《夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした》全部章節:第 181 章 - 第 190 章

271 章節

181話

◇ 恭の園外学習の当日。 音羽と伏見は、飯野に迎えに来てもらい園外学習の保護者待ち合わせ場所に向かっていた。 恭は飯野が既に園に送り届けているらしく、音羽と伏見が来てくれる事を本当に楽しみにしているらしい。 車を運転しつつ、飯野が2人に2人の立ち位置の説明をした。 「今日、伏見さんと奥さんは、坊っちゃまのご両親として振る舞ってください」 「──えっ!?だけど、大丈夫なんですか?」 「はい。坊っちゃまの園に旦那様と奥様が来た事は1度もございません。苗字は玉櫛、と呼ばれてしまいますが、お2人は普段からお名前で呼び合っておられますから、大丈夫ですよね?」 「それは大丈夫ですが……園に提出している名前と違うけど、大丈夫なんですか?」 飯野の言葉に、伏見が心配そうに確認する。 だが、それにも飯野は自信満々に頷いた。 「ええ、問題ございません。本日の書類にはお2人のお名前を記載させていただいておりますので」 「──まあ」 「坊っちゃまにも、お2人の事を今日はご両親だと思って振る舞ってください、と伝えております。ですので、お2人も坊っちゃまの事はお子様として本日だけは接してください」 「──分かりました、任せてください……!」 音羽にとって、願ってもいない事だ。 音羽はぱっと笑顔で頷いた。 ◇ 「こちらが保護者の集合場所です。これからは、私もお2人を旦那様、奥様と呼ばせていただきますね」 飯野は車から降りる前にそう伝える。 音羽と伏見は、こくりと頷いた。 車から降りて少し歩くと、園児達が1箇所に集まっていた。 この集合場所で一旦落ち合い、園児達と保護者達は別々のバスに乗って目的地まで行くらしい。 音羽と伏見の姿に気がついたのだろう。 恭はぱっと表情を明るくして興奮したように頬を染めると、2人に向かって手を振った。 そんな恭の姿が可愛らしくて、愛おしくて堪らない。 音羽も満面の笑みで恭に手を振り返す。 恭は、自分の隣にいる園児に何やら話しかけられ、音羽達から顔を逸らしてしまったが、音羽の胸には例えようのない感情がぶわり、ぶわりとこみ上がってくる。 これは、歓喜だろうか。 それとも、感動だろうか。 自分の子供のイベントに参加する事が、音羽にとっては夢だったのだ。 それが、まさかこんなに早く叶うなんて。 音羽は、隣に立
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182話

音羽と伏見、そして飯野が保護者用のバスに乗り込む。 これから数時間、バスに揺られて地方にある工場見学に向かう。 工場は、食品の加工工場で、どんな風に食べ物が加工され、そして流通するのかを係の人が説明してくれる。 そして、園児達に実際加工し終わった食品の出荷準備をしてもらうらしい。 「──へえ、結構本格的なんだな」 「ええ、そうですね」 園から配られたプリントを、音羽と伏見はじっくりと確認していた。 音羽の隣に座っている伏見が、音羽にも見やすいようにプリントを傾けてくれていて、音羽はそれを覗き込んでいる。 2人で1枚のプリントを見ているから自然と2人の距離は近付いており、そんな仲睦まじい2人の様子を周囲の保護者達は羨ましそうに見つめていた。 園児達のバスが先に出発し、次いで保護者達を乗せたバスが出発する。 都内を出て、高速に乗り何度かの休憩を挟む。 休憩時間になると、園児達と保護者達は合流して少しばかり交流をする。 1回目の休憩時。 園児のバスの隣に保護者のバスも止まる。 「音羽。俺は喫煙所に行ってくる。恭と一緒に居てくれ」 「ええ、分かりました」 先にバスを降りてサービスエリアの喫煙所に向かって歩いて行く伏見を見送った音羽は、園児達のバスの入口に向かう。 ちらほらと園児が降りて来るのが見えて、音羽はそわそわしながら恭を待っていた。 すると、見慣れた恭の姿が見える。 「──恭ちゃん」 「っ!」 友人と話していた恭が、音羽の声に反応してぱっと顔を上げる。 嬉しそうに表情を綻ばせた恭は、笑顔で階段を降りて音羽に駆け寄った。 「お母さん……!」 「──っ」 恭が「お母さん」と言いながら音羽に駆け寄り、そのまま音羽のお腹に抱きつく。 危なげなく恭を抱きとめた音羽は、恭の口から出た「お母さん」と言う言葉に感極まり、すぐに言葉を返せなかった。 「坊っちゃま、喉は乾いていませんか?おトイレは?」 「喉は大丈夫です。だけど、おトイレには行きたい……。お母さん、着いて来てくれますか?」 もじもじと可愛らしく見上げて来る恭に、音羽は笑顔のまま頷いた。 「ええ、もちろんよ。手を繋いで一緒に行こうね」 「──はいっ!」 音羽に抱きついていた恭は、嬉しそうに笑顔で頷くと差し出された手を掴み、しっかりと音羽と手を握る。 「私も
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183話

◇ 喫煙所。 一足先に喫煙所で一服をしていた伏見は、煙を吐き出してバスをちらりと見やる。 音羽がバスから降りて来て、恭と合流している姿が見える。 飯野もしっかりと2人の背後に付き従ってくれているのが見える。 「──……」 先程から、音羽に対してチラチラと熱い視線を向けている男がいるのには気が付いていた。 (……金持ちには不倫する輩が多いとは聞いていたが……、まさか本当だったとはな) 自分の子供のイベントに参加していると言うのに。 それなのに、他の園児の保護者にうつつを抜かす男が居る事に伏見は驚いていた。 (……まあ、音羽の元旦那も似たような人種だしな。だが、飯野がいい具合に防波堤になってくれている) 運転手の飯野も、音羽に向けられる父親達の視線に気が付いている。 だからこそ、音羽と恭をガードするようにしっかりと付いてくれている。 (……恭をあれだけ大切に思ってくれている。近々引き抜くか) 飯野はとても優秀だ。 状況判断に長けており、情も厚い。 (そんな男は、恭にとっても信頼出来る人間になる) 最後の一吸いをした伏見は、吸殻を灰皿に押し付けて捨てると、喫煙所を出た。 音羽達が居るトイレ方面に足を向けた所で、背後から声をかけられる。 「あっ、あの……!」 「──?」 振り返ると、そこには同じバスに乗っていた園児の母親が数人居た。 女性達は皆、媚びるような目を伏見に向けて甘ったるい声で伏見に話しかける。 「すみません、火を貸していただいてもいいですか?」 「私たち、ライターを忘れてしまって……」 「もし良かったら……」 軽く頬を染め、伏見を窺うように話しかける母親達の声も、表情も甘ったるい。 伏見はあからさまに不快感を顕にして冷たく顔を背けた。 「俺は吸い終わったので。妻と子供の所に早く行きたいので失礼します」 呼び止める隙もなく、そのまま歩いて去ってしまう伏見に、母親達は悲しそうに眉を下げた。 (信じられないな。父親が父親なら、母親も母親か……) どこにもろくでもない両親は居るものだ、と伏見はがっかりしながら音羽と恭の元に向かった。 「飯野さん」 「──あっ、旦那様!」 音羽と恭がトイレに向かっている間、少し離れた場所で待機していた飯野に、伏見は話しかける。 それまで周囲を警戒するように強ばってい
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184話

音羽と伏見、2人の手を繋いだまま恭は広場に向かって駆けて行く。 恭に手を引っ張らられるような形で後を追っていた音羽と伏見は楽しそうにはしゃぐ恭を愛おしげに見つめていた。 「ふふっ。恭ちゃん、蓮夜と遊ぶのを楽しみにしていたみたいです」 「本当か?それじゃあ、恭が満足するように全力で遊ばないとな」 顔を見合せてくすくすと笑い合う。 そうしていると、広場に到着したようで恭が2人に振り向いた。 「お母さん、お父さん。ぼく、あそこで遊びたいです!」 「あれか?分かった。俺が付き添うよ。音羽は飯野さんと一緒に居てくれ」 「分かりました。恭ちゃん、蓮夜──お父さんから離れちゃ駄目よ?」 「はい!お母さん!」 にこにこと嬉しそうに返事をした恭は、伏見の手を掴んでぐいぐいと引いて行く。 恭が「遊びたい」と言ったのは、アスレチックのような遊具だ。 橋のようなもの、滑り台のようなもの、ロープを使って降りたり、登ったりできるような複数のものが合体している大きな遊具だ。 そこで遊んでいる園児も、保護者がしっかりと傍に着いているのが見える。 大体が父親のようで、母親は少し離れた場所で自分の子供が遊んでいる所をスマホで撮ったりして微笑ましく見守っている。 そんな様子を見た音羽は、自分も、とスマホを取り出して恭と伏見を写真に撮ろうとした。 「奥様、お荷物をお預かりします」 「飯野さん、ありがとうございます!」 後ろに控えていた飯野が音羽に話しかける。 音羽は飯野の申し出に有難く頷くと、自分の荷物を飯野に預けて自らは遊具で遊ぶ恭と伏見を写真に撮った。 「……動画も撮りたいな」 「良いのではないでしょうか?他の保護者の方々も動画を撮っていますよ」 「本当ですね!」 飯野に背中を押され、カメラ機能から動画に切り替える。 遊具に登って行く恭が落ちてしまわないように腕を伸ばして支えている伏見の姿。 てっぺんから弾けんばかりの笑顔を音羽や飯野に向け、手を振ってくれる恭。 滑り台を滑り落ち、伏見の胸に飛び込む恭──。 どこからどう見ても、仲の良い親子だ。 一頻り動画を撮っていた音羽だったが、大分時間が経っていたのだろう。 恭を抱き上げた伏見が音羽と飯野の元へ戻ってくる。 「お母さん!」 嬉しそうに声を上げる恭と、優しい笑みを浮かべて戻ってくる伏見
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185話

「──ふふっ」 「さっきの写真か?」 バスに戻った音羽と伏見。 恭は既に園児達用のバスに戻り、先程出発している。 音羽と伏見達が乗るバスは、もう間もなく出発する予定だった。 座席に座っていた音羽は、さっき飯野に撮ってもらった写真をスマホで確認していた。 飯野は沢山の写真を撮ってくれていたようで、3人が顔を見合せて笑いあっている写真も撮ってくれていた。 「──へえ、いいな。後で俺にも送っておいてくれ」 「分かりました。そうだ。恭ちゃんと一緒に遊んでいる蓮夜も撮っているんですよ。何個か動画にも撮っているので──」 「それも欲しい。全部くれ」 「──!分かりました」 音羽が全て言い切る前に即答する伏見に、音羽は幸せそうにはにかみつつ頷く。 その表情がとても愛らしくて、可愛くて。 伏見は周囲をちらりと確認すると、さらりと奪うように音羽の唇に自分の唇を軽く重ねた。 「──れ、蓮夜っ」 「誰も見ていないさ」 「も、もう……っ。蓮夜がそう言うなら本当だろうけど……っ、急にしたら駄目です」 「なら、これからするって言えばいいのか?存分にしてもいい?」 「だっ、駄目です!」 「ふっ、くくっ。分かったよ。人がいない所でな?」 真っ赤になってぷりぷりと怒る音羽に、伏見は目を細めて堪らない、と言ったように笑う。 怒る音羽の頭を撫でた伏見は「続きを見せてくれ」と音羽に寄りかかりながら動画の続きを再生するように促した。 ◇ 目的地の食品加工工場に到着した。 「──んん〜っ!」 数時間座りっぱなしだったから流石に体がバキバキだ。 音羽は小さく声を上げつつ、腕を伸ばした。 「流石に座りっぱなしなのは疲れたな。降りよう、音羽」 「はい、そうしましょうか」 飯野は先程一足先にバスから降りている。 手を差し出してくれている伏見に手を重ね、音羽と伏見は手を繋ぎながらバスから降りた。 「保護者の皆様はこちらへどうぞ」 バスから降りると、保護者と園児達はここでも別れて進むらしい。 バスから降りた園児達は、既に一箇所に纏まっており、保育士の先生達の説明を真剣な表情で聞いていた。 音羽と伏見も保護者が集まっている場所に合流し、園児達の中にいる恭を見つけると、恭も音羽と伏見に気がついたのだろう。 照れくさそうに小さく手を振ってくれるのが見える
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186話

工場内を保護者の最後尾に続き、歩いていると内部をちらりと確認していた伏見がぽつりと呟いた。 「──妙だな」 「え……?」 不意に落ちた伏見の真剣で、低い声。 どこか不穏な雰囲気を感じて、音羽は繋いでいた手に力を込めて伏見を見上げた。 「……妙って、何が、ですか?」 何か変な所でもあるのだろうか──。 そんな不安を抱えて音羽が伏見を見上げると、伏見は考えるようにしながら続けた。 「……今日の園外学習は休みの日に行われている。だが、工場に休みの日は無いだろう?毎日機械は動き続けている」 「た、確かに……?」 「だが、工場内で働く職員がどうも少ないような気がする。……うちの傘下でも工場経営をしている組があるが、工場に休日は無い」 傘下について話す際、伏見は先程よりも声のトーンを低くし、声量を落とす。 音羽に体を寄せ、顔を近付けた伏見は音羽の耳元で続ける。 「うちの傘下もそこそこ大きな工場を経営しているが、そこですら休みは無い。365日、一年中機械は稼働している。これだけ大規模な食品加工工場なら、条件は一緒だろう?それなのに……工場内で働いている人員が少なすぎる」 「職員が……少な、すぎる?」 「──ああ。特に今日は園児達が職業体験にやって来ている。普段より人員を増やし、万が一の事故も起こしてはいけない、と備えるのが普通だ」 伏見の言葉に、説明に。 音羽の胸にざわざわとした不安が満ちていく。 例えようのない、不安。 音羽は伏見と繋いでいない方の手をきゅっと握った。 「──俺の考えすぎで、不安にさせていたらすまない」 「いえ。蓮夜は……詳しいのですから、蓮夜が違和感を覚えたなら、それは正しいのかもしれません……」 「……何も無いといいんだが。……これだけ職員が少ないと、ちょっとしたミスも起こりやすい」 伏見が話した瞬間。 どこか遠くから何かが倒れる音と、職員であろう人の叫び声が聞こえてきた。 「──っ!?」 音羽はびくっとして伏見と繋いでいる手に力を込めてしまう。 驚いた音羽を落ち着かせるため、伏見はそっと音羽を抱き寄せると安心させるために背中に手を回した。 「──……大丈夫そうだ。ただ単に、移動中に何か大きな物を倒したみたいだな」 保護者達も、今の大きな物音にびっくりしているのが分かる。 足を止めて不安そうに顔
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187話

食品加工工場内を注意深く見て回ると、確かに伏見の言う通り職員の姿は少なく感じた。 時折薄暗い区画もあり、その方面は人がいないのだろうと察せられた。 そちらの方面を見つめていた音羽は、得体のしれない寒気を感じ、ぞくりと背筋を震わせた。 「……音羽?」 「──あっ、だ、大丈夫です蓮夜」 心配そうに自分を覗き込む伏見に、音羽は笑みを作って笑って見せる。 音羽は無意識に自分に「大丈夫」だと言い聞かせていた。 (何だか、蓮夜の話を聞いてから……不安が拭えない……。どうしてだろう。凄く胸騒ぎがする……) こんな不安な表情を浮かべているのが、他の保護者達に見られていなくて良かった、とそこだけはほっとする。 少し歩き、とある場所で保護者達の列は止まった。 「お母様、お父様、到着しました。今からここで子供達が食品の加工のお手伝いをします。是非お子様達の頑張っている姿を見てあげてください」 にこやかに引率の職員が説明をする。 ベルトコンベアから流れてくる食品に、何やらパックのような物を被せていく手順らしい。 園児達の傍にはこの工場で働く職員が着いているのが見えて、音羽はほっと安堵した。 (ほぼ1人に1人の職員さんが着いてくれている……良かった、これなら事故なんて起きないわよね……) 保護者の列が横並びになり、園児達が少し前方にあるベルトコンベアにずらりと並んでいるのが分かる。 園児達は踏み台のような物に乗っているのだろう。 小さな体を精一杯伸ばし、手袋にマスク、頭には帽子を被っているのが見える。 だが、そんな中でも恭の姿をすぐに見つけ出せた音羽は自然と笑みが浮かんだ。 自分の隣にいる職員の説明を真剣な表情で聞き、頷いているのが見える。 そして、職員から促されて保護者達の列に顔を向けた。 恭はすぐに音羽と、音羽の後ろに立っている伏見の姿に気が付き、目を細めて嬉しそうに手を振った。 「──恭ちゃん」 頑張って、と心の中で音羽は呟き、笑顔で手を振り返す。 万が一にも事故が起こらないよう、職員のサポートは相当手厚かった。 最初は職員が手本を見せて、そして次に園児にやり方をレクチャーしながらやってもらう。 そして、次は再び職員が行い、次は園児。 それを何度か繰り返していると園児達の集中力も上がり、黙々と真剣に作業を行っている。 その光景
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188話

顔を真っ青にしたこの工場の職員が駆け寄って来て、大きな声で避難を呼びかける。 その瞬間までは、保護者達は自分達の子供を穏やかに、和やかに見守っていた。 だが、職員が放った言葉を理解するなり皆、血相を変えて慌ててその場から動き出す。 「──ちっ、パニックを誘発してどうする……!?」 「れ、蓮夜……っ」 伏見が短く舌打ちをすると、音羽を素早く抱き寄せる。 保護者達は我先にベルトコンベアに並ぶ自分の子供達の所へ駆け寄り、辺りは一瞬で混乱した。 「ま、待ってください……!落ち着いて……!落ち着いてください……!」 園の職員、そしてこの工場の職員が必死に声を張り上げて保護者達や園児達に伝える。 だが、1度場が混乱してしまえばそれはあっという間に広がり、悪化してしまう。 我先に自分の子供を、とベルトコンベアに向かって駆け寄る保護者。 その中には、まだ機械が動いているのにも関わらず接近し過ぎてしまい、衣服を機械に巻き込まれてしまう保護者もいた。 幸いすぐに機械は停止したので最悪の事態は免れたが、混乱は伝染していく。 「こ、子供は……!」 「もう工場見学は結構!我々は帰らせていただく!」 「うわあああ!お母さん!お父さん!」 その場に様々な声が入り乱れ、職員達も慌てふためいている。 そんな中でも、伏見は冷静に周囲を確認し、優しく音羽に話しかけた。 「火災が起きたと言う話だが、煙も視界に映らない。まだ焦らなくて大丈夫だ。落ち着いて恭の所へ行こう」 「わ、分かりました蓮夜……」 保護者達がベルトコンベアに殺到してしまっているため、その場は混乱状態。 園と工場の職員達が保護者達を落ち着かせようとしているが、中には子供を連れて帰宅する!と叫んでいる保護者もいる。 「お、落ち着いてください!保護者の皆さんは一旦ここから離れて……!」 「園児の人数確認を行います!離れて……!」 「速やかに人数確認をした上で、工場から避難します!」 「皆様が落ち着いて下さらないと移動が出来ません!」 職員の声で、ようやく落ち着きを取り戻したのだろう。 保護者達はベルトコンベアから離れ、園児の人数確認が始まった。 ──だが。 「ま、待って……」 「──おい」 ベルトコンベアが視界に入り、恭がいた場所に顔を向けた音羽と伏見の顔色は、一瞬で真っ青になる
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189話

音羽と伏見の声に、職員達も状況を把握して真っ青になると、急いで対応に走る。 「お、お子様がいらっしゃるご家族は外に!」 「お子様がいらっしゃらないご家族は少しだけお待ちください!」 真っ青な顔で叫ぶ職員。 その声を聞いた他の保護者達は、自分の子供を呼び、慌てて抱き上げると工場を我先にと出て行く。 その場に残ったのは音羽達を含む3家族。 恭以外にも、他の園児が2人、合計3人が忽然と姿を消したと言う事だ。 「ど、どうして恭ちゃん……!どこに……っ」 「待て、勝手に動くのは不味い」 ふらり、と動き出そうとした音羽を伏見が抱きとめる。 片手で音羽を抱いたまま、伏見は懐からスマホを取り出すとそのまま誰かに電話をかけた。 「──俺だ。今どこにいる?……待機中か。工場内から外に出て行った怪しい人物はいるか?……ああ。分かった。合流する」 淡々と、だが鬼気迫るような口調で話す伏見。 電話を終えた伏見は、音羽に優しく説明した。 「音羽、うちの人間を外に待機させている。外からの報告では、俺たちが中に入ってから誰も外には出ていないらしい」 「れ、蓮夜のお家の人達、が……?」 「ああ。万が一の事も考えて、な。恐らく居なくなった園児達3人は工場内のどこかに居るだろう。俺は家の者と合流して工場内を探す。火災が発生しているなら、工場内にいるのは危険だ。だから音羽は他の家族と外に──」 外に出ているんだ。 伏見は、きっとそう言いたかったのだろう。 だが、音羽は伏見の言葉を最後まで聞かずに首を横に振って答えた。 「私も蓮夜と一緒に探します。恭ちゃんを見つけてあげないと」 「……本当に火の手が上がっていたら大変な事になるんだぞ?」 「それは、蓮夜も一緒でしょう?それより、火事がどんどん大きくなっていったら大変です。職員の人達に話して早く中を探しましょう?」 音羽の強い眼差しに、伏見は説得は諦め、音羽と一緒に工場内を探す事に決めた。 ◇ 伏見の提案に、園の職員と工場の職員は始め難色を示した。 だが、それは当然だ。 家族が一緒に探す、となれば二次被害を引き起こしかねない。 だが、時間がない中で無駄に話し合いに時間を浪費する訳にはいかない。 そう説得された職員達は、背に腹はかえられぬ、と頷いてくれた。 他の園児2名の保護者は、飯野に対応を頼み外
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190話

「──えっ!?」 「……静かに。誰かに聞かれていたら大変だろう?」 音羽がぎょっとした声を上げると、すかさず伏見が声を潜めるように告げる。 音羽は慌てて自分の口元を押さえると、周囲をちらり、と確認した。 「……だ、だけど一体何のために……」 音羽の質問に伏見はさらり、と答える。 「誘拐か……脅迫か……そこら辺だろう。この園に通っている子供達は、皆裕福な家の子供だ。社長子息、社長令嬢が多いだろう?……恭だって、社長子息だ。……経営者ってのは周囲に敵が多いからな。誰かの恨みを買っている人間は多い」 音羽が驚愕に声を失っている間も、伏見は足を進め、続ける。 「犯人の目的が何なのか。そして、消えた子供達の内、誰が目的なのか。それは犯人を捕まえてみない事には分からないな」 「……恭ちゃん」 伏見の説明を聞いた音羽は、胸に不安が込み上がる。 恭は、無事だろうか。 怖い思いをしてやいないだろうか。 不安に押しつぶされそうになっている音羽を、伏見は優しく抱き寄せる。 「大丈夫だ、音羽。うちの組の人間を既に工場内に入れている。奴らも探してくれているし、俺たちも今探している。……すぐに見つかるさ」 「お家の方を……!?ずっと着いて来てくれていたんですか!?」 まさか、こんな遠い所までずっと着いて来ていたなんて、と音羽が目を丸くしていると伏見はあっさりと頷いた。 「ああ、当然だ。恭は音羽の子供だ。だから俺や音羽の次に守るべき大切な存在だと組の中では共有されている」 「──っ、まだ、ご挨拶をしただけ、なのに……?」 伏見の返答が、音羽には信じられなかった。 恭の親権は元夫と、裕衣夫婦にある。 いくら音羽が産んだ子供だと言っても。 いくら恭を取り戻したいんだ、と言っても。それがいつになるか、本当に恭を自分の元に取り戻せるか。分からない。 それなのに、伏見の家では恭の事も受け入れて、そして守るべき存在だと認識されている。 それが、どれだけ音羽にとって嬉しいか──。 音羽が思わず自分の顔を覆うと、伏見は慌てふためいた。 「わ、悪い……!気を悪くしたか!?俺や音羽より優先順位が低いとは言え、それ程差は無い!俺より音羽や恭を優先するように、組の人間には伝えてあるから……!」 音羽が泣いた理由を、伏見は勘違いしたのだろう。 恭の優先順位が低い
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