All Chapters of 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う: Chapter 31 - Chapter 40

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   * * *  ――薬の影響か、すこしうとうとしていたみたいだ。  扉の向こうから、甲高い女性の声と、聞き覚えのある男性の声がかすかに聞こえてくる。 「……から、です……」 「の……!」  先ほどまで傍にいた早咲の姿はない。仕事に戻ったのだろう。  ただ花に囲まれた白い個室でひとり、長い時間を過ごすのは退屈なものだ。  ベッドサイドに置かれたポインセチアの鉢植えを見て、小手毬はふぅ、と溜め息をつく。  けれどその音は、荒々しく開かれたドアの音にかき消されてしまう。  「――なによ。死にぞこないのくせに!」「落ち着いてください、患者さんの前です!」 「これが落ち着けますか! 雪之丞は何も言わずに逝ってしまったのよ! 諸見里、貴方も知っていて陰で嘲笑っていたんでしょう? どうして彼女が生きていて、彼はあっさり死んでしまったの?」 真っ黒なワンピースを着た妙齢の女性は射殺しそうなまなざしを小手毬に向け、言い放つ。「この死神がっ……」 「言いすぎです、蘭子さんっ!」 ――しにがみ、ってあたしのこと? きょとん、とした表情の小手毬を前に、蘭子と呼ばれた女性は忌々しそうに舌打ちをする。「まるで子どもじゃない。生殖機能は無事だっていうけど……これ以上お金は出せない、出したくないわ」 「ですが……」 小手毬を見て子どもだと蔑む蘭子はそれだけ口にするとふん、と乱暴に病室に飾られていた花を奪い、床に放り投げ、黒いハイヒールでくしゃりと踏みつぶす。真っ赤なバラが、床に血のような花弁を散らす。   「あっ……!」  ――オソザキがくれたお花……っ。 ようやく表情を変えた小手毬を見て、蘭子は勝ち誇ったように告げる。   「亜流の桜庭家の小娘に教えてあげるわ。桜庭家はこれ以上貴女の治療費を出さないと決めたけど、亜桜の人間がこの先しばらくは入院費を立て替えるからすぐに強制退院になることはないわ。でもね、よーく覚えておき
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chapter,2 + 16 +

   * * *  面会時間内にやってきた招かれざる客がもたらした騒動のせいで、陸奥の機嫌は急降下した。  それでなくてもここ数日は緊張を要する手術がつづいており、ようやくひと段落ついたところだった。  そこへもたらされた小手毬の容態の急変だ。陸奥はしゅんとした状態の自由と点滴に繋がれた小手毬を見て一喝する。  「お前がいながらなんてザマだ!」 「……申し訳ありません」 「もういい。自分の持ち場に戻れ」 「はい。失礼します……じゃあな、小手毬」  幸い、すぐに意識を取り戻した小手毬は何事もなかったかのように微笑んで蘭子を見送ったが、先ほどまで子どもにしか見えなかった彼女が一気に老け込んだような豹変ぶりに蘭子の方が驚き逃げるように去ってしまった。  彼女と入れ替わりに病室に入ってきた陸奥は、状況がわからないものの、自由を追い払ってから棚や床に散らばる真っ赤なバラの花弁を拾いはじめる。  小手毬は横になった状態で自由に向けて手を振っている。彼の足音が消えたのを確認して、小手毬は陸奥に弁解をはじめる。     「あのね……ジュウおにいちゃんは悪くない、の」  すこし不貞腐れたような表情で小手毬は唇を尖らせる。子どもっぽい仕草なのに、どこか色っぽく見えてしまい、陸奥はぶん、と首を振る。  「お前には聞いてない」 「……」  陸奥はおとなしく引き下がる小手毬を見て、違和感を感じる。  ふだんなら、もっと自由のことを怒るなと騒ぐだろうに…… 「ミチノク」 「なんだ」 「お金のない死にぞこないのあたしにできることって、何だかわかる?」 「なっ……」  彼女の哀しそうな問いかけに、陸奥は絶句する。  小手毬は蘭子とのやり取りで、曖昧だった記憶を取り戻したのだろうか。  黙り込む陸奥を見て、小手毬は老女のような悟りきった表情で呟く。 「雪之丞のおじさまが亡くなった……あ
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chapter,2 + 17 +

   * * *         「赤ちゃんができたみたい」  産婦人科外来を終え、庭園で怯えたように告げた彼女を見て、早咲は微笑を浮かべて頷く。  まるでこうなることを知っていたかのように。 「結婚、しましょう」 「……ほんとうにそれでいいのですか」 「いいも何も、貴女もそれを願っているのでは?」  くすくす笑う早咲を前に、優璃は困った表情で首肯する。  素直に喜びたいのに、喜べない理由を知っている早咲はぽつりと零す。  「小手毬さんなら、きっと喜んでくれますよ」 「……ええ、でも」  交通事故の加害者として訪れた病院で被害者の担当医に恋をして、彼の担当を変更させて、おまけに子どもを妊娠して結婚する、と彼女に報告するのはとても勇気がいる。小手毬だって早咲のことを恋愛感情ではないにしろ信頼を寄せ慕っていたのだから。  けれど、早咲は小手毬なら祝ってくれると優璃の前でさらりと口にする。   「貴女が心配することは何もありませんよ。僕が自由くんや陸奥に怒られるだけです」 いままで仕事一筋で恋などしたことがなかった早咲が、十歳以上も年齢の離れた女性と親しくしているという話は病院内でも話題にのぼっている。とはいえ、ふたりのなれそめを知る者はほんのわずかだ。  自由や陸奥がこのことを知ったら自分に失望するかもしれない。けれど優璃との間に子どもができたことはとても嬉しい。  結婚なんて無縁だと思っていたのに、いじらしい優璃を前にしたらするっと言葉にすることができた。 「幸せにします。だから結婚してください」  陳腐なプロポーズだと自分でも思う。  きっと優璃もそう思ったはずだ。それでも彼女は笑顔を見せた。  この先ずっとこの笑顔を見ていられるのならば、結婚も悪くない。  守りたいものができると、ひとは強くなれるのだろう。小手毬を救おうと必死になって国試を通過した自由のように。  自分にとってのそれは
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chapter,2 + 18 +

   * * *          ――ジュウおにいちゃんは、あたしと“彼”が交わした約束を知らない。      記憶は混濁しているものの、小手毬は自分が誰であるかを確かに識っていた。  蘭子という名の雪之丞の正妻のことも、わずかながら思い出せてきた。  雪之丞は彼女に小手毬の存在を匂わせることなく、逝ってしまったようだけど。  だからあれだけ罵倒されても仕方がないと思った。けれど彼女は小手毬が何者なのか理解していたはずだ。そうじゃなければ彼女にあのような言葉を放つわけがない。  そして雪之丞が小手毬に告げた“約束”のことも。      ――ジュウおにいちゃんと結婚する、そう言っていたあたしは死んだんだ。      あの事故が起こる前夜。  一本の電話が小手毬の無邪気な願いを打ち崩す。  彼との約束を反故にしないかぎり、小手毬は彼を幸せにできないと、知ってしまったから。  罪滅ぼしに、自由を守って死んでもいいと、そう思って――……      ――あのときほんとうに車の前に飛び出したのは、誰?      静まり返った病室で小手毬は反芻する。  死にぞこないの亜桜小手毬。  蘭子は利用価値なんかないとあっさり言い放ち、亜流の桜庭家への資金援助を打ち切った。  けれど亜桜の両親は小手毬に苦労をかけないよう、自分たちのお金で小手毬を生かそうと、生かしつづけようとしている。  その、理由を小手毬は知っているから、自由に真実を告げられない。      ――ジュウおにいちゃんがいくらがんばっても、あたしは彼と結婚できない、んだよ。      記憶のなかの自由は、縁戚関係にあたる、幼馴染のお兄ちゃん。  けれど彼が小手毬の傍にいられたのは、雪之丞が血のつながりを知らない小手毬のために配慮してくれたから。  諸見里家は金に目が眩んだ裏切り者。  彼だけが知らされていない、自由のほんとうの母親のこと。
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chapter,2 + 19 +

「亜桜さん、失礼しますよ~」 「あ、おはようございます」 「検温と血圧、お願いします~」  ノックの音とともに扉が開く。  ベッドから身体を起こしたまま、ぼうっとしていた小手毬の前に、看護師の楢篠が入ってくる。  彼は小手毬が目覚めてから傍にいてくれる看護師のうちのひとりで、唯一の男性だ。  基本的に女性看護師がパジャマの着替えや入浴の補助を行ってくれるが、リハビリなどで車椅子の乗り降りを繰り返したりする場合は力持ちの男性看護師がひとりいるだけでずいぶん楽になるのだそうだ。楢篠健太郎も日中病棟のナースセンターに常駐しており、あちこちの入院棟を行き来している一人で、自由の先輩にあたる産婦人科医、赤根天の夫でもある。      ――アカネのことも思い出した。ジュウお兄ちゃんの家庭教師だった医大の先輩で、美人で……      記憶を取り戻してから改めて赤根天が目の前にいる健太郎の妻になった、という話を陸奥から聞いた時には目を丸くしたが、彼の献身的な動きを観察すると、納得できなくもない。  小手毬に観察されているとは思ってもいない楢篠はいつもと変わらず素早く検温と血圧の検査を行った後、朝食を取りに病室から姿を消した。  すぐさまワゴンに乗せられた朝食が運ばれてくる。ミネストローネのスープとバターが入ったロールパン。すこしかためのスクランブルエッグにレタスのサラダ、デザートにはブルーベリージャムの入ったヨーグルト。点滴生活を送っていた頃と比べたら雲泥の差だ。未だ小食ではあるものの、ようやく身体が食べ物を摂取することに慣れてきたこともあり、小手毬の体つきも枯れ木のように細かったものが年頃の女の子らしいものへと変化している。まだ、月経は再開していないけれど。    黙々と朝食を食べる小手毬を楢篠が見つめている。ほかの看護師たちは食べるところを確認したらすぐに病室から出て行ってしまうというのに、彼だけは自分が食事を運ぶ係になると患者が食べ終わるまで見守っているのだ。  はじめのうちは戸惑った小手毬だったが、何も言わずに優しく見つめるだけの彼が空っぽになったお皿を見て満面の笑みを浮かべるので、思
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chapter,2 + 20 +

「いまは、ミチノクだけ」 「そっか。だけど諸見里先生にも早めに伝えた方がいいと思いますよ。研修医も二年目からコースが細分化するから」 「ん……そうします」  年が明け、春になれば自由も二年目として、更に深い研修を受けることになる。  本来なら、父親のクリニックを引き継ぐため内科系ローテートを選ぶはずだった自由が、過酷な外科系ローテートに身を置いたのは小手毬のため。  けれど、二年目に入れば選べる領域も増え、外科系の研修を受けていた自由でも希望すれば内科系の研修を受けることが可能になる。引き続き自由が外科系を希望するとなると、小手毬との接点は整形外科しかなくなってしまうと楢篠は言いたいのだろう。その頃にはリハビリも終えて退院している可能性もあるが。    小手毬はロールパンをちぎりながら楢篠の表情を観察する。  彼は桜庭財閥や亜桜家のことなど何も知らない。ただ、ワケアリなひとりの患者を心配しているお節介な看護師だ。     「天も心配していたよ。もし陸奥先生や諸見里先生、オレにも言えないことがあったら、女同士お茶会でもしたいって」 「アカネが……?」  小さい頃に何度か顔を合わせただけの彼女が、なぜ自分に親身になろうとしてくれるのだろう。  不可解な顔をしている小手毬に、楢篠は笑う。     「まぁ、あいつはあいつで忙しいから……そう真に受け取らなくても大丈夫ですよ」 「あ、はい」  赤根、ではなかった楢篠天はいま、この病院の産婦人科で働いている。  毎日ちいさな命と向き合う大変な仕事。小手毬とお茶会する暇なんかあるのだろうか。  デザートのヨーグルトをスプーンでかき混ぜながら、彼女の夫である楢篠の話に耳を傾ける。     「そういえばオソザキさん、こちらにはさいきん来てます?」 「いえ……たぶん、仕事が忙しいんだと思います。それに、こっちもバタバタしていたので……」  ブルーベリージャムが混ざったヨーグルトをぺろりと舐めながら、小手毬は応える。  
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chapter,2 + 21 +

   * * *         「……楢篠。お前バカか。バカなんだな。バカとしか言いようがないな」 「ひぃ」 ナースステーションで陸奥は楢篠から話を聞き、速攻で罵倒する。  楢篠は陸奥が想像以上に怒っていることを悟り、青ざめた表情で彼の罵倒を受け入れる。「亜桜小手毬はいま非常にデリケートな状態にあるんだぞ。何ブチ壊すようなことさらっとしてるんだ」 「だ、だっておめでたい話じゃないですか」 「で、どこまで話したんだ」 「オソザキさんが結婚する、とだけ」 「……それ余計に混乱させるパターンだ。言うならぜんぶ説明した方がまだマシだ」「早咲先生がオソザキさん孕ませて責任取っておめでた婚する、って?」「……ぶはっ」 「あんましうちのダンナを責めないでおくれよ、陸奥センセ」 「楢篠先生……」 渡り廊下からピンクの白衣を翻し颯爽と登場する天に、陸奥は苦笑を浮かべる。  さばさばした性格の彼女が陸奥は苦手だ。まだ加藤木の方が腹黒いが愛嬌がある。  けれどその楢篠天は陸奥の苦手意識など気にすることなく夫の健太郎の前でけろりと告げる。     「コデマリの記憶が戻ってきているんでしょう? だったら早いうちに教えてあげた方がいいわよ」 「だが」 「陸奥先生が真綿で包んだまま退院するその日まで大切にしてあげたいってのは見ていてわかるけど、彼女は生命を救ってくれた早咲先生に」 「言うな」 「もう、つれないねえ。桜庭財閥のきな臭い動き、加藤木ちゃんがあちこちでリークしてるけどいいの?」 「何?」  リハビリのとき以外、加藤木とは顔を合わせないが、彼女は陸奥以外にも桜庭財閥についての情報をあちこちで撒いているらしい。桜庭雪之丞の隠し子である亜桜小手毬という餌を利用して何かを企んでいるのだろうか。否。彼女は小手毬を利用するような人間ではない。別の目的があるはずだ。  陸奥はバカらしいと一蹴し、天を睨みつけるが、彼女は平然としている。 「信じたく
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chapter,2 + 22 +

   * * *  ベッドの上に小手毬は倒れていた。  白磁の壺を叩き割ったのだろう、そしてその破片で手首の頸動脈を傷つけ、大量の血を流している。  気が遠くなる前に正気に戻ったのか、ナースコールのボタンをきつく握ったまま、彼女は気を失っていた。  陸奥は血で汚れたベッドから彼女を抱き上げ、応急処置を行った後、駆けつけてきた看護師に部屋を変えるよう告げる。  ――出血の量は多いが生命に関わるほどではないな。いったい何があった……?  衝動的に自殺を試みたとでもいうのだろうか。  困惑する陸奥は小手毬を用意された部屋へ運び、ベッドに寝かせる。  むせかえるような血の香りは遠ざかり、陸奥はふぅと息をつく。  やがてひくひく、と瞼が動き、左右でおおきさの異なる黒曜石のような瞳が陸奥を発見する。 「あ。ミチノク……」 「なにやってんだ」 「んと、生きるための、自傷?」 「……それはまた、派手にやらかしたな」 「ごめんなさい」 「いや。楢篠が余計な事吹き込んだからだろ……そんなにショックだったか?」  早咲と優璃の結婚について問えば、小手毬はうーん、と考えながら首を横に振る。  たしかにふたりの結婚を知って驚いた、けれどそれが小手毬の自傷の直接の原因になるわけではない。  しょんぼりしている小手毬に、陸奥は優しく声をかける。     「記憶が戻ったことで、感情がごちゃ混ぜになっているんだろうな」 「……たぶん、そう」  桜庭雪之丞の隠し子として亜桜家で育てられたワケアリのお嬢様。  彼女のバックグラウンドについて陸奥は何も知らない。  けれど、目の前にいる彼女が痛みに苦しむ姿を見るのはなぜだか自分の身を削られるような痛みを伴う。  たかが自分の担当患者、それだけなのに。  自分が何者なのか周りから押し付けられてそこから逃げ出そうと死ぬことすら省みずあがく彼女を前に、陸奥は戸惑いを隠せない。
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chapter,2 + 23 +

 「ミチノク……恋の痛みをなくすお薬って、ない?」 「ないだろ、流石に」 「そっか……そう、だよね」  麻酔科医のミチノクなら持っているかと思った。  そう淋しそうに口にした小手毬を見て、陸奥は嗤う。 「早咲先生に恋してたのか? あんな中年オヤジ、やめとけ」 「ちがうよ……憧れはあったけど……恋になる前に終わっちゃった。それに中年オヤジなんて失礼だよ、ミチノクだってオジサンなのに」 「言ったな」  くしゃりと小手毬の髪を指先で掬いながら、陸奥は頬を膨らませる。  恋になる前に終わったと言いながら、失恋の痛みを抱える小手毬に矛盾を感じながら、陸奥は問う。 「お前にはジユウがいるだろ」  自由の名を出せば、小手毬は笑って頷いてくれると思った。  けれど陸奥の前で彼女は、ぶん、と思いっきり首を横に振って、拒絶する。     「ジュウお兄ちゃんだけはだめ!」  瞳を潤ませて、口惜しそうに応える小手毬の声は、震えていた。  陸奥が動揺するほどに、彼女は妖しく美しく、恋する乙女になっていた。 瞳を潤ませて、口惜しそうに応える小手毬の声は、震えていた。  陸奥が動揺するほどに、彼女は妖しく美しく、恋する乙女になっていた。     「どういうことだ」 「……っ」 「ジユウはお前のことを、本気で愛しいと想っているから、今日も医局で頑張っているんだぞ? 何がダメなんだ?」  今にも泣きそうな表情の小手毬を前に、陸奥が問い詰めれば、彼女はふい、と顔を背けて布団のなかへ隠れてしまう。  小手毬の反応を見て、陸奥は言い過ぎたかと溜め息をつき、しずかに伝える。 「……悪い。俺も頭に血が上っていたみたいだ。すこし冷やしてくる。お前も休め。心配だから看護師を傍に置いておくぞ」 「……やだ」  敷布からひょっこりと顔を出し、小手毬が懇願
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chapter,2 + 24 +

   * * *     小手毬が自傷行為をして病室を移ったと聞いた自由は、はぁと大仰に溜め息をつき、苦笑する。   「淋しがりやのお姫様に戻っちゃったか……」 「なんですかそれ?」 「いや、なんでもないです。それより加藤木先生、小手毬のリハビリテーションは」 「しばらくお休み、かな」 整形外科病棟を通り抜け、リハビリ室の前ですれ違った加藤木に声をかけられ、自由は足止めを食らっていた。  目の前にいる彼女は小手毬のリハビリ担当として陸奥とチームを組んでいる。小手毬の幼馴染である自由のことも知っているのだろう。人懐っこい笑みを浮かべながら彼女は自由に労いの言葉をかける。   「キミも大変だよね。応急外来が終わったら次はどこに入るんだっけ。四月からさらに厳しい研修がはじまるってのに落ち着く暇もないでしょうに」 「……まぁ、覚悟してましたから」 「ピュアだねえ」 揶揄するような彼女の声に、自由は顔をひきつらせるが、加藤木は彼の反応を喜ぶように言葉を重ねる。   「それにしても……いくら回復期に入ったとはいえ、こうもいろいろあると彼女も落ち着かないでしょうね」 「それは……」 「いまはまだ亜桜家が彼女を費用面で支えていてくれるけど、桜庭家に見捨てられた現状を考えると、そろそろ動き出すんじゃないのかい? 本家が」 「は?」 加藤木の突拍子もない言葉にぽかんとする自由を見て、彼女は自分の失言を悟る。   「……いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね引き留めて」 「あ、はぁ」 逃げるように立ち去る加藤木を見送り、自由は首を傾げながら、渡り廊下を歩いていく。  自由の姿が消えたのを確認した加藤木は、ふぅ、と息をついた後、リハビリ室に入っていく。   ――あぶないあぶない、彼は知らなかったみたいね。   リハビリ室の扉の向こうで胸を撫で下ろせば、そこには先客がいた。「何を話していた?」 「あら、陸奥先生。患者さんの容態は?」 「傍に看護師の楢篠を置いてる。眠剤を飲ませたからしばらくは寝ているだろう」 「ふぅん。傍にいて、って言われたんじゃないの?」 「なっ」 図星か、と笑う加藤木に陸奥はムッとした表情で問いかける。「俺のことはいい。ジユウと何を話したんだ」 「たわいもない世間話ですけど?」 「どーだか」 呆
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