《夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした》全部章節:第 111 章 - 第 120 章

181 章節

111話

「あの、伏見様──」 「ん……?どうしました、飯野さん」 おずおず、と近づいて来た飯野に伏見はきょとんと目を瞬かせて答える。 飯野は音羽と恭を優しく見つめる伏見に、何かを言おうと暫く悩んだあと、意を決したように口を開いた。 「……恭坊っちゃまのご両親は、お仕事がとてもお忙しい方々で……」 「──ああ、……ええ、分かります」 飯野の言葉に、伏見はこくりと頷く。 音羽と伏見が何度か恭の相手をしているにも関わらず、樹も裕衣も今まで1度も音羽や伏見にコンタクトを取ろうとした事が無い。 普通、自分の子供がどんな人物と接しているのか。 見知らぬ人間に、例え数十分でも預ける事になれば心配になるのは普通だ。 それなのに、今まで樹も裕衣も。恭には興味がないというように無反応だった。 それだけで、大体の事情を察してしまう。 だからこそ、飯野はバツが悪そうに切り出したのだろう。 自分の雇用主を、子供に愛情がない人達だ、なんて口が裂けても言えないだろうから。 だが、伏見は敢えて「全て察していますよ」というように悲しげに答えたのだ。 伏見の返答にほっとした飯野は、言葉を続けた。 「中々、坊っちゃまと接する時間がないのです……。保育園のイベントにも、ご両親が来た事はなく、いつも私が……」 「そうだったんですね……。それじゃあ、恭くんは寂しい思いをしているでしょうね」 「ええ……坊っちゃまは聡いお方です。まだ4歳にも満たないご年齢にも関わらず、ご両親がお忙しい事……それ以外の事情も全て受け入れて……。あまり笑わないお方だったんです」 それ以外の事情、とは。 産みの母親が既に亡くなっている事情だろうか、と伏見は考える。 思わず嘲笑うような笑みが浮かんでしまうが、幸いにも飯野からは伏見の表情は見えていない。 「子供が笑わない、なんて……。それだけ恭くんは自分の感情を押し殺していたんじゃないですか?」 「ええ……ご指摘の通り、です」 項垂れるように答える飯野。 飯野本人も、樹と裕衣。あの2人の恭への関わり方に思うところがあったのだろう。 伏見の言葉に肯定したあと、悔しそうに項垂れる。 「だけど、最近は伏見様と奥様にお会いするのをとても楽しみにされておりまして……。朝や夕方、園から帰って来る時は、お2人のお姿を探されているんです」 「そうなんで
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112話

飯野のその言葉を聞いた瞬間──。 伏見の口元が、笑みの形に歪む。 だが、それも一瞬。 伏見はすぐに殊勝な態度を見せると笑った。 「ええ、構いませんよ。妻も恭くんと遊ぶのが好きなようですので。時間が合えば、全然」 「あっ、ありがとうございます……!」 ぱあっと飯野の輝かんばかりの笑顔を見た伏見は、もう少し踏み込んでみる事にした。 「──ああ、でも……。私も仕事で帰宅が遅い時もあります。私が傍にいない際は、遅い時間に妻を外に出したくないのです。……この地域は治安が良いとはいえ……愛する人ですからね。危ない目に遭う確率は少しでも下げたい」 「も、もちろん伏見様の仰る事はごもっともです!も、もしよろしければ……坊っちゃまは私がお連れしますので、伏見様がご不在な時は……その……」 飯野が言葉に詰まりながらちらり、と伏見と音羽が住んでいる家の方向を見やる。 (──及第点だ) 伏見は心の中で飯野を褒めてやると、わざと今思いついたというように声を発した。 「もし恭くんのご両親が許して頂ければ、恭くんは家で見ましょうか?そうすれば、妻は外に出る必要はないですし私も安心ですから」 「──っ!」 飯野からは図々しいお願いを口に出来なかったのだろう。 だが、伏見が自らその提案をしてくれれば──。 飯野はその提案に頷く事が出来る。 「ぜ、ぜひお願いさせてください!旦那様と奥様には私からお話をさせていただきます!恐らく、頷いて下さるかと……!」 今まで、恭に全く無関心だったのだ。 恐らく樹と裕衣に飯野が報告したとしても好きにしろと言うだろう。 伏見を疑ってなんていないはずだから。 それだけ、伏見が飯野に渡した名刺は相手を信用させるに値するものだった。 伏見が渡した名刺。 それには伏見の肩書きは「代表取締役社長 伏見 蓮夜」と記載されている。 しかも、今急成長を遂げている人材派遣会社の社長だ。 軽く伏見の名前を調べれば簡単に写真も出てくる。 もちろん、表向きの会社だが。 それでも、代表取締役社長という肩書きは相手の信用を得るのに重要だ。 (音羽のためなら、会社を一流企業に成長させる事も厭わない。……俺が全部音羽の願いを叶えてやる) 伏見は心の中でそう呟くと、飯野の言葉ににっこりと笑った。 ◇ その日の夜。 会社から帰宅した樹と裕
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113話

◇ 伏見の家。 リビング。 夕方、恭を迎えに来た飯野に恭を任せ、音羽と伏見は家に帰ってきていた。 そして、家に入るなり伏見から「話がある」と言われた音羽はリビングに入るなり伏見から恭の事について。そして、飯野に言われた事を音羽に説明した。 「──えっ、それって本当ですか蓮夜……!」 「ああ。飯野の方から提案したんだ、だから相当なんだろう。それだけ、あの家で恭は酷い境遇なんだろう。運転手が心を痛めるほど、な……」 「そんな……」 「大体は俺も一緒に遊ぶ事は出来ると思う。だが、どうしても無理そうな時は、飯野が恭を家に連れて来るらしい。家で恭を見てて欲しい、と言われたよ」 伏見の説明に、音羽は嬉しそうに顔を綻ばせた。 だが、すぐに不安気な表情に変わる。 どうしてそんな顔を、と伏見が不思議がっていると音羽は躊躇いがちに口を開いた。 「で、でも……蓮夜は本当に大丈夫ですか……?ここは蓮夜のお家で、私は本当は家事手伝いじゃないですか……本当は蓮夜のつ、妻でもないのに……」 音羽から感じる申し訳なさと、少しばかりの羞恥。 音羽はきっと嘘の「妻」と言う立場が周囲に広がる事を申し訳なく思っているのだろう。 それが手に取るように分かり、伏見は笑いつつ音羽の頬に手を伸ばした。 「それじゃあ、嘘を本当にするか?俺は音羽が好きだし……音羽も俺の事を好きだと言ってくれた。俺は結婚しても構わない」 「けっ、結婚……!?」 「ああ。本当に俺の妻になれば良い。そうしたら騙している事にならないだろう」 赤く染まっていく音羽の頬を、伏見は愛おし気になぞる。 擽ったさを耐えるように、音羽の睫毛がふるふると震えている様が良く見えて、伏見はまるで引き寄せられるように音羽の唇に自分の唇を重ねた。 「──んっ、で、でも……私は前科者、です……蓮夜と結婚なんて……」 「それも、嵌められて貼られたレッテルだろう。前科者っていうレッテルがなくなったら俺と結婚してくれるのか?」 「んぅっ、ちょ、ちょっと蓮、夜……っ!」 くすくす、と楽しげに笑いながらキスを繰り返す伏見。 触れるだけの可愛らしいキスではあるが、こうも何度も何度もキスをされていては、真面目に話す事が出来ない。 音羽は伏見の胸に手を当て、力を込める。 するとあっさりと音羽から離れた伏見に、音羽はしっかり
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114話

伏見の雰囲気が一瞬で変わった。 その事に気付いた音羽は、緊張に体が強ばった。 何か、大事な事を言おうとしている──。 その事が分かり、音羽は包まれた自分の手を不安気に見下ろした。 「音羽……。俺も、音羽に話しておかなきゃならない事がある」 「──は、い」 「……音羽も、耳にした事はあると思うが……伏見組って、聞いた事はあるか?」 伏見組──。 関東、特に首都圏で暮らす人は勿論、その名前を聞いた事がある。 伏見組は、関東を中心に東京に本拠地を置く国内で一番大きな暴力団だ。 構成員数も数万人規模で大きく、参加組織もかなり多い。 噂では政治家や国家権力である警察内部にも伏見組の力は入り込んでおり、かなり力を持っている。 「伏見組……まって、蓮夜の苗字って……」 そこで音羽ははっと気付く。 伏見 蓮夜──。 伏見と言う苗字はそこまで珍しくない。 だから気にした事はなかった。 だが、今この場で伏見の口から伏見組の名前を出されたと言う事は──。 音羽は、信じられない思いで伏見を見上げた。 「……察しの通り、俺は伏見組8代目の息子……。組の中で、俺の立場は若頭。9代目組長になる男だ」 「──っ!?」 若頭──。 その言葉を聞いた瞬間、律子が何度も伏見を「若」と呼びそうになったり、実際呼んでしまっていた所を思い出す。 そして、音羽が危険な職に就こうとした時の伏見の態度。 全てが一本の線で繋がった。 「──あっ、あぁ……っ、蓮夜は……」 「……俺が怖くなったか?……俺から、離れたいか……?」 伏見は吐き捨てるように笑う。 握っていた音羽の手を強く握ると、ぐっと強い力で引き寄せた。 「だが、俺はもう二度と音羽を離すつもりは無い。俺から逃げようとも、組員を総動員して絶対に見つけ出して捕まえる。俺から逃げようなんて、考えるな。俺は音羽を傷付けたい訳じゃない」 そう話す伏見の瞳が、暗く翳る。 どろりとした執着の色が濃く浮かび、音羽を自分の腕の中に閉じ込めるように強く抱き締めた。 「絶対に離すものか……あの時だって、どうして音羽の名前を聞いていなかったのか……子供の頃に音羽の手を離してしまった事をどれだけ悔やんだか……!」 「れ、蓮夜──」 「そうだ……。音羽が逃げると言うなら、音羽を閉じ込めてしまおうか?俺から逃げ出せな
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115話

音羽が発した言葉は、心からの言葉だ。そこに全く嘘はない。 それに、音羽だってもう既に前科者、犯罪者だ。 どうしたって、無実を証明しなければ表の世界には戻れない。 「……確かに、蓮夜の今の話を聞いて……そうだったんですね、でも大丈夫だから結婚しましょうと頷く事は出来ない、です」 「……そう思うのは当然だ」 伏見の瞳が、さらに翳り、声も重く落ちていく。 そんな伏見の様子に慌てた音羽は、握られていた手を今度は自分の手で包み込んだ。 「だけど、蓮夜が優しい事も、私を助けてくれた事も、事実だから……。暴力団の人だから、と言って……それだけであなたを拒絶する気には、不思議とならないんです」 「……っ」 「それに、律子さん……。彼女も、伏見組の一員って事、ですよね……?」 音羽の問いに、伏見は重々しく頷いた。 「ああ、そうだ。神田 律子……奴は俺の父親に忠誠を誓い、組に。跡を継ぐ俺とも良くやってくれているよ」 「──やっぱり。……刑務所で、律子さんにも沢山助けて頂いたんです。言葉はぶっきらぼうで、少し乱暴な所はありますけど……」 その時の律子を思い出しているのだろう。 音羽はふふ、と笑い声を零すと俯いてしまっている伏見の頬を自分の両手を添えて持ち上げた。 「律子さんも、私にとってはとても良い人です。誰にも信じてもらえず、刑務所で暴行を受けている私に、最初に優しくしてくれて、手をさし伸ばしてくれたのは律子さんなんですよ」 「ああ、知ってる……」 「ふふっ、確かに。蓮夜は知っていてもおかしくないですよね。刑務所にいる間、もしかして蓮夜は律子さんに私を見てくれるように頼みましたか?それと、私が出所した後も、助けになるように?」 「──最初は、な。だが、俺が指示をする前に神田は勝手に自分で考え、行動していたよ。音羽が出所後、神田は指示をする前に自分で会いに行ってた。家に一緒に住む、と聞いた時は思わず余計な事を、と神田を恨んだ」 「えっ!?蓮夜が律子さんに指示をしたんじゃないんですか?」 「違う。俺はここに家を買っていたからな。最初から俺はここに音羽を住まわせるつもりだった」 知らなかった事が次々と伏見の口から語られ、音羽は驚きに目を見開く。 まさか、律子が何の得にもならないのに、自分を助けるために動いていたなんて──。 それが、とても嬉し
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116話

(私ももう、普通の人じゃないのかも──) 音羽は何だかおかしくなってきてしまった。 くすくすと笑っていると、どうして音羽が笑っているのかが分からない伏見は、眉を寄せ、不思議そうにしている。 「ふふ……。いきなり全部は受け入れるのが大変なので、蓮夜の事……少しずつ教えてくださいね」 「──それって」 音羽の言葉に、伏見の瞳が見開かれる。 先程まで翳っていた伏見の瞳が、希望を得たようにきらりと光った。 「ええ……。もう私は蓮夜が普通の人じゃないと分かっても……好きな気持ちはなくならないです」 「──〜っ」 音羽の言葉を受けて、伏見はくしゃりと顔を歪めると音羽を思い切り抱きしめた。 ◇ それから、暫く2人は無言でお互いを抱きしめ合っていた。 その後、ふと伏見は音羽を抱きしめる腕を解くと、音羽と向かい合った。 「音羽……。俺はまだ音羽に話していない事がある」 「蓮夜が話していない事……?」 「──ああ」 こくり、と頷いた伏見の真剣な表情。 音羽も居住まいを正し、真面目に聞く姿勢を取った。 「俺が、何度か子供の頃の話をしたと思う──」 「──っ!」 伏見の言葉に、音羽ははっと目を見開く。 確かに。 事ある毎に伏見が子供の頃の事を口にしていた、と音羽は記憶している。 しかも、その口振りは自分たちが子供の頃に会った事があるような態度で──。 音羽は、伏見の手を掴むと問うた。 「もしかして、私と蓮夜は子供の頃に会っているんですか!?いったい、いつ?どこで!?」 ぐっと前のめりになって質問してくる音羽に、伏見は優しく目を細め見つめた後。 音羽と自分の出会いを話し出した。 ◇◆◇ 音羽、11歳。 伏見、9歳。 その頃はまだ音羽の両親も健在で。 関東から離れた、片田舎に音羽の一家、弥栄(やさか)家は暮らしていた。 音羽が小学校5年生の時。 学校からの帰り道、音羽が公園の近くを通りかかった時、見慣れない子供が憔悴しきった様子で駆け寄って来たのだ。 その子供──女の子は、肩より少し長い髪の毛をハーフアップにした可愛らしい女の子だった。 「──助けて!」 「えっ」 女の子は、音羽に駆け寄るなり瞳に涙をいっぱいに溜めて叫んだ。 音羽がびっくりしていると、その女の子はぐしゃりと顔を歪め、泣き出してしまった。 こんな
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117話

◇◆◇ 「もしかして、その時の女の子って──」 「そうだ、俺だよ」 リビングのソファ。 手を繋ぎ、伏見の話を聞いていた音羽は驚いた。 音羽の反応に、伏見は苦笑いを浮かべつつ話を続ける。 「あの頃……、俺がまだ10歳前後の頃、組内部で跡目争いが激化してたんだ。だから、俺は毎日のように命を狙われていたし、男だと分からないように女の子の格好もさせられていた」 「跡目争い……、命まで……?」 「ああ。音羽が助けてくれたあの日も、敵対派閥の連中に拉致されてた。あの辺には所有者不明の山が多数ある。……俺を攫って、そのどれかに埋める魂胆だったんだろう」 伏見の口からさらりと語られる内容に、音羽はぎょっとしてしまう。 毎日のように命を狙われていた、とか。埋めるつもりだった、とか。 そんな──。 「子供に対して、なんて酷い……!」 「それだけ、伏見組は大きな組織だ」 「もう、今は大丈夫なんですよね?蓮夜は、もう命を狙われていないんですよね?」 「ああ、勿論」 強く頷く伏見に、音羽はほっとして伏見の手を強く握る。 自分の手を握ってくれている音羽の手が、微かに震えているのを見て伏見はそれ以上の事を口にするのは止めた。 (敵対派閥は、もう伏見組には残っていない……俺が若頭就任と共に処分したから、な……。だが、それをわざわざ音羽に説明する必要も無い) 伏見は音羽を抱き寄せると、言葉を続ける。 「あんな状況で……自分だって怖かっただろうに音羽は俺の手を引いて助けてくれたんだ。あの日、警察に保護されて、親父が迎えに来てそのまま帰ってしまったが、音羽にもう一度会いたいと思った。あの時のお礼をしたい、と数年後に朧気な記憶を頼りにあの町にまた行った事があるんだ」 「──えっ、蓮夜はまたあの町に来た事があるんですか?」 「ああ。俺が高校生の頃に、またあそこに行った。高校に上がるまではまだ周囲がバタバタしていてな……。中々1人で行動出来なかったんだ。ようやくお礼を言いに行ける、と思って……」 だけど、伏見が高校の時。 朧気な記憶を頼りにもう一度音羽に会いに行った時には──。 「だけど、俺が行った時には既にあの家は空き家になっていた……」 「……っ」 「何度もあの辺を探した。音羽に会った公園はまだ変わらずにあったのに、あの家に住んでいた音羽も、音羽の
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118話

それから。 どれだけの間、2人で話をしていたか。 体を寄せ合い、手を握り合い、当時の事を話す。 音羽は当時、両親を失った辛さや悲しかった日々を伏見に話す。 伏見は真っ直ぐ音羽の話を受け止めた。 そして伏見も自分の生い立ちを隠す事なく、そして家の事も何一つ隠さずに音羽に話した。 2人の話は遅い時間まで続き、場所は伏見の寝室に移動してからもぽつりぽつりと会話は続いた。 その内、話し疲れ、音羽が眠ってしまった後、伏見も音羽を抱きしめて眠りについた──。 ◇ 翌朝。 ふ、と意識が浮上した音羽はぱちりと目を覚ました。 だが、視界は真夜中のように真っ暗。 だけど、自分の体を抱きしめる力強い腕。 伏見に抱きしめられている、と理解した音羽はそっと顔を上げた。 安心しきったような顔で眠っている伏見の顔がすぐ近くにあって、音羽は眠る伏見の顔を見つめた。 (まさか、私と蓮夜が子供の頃に出会っていたなんて……。あの時の可愛い女の子が蓮夜だったなんて……) あの時の女の子の憔悴しきった様子を、音羽は鮮明に覚えていた。 絶望しきった顔で、全てを諦めていたような女の子。 それが──。 (蓮夜だったなんて……) 音羽は、あの後の事もしっかりと覚えている。 家に着いて、玄関に駆け込んで。 しっかりと施錠した。 その後に音羽が女の子に「もう大丈夫だよ」と優しく声をかけたのだ。 その時、音羽の声に弾かれるようにして顔を上げた女の子の顔。 ほっとして、安堵したように笑った顔がとても可愛らしかったのだ。 それから、音羽の母親が警察を呼んで。 警察が来るその時まで女の子は音羽にべったりだった。 音羽が少しでも動けば、女の子は泣きそうな顔で音羽を見て。 音羽が女の子に笑いかけてやれば安心したように頬を綻ばせて嬉しそうに笑う。 (あんなに可愛い女の子が、まさか蓮夜だったなんて……。しかも、あの後私の家を探しに来てくれていたなんて、知らなかった……) 音羽は自分を抱きしめる伏見の腕の中でもそもそと動き、そっと伏見の背中に自分の腕を回す。 安心しきって眠る伏見を見つめる。 子供の頃はあんなに愛らしく、可愛らしい女の子だと完全に思っていた。 それなのに、あの時の女の子が本当は男の子だったなんて。 (それに……こんなに格好よく成長しているなんて……
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119話

喉を晒し、背中がしなり、甘い声が漏れ出る。 遮光カーテンがしっかりと引かれ、太陽の光を遮断した真っ暗な寝室の中。 室内には、音羽の嬌声と伏見の小さな喘ぎ声。 そしてベッドが軋む音と肌を打つ、高い音が木霊していた。 「──あっ、あっ、やだ、蓮夜っ、もう……っ」 「……はっ、もう少し……もう少しだけ付き合ってくれ、音羽……っ」 音羽の視界は、涙や汗でぐしゃぐしゃになっていた。 伏見の額から頬を伝い、顎から汗が落ちる。 伏見の汗が音羽の肌にぽたりと落ちるそんな小さな感覚すら、今の音羽には酷く快感を拾わせる。 「ひぅ……っ」 「ああ、くそっ、治まらない……っ」 何度も音羽の最奥を穿ち、突き上げられる衝撃に、音羽の体はずりずりとベッドの上方に移動してしまっていた。 伏見の苛烈な突き上げに、音羽はもう意識を保っているのすら限界で。 「俺から逃げるな、音羽……っ!」 「ち、ちが……っ」 自分から離れようとしたと勘違いした伏見が、音羽の細くくびれた細腰をがしりと掴み、強い力で下方に引き寄せる。 それと同時に、伏見は思い切り腰を突き上げた。 「──っ!」 音羽の口から、声にならない叫び声が上がった。 喉が絞られ、かひゅっと息が漏れる。 瞼の裏が白み、ちかちかと星が明滅するような感覚。 音羽の下半身から耳を塞ぎたくなるような水音が上がり、そこで音羽は意識を手放した。 ◇ 「……悪かった」 「──……」 ぷいっと横を向いてしまう音羽の頬を、伏見は眉を下げつつ優しくなぞる。 浴室。 気を失ってしまった音羽に、伏見は真っ青になりつつ音羽の頬を軽く叩き、起こした。 喉をカラカラにさせた音羽に水を飲ませ、伏見は音羽を浴室に連れて行った。 甲斐甲斐しく音羽の体を洗い、今は湯船で2人ほっと息を吐き出していた。 先程までの淫靡な雰囲気など微塵も感じさせず、伏見はしゅんとした様子で音羽の肩に自分の額を乗せている。 「もう、意識を失ってしまうほどしないでください……。翌日まで響いちゃうと、お散歩に行けなくなってしまいます」 「ああ。気をつける。恭に会えなくなるのは避けたいもんな?」 音羽の肩に乗せていた伏見の顔が持ち上がり、覗き込まれる。 伏見の顔を見返しつつ、音羽は小さく頷いた。 足腰が立たなくなるほど伏見に抱かれてしまうと、翌日
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120話

伏見は浴室から出るとバスローブを羽織り、玄関に向かう前に寝室に寄る。 棚の引き出しから黒光りする銃を取り出すと、こっそりと隠し持った。 そしてバスローブの前を緩く合わせると、インターホンに向かい、訪問者を確認する。 モニターに映し出された人物の姿に、伏見は意外そうに僅かに目を見開いた。 「──へえ。……意外な客人だな」 どこか面白そうに口端を持ち上げると、そのまま玄関に向かった。 「誰だ?」 ガチャリ、と玄関の扉を開けると同時に伏見は低い声で扉の向こうに立つ人物に呼びかけた。 扉の向こうに立っていた人物──玉櫛 裕衣は、出て来た伏見に最初驚いたように目を見開いた。 伏見の濡れ羽色の髪の毛からはぽたぽたと雫が滴り落ち、風呂上がりのために肌はしっとりと汗ばんでおり、緩く合わさったバスローブから覗く逞しい筋肉や伏見の容姿の良さに裕衣はごくり、と喉を鳴らした。 「──あ、あの」 「こんな時間に訪問するなんて……どちら様ですか?」 怠そうに首を傾げる伏見に、裕衣は彼の顔をじっと見つめていると、見覚えがある事に気が付いた。 (──そうだ!この男性、以前会社の前で見た事があるわ!あの時は……そう、音羽の隣に居て……!) 伏見の事を思い出した裕衣は、ずいっと身を乗り出して話し出す。 「あのっ!私、恭の母親で……!飯野から話は伺っております!いつも恭の面倒を見て下さっているとか……っ、その……っ、本日はそのお礼を……!」 「──ああ、恭くんのお母様でしたか。お礼は結構ですよ。妻も恭くんと遊ぶのが楽しいようですので」 「つ、妻……」 「ええ。飯野さんにお聞きではございませんか?妻といつも一緒に遊ばせていただいていますが?」 「あっ、そう……、そうでしたわね……。その、奥様は今……?」 「妻はシャワー中です」 「あ……えっと、その……奥様とは長い、のですか?」 ぐいぐいと踏み込んで来る裕衣に、伏見は不快感を一瞬顔に浮かべた。 だが、裕衣の表情はどこか探るような顔で。 伏見はなるほど、と考える。 (この女、もしかしたら以前に俺と音羽が家に入る場面を見たのかもしれない。妻が音羽じゃないかどうか、確認しに来たのか……?) もしそうだったら。 音羽がここに居る事がばれるのは、今じゃない。 今バレてしまうのは早すぎるのだ。 だから伏見は
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