《夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした》全部章節:第 101 章 - 第 110 章

181 章節

101話

伏見に連れられ、風呂に向かった音羽。 体中が筋肉痛のような痛みとダルさで上手く動かせない音羽を、伏見は甲斐甲斐しく風呂に入れ、先程までの淫猥な雰囲気など微塵も感じさせず、ただ体を綺麗に洗い、一緒に湯船に浸かり、音羽の体を綺麗に拭いた伏見。 再び音羽を抱き上げ、リビングにやって来た伏見はソファに音羽を座らせてキッチンに向かった。 「蓮夜……?」 「音羽、飲み物は何が飲みたい?」 「えっ!だ、大丈夫ですよ、自分で用意します……!」 「足に力が入らないだろ?俺が用意するから座ってろ」 足に力が入らない──。 伏見にその事を言い当てられた音羽は、顔を真っ赤にしつつごにょごにょとお礼を告げた。 伏見は冷たい音羽にアイスティー、自分のアイスコーヒーを用意して戻ってくると、リビングのテーブルに置いて音羽をひょい、と抱き上げた。 「──っ、わっ、蓮夜!?」 突然抱き上げられた事に音羽が驚いていると、伏見がソファに座り、そのまま膝の上に音羽を座らせると背後からぎゅっと抱きしめた。 「体は……?大丈夫か音羽、無茶な抱き方をした。悪い……」 ぽつり、と伏見の謝罪が背後から落ちる。 その声はとても苦しそうで、反省しているのがひしひしと伝わってくる。 音羽は自分のお腹の前に回った伏見の手に自分の手を重ねた。 音羽の手が重ねられ、伏見の腕がぴくりと反応する。 「そ、その……。びっくりしたし、体は……大丈夫、とは言い難いですけど……」 「──悪かった」 「で、でも!昨夜、蓮夜を迎えに行った時に言った言葉に嘘は無いんです。嫌じゃない、です……。むしろ、蓮夜こそ私に呆れたりしていませんか」 音羽の不安気な声が聞こえ、伏見は驚いて思わず音羽の体を振り向かせた。 「呆れる──?どうして俺が音羽に呆れるんだ?」 「だ、だって……、私は……離婚されていたとは言え、元々は既婚者でしたし……。つい最近まで夫も、いて……子供だっているのに。それなのに、蓮夜にこうして触られるのが嫌じゃない、なんて……どう考えてもおかし──」 「おかしくなんてないだろ。感情は自分で操作なんて出来ない。音羽は、前を向いてしっかり自分の足で歩き出したんだ。俺は、音羽のその変化を良い変化だと思う」 「良い変化、ですか……?」 きょとり、と目を瞬かせる音羽に、伏見は言い聞かせるように言葉
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102話

本当は、音羽に自分の職を告げて本家に連れて帰ってしまいたかった。 本家に連れ帰り、閉じ込めて、音羽を無理やり自分の妻とする事など、伏見には容易い。 だけど、せっかく音羽と体を繋げる事が出来て。 しかも音羽はその行為を嫌がる素振りを見せていない。 もしかしたら、自分に対して好意的な感情が生まれてきているのかも──。 そう判断した伏見は、焦らず長い時間をかけて音羽を籠絡しようと決めた。 (焦りは禁物だ。音羽に信頼してもらい、俺の職についても音羽が察するように仕向け……全てを知った時には俺から離れる事が出来ないくらい、音羽を俺なしでは生きていけないくらいにしてやらないと……) その為には──。 (音羽の息子、玉櫛 恭だな。息子の興味を音羽に向けさせる) 優しく微笑みつつ、伏見の心の中ではそんな暗く、重い感情が満ちていた。 そんな事を伏見が考えているなど露知らず、音羽は伏見の提案にぱぁっと顔を輝かせた。 「恭ちゃんと会う時間を──!?い、いいんですか蓮夜?」 「ああ。今日の朝は出来なかったから、夕方。息子が保育園から戻ってくる時間帯に散歩に出かけよう」 「あ、ありがとうございます……!あっ、だけど蓮夜、今日のお仕事は……大丈夫なんですか?」 心配そうに話しかけてくる音羽に、伏見は笑顔を浮かべ頷いた。 「ああ。大丈夫だ。今日は1日休みにしてある」 「──ありがとうございます!だけど、毎日、なんて無理しないで下さいね?もし蓮夜がお仕事で遅くなる時は、私が1人でお散歩しても良いですし……」 「どうしても外せない仕事がある時は帰って来られない時もあるかもしれないが、……それ以外では付き合う。息子を取り戻したいだろう?」 伏見は甘ったるい声で音羽に告げ、向かい合う音羽の頬に軽く口付けを落とす。 恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに笑い、頷いた音羽に伏見も目を細める。 こんな風に自分を完全に信頼し、身を任せて笑いかけてくれる音羽に堪らない気持ちになった。 (ああ、くそっ。あれだけ抱いたってのにまだ足りない──) 伏見は音羽の背に回していた腕に力を込めた。 ぐっと音羽を引き寄せると、音羽は驚いたように目を見開く。 「れっ、蓮夜──!?」 「息子が戻ってくるまで……まだ数時間あるな」 にいっと妖艶に笑う伏見に、音羽はギクリと体を強ばらせる
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103話

◇ 「──ああ、俺だ。指定した時間に……ああ。必ずだ。やってくれ」 伏見はベッドで眠る音羽を起こさないよう、寝室の扉付近で声量を落として電話をしていた。 「頼んだぞ」 そう言い終えると、スマホを適当な場所に放り、ベッドで眠る音羽の元に戻る。 疲れて眠ってしまっている音羽の乱れた髪の毛を整えてやりつつ、伏見は苦笑いを浮かべた。 「どうにも浮かれて加減が効かない……。また抱き潰してしまって悪いな、音羽」 音羽の丸い額が髪の毛から覗く。 伏見は目を細めて優しく微笑みを浮かべると、そっと額に口付けてから音羽が眠るベッドに自らも入った。 ベッド脇にある時計を確認した伏見は眠っている音羽を優しく抱き寄せた。 素肌が触れ合い、再び伏見は先程までの昂りがぶり返してしまいそうになったがそれを必死に抑え込む。 (これ以上したら、音羽の息子との接触を逃してしまいそうだ。それはまずい) 何も身にまとっていない音羽の肩。 寝室はとても冷房が効いていて、音羽の肩が少し冷たくなっていた。 伏見はシーツを手繰り寄せ、音羽を抱え込むようにして抱きしめる。 これで少しでも音羽が自分から暖を取ってくれれば良い。 (俺も少しだけ目を瞑るか……) 夕方まで、あと数時間。 疲れきっている音羽を少しでも休ませてやらないとならないのだ。 (息子に会ったら……きっと休む暇はなくなるからな……) 無意識に伏見に擦り寄る音羽。 伏見は幸せそうに頬を緩めると、音羽を自分の腕の中に閉じ込めた。 ◇ 「──音羽、音羽起きろ」 「……ん、んん?」 「体が辛いかもしれないが、もうすぐ息子が帰ってくる時間になる」 「──!」 自分の体が揺さぶられる感覚に、音羽は顔を顰めた。 体がだるいし筋肉痛のような痛みが悪化しているしで、音羽の体は既に悲鳴を上げていたのだ。 だが、ふと音羽の耳元で「息子」という単語が囁かれ、それまで微睡んでいた音羽の頭が一気に覚醒した。 バチッ!と目を開けた音羽の視界に飛び込んで来たのは、上半身に何も身につけていない伏見。 そして、嬉しそうに表情を緩めて笑っている伏見の顔だ。 至近距離で伏見の大層整った顔と、笑顔を向けられていた音羽は、心の中で悲鳴を上げた。 「起きたか。悪かったな、また歯止めがきかなかった」 「だ、大丈夫です……っ!今何時
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104話

──夕方。 シャワーを浴び、着替えも済ませた音羽は伏見に腰を抱かれた状態で外にやって来ていた。 「──うぅ……、すみません、蓮夜」 「謝らないでくれ。むしろ謝罪するのは俺の方だ。体は?大丈夫か?」 「だ、大丈夫です。ただ、足に力が入らなくて……」 「俺が腰を支えているから大丈夫だ。心配しなくていい」 そっと耳元で囁くように紡がれる伏見の言葉。 低く、艶のある伏見の声が耳から直接脳に重く痺れるように響き、音羽の背中がふるり、と震える。 「ゆっくりで良い。ゆっくり歩いていれば──ああ、ほら。玉櫛家の車だ。息子が帰ってきた」 「──っ、恭ちゃ……っ」 伏見の言葉に、音羽は勢い良く顔を上げる。 伏見の言う通り、恭を送り迎えしている車が丁度玉櫛の家の前に滑り込むように滑らかに停まった。 以前見た時のように、運転手が先に降りて来ると、恭が乗っている後部座席のドアを開ける。 すると、運転手が散歩をしている音羽と伏見に気が付いたのだろう。 「──こんにちは」 礼儀正しく運転手が頭を下げつつ挨拶を口にした。 「ああ、こんにちは」 「こんにちは」 伏見も、音羽も今気が付いたというように運転手に挨拶を返す。 すると、運転手と手を繋いでいた恭も音羽と伏見に気が付いたのだろう。 繋いでいた手を離して振り向く。 「おばさんに、おじさんこんにちは」 「──っ、こ、こんにちは」 音羽は、一瞬言葉に詰まってしまった。 音羽の腰を抱いている伏見の手のひらにも、力が入ったのが伝わってくる。 「ああ、こんにちは。どうした、ぼく?怪我をしたのか?」 「──あ、これは……」 伏見が優しく恭に話しかける。 2人がぎくり、と体を強ばらせた理由。 それは、恭の頬や額に大きな絆創膏が貼ってあったからだ。 だが、取り乱す訳にもいかない。 不審がられてはいけないのだ。 だから、伏見も音羽も。 努めて違和感のないように、他人行儀な様子で恭に話しかけた。 もしかしたら、運転手に止められてしまうかもしれない──。 だが、運転手が止めるより先に運転手が持っていたスマホがけたたましい着信音を鳴らした。 「──っ、すみません、少し……その……坊っちゃまを少しだけ見ていて頂いてもよろしいでしょうか?」 「──えっ!?え、ええ、分かりました……」 まさか、運
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105話

「本当……?でも、とても痛そうだわ……」 音羽は自分の体に力が入らない事など忘れ、ぐっと拳を握りしめて痛みを耐えるような様子の恭に優しく声をかける。 伏見も音羽と同じようにその場にしゃがみ込むと、恭からは分からないようにそっと音羽の腰を後ろから支えた。 恭の怪我は、どう見ても痛々しい。 腫れてしまっているのを見ると、かなり強くぶつかったように見えた。 「ぼく、病院には行ったの?お父さんや……お母さんは……?迎えに来ていないのかしら?」 優しく優しく音羽は問いかける。 痛みを我慢して、小さく震えている恭がとても切なくて。 愛する我が子は、目の前にいるのに。 抱きしめて慰めてやる事もできないなんて。 音羽は悔しさに胸を掻きむしってしまいたいほどだった。 音羽の言葉に、恭は小さく言葉を返す。 「病院には、行きました……。だぼく、と言われました……。お父さんとお母さんは……、お仕事が忙しいので……」 (なんて事なの──!) 恭の言葉を聞いた瞬間、音羽は心の中で叫ぶ。 子供が怪我をしたというのに、駆け付けもしないなんて──。 裕衣は継母だからともかく、樹は正真正銘恭の父親だ。 それなのに、息子が怪我をしたというのに駆けつけないなんて──。 音羽の心の中で怒りがふつふつと湧き上がる。 だが、怒りを出して恭を怯えさせてしまうのは可哀想だ。 音羽は必死に優しい笑みを何とか浮かべ、痛みに耐える恭に声をかけてやる。 「そうなのね……。でも、泣かないで偉いわねぼく」 「──えら、い?」 「ええ、とっても偉いわ。怪我はとても痛いでしょう?おばさんだったら痛くて泣いちゃうもの」 「大人のおばさんでも、泣いちゃうんですか……?」 恭の言葉に、音羽は頷く。 痛いのなら、泣いていいのだと。 我慢する必要はないのだ、とゆっくり優しく伝えてあげよう、と音羽は言葉を続けようと口を開いた。 だが、音羽が言葉を発するより早く、運転手が慌てた様子で戻ってくる方が早かった。 「──す、すみません!」 その慌てようは凄まじく、運転手の顔色は真っ青になっている。 「ぼ、坊っちゃまを少しだけ見ていただいてもよろしいでしょうか!?そ、その……家ではなく、どこか安全な外で……っ」 「えっ?
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106話

「公園……?」 「ああ、そうだ。ここから少し歩いた場所に公園があるだろう?お父さんやお母さんと来た事はないかな?」 伏見の言葉に、恭はふるふると首を横に振った。 「公園、あるの知らなかったです……」 「そうか……。じゃあ、おばさんとおじさんと一緒に行こう?少ししたら運転手さんが来てくれるからな」 「はい……」 まさか家の近くにある公園に行った事がないなんて──。 音羽は恭の回答に唖然とする。 音羽が唖然としている間に、恭は恐る恐るといった様子で、ちょこんと音羽の手に触れた。 伏見が言っていた通り「手を繋ぐ」という行動をとってくれたのだろう。 恭の手に触れた瞬間、音羽は感動に打ち震え、泣いてしまいそうだった。 子供特有の温かくて柔らかい手。 音羽が歩き出さない事に、恭は不思議そうに音羽を見上げる。 音羽と同じ恭の薄茶色の大きな瞳が、不思議そうに見上げてくる。 「おばちゃん……?」 恭の声にはっとした音羽は、すぐに意識を切り替えて笑顔を浮かべ、恭に言葉を返す。 「ご、ごめんね、何でもないの。それじゃあ行こうか、ぼく」 「はい……!」 こくり、と頷いた恭。 少しだけ嬉しそうに笑ったように見えて、音羽は自分の胸が切なくぎゅううう、と締め付けられるような気がした。 ◇ 公園にやってきた音羽と恭、そして伏見は物珍しそうに公園をきょろきょろと見回している恭を見て、切なくなってしまった。 家から歩いて徒歩5分程度の場所にあるこの公園。 今は夕方と言う事もあり、公園内で遊んでいる子供はいない。 だけど、住宅街にあるこの公園はそこそこ広く、休日にもなればお手伝いさんや両親に連れられてここで遊んでいる子供が多い。 音羽も、もちろん伏見もその事は良く知っていた。 だが、遊びたい盛りである3歳の恭が今まで1度もこの公園に来た事がないなんて、と音羽は悲しくなってしまう。 (樹は……恭を引き取っただけで……親の愛情をこの子にかけてあげていないのね) 触れ合う事など、ほとんどないのだろう。 (きっと、それは裕衣も同じ事だわ。恭は自分の子供じゃないから……だから愛情をかけず……もしかしたら必要最低限しか関わっていないのかも……) それに、と音羽は以前樹が言っていた言葉を思い出す。 (実の母親は死んだ、と伝えていると樹は言っていた……。
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107話

ぶらんこに向かった恭は、興味津々な様子で椅子の部分に座った。 だが、どうやって遊べばいいのか良く分からないのだろう。 恭の足は地面に着かず、戸惑っている様子が見て取れる。 (ぶらんこでの遊び方も分からないなんて──) 音羽はぎゅうっと自分の胸元を片手で握ると、恭が座っているぶらんこを押してあげようと近付いた。 だが、足に上手く力が入らずふらり、とバランスを崩してしまう。 「──っ!」 「危ない。……力が入らないんだろう?音羽は隣に座っていて。俺がこの子の背中を押す」 ぼそり、と音羽の耳元で伏見の低く艶やかな声で囁かれる。 音羽はびくり、と肩を跳ねさせて真っ赤になってしまった。 「すっ、すみません……」 「いや……俺のせいだろう、悪かった」 真っ赤な顔を両手で覆う音羽。 音羽の頭にぽん、と手を置いた伏見はさり気なく音羽の腰を抱いて支えると、恭の隣にあるぶらんこに音羽を座らせた。 「ぼく。この遊具は遠心力を使って動かすんだ。おじさんが背中を押すよ」 「ほ、本当ですか?お、お願いします」 たどたどしく伏見に言葉を返す恭。 期待と不安が綯い交ぜになったような恭の表情に、音羽は切なさを感じた。 そんな中、伏見がゆっくりとだが優しく恭の背中を押してぶらんこを揺らし始める。 自分の意思で動かすのではなく、伏見の手によって優しく大きく動くぶらんこに恭は初めはおっかなびっくりといった様子だったが、段々と楽しくなって来たのだろう。 年相応の笑顔を浮かべ、声を出して笑い始めた。 「おじさんっ、凄い!凄いですっ!」 「そうか?ちゃんと両側の鎖をしっかり掴んでいるんだぞ?落ちたら大変だ」 「わ、分かりました!」 こんな風に遊ぶのがまるで初めてのような反応──。 そんな様子の恭を見て、音羽は苦しさや悲しさ、憤りを感じて鎖を掴んでいた手に力を込める。 「お、おばさんっ!凄いですっ、楽しいですっ!」 「──っ、本当?」 「はいっ!」 きゃっきゃ、と声を上げて楽しそうに笑う恭に音羽はじわりと視界が滲んだ。 そんな音羽に気付いたのだろう。 伏見は恭を揺らしていたぶらんこを止めると、ひょいと恭を抱き上げた。 「次はどうする、ぼく?まだまだ沢山遊具はあるぞ」 「ぼ、ぼくあっちにあるやつで遊びたい、です……!」 「ああ、あれは滑り台だな
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108話

あれから──。 どれだけ公園で遊んでいただろうか。 暫くして、慌てた様子で運転手の男性が公園にやってきた。 彼はぺこぺこと頭を下げて音羽と伏見2人にお礼を伝えると、後日改めてお礼を、と言われたが音羽は丁重に断った。 音羽にとっては、息子のために当然の事をしたまで──。 それに、下手にお礼の機会などを設けて樹や裕衣が出て来てしまったら事が面倒だ。 伏見も音羽の考えが分かっているようにお礼を断った。 「ばいばい、おばさんにおじさん……。ありがとうございました……!」 「ええ、またねぼく」 「またな」 運転手に手を引かれ帰って行く恭。 恭は何度も音羽と伏見に振り返り、手を振ってくれた。 沢山遊んで楽しかったのだろう。 恭は今までに見た事がないほど表情が明るく、笑みさえ浮かべているほどだった。 公園を出て行く2人を見送った音羽は、姿が見えなくなるとぱたり、と力を失ったように腕を下ろす。 今までこの公園で恭と遊んでいたのがまるで夢のようだった。 「……行っちゃいましたね」 「ああ。……だが、随分楽しそうに遊んでくれて良かった」 「蓮夜、ありがとうございます。恭ちゃん、とっても楽しそうでした……!」 肩を軽く動かしながら話す伏見に、音羽は目を輝かせて告げる。 嬉しそうに笑う音羽に、伏見も優しく目を細めた。 「それなら、良かった。子供らしく遊べたなら及第点ってトコだな……」 「──?」 「何でもない。俺たちも家に帰ろうか、音羽」 歩けそうか?と手を差し出してくれる伏見に、音羽は自分の手を重ねる。 力強く自分を引き寄せ、支えてくれる伏見の腕にしっかりと自分の腕を絡ませて音羽は伏見と共に歩き出した。 ◇ 夕食はデリバリーで済ませ、2人は早めに就寝した。 音羽は自分の寝室で既にぐっすりと眠っている。 そんな中、伏見は寝室で電話をかけていた。 「──ああ、良くやってくれた。タイミングもちょうどいい。今後も頼む……。ああ、理由作りが難しくなったら最悪運転手をどうにかしても良い。ああ……会社の方は徹底的にやれ」 通話を終えた伏見は喉奥で低い笑い声を立てる。 「まずは……子供から、だな。子供を取り戻してから音羽を苦しめたあの2人にはたっぷりと礼をしてやる」 その時が来るのが楽しみだ──。 そう考えつつ、伏見はベッドにパソコ
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109話

「れ、蓮夜……?おはようございます、」 そおっとドアを開け、隙間から顔を覗かせる音羽。 伏見の寝室は、遮光カーテンがしっかりと引かれ、太陽の光一筋すら寝室に通さない。 ナイトライトすら付けていない伏見の寝室は真っ暗だ。 だが、微かに寝息のような物が聞こえる。 静かで真っ暗な部屋に、伏見の呼吸する音だけが聞こえている。 音羽はドキドキと緊張に鼓動を高まらせつつ、そおっと寝室に足を踏み入れた。 「れ、蓮夜……?」 そおーっと伏見の傍まで歩いて行く。 伏見の呼吸音は、音羽が寝室に入ってきてから変化は無い。 また体を揺らして起こさないといけないかも、と考えた音羽が腕を伸ばした時──。 「おはよう、音羽」 伸ばした音羽の腕を掴み、伏見に引き寄せられた音羽は耳元で低く甘い伏見の声に囁かれた。 「──ひゃぁっ!お、起きてたんですか蓮夜!」 「ああ。昨夜は遅くまで仕事をしていてな……さっき横になったばかりだ」 くあ、と欠伸を噛み殺すように答える伏見。 さっき横になったばかり、と言う事は今日は仕事を休むのだろうか。 そう考えた音羽は、伏見に顔を向けて問いかける。 「えっと、それならまだ寝ますよね?今日、お仕事はお休みなんですか?」 「ああ、仕事は休みだ。これから寝るつもりだ」 「分かりました。起こして欲しい時間はありますか?その時間になったらまた声をかけに来ますよ?」 柔らかい声で音羽がそう告げると、伏見は暫し考えるように黙り込んだ。 だが、伏見が考えている間も音羽の腕は伏見にがっちりと掴まれている。 離してくれないかな、と音羽が考えているとそれまで黙っていた伏見が口を開いた。 「そうだな……。昼くらいまでは寝たい。音羽も一緒に寝よう」 「──え?あ、ちょっと蓮……っ」 突然の誘いに、音羽はぎょっとする。 掴まれていた腕を引き抜こうとした音羽だったが、やはり音羽が動くよりも伏見が掴んでいた腕を引っ張る方が早く、伏見に引き寄せられた音羽は突然の事にバランスを崩してしまった。 「音羽を抱いて寝た方がぐっすり眠れそうだ。今日の音羽の仕事は、俺と一緒にぐっすり眠る事。以上だ」 「ちょ、ちょっと蓮夜──」 「ほら、さっさと寝るぞ」 「むぐっ!?」 素早くベッドに引きずり込まれてしまった音羽。 慌てて暴れようとしていた音羽を瞬
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110話

すやすや、と幸せそうに眠る音羽を伏見はじっと見つめていた。 安心しきったように自分の腕の中であどけない寝顔を見せる音羽に、伏見は「いくら眺めていても飽きないな」と留まる事ない音羽への気持ちに苦笑いが浮かぶ。 まさか、幼い時に自分を助けてくれた「お姉さん」が音羽なんて。 そして、再び巡り会う奇跡が自分の身に起きるなんて。 「普段は神なんざ信じていないが、こればっかりは神の思し召しってやつを信じたくなるな」 伏見は音羽を抱きしめる腕に力を入れ、ぎゅっと抱き寄せた。 ◇ それからと言うものの──。 音羽と伏見は毎朝と夕方。 恭が保育園に行く時間帯を見計らい、散歩をする事を日課にした。 恭の運転手も、伏見が渡した名刺で信用を得たのだろう。 音羽と伏見が朝散歩をしていると遠くから頭を下げるようになり、恭も音羽と伏見に手を振ってくれるようになった。 そして、行きと帰り。 怪しまれないようにわざと間隔を開けて散歩をして、偶然会うという体を装い着々と距離を詰める。 時間が経つにつれて、運転手は自ら声をかけてくれるようになった。 そして、時折トラブルが発生した際に、音羽と伏見に安心して恭を預けてくれるようになる。 音羽と伏見、そして恭が公園で遊んでいると親子連れに間違われる事もあった。 その時に、恭は少し嬉しそうに顔を綻ばせるのだ──。 そんな恭の様子を見ていると、音羽は段々と欲が出てきてしまうようになった。 早く恭を樹と裕衣から取り戻したい。 あんな酷い親から恭を取り戻し、恭が今まで寂しかった分たっぷり愛情をかけてあげたい──。 そう、思うようになってきてしまったのだ。 「──伏見様、奥様!本日もすみません、ありがとうございました!」 今日も今日とて、何やら玉櫛の家でトラブルがあったらしく、その対応に追われた運転手が音羽と伏見に恭を預けていた。 3人で遊んでいた公園にやって来た運転手が、笑顔で近づいてくる。 「飯野さん、大丈夫ですよ」 恭と手を繋ぎ、砂場で遊んでいた音羽は運転手──飯野がやって来ると恭をそっと促した。 恭は音羽と繋いでいる手をきゅっと握り、名残惜しそうに顔を見あげてくる。 「寂しい」という感情が、ありありと瞳に浮かんでいるのが分かる。 その顔をみた音羽は、自分の心臓がぎゅっと縮まるような痛みを覚えたが、こ
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