど。……リークで足止めし、工事で陸路を塞ぐ。完全な兵糧攻め返しですか」「それだけじゃないわ」 私はモニターのチャートを指差した。「彼らが足止めを食らってパニックになっている間に、私たちが別のルートで確保した代替品を、彼らの取引先に売り込む。……もちろん、市場価格の倍でね」 部屋の空気が、しんと静まり返った。 鬼瓦たちが、ポカンと口を開けて私を見ている。「ま、マジか……」「相手の荷物を止めて、その隙に客を奪うってのか……?」「ええ。違約金と信用の失墜で、アカツキ物流は死ぬ。黒鉄会への上納金も消える。……こちらの被害額の、ざっと三倍のダメージを与えられるわ」 これが、ビジネスだ。 殴り合いよりも残酷で、血も涙もない数字の殺し合い。 私はもう、ただ守られるだけのか弱いお姫様じゃない。この組織のトップとして、冷酷な決断を下す「プレイヤー」なのだ。「……ゾクゾクしますよ、咲良」 千隼が、音もなく私の背後に忍び
last updateLast Updated : 2026-02-14
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第66話:経済戦争④

 ◇ 作戦は、秒単位で実行された。 執務室は、巨大な司令室と化した。 私は中央の席に陣取り、複数のモニターを監視しながら、次々と指示を飛ばす。「ブローカーからの連絡あり! 税関がコンテナの再検査を決定しました! 荷揚げは最低でも一週間遅れます!」「よし。……次は道路工事の手配! 千隼、手はずは?」「完了しています。……すでに当家の建設部隊が、B倉庫前の交差点を封鎖しました。『誤って』水道管を掘削してしまったようです。復旧には三日はかかるでしょう」 千隼がインカム越しに、楽しそうな声で報告してくる。 モニターのライブ映像には、立ち往生するアカツキ物流のトラックの列と、わざとらしく道路を掘り返す作業員たちの姿が映し出されていた。「アカツキの取引先メーカーから問い合わせ殺到です! 『納期はどうなってるんだ』と怒鳴り込んで来てます!」「今よ。……営業部、プランCを発動。代替品のリストをメーカーに送信して。『即納可能です』と一言添えてね」「りょ、了解ッ!」 私の指示に従い、組員たちが一斉に電話をかけ始める。 もはやヤクザの事務所の光景ではない。ウォール街のトレーディングルームのような熱気だ。 鬼瓦たち武闘派も、最初は戸惑っていたが、今は面白がって受話器にかじりついている。「へいへい! うちはすぐに納品できまっせ! ……ええ、少々お高くなりますが、背に腹は代えられねえでしょう?」「社長さん、今契約すれば、明日の朝にはラインが動きますよ。……ええ、ええ!」 モニター上の数字が、目まぐるしく変動していく。 アカツキ物流の株価が急落し、逆にこちらの関連企業の株価が上昇を始める。 オセロの駒が、黒から白へと一気に裏返っていく快感。 これが、「勝つ」ということだ。 暴力ではなく、知性で。 感情ではなく、論理で。「……ふぅ」 数時間
last updateLast Updated : 2026-02-15
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第67話:経済戦争⑤

 するりと、シルクの布が解かれる。 露わになった首筋のキスマーク。 千隼はそれを愛おしそうに親指でなぞると、ため息交じりに囁いた。「犯したくなるほど、美しかった」「っ、……」 言葉のあまりの直球さに、顔が沸騰する。 けれど、拒絶できなかった。 彼の瞳に映る私が、確かに「女」として、そして「支配者」として輝いていたからだ。 千隼は私の椅子を回転させ、彼の股の間に引き寄せた。 逃げ場はない。 彼の太腿が、私の膝に当たる。「ご褒美が必要ですね」「い、いらないわよ……」「俺が欲しいんです。……戦い終えた女王様を、俺の手で癒やして差し上げたい」 彼の手が、私のブラウスのボタンに掛かった。 器用な指先が、一つ、また一つと外していく。「ここは執務室よ……誰かが来たら……」「誰も入れません。鍵はかけましたし、俺のフェロモンで結界を張りましたから」「何そのオカルト……んっ」 首筋に、唇が押し当てられた。 昨日の傷跡の上書き。 痛いほど強く吸われ、甘い痺れが全身を駆け巡る。「あ、千隼……っ、だめ……」「だめじゃありません。貴女も、興奮しているでしょう?」 図星だった。 脳をフル回転させて戦った後の高揚感。アドレナリンがまだ血管を駆け巡っている状態で、こんな風に攻められたら、理性が保てるはずがない。 彼の体温、匂い、そして絶対的な肯定感。 それらが混ざり合い、私の思考を溶かしていく。「……ん、ぁ……」 私の口から、甘い吐息が漏れた。 千隼はそれを聞き逃さず、ニヤリと笑った。「いい子だ。……もっと鳴いてください。俺だ
last updateLast Updated : 2026-02-15
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第68話:女帝の采配①

 東京・港区。 地上四十五階にある「黒鉄ホールディングス」の会長室は、分厚い防弾ガラスによって下界の喧騒から完全に切り離されていた。 広大なフロアには、選び抜かれたイタリア製の家具と、現代アートの巨匠による抽象画が飾られている。 そこは暴力団の事務所というよりは、成功した投資ファンドのオフィスそのものだった。 だが今、その静謐で冷ややかな空間は、耳障りな報告によって浸食されていた。「も、申し訳ありません、会長!」 高級スーツを着た部下が、青ざめた顔で絨毯に膝をついている。 アカツキ物流の社長だ。普段は尊大な態度で知られる彼が、今は雨に濡れた野良犬のように震えている。「A港の荷揚げが、完全に止まりました……。税関の連中、こっちが袖の下を使おうとしても『上からの指示だ』の一点張りで……!」「さらに、B倉庫前の道路工事ですが……あれは事故じゃありません! 水道局に問い合わせても、そんな工事予定はないと……完全にやられました!」 次々と舞い込む凶報。 アカツキ物流の株価は、今日の終値でストップ安を記録した。主要取引先だった大手メーカー三社からは、契約解除の通達が届いている。 損害総額は、推定で四億円。 わずか一日で、黒鉄会(くろがねかい)の主要な資金源(キャッシュカウ)の一つが、機能不全に陥ったのだ。「……ふむ」 革張りの椅子に深く沈み込んでいた観音聖(かんのん ひじり)は、手元のタブレットから視線を上げることなく、短く喉を鳴らした。 怒声は飛ばない。 灰皿が宙を舞うこともない。 その静けさが、部下にとっては逆に死の宣告のように感じられるのだろう。男は額を床に擦り付け、必死に許しを請い始めた。「す、すぐに報復部隊を編成します! 久遠のシマを荒らして、倍返しに……」「馬鹿なことを言うな」 観音の声は、氷点下の水のように澄んでいた。「報復? 暴力で
last updateLast Updated : 2026-02-15
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第69話:女帝の采配②

「美しい……」「は……?」 部下が呆気にとられた声を出す。「会長、今なんと……?」「分からないか? この手際の良さだよ。……リークのタイミング、物理封鎖の場所選定、そして代替品の売り込み。すべてが有機的に連動している。無駄がない。……まるで、洗練された数式を見ているようだ」 観音の胸の奥で、熱い塊が疼いた。 怒りではない。 これは――渇望だ。 彼は幼い頃から、周囲の人間が愚かに見えて仕方がなかった。 暴力でしか語れない父。金でしか繋がれない母。そして、欲望のままに動く組織の人間たち。 彼らにとって世界は「奪うか、奪われるか」の単純なゲームだ。 だが、観音にとって世界はもっと複雑で、繊細な変数の組み合わせで動くシステムだった。 誰も、彼の言葉を理解しない。 誰も、彼の思考の速度についてこられない。 孤独だった。 莫大な富を得ても、組織の頂点に立っても、満たされない空虚さが常に付きまとっていた。 だが。「久遠、咲良……」 その名を口にした瞬間、背筋に甘い痺れが走った。 昨日の図書館での会話。 彼女は、私の意図を瞬時に理解した。 そして今日、私の仕掛けた経済封鎖という難問に対し、想像を上回る「最適解」を叩きつけてきた。「君なら、分かるんだね」 観音は窓ガラスに指を這わせた。 冷たい感触の向こうに、あの紫がかった黒い瞳――アメジストの輝きを幻視する。「君の隣にいるのが、あんな野蛮な狂犬だなんて……あまりにも不釣り合いだ」 我妻千隼。 あの男は強い。生物としての強度は認める。 だが、彼は咲良の「知性」を理解できない。ただ本能で彼女を守っているだけだ。 宝の持ち腐れにも程がある。「欲しい……」
last updateLast Updated : 2026-02-15
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第70話:女帝の采配③

 ◇ 翌日の大学キャンパスは、不気味なほど平和だった。 春の日差しが降り注ぎ、学生たちが芝生で談笑している。 昨日のような「偽装学生(ヤクザ)」たちの姿も見当たらない。 だが、私は知っている。 この平和な風景の裏側に、ピリピリとした緊張感が張り巡らされていることを。「……千隼、ちょっと近すぎない?」「許容範囲です」 隣を歩く我妻千隼は、涼しい顔で答えた。 今日は「臨時講師」としての出勤日ではないはずだが、彼は当然のようにスーツ姿で私の通学に同行している。 私の腰に回された手には、昨日よりも強い力が込められていた。 まるで、少しでも気を抜けば、私がどこかへ消えてしまうのではないかと恐れているように。「首、痛くないですか」 彼が耳元で囁く。「……大丈夫よ。スカーフで隠してるから」 私は首元のシルクスカーフを無意識に押さえた。 その下には、昨日彼が執拗に刻み込んだ、所有の烙印(キスマーク)が赤々と残っている。 思い出すだけで、身体の奥が熱くなる。 執務室での情事。彼の荒い息遣い。私の知性を「美しい」と讃え、その興奮のままに貪られた記憶。 今の私は、頭の先から爪先まで、完全にこの男の色に染められている。「本当は、誰にも見せたくないんです。……大学なんて辞めさせて、俺の部屋に閉じ込めておきたい」「またそんなこと言って……」「本気ですよ。特に今は」 千隼の足が止まった。 彼の視線の先――正門の前に、一台の黒塗りの車が停まっていた。 久遠組の車ではない。 もっと洗練された、欧州製の高級サルーンだ。 車の横には、身なりの良い初老の男が直立不動で待機している。その手には、巨大な花束が抱えられていた。 深紅の薔薇。 百本はあるだろうか。 その毒々しいまでの赤が、平和なキャンパスで異様な存在感を放っている。
last updateLast Updated : 2026-02-16
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