Todos los capítulos de 私はもう、振り返らない: Capítulo 11 - Capítulo 20

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第11話

彼らは使用人に澪の部屋を掃除させなかった。澪ならすぐ戻ると、どこかで思い込んでいたからだ。けれど部屋に置きっぱなしの荷物には薄く埃が積もり、澪の姿だけが戻らないままだった。数日もすると、家の中はますます言葉が減り、息が詰まるほどの静けさに沈んでいった。勇太も何日も笑わず、恒一は二十四時間会社にいたいとでも言うようだった。その日、天気の変わり方が急すぎて、勇太が高熱を出した。体は火照りきり、まるで内側から燃えているように熱い。頭も重く霞がかかったようで、どうにもつらい。使用人は血の気を失い、急いで専属の医師を呼び寄せた。勇太は小さな顔を真っ赤にしながら、唇を尖らせて拗ねる。「医者なんていらない。澪に看てもらう!いったいどこ行ったんだよ。僕が病気なのに帰ってこないなんて……僕が熱で死ぬのを見たいの?」病のせいか、強がりの言葉からはいつもの棘が抜け落ち、どこか心細い響きが混じっていた。使用人は困惑したように答える。「奥さまがどちらへ行かれたのか、私どもにもわからないのです。坊っちゃんは鳥谷さんのことがお好きでしょう?お呼びして、お世話していただきましょうか」勇太が答えるより早く、使用人はすでに愛花へ連絡を入れていた。拒む声は届かなかった。ほどなくして愛花が病室へ現れ、ぎこちない手つきで勇太の世話を始める。体を起こそうと支えたが、力が足りず、勇太は横へ崩れた。そのまま頭をベッドの脚にぶつけ、たちまち大きなたんこぶが浮かび上がる。勇太は涙をいっぱいにため、唇を歪めながら愛花を押しのけた。「痛い……愛花お姉さんに看てもらいたくない!」愛花の表情が一瞬ひきつる。奥歯を噛みしめながらも、懸命に柔らかな声を作った。「勇太くん、ごめんね。私が不注意だったわ。次はちゃんとするから、もうケガなんてさせない」そう言いながら、愛花は勇太の口元へ飴をひとつ運んだ。「勇太くん。甘いのを舐めれば、少しは楽になるわ」口の中に甘さが広がると、勇太の表情はわずかにやわらいだ。やっとのことで薬も飲み終え、横になった――その直後だった。全身に細かな赤い発疹が一気に浮かび上がる。呼吸はみるみる荒くなり、次第に浅く、速くなっていった。「悪者!僕に変なもの飲ませたんだろ!苦しい……うぇぇん……先生!先生!こいつに看られたくな
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第12話

そのとき、恒一がちょうど帰宅した。目の前の混乱を見た瞬間、恒一の顔色がさっと沈む。「……何があった」使用人と専属医が口々に事情を説明し、愛花の顔からみるみる血の気が引いていく。恒一の声は、凍りつくように冷たかった。「愛花。今後、勇太の世話でこの家に出入りするな。何かあったら困る」その一言は、愛花の胸にかろうじて残っていた小さな望みを、容赦なく踏み砕いた。やっと澪を追い出した。あとはこの家に入り込むだけ――そんな未来を、愛花は思い描いていたのに。たった一度、勇太の世話をしくじっただけで、どうしてこんな扱いを受けるの?愛花は強く唇を噛む。体がふらりと揺れた。次の瞬間、視界が大きく傾き、そのまま意識を失う。恒一はとっさに抱き留め、医師に任せた。だがそれ以上気にかけることもなく、勇太のベッド脇へ戻る。「澪……僕のところに来て……世話して……会いたい……」勇太は目を閉じたまま、かすれた声で呟いた。目元は赤く、いかにも心細そうだ。恒一は深く息を吐き、そっと抱き寄せて宥める。だが、その声はほとんど届かない。――澪が、まだここにいてくれたなら。この瞬間だけは、二人とも同じことを思ってしまう。勇太の看病は、これまでずっと澪が一手に引き受けてきた。澪も最初は何の経験もない若い女だった。それでも勇太のために講習に通い、手探りで覚え、やがて手際のいい母親になっていった。澪が家にいた頃、勇太はほとんど病気をしなかった。どれだけ時間が経ったのか、勇太はようやく落ち着き、うわ言も止まり、深い眠りに落ちた。恒一がやっと肩の力を抜きかけた、そのときだった。医師が困惑した面持ちで病室に入ってくる。「鷹宮社長……鳥谷さんが……その……ご懐妊されています。いかがなさいますか」その言葉に、恒一は一瞬、思考を止めた。愛花が妊娠?あり得ない。毎回きちんと避妊はしていた。事後には必ず薬も飲ませていた。絶対に子どもは作らせない――そう決めていた。恒一の瞳は冷え切り、迷いなく言い切った。「堕ろせ。俺の子どもは勇太ひとりで十分だ。あいつは青葉じゃない。俺の子を身ごもる資格はない」その言葉を聞いた愛花は、胸の奥が、すっと冷えていく。愛花は歯を食いしばり、いったんその場を離れた。そして再び恒一の前
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第13話

けれど恒一は気づかなかった。ベッドの上の勇太が、いつの間にか目を開けていたことに。――全部、聞いていた。勇太は掛け布団の端をぎゅっとつかみ、愛花への好意は底まで落ちた。澪でさえパパの子を授かれないのに、どうして愛花が身ごもれるんだ。たとえ嘘でも、許せない。体調がほぼ回復すると、勇太はベッドを降りた。愛花の客室を訪ねたが、そこに姿はない。そのとき、澪の部屋から物音がした。一瞬、澪が帰ってきたのかと思った。「澪!」胸が大きく跳ねる。けれど顔だけは、わざと無表情を装った。扉の向こうにいたのが愛花だとわかった瞬間、表情はさらに硬くなる。「……なんで、お前なの?」愛花は気にする様子もなく微笑んだ。「勇太くん、澪はいないんだもの。私が片づけてあげるわ。これから私がここに住んでもいい?」穏やかに、言葉を重ねる。「澪はあなたのママを死なせたし、離婚もした。持ち物だって、ここに置いておく必要はないでしょう?こんなにいい部屋なんだもの、ちゃんと使ったほうがいいじゃない」諭すような口調だった。だが、その言葉は勇太の胸にはまったく届かない。澪がまだ家にいた頃なら、きっとそのままうなずいていた。けれど昨日の愛花は違った。自分を守れなかった。危うく死ぬところだった。澪よりひどいくせに――それなのに、今はパパの子までいるかもしれない。許せない。「だめだ!ここに住むのは澪だけだ。澪の物に触るな!パパの子なんて、なおさらだめだ!」勇太は目を真っ赤にして、愛花を強く突き飛ばした。愛花の胸が跳ねる。反射的に腹部をかばいながらよろめき、数歩たたらを踏んでから体勢を立て直した。それでも、何事もなかったように微笑む。「勇太くん、誰かに変なことを吹き込まれたんじゃない?私が恒一さんの子を身ごもるわけないでしょう。この前まで、私のこと好きって言ってくれてたじゃない。看病してほしいって言ったのも勇太くんよ。恒一さんの子が嫌なら……産まなければいいだけのこと。それに、あの先生、澪と親しいのかもしれないわ。もしかしたら、澪のほうが恒一の子を宿していて、それを私に押しつけようとしているのかも。だから、だまされないで」勇太が黙って俯いたのを見て、愛花は効いたとでも思ったのか、笑みをいっそう濃くした。「
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第14話

「全部嘘だ!前に澪がママを殺したって言ったのも嘘だし、澪が人を使ってお前の顔を傷つけようとしたってのも嘘だ。全部、全部嘘だ!パパを奪おうとしてたのは愛花だ。最初から澪じゃない!」勇太は声を枯らして叫ぶ。涙が止めどなく頬を伝った。そのとき恒一がその光景を目にし、瞳が、静かに冷えきる。「愛花……よくも俺たちを愚弄してくれたな」喉の奥から絞り出すように、低く吐き捨てる。愛花の胸は、音もなく底へ沈んだ。腹を裂くような痛みも顧みず、這うようにして恒一の足元へすがりつく。「違います!そんなことありません!恒一さん、勇太くん、誤解です。私、騙してなんかいません。澪さんが私を陥れようとして……妊娠なんてしていません。青葉さんに取って代わろうなんて、そんなつもりはありません。これは流産なんかじゃなくて、転んだ傷の血なんです……」必死に言い募り、血の気を失った顔に無理やり笑みを貼りつける。みじめなまでの抵抗だった。だが恒一は、情けの欠片も見せなかった。無言で顎をしゃくり、ボディガードに命じて愛花を引きずり離させる。「両脚をへし折れ。それから腹の中の子も潰せ――手加減はするな」恒一は、青葉に取って代わろうとする者は、決して許さない。――ドン。ドン。鈍い衝撃音が響く。バットが愛花の脚を容赦なく打ち据え、激痛は一瞬で感覚を塗り潰した。脚が力を失い、崩れ落ちる。だが、それで終わりではない。さらに振り下ろされた一撃が、正確に下腹部を狙う。「ああっ――!」耳をつんざく悲鳴が空気を裂いた。腿の間から溢れる血は、見る間に勢いを増していく。恒一は冷えきった目でそれを見下ろし、勇太の視界をそっと手で遮った。やがて愛花は声を失い、そのまま意識を手放す。恒一は無造作に手を振り、治療に回せと合図した。勇太を連れてその場を離れようとしたとき、不意に小さな手が恒一の袖をつかんだ。振り返ると、勇太は顔を涙でぐしゃぐしゃにしている。「パパ……ママは、本当に澪に殺されたんじゃないよね。僕を産むとき、難産で……それで亡くなったんだよね?」「ああ。白石家が澪を外から連れ戻したとき、お前が生まれてまだ三日だった。青葉が逝ってからも、たった三日だ。澪はママに正式に会ったことすらない。あいつが青葉に何かするはずがない」あ
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第15話

愛花は受け止めきれず、涙が一気にあふれ、両手が力なく落ちた。「……だめ、もう子どもなんて……恒一さんとの子は、二度と持てない……」あと一歩だった。勇太にあの子を認めさせるか、腹の子が安定するまで時間を稼げていればよかった。身重のまま姿を消し、無事に産んでしまえば、後はすべて手に入ったはずだった。だが、すべてが水の泡だ。恒一と勇太に、真相が知られている可能性さえある。愛花はベッドに横たわり、絶望に沈んだ。逃げ出したくても、脚は折られている。起き上がり、床に足をつけることすら叶わないのに、どうやって逃げろというのか。考えがまとまらぬうちに、病室の入口に人影が差した。恒一と勇太だった。父子は同じ顔で冷えきっていた。氷のような視線が、愛花を無言で切り裂く。「愛花、覚えているだろ。そばに置くと決めたとき、代わりでしかないと釘を刺したはずだ。澪と勇太に害をなすな。子どもを身ごもるな。青葉に取って代わろうとするな――とな。それをすべて破ったうえ、澪を追い出した。どうやら罰が足りなかったらしいな!」その声には、感情の欠片もなかった。勇太も、涙の跡を残したまま言い放つ。「澪が受けた苦しみ、千倍にして返せ!こいつは人のドレスを台無しにし、着るものを奪うのが好きらしい。なら、その服を引き裂け。車椅子に乗せて、病院の外周を十周だ」ボディガードは即座に動き、恒一も止めなかった。「やめて……!そんなこと、しないで!」愛花は必死に首を振り、後ずさる。瞳にはあからさまな恐怖が浮かんでいた。だがボディガードは一瞬の躊躇も見せない。ジョキッ、ジョキッ、と無機質な音が響き、病衣は無残に裂かれていく。次の瞬間、愛花は車椅子へと放り込まれた。折られたばかりの脚はギプスで固められ、逃げ道はどこにもない。愛花は必死に両手で身体を覆う。だが、屈辱までは隠せなかった。病室の外へ出た瞬間、彼女はぎゅっと目を閉じる。それでも、無数の視線が突き刺さるのを肌で感じた。かつては高みから見下ろし、他人を嘲っていた側だった。だが今は、自分が見世物だ。「放して……!恒一さん、勇太くん……!この顔は青葉さんに似ているんですよ!?こんなことをしたら、青葉さんまで辱めることになる……それでも平気なんですか!?」愛花はみっともなく食
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第16話

それを見ても、恒一も勇太も少しも情けをかけなかった。「愛花のそばにあるママの写真は全部片づけて。病室は鏡で埋めろ。今の顔を思い知らせてやれ。ママとは全然似てない!ママのふりなんてするな!」勇太の声は凍りつくほど冷たかった。ボディガードは次の瞬間、指示どおり動いた。ベッドの周囲を除き、病室の隅々に鏡が置かれる。どの角度からでも、愛花が自分の顔を目にしてしまう配置だった。目を開けるのが怖かった。開けた途端、終わりのない悪夢に落ちる。愛花は気が狂いそうだった。だが罰は、まだ始まったばかりだった。澪が味わったことを、愛花も一つ残らず味わわされた。いたぶられて傷だらけになり、体は見る間に痩せ細った。骨ばかりが浮き出たような姿では、たとえ顔に傷がなくとも、青葉に似ているとは到底言えなかった。やがて恒一と勇太は、愛花を連れて青葉の墓の前に立たせた。「ひざまずけ。青葉に頭を下げて詫びろ」愛花の感覚はとうに擦り切れていた。生き延びるためなら、謝罪でも何でもできる。魂が抜け落ちたように、狂ったように額を地面へ打ちつける。額が血でぐしゃぐしゃになっても、止めようとはしなかった。恒一と勇太が納得しない限り、止めても無理やり続けさせられるだけだと分かっていたからだ。「申し訳ありません、青葉さん。あなたを真似ようとしたのが間違いでした。澪さんを陥れたのも、全部私です……」しゃがれた声で、何度も、何度も繰り返す。愛花は本気で後悔していた。この親子がここまで狂気を孕んでいると知っていたなら、代わりのまま黙って金だけ受け取り、余計な欲など抱かなかった。でも今は、何ひとつ、残っていなかった。いまの恒一と勇太は、青葉への想いのほうが強いのか、それとも澪への未練や後悔のほうが強いのか。愛花にはわからない。そして、それはもう自分には関係のないことだった。どれほど額を打ちつけたのかも分からなくなった頃、愛花の視界は不意に暗転し、そのまま崩れ落ちた。地面に転がる女が、人の形もとどめないほどになっていても――恒一と勇太の胸が晴れることはなかった。苛立ちだけが渦を巻き、胸の奥には空洞のような虚しさが残る。「パパ……もう僕たちの手を汚したくない。愛花のことはボディガードに任せて……僕は、澪を連れ戻したい」
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第17話

修也が、澪について洗い出した行動記録をまとめて持ってきた。恒一と勇太は、それを一枚ずつ丁寧に追っていった。時を戻す。澪が離婚の関連書類を受け取った、その日のことだ。澪は汐野市行きの便に乗り、美智子と落ち合った。汐野市は一年を通して温暖で、気候も穏やかで、季節ごとに花が途切れない。澪は小さなを一軒買い、母とそこで暮らし始めた。美智子は可愛らしい家を見て目を輝かせたが、すぐに心配そうな顔になる。「澪、お金は大丈夫?この家、きっと高かったでしょう。鷹宮家で大変だったんだから、稼いだお金はもっと自分のために使っていいのよ。たくさん傷ついたでしょう?体だけは無理しちゃだめよ。ちゃんと検査を受けてね。元気でいてくれるなら、お金なんていくらかかってもいいんだから」母の言葉に、澪はこらえきれず笑った。「大丈夫だよ。これくらい、なんとかなるから。鷹宮家からはもっともらってたしね。体もちゃんと診てもらったけど、問題ないって言われたよ。お母さんと、これからもずっと一緒にいるんだから」その言葉に、美智子はようやく微笑み、ここで暮らす決心を固めた。気候のよさもあるのか、それとも娘がそばにいる安心からか、美智子の体調は目に見えて回復していった。ときおり物忘れはあるし、手足の動きがぎこちないこともある。だが、それでも以前とは比べものにならないほど良くなっていた。もともと生活を楽しむ人だ。花の手入れも、苦にはならない。嬉しそうに庭先に立つ母を見て、澪も自然と頬を緩めた。ようやく――母に穏やかな日々を返せる。母は長いあいだ、苦労ばかり重ねてきた。若い頃の美智子は、誰もが振り返るほど目立つ存在だった。家は代々学問の家系で、親戚の多くが教育の道に進んでいる。あの出来事さえなければ、美智子も教師になっていたはずだった。大学時代。素直な少女は、「強引で完璧な男に愛される」――そんな夢を抱きやすい。美智子も例外じゃなかった。隆志は若手実業家として母校で講演を行い、そこで美智子と出会った。二人は瞬く間に恋に落ちた。美智子は、自分が物語の特別なヒロインで、やがて幸福な結末が待っているのだと信じていた。だが現実は、あまりにも残酷だった。結婚の話が持ち上がり始めた頃――隆志の本妻が突然現れ、頬を思い
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第18話

美智子も無理はせず、慌てて戻ってきたが、顔には不安がありありと浮かんでいた。「澪、さっき外で何か倒れたみたいな音がしたの。見に行ったほうがいいかな?……人だったら、どうするの?」澪は、母の優しさもわかっている。でも安全が先だ。まず110番に通報し、警察が来たのを確かめてから扉を開けた。外に倒れているのは小さな女の子だった。服はぼろぼろで、体じゅうに傷がある。整った顔立ちはかろうじて残っているのに、ひどく痩せ細り、骨ばった体が浮き出ていた。その姿は、見ているだけで胸が冷えるほどだった。「うぅ……痛い……叩かないで……もうしない……」女の子は哀れな声で、かすれた呻きを漏らした。澪は胸がきゅっとして、彼女を横抱きにし、警察署へ向かった。署に着いても、少女はどうしても手を離さず、澪にしがみついたままだった。澪は戸惑い、どうしたものかと立ち尽くす。事情を察した警察官は医師を呼び、澪からも簡単に状況を聞き取った。やがて、少女がここまで歩いてきた道の防犯カメラ映像が確認され、身元も判明する。「この子は児童養護施設で暮らしている子で、江坂美雨(えさか みう)という。以前にも施設を抜け出して『虐待されている』と訴えたことがありましてね。そのときも調べはしましたが、決定的な証拠が出ず、結局施設へ戻しました。二日前、また施設から逃げ出し、人目の多い場所を目指して歩き続け……今日、あなたの民宿の前で倒れていたようです」澪の民宿は観光地の近くにあり、人通りが絶えない。美雨がそこを目指したのも不思議ではなかった。だが、体じゅうに残る傷を見れば、施設がまったく潔白だとは思えない。澪はようやく目を開けたが、署内の大人たちの姿を見た瞬間、怯えきった様子で何度も澪の胸に飛び込んでくる。美雨はやっと目を開けたが、署内の大人たちを見た瞬間、怯えて何度も澪の胸に飛び込んできた。「いや……あの人たち、いや!あの人たちは悪い人とグルだもん。いや!」そこまで拒まれては、澪もひとまず自宅へ連れ帰るしかなかった。二日ほど寄り添い、根気よく宥めるうちに、美雨はようやく、澪と美智子が危害を加える人間ではないと理解し、少しずつ口を開くようになった。「澪お姉ちゃん……私、信じてもいい?」澪は安心させるように、そっと抱きしめる。
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第19話

美智子は目を潤ませ、そっと涙を拭った。「……本当?」思いがけない言葉に、美雨は胸を打たれ、どんな顔をすればいいのか一瞬わからなくなる。やがて警察は、美雨の証言を手がかりに一つずつ裏を取り、男を連行した。澪も費用を負担し、児童養護施設の運営を引き受けることになる。施設では、美智子が黒板を立て、子どもたちに読み書きを教えていた。その光景を、澪は静かに見守る。胸の奥がじんわりと温かくなった。母がかつて望みながら叶えられなかったことが、いま形になっている。澪は、いまの暮らしを心から幸せだと思った。しばらくして、美雨がおずおずと澪の手を握り、小さな声で呼ぶ。「……ママ」澪は微笑み、美雨を抱き上げ、そのまま民宿へ連れ帰った。やがて澪は、美雨を養女として迎え入れる。書類に目を落とした勇太は、胸に溜め込んでいた感情を抑えきれなかった。思わず紙を握りしめる。「澪は僕のママだろ。なんであいつがママって呼ぶんだよ!」恒一も眉をきつく寄せ、しばらく言葉を失った。澪が自分のもとを去ってから、父子のことを一度も思い出していないかのようだった。むしろ、自分たちがいないほうが、澪も美智子も穏やかに暮らしている。では、あの六年間、澪が向けてきた優しさは何だったのか。あれほど自分たちを愛していたのではなかったのか。恒一は拳を強く握り込み、胸の奥に渦巻くものを押し殺した。「勇太。澪はお前の母親だ。迎えに行って、家に連れ戻そう。施設を引き継いだことについては構わない。うちにその余裕がないわけじゃない。だが、他人の子どもまで抱え込む必要はなかったはずだ」そう口にしながら、心の中で何度も繰り返す。――俺が行くのは勇太のためだ。澪をなだめに行くだけだ。澪が気になるからじゃない。断じて、違う。俺たちは家族だ。家族は一緒にいるべきだ。間違えたなら、謝って、腹を割って話せばいい。恒一は勇太を連れ、荷物をまとめると、始発の便で汐野市へ向かった。澪の民宿の前では、子どもたちが器用に花の輪飾りを編み、通りがかる観光客に手渡していた。先頭に立っているのは美雨だ。ほかの子に編み方を教えながら、通りすがりの人にもにこやかに声をかけている。無料で可愛らしい花の輪を受け取った観光客たちは、皆、目尻を下げて笑った。
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第20話

恒一は一瞬、言葉を失い、表情が複雑に揺れた。「澪、お前は勇太の母親だ。勇太がこんな子になったのは、俺とお前の責任でもある」「母親?」澪は鼻で笑い、可笑しくてたまらないというように目を細めた。「私、もうあなたとは離婚してるよね。今ごろ鳥谷さんがあなたの妻になっていても、おかしくないんじゃない?かつて勇太の母親は青葉ただ一人。でも今、あなたの正妻は鳥谷さんでしょう?それが、私に何の関係があるの?私が三年育てていたときは、あの子はちゃんと素直で聞き分けもあった。鳥谷さんが来て三年で変わったの。私にはもう無理。これから先も、育てる気はない」その言葉に、恒一は慌てて口を挟んだ。「愛花のことを気にしているのはわかっている。だが俺はあいつと結婚していないし、これからも絶対にしない。俺も勇太も知ったんだ。全部あいつが勇太をそそのかしていた。あの事故も、お前のせいじゃない」言葉を重ねる。「受けるべき罰は受けさせた。まだ足りないなら、戻ってからでも好きにしていい。今回は謝りに来た。今までは俺たちが勘違いして、お前を置き去りにしていた。もう二度としない。帰ろう。意地を張るな。勇太も俺も、お前が必要なんだ」勇太も必死に頷く。「うん、ママ。本当に悪かった。どうすれば許してもらえる?何でもするから。でも……ほかの子に優しくしないで。ママ、言ったよね。この先ずっと好きなのは僕だけだって。子どもも僕だけだって。あの子、施設に戻してよ。ね?ママはいい子が好きなんでしょ。僕もそうなる。ちゃんと覚えるから!」澪が拒絶の言葉を口にするより早く、美智子が一歩前に出た。そして、きっぱりと言い切った。「鷹宮さん、うちの娘は鷹宮家で散々つらい思いをしてきました。二度とあんな地獄のような場所には戻しません!昔、あの子があなたたちのそばに縛りつけられたのは、私のためでした。あんな苦しみを味わうと知っていたら、私はあのとき命を絶ってでも止めました。あなたたちに踏みにじられるくらいなら、そのほうがずっとましだった!」言葉を重ねるほどに、美智子の瞳の怒りは濃くなる。恒一と勇太への憎しみもある。だがそれ以上に、自分自身への悔恨が燃えていた。「お母さん……そんなこと言わないで。あのときお母さんがいなくなってたら、私だってきっと……」澪はそれ以上
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