* * * 秋の陽射しが優しく車椅子の小手毬を照らす。柔らかい橙色のひかりを、彼女は心地よさそうに浴びている。 一年と十ヶ月、太陽のひかりを浴びずにいたのだ。さぞ気持ちのよいことだろう。 機嫌が良くなったのか、少女は瞼をひくひくさせ、しばし、まどろむ。 やがて。 「ねぇ」 少女は車椅子を運転している強面の看護師に、おそるおそる、話し掛ける。「なんだい?」 男性看護師は「楢篠」というネームプレートを胸元につけている。ナラシノと呼んでくださいと小手毬に告げた彼を、彼女は「へんな名前」と一蹴した。でも、ミチノクの方がへんな名前かもしれないと自分の名前を余所に、小手毬は考える。「ナラシノは、奇跡って、信じる?」 どうしてこんなことを口にしたんだろう、小手毬は口にしてから顔をしかめる。 おかしなことを言う子だって思われたかもしれない。いや、もう完全におかしい子だから仕方ない。 植物状態から一年と十ヶ月して覚醒した。それをひとは奇跡と呼ぶ。だけど小手毬にはそれが奇跡と呼べない。理解できない。 自分だけが置いていかれてしまったみたいで。 小手毬はその悲痛な叫びを誰にも訴えられず、悶々とした日々を過ごす。目覚めて三日でこれだ。一ヶ月、一年が経過したら、自分はどうなってしまうのだろう。ほんとうにあたしは奇跡の復活を遂げたのだろうか。墓の冷たい土の下から蘇ったキリストみたいに? 奇跡。 この三日間で何度言われた言葉だろう。 そもそもキセキって何だろう。 小手毬は身近にいるひとに聞きたかった。だけど患者が元気になることを信じて働く陸奥や自由に聞いてはいけないような気がした。だから誰にも聞けなかった。 医師ではない彼なら、義務からではなく、自分の考えていることを正直に教えてくれるんじゃないか。思わず口にしていた。 ただ、口にしようとしても、心の中で考えていた難しい言葉は変換できない。言葉に詰まりながら、小手毬は楢篠に問いかける。 「奇跡?」
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