All Chapters of 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う: Chapter 21 - Chapter 30

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chapter,2 + 5 +

   * * *  秋の陽射しが優しく車椅子の小手毬を照らす。柔らかい橙色のひかりを、彼女は心地よさそうに浴びている。  一年と十ヶ月、太陽のひかりを浴びずにいたのだ。さぞ気持ちのよいことだろう。  機嫌が良くなったのか、少女は瞼をひくひくさせ、しばし、まどろむ。  やがて。 「ねぇ」 少女は車椅子を運転している強面の看護師に、おそるおそる、話し掛ける。「なんだい?」 男性看護師は「楢篠」というネームプレートを胸元につけている。ナラシノと呼んでくださいと小手毬に告げた彼を、彼女は「へんな名前」と一蹴した。でも、ミチノクの方がへんな名前かもしれないと自分の名前を余所に、小手毬は考える。「ナラシノは、奇跡って、信じる?」 どうしてこんなことを口にしたんだろう、小手毬は口にしてから顔をしかめる。  おかしなことを言う子だって思われたかもしれない。いや、もう完全におかしい子だから仕方ない。  植物状態から一年と十ヶ月して覚醒した。それをひとは奇跡と呼ぶ。だけど小手毬にはそれが奇跡と呼べない。理解できない。  自分だけが置いていかれてしまったみたいで。 小手毬はその悲痛な叫びを誰にも訴えられず、悶々とした日々を過ごす。目覚めて三日でこれだ。一ヶ月、一年が経過したら、自分はどうなってしまうのだろう。ほんとうにあたしは奇跡の復活を遂げたのだろうか。墓の冷たい土の下から蘇ったキリストみたいに?  奇跡。  この三日間で何度言われた言葉だろう。  そもそもキセキって何だろう。  小手毬は身近にいるひとに聞きたかった。だけど患者が元気になることを信じて働く陸奥や自由に聞いてはいけないような気がした。だから誰にも聞けなかった。  医師ではない彼なら、義務からではなく、自分の考えていることを正直に教えてくれるんじゃないか。思わず口にしていた。  ただ、口にしようとしても、心の中で考えていた難しい言葉は変換できない。言葉に詰まりながら、小手毬は楢篠に問いかける。 「奇跡?」
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chapter,2 + 6 +

   * * * 「自惚れるな」 陸奥に一蹴され、小手毬は両頬を膨らます。  奇跡なんかじゃないと口にした小手毬を、楢篠は困惑した表情で見ていたが、事情を聞いた陸奥は無表情のまま怒りを表す。 ……ウヌボレルってどういうことだっけ。 小手毬は自分がなぜ憤っていたのかを忘れ、きょとんとした表情に戻り、陸奥の顔をじぃっと見上げる。  車椅子に座っているから、陸奥がいつも以上におおきな存在に見える。小手毬は、彼が自分を奇跡じゃないと言っていることに気づき、興味をなくしたように顔を背ける。  彼女の視線がずれたのを陸奥は何も言わず、車椅子の運転を楢篠から代わる。  楢篠は軽く会釈してナースセンターへ戻っていく。 中庭からの連絡通路。そこから病室までを小手毬は陸奥と進む。運転する人間が代わることで、車椅子の乗り心地は左右される。楢篠が慎重なのに対して、陸奥の動かし方は粗雑だ。けれど不快感はない。それが悔しい。なぜ悔しいのか小手毬にはわからないけれど。 「聞いて飽き飽きする」 車椅子を押しながら、陸奥は毒づく。何が奇跡だ。奇跡と呼ばれることなんか何も起こってないというのに。奇跡と周囲が騒がすから、当事者である小手毬までもが奇跡というありえない現象に囚われてしまう。 陸奥は反芻する。  奇跡と呼べる現象について。小手毬に気づかれぬようこっそりと。  奇跡は最初の一度だけ。  彼女が自ら動き出したあの一瞬だけ。現在進行形で起こっているわけではない。  だから、今の彼女の状態は、適切な治療によって生じた転帰でしかない。  そう結論付けて、陸奥は小手毬の顔を見下ろす。 小手毬は不機嫌そうに唇を尖らせた陸奥を無視して、視線を白い病棟内へ彷徨わせている。また虫でも見つけたのかもしれない。  しばらく無言のまま、ふたりは廊下を渡りきり、エレベータホールの前で止まる。 「ミチノク」 「なんだ」  むっつりした表情のまま、小手毬
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chapter,2 + 7 +

  * * *  不思議なものだと自由は思う。  医師と患者という関係でありながら、常に反発しつづけているふたり。それでいて、互いのことを認め合っているふたり。「ミチノクは、奇跡じゃないって言ってた」 「そうなのか?」 僕は奇跡だと思うのにと口にしたら、小手毬は泣きそうな顔になった。奇跡に飽き飽きしているようだ。「ひとが生きていくのは奇跡でもなんでもない、当然の帰結なんだって。キケツって何?」 小手毬は事故に遭う以前より、こどもっぽく見えるようになった。まるで退化してしまったようだ。  けれど、小難しい言葉をどうにかして咀嚼しようと試みる姿や、おしゃべりなところは全然変わらない。「帰結ってのは……」 「何らかの事態を原因としてそれから結果として生ずる状態、または一定の論理的前提から導き出される結論」 「あ、ミチノク」 病室に足を踏み入れながら、陸奥は偉そうに呟く。「もしくは物事が種々の経過の後、おちつくこと」 いい所を見せようとした自由は、陸奥に先を越されて苦い顔をする。「要するにおわり、ですね」 「そうだ……ジユウ、また姫君に油売ってたのか」 「午後の外来は三時からですよ」 「そうか」 つまらなそうに陸奥は頷き、小手毬の表情をうかがう。「なぁに?」 「もう少ししたら、早咲先生が来る」 早咲の名を聞いて、小手毬の頬がパッと赤くなる。心底嬉しそうに、瞳を輝かせ、見開く。  それを見て、自由は首を傾げる。「小手毬は、早咲先生が好きなのか?」 「うんっ。ハヤザキだいすき」 「僕よりも?」 焦った表情の自由を、呆れるように陸奥が制する。「……へんなとこで張り合うなよ」 うーん、としばし悩んだ後、小手毬はぽんと手を叩く。「ミチノクよりはすき」 「なんだと!」 ぷっ、と自由が笑う。陸奥と言えば無表情でクールな医師というイメー
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chapter,2 + 8 +

   * * * 「覚えてなくても仕方がないわよ」 そう言いながら、病棟を早足で進む天。背中を追いかける自由。「でも、あのこがコデマリだって、すぐわかったわ」 病室で一目見て、あのときの少女だと、天は確信した。彼女は忘れているみたいだけど。  腰まで伸ばしっぱなしだった黒髪は事故で痛んだからか、治療の際に切られてしまったが、今はもう胸元まで届いている。目覚めたことでふわふわのゆるやかなウェーブと誰もが触れたくなるような艶めいた髪質も蘇り、生き生きとしている。  髪だけではない。青白い頬も血の気が通いだし、桜色に戻った。小学生の小手毬を知る天は、あのときのほっぺだと思った。  唯一違うのは、瞳のおおきさ。それでも、好奇心旺盛で、なんでも知りたがるつぶらな瞳は健在のようだ。「わかりますか?」 ホッとした様子の自由に対し、軽く首を縦に振る天。「もう、あれからそんなにたつのね」 どこか弱々しい彼女の声を、自由は耳元で静かに受け止める。「ええ。小手毬は十八歳になったんです……そうは見えなくても」 たとえ精神年齢が退化してしまったとしても。彼女の身体が十八年の歳月を重ねたのは紛れもない事実。「そうね……」 どこか寂しそうな天は、病棟を抜け、自分の聖域に入ると、仮面を被るかのように、ふだんの産婦人科医楢篠に戻る。軽く手を振って早く戻れよと微笑む彼女に、自由も手を振り、軽く頷く。  どこか無理しているように見える彼女の後ろ姿が小さくなるのを、黙って見送る。 かつてのことを知る人間はここにはいないというのに、なぜだか後ろめたい気持ちになってしまう。  小手鞠が天と仲睦まじくしていた自由の前でムキになって誓った約束は、まだ有効なのだろうか? 十年経ってもこの気持ちが変わらない? まだ約束の十年には届いていないけれど。  自由お兄ちゃんのお嫁さんになる、と笑顔で告げた小学生の頃の小手鞠の姿を思い出し、苦笑する……  ――あの頃から、彼女は特別なオンナノコに
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chapter,2 + 9 +

   * * *  高次脳機能障害、というのだそうだ。  小手毬は早咲の説明を耳元に留めつつも、ふわぁあと大きなあくびを零してしまう。「脳内にある血管に障害が起きたり、頭部に外傷を負った際の脳損傷が起因? しているんだっけ」 「そうだよ。あなたの場合、事故で頭を強くぶつけたことが原因になる」 「うん」 「ときにそれは神経・知的機能障害と呼ばれることもあるし、ひとによっては記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害なんてものがついてくることもある」 「うー」 「自分自身の障害を認識できないケースも多いけど、小手毬さんの場合は理解はできているみたいですね」 「……そのムズカシイ言葉はわからないけど、自分があたまをぶつけて神経とか記憶とかが飛んでる、みたいなのはわかります」 早咲の説明を受けた小手毬は、自分の身に何が起きたのか理解してはいるものの、まさか事故から二年ちかくも意識を失っていたとは到底思えないでいたのだ。  けれど、幼馴染の自由は研修医として医局に詰めている。今日も白衣を着て研修に励んでいる。 自分が意識を失っていた頃は、医大生だったから毎日のように見舞いに来てくれていたのだという。けれど小手毬には当然その記憶はない。  理解できるのは、自由は今日はここにいないということだけ。  いま、小手毬の病室にいるのはついさっきまでリハビリを手伝ってくれた早咲と、花束を渡してくれた見舞客のふたりだ。「オソザキさん」 「なぁに? 小手毬ちゃん」 看護師たちからオソザキと呼ばれる彼女は、今日も小手毬のために花を持ってきてくれた。  聞いたところ、実家が花屋の卸売りを生業にしているから、毎回さまざまな花を準備できるそうだ。  小手毬は差し出されたブーケの中でひときわ目立つ淡いオレンジ色のスプレーバラの花弁を撫でながら、ぽつりと呟く。   「オレンジ色のバラの花言葉って、無邪気、ですよね」 「健やか、って意味を込めて選んだんだけど……無邪気って言葉も小手毬ちゃん
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chapter,2 + 10 +

  * * *   考えると怖くなるのだ。  事故の前の出来事はなんとなく覚えているものの、さらに過去、自分が物心ついた頃、と思い出そうとすると思い出してはいけない何かまで思い出してしまいそうで。  自由はそのことを知っているからきっと、無理しなくていいと、小手毬を甘えさせてくれるのだ。  心と身体がアンバランスのまま、十八歳になってしまった小手毬は、ひたすらリハビリに励む。  怖い夢から逃げ出そうと、もがくように、ひたすら……      季節は秋から冬へと移り変わろうとしていた。小手毬が覚醒して、半年が経とうとしている。  自由は相変わらず研修を忙しなく受けているそうだ。  小手毬が目覚めた頃は産婦人科にいた彼だったが、夏の終わりから小児科、総合診療科、緊急外来……と目まぐるしく病院内で動き回っており、さいきんではなかなか見舞いにも来てくれない。  早咲いわく、まだ初期研修医である彼はさまざまな経験を積む必要があるから、小手毬だけを診ることができないのだとか。  それくらい小手毬だって理解している。  だから淋しいと、我儘を言うことはしていない。  だけど早咲も陸奥も、常に小手毬の傍にいてくれるわけではない。  ――ジユウおにいちゃんが来られなくたって淋しくなんかない。ミチノクは担当医だから一日一回顔を出すし、ハヤザキも花を届けてくれるオソザキと一緒に来てくれる。これ以上何を望めというの?   車椅子から降りて歩く練習も本格的になった。  女性理学療法士の指導に従いながら、動きが鈍くなっていた筋肉に働きかける。はじめのうちはぎこちなくても、身体は覚えているものだ。従来の動かし方を。  リハビリの時間は何も考えなくていいから気が楽だ。  早く事故にあう前のように、身体を動かせるようになりたい。その一心で、小手毬は汗をかく。     「無理するなよ」 「……わかってます」  彼女が熱心にリハビリに励む姿を、すこし離れた場所から陸奥が見守っている。
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chapter,2 + 11 +

  身体を傾けた小手毬を守るように、陸奥が動いていた。 「――危ねえな」 「ミチノク……」 「無理するな、って言ってるのにこれかよ」 「……近い、よ」 「その前に言う言葉があるだろ」  無様に床に倒れ込むと思っていたのに、素早く前に現れた陸奥が小手毬の身体を抱きとめて毒づいている。  白衣を着た彼に抱きしめられた小手毬は心臓が暴れているのに気がつかないふりをする。  「……ごめんなさい」 「違う」「え」  困惑する小手毬を面白がるように、陸奥は告げる。  「こういうときはありがとう、って言えばいいんだ」 「う……」   たしかに彼が抱き留めてくれたから、小手毬は転ばなくて済んだ。  だけど、ハヤザキには素直に言えるその言葉が、なぜだかミチノクには口に出せない。  口ごもってしまった小手毬を見て、陸奥は彼女をひょいと抱き上げ、車椅子に座らせる。  軽々と身体を抱き上げられ、悲鳴をあげる間もなく小手毬は車椅子の上にいた。  彼は怒っていなかった。けれどどこか悲しそうだ。 それはたぶんきっと、小手毬がありがとう、と言ってくれなかったから。   「ミチノク?」 「今日のリハビリはここまでだ。夕飯まで病室で休んでろ」 「……はい」 しょんぼりする小手毬を見て、陸奥は苦笑を浮かべながら彼女のふわふわの髪を撫でる。  抱き留められた衝撃の方が強かったからか、小手毬は文句を言うことも、彼の手を払いのけることもしなかった。  なぜだろう、この危なっかしい少女が放っておけなくて、つい必要以上に触れてしまう。 もしかしたら、自由もこんな風に、彼女のことを想っているのかもしれない。  「明日はジユウおにいちゃん、来てくれるかな」 「さあな」  車椅子に乗った小手毬がぽつりと零すのを見て、陸奥は微笑う。  
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chapter,2 + 12 +

  * * *         「今、なんと?」 「亜桜小手毬の家族から、これ以上お金は出せないと言われたそうですよ」 「そんな……なぜ」 「たぶん、頭が変わったからでしょうねぇ」 十二月に入り、殺風景な病棟もすこしだけクリスマスの装いが施されるようになる。  近所のキリスト教系の幼稚園が毎年たくさん飾りを作って届けてくれるためだ。  スタッフたちが合間を縫って入院病棟の廊下に折り紙のサンタクロースやトナカイ、毛糸のリースなどを並べるのを横目に、陸奥は耳を疑うような言葉に目を丸くする。  陸奥の反応を面白がるように、長身の女医は告げる。     「あの家は複雑なんですよ~。担当医になった際に理事長から説明受けてませんか?」 「……最初の担当医は早咲先生でしたから」 「そうですよね。じゃあ~、ご両親と顔を合わせたことは」 「それなら、何回か……」  混乱しつつも陸奥は思い起こす。  眠りつづける亜桜小手毬の担当医になった際、「娘をよろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶してきた両親のことを。  そして目覚めた小手毬の姿を見て、「ありがとうございます」と涙した姿を。 ――その姿に違和感はなかった。どこにでもいるようなふつうの家族だと、そう思っていた。      陸奥が考え込む姿を見て、女はふふ、と意地悪そうに口元を歪める。     「亜桜小手毬は養女なんですって」 「何」 「患者は事故に遭ったことで、そのあたりの記憶が曖昧になっているのかもしれませんがぁ……周りの人間は知っていて黙っているんでしょうよ。そう、諸見里くんも……ね」「ジユウも、知っているのか」  ――早咲とジユウが知っていて、俺だけが彼女の秘密を知らないでいた……?     「知っていると思いますよぉ。気になるなら訊いてみてください。外の人間の噂話よりも本人から実際に問いただした方が正しい情報が得られるでしょうから」
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chapter,2 + 13 +

「はあ」 ニブいと言われようが事実なのだから仕方がない。陸奥はむすっとした表情のままどこか得意げな顔をしている彼女を見つめる。 一介の医師は通常、治療費の支払いについては事務方に任せっきりで、そのお金がどこから出されたかなど気にも留めない。  だが、加藤木は事務方の人間とも懇意にしているようで、その手の話もちゃっかり耳に入れているそうだ。守秘義務上アウトだろ、と突っ込みを入れたいところだが、本人は「たまたま聞こえちゃっただけです~」とケロリとしている。憎めない性格をしているものだ。「陸奥先生こそおかしいと思わなかったんですか? 最先端の脳外科手術に二年にわたる長期入院、後遺症治療とリハビリ……莫大な医療費がかかっているのに助成制度を使うでもなくポンとお金を支払う患者さんですよ? 裏にすごい人物が関わっていることくらい理解できません?」 「……だが、医療保険や交通事故の賠償金などで支払ったんだろ?」 事故の責任を感じた優璃が結婚資金を崩して賠償したという話を出せば、加藤木はふん、とつまらなそうに鼻を鳴らす。「そんなの微々たるものですよー。病院の個室料金やオプションも含めたらもっとかかります」 ……ったくこれだから金持ちのボンボンは、と毒づく加藤木を前に、陸奥は目を瞬かせる。 確かに陸奥は両親ともに医者で、苦労することなく医学部に入り医師になったが、加藤木は県立高校から一浪して私立の医大に入り、ようやく医師になったものの今も奨学金の返済があるとしょっちゅう愚痴を零している。 「そうだな――ご令嬢、なのか」 「ようやく気づいたんですか……庶民の感覚だと『相当な』ご令嬢だと思うんですけど」   そう考えると、亜桜小手毬自身、私立の女子校に通うお嬢様だ。傍系とはいえ諸見里家と家族同士で懇意にしているのだから、家柄も生半可なものではないはずだ。  昏睡状態になった彼女の脳死判定を受けるか両親に訊ねた際、「お金ならいくらでも払うから、治療に専念してくれ」と早咲に懇願していた話も真実なのだろう。  それだけ、彼らは彼女を生かそうとしていたのだ。  そして彼
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chapter,2 + 14 +

  * * *  その日は雪が降りそうなほど寒かった。  紫がかった灰色の雲がどんより、幾層にも重なって空を覆っている。  窓から見える景色は真昼間だというのに、小手毬の心をずしりと重くする。      ――ジュウおにいちゃん、今日も来てくれないのかな。      同じ病棟内にいるはずなのに、診療科目が違うとこうも会えないものなのか。  午後の休憩のときに数分でいいから、来てくれればいいのに。  それとももう、小手毬のことなどどうでもよいのだろうか。 設けられている面会時間はいつだって手持無沙汰。  オソザキが次に来るのはクリスマスごろだと言っていた。年末で仕事が忙しいそうだ。  それでもオソザキに頼まれているのか、週に一回はハヤザキが彼女からの花束を届けに来てくれる。  ハヤザキから花束を受け取るひとときに、小手毬はほんのすこしの幸せを感じる。  まるで彼が自分だけのためにお花を送ってくれるみたいで。     「ハヤザキ、今日のお花は鉢だね?」 「クリスマスが近いから、ポインセチアの寄せ植えをお願いしたそうですよ」 「そっかぁ、クリスマス……」  どこか懐かしそうに微笑む小手毬を見て、早咲も頷く。  「あのね、ハヤザキ。クリスマスになるとね、毎年ジュウおにいちゃんのおうちでパーティをしたんだよ。おおきなクリスマスツリーに家族みんなで飾りをつけるの。その日だけはお仕事で忙しいお母さんとお父さんも一緒なの。もう、十年以上まえの話……なんだけど」 「! ――そうなんですか」 「うん。金や銀の折り紙でお星さまのオーナメントを折ったり、お庭で拾った松ぼっくりにビーズをデコレーションしたり、ジュウおにいちゃんのお母さんがオーブンでチキンを焼いたのをごちそうになってね……さいごはチョコレートクリームがたっぷりかかったブッシュドノエルを切り分けて、銀紙で包まれたコインチョコが中に入っているひとを祝福するの……なぜかあたしばっかり入ってた気がするの。おめでとうって言
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