夫には奇妙な癖がある。ごっこ遊びだ。彼のシナリオで、私はいつも『捨てられる古女房』。けれど彼自身は、家政婦に恋した社長や、教え子に恋した教授など、その時々で自分勝手に配役を変えて楽しんでいた。そして、その度に彼は私に離婚届を突きつけ、署名させる。だが翌日には、それを笑いながら破り捨てるのだ。「愛してるよ。これただのごっこだからさ」そんな日々は、母が事故に遭うまで続いた。手術費に400万円が必要になった時、彼は破産した貧乏人の役を演じていた。「俺は破産して一文無しなんだよ。どこに義母さんの治療費なんて出せるもんか?」私は目の前で、母の息が絶えるのをただ見守るしかなかった。葬儀の日。彼は若く美しい女子大生を連れて、私の前に現れた。「カナ、俺は教え子と本気の恋に落ちてしまった。離婚してくれ」田村青陽(たむら はるや)は鞄から離婚届を取り出し、私に差し出した。今回は、彼が破り捨てるのを待たなかった。新しい離婚届。そこには、すでに彼の署名が記されていた。また、このごっこか。母が眠る霊安室で……彼はまた、いつものごっこ遊びを始めた。私は彼を見た。その整った顔を。この3年間、彼がこの書類を取り出すたびに、私は役割通りに泣き叫び、問い詰め、最後には彼が笑ってなだめる――それが「お決まり」だった。彼はそれを「結婚生活のスパイス」だと言った。私はそれを信じていた。けれど今、母は棺の中に横たわっている。死ぬ間際、母は私の手を固く握りしめ、ずっと入り口を見つめていた。息子のように可愛がっていた婿が、最期に一目会いに来てくれるのを待っていたのだ。結局、青陽は来なかった。私は母に最後の一礼をした。それから立ち上がり、青陽の手からペンを受け取った。泣きもしなければ、わめきもしなかった。彼の視線を浴びながら、丁寧に自分の名前を書き込んだ。「はい、どうぞ」青陽は呆然とした。彼が予想していたはずの、取り乱す姿も悲鳴もなかったからだ。目の前の私は、異常なほど冷静だった。「カナ、今度は何の芝居だ?」彼は不機嫌そうに眉をひそめた。隣にいた富江海音(とみえ あまね)も異変に気づき、彼の腕に回した手に力を込めた。「先生、カナさんはショックでおかしくなってるんじゃ……」私は二人を無視
더 보기