All Chapters of 三年の冷遇、離婚の夜に夫は狂う: Chapter 191 - Chapter 200

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第191話

翌日、陽咲は朝9時までぐっすり眠った。今日は絃葉が迎えに来てくれると思うと、ベッドから起き上がるのにも自然と気合が入った。すっきりと目覚めてベッドを抜け出した陽咲は、身支度を整え、絃葉の家へ持っていく着替えなどを荷造りしてから、朝食をとるために1階へ降りた。幸子の指示のもと、使用人たちはすでに白檀荘の大掃除をすっかり終えていた。家の中の調度品やしつらえは一通り新しいものに入れ替えられている。すべてが真新しく清々しい空気に包まれている。年が明けたら離婚できるのだと思うと、陽咲はすこぶる上機嫌だった。怜央はまだ起きてこなかった。彼の顔を見ずに済むと思うと、さらに気分が晴れやかになった。「奥様、少し早いですが、良いお年をお迎えください」幸子が傍らに立ち、ニコニコと微笑みながら言った。その隣には麻衣も立っている。志保は荷物をまとめている最中で、まだ来ていなかった。浩二は外で待機していた。本当は彼も中へ入って挨拶したかったようだが、「奥様から笠井さんを実家へ送るよう言いつかっているのだから」と幸子に止められ、諦めたようだった。陽咲は微笑んで応えた。「ありがとう、山田さん。あなたたちも、良いお年をね」朝食を終えた頃、ようやく怜央が起きてきて身支度を済ませた。陽咲は彼を見るのも億劫で、食後はそのままソファに座ってスマホの動画を眺めていた。傍らにはスーツケースが置かれている。怜央はそれを何度もチラチラと見ていたが、何も言ってこなかった。10時半になった頃、絃葉が迎えに来た。陽咲が自分でスーツケースを持とうとしたところ、いつの間にそばに来たのか、怜央が彼女より早く手を伸ばした。「俺が持とう」陽咲もあえて拒絶しなかった。外へ出ると、怜央は黙々とスーツケースを車のトランクに積み込んだ。絃葉は彼を何度か見たが、何も言わなかった。陽咲はさっさと車に乗り込んだ。荷物を積み終えた怜央は、助手席のドアのそばに立ち、何か言いたげな様子でこちらを見ていた。陽咲が横目で彼を見た。「何か用?」怜央は一瞬沈黙し、少しぎこちない様子で口を開いた。「あー……大晦日の夜は、忘れずに友達を連れて家に飯を食いに来いよ」彼が言ったのは、「家に飯を食いに来い」だった。「安部家の本邸」ではなく。陽咲は彼を取り合う気にもな
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第192話

陽咲は遠慮するそぶりも見せず、絃葉の腕に絡みついてさっさと車に乗り込んだ。雅也は車の外でやれやれと首を横に振り、後に続いて乗り込んだ。ショッピングモールの駐車場に車を停めた直後、タイミング悪く雅也のスマホに取引先から具体的な案件の打ち合わせの電話が入った。「先に行っててくれ。俺はここで待ってるから」雅也は通話口を手で塞ぎ、2人に先に行くよう目で合図した。陽咲はコクリと頷き、絃葉と一緒に車を降りた。モールに足を踏み入れると、陽咲はいつもの癖で絃葉をスナック菓子コーナーへ引っ張っていき、ポテトチップスやコーラなどを次々と見繕った。絃葉はショッピングカートを押しながら、ふわりと微笑んだ。「好きなものがあったら遠慮なく入れなさい。今日は私のおごりだから」お菓子を掴みかけた陽咲の手がピタリと止まった。おじいさんが亡くなる前、毎年のお正月の買い出しに自分と絃葉を連れてきてくれた記憶が蘇った。あの頃、おじいさんはいつもニコニコと2人を見守りながら、今の絃葉とそっくり同じ言葉を口にしていた。「好きなものがあったらどんどんカートに入れなさい。今日はわしのおごりじゃ。絃葉ちゃんも、遠慮はいらんぞ。わしにはお金があるんじゃからな!」陽咲はツンと目頭が熱くなり、お菓子の袋をぎゅっと握りしめて、小さく鼻をすすった。その僅かな異変に気づいた絃葉が、心配そうに顔を覗き込んできた。「どうしたの、陽咲?」陽咲は顔を上げ、気遣わしげな絃葉の眼差しと視線を合わせると、ふるふると首を振り、どうにか笑顔を作ってみせた。「ううん、なんでもないの。ちょっと風邪気味みたい。帰って薬を飲めばよくなるわ」おじいさんが恋しくなったのだとは、とても口にできなかった。絃葉まで悲しい気持ちにさせてしまうのが嫌だったのだ。陽咲は心の中でひっそりとため息をついた。小さくかぶりを振り、ふうっと息を吐き出して、無理やりおじいさんの面影を頭から追い払う。絃葉は納得したように頷いた。「わかった。帰ったら葛湯を作ってあげるわ。冷えに効くから」陽咲は「うん」と応じた。2人はその後、いくつかお正月用品を買い揃えた。雅也が白玉団子に目がないと陽咲から聞かされると、絃葉はそれをいくつもカートに放り込んだ。お正月用の飾りも何組か買い足し、2人はモールを後にして、
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第193話

雅也は陽咲をちらりと横目で見ると、わざわざ彼女の目の前まで歩み寄って見せびらかした。「いいか、これは絃葉が俺のために手編みしてくれたんだぞ。お前にはないだろ?いやあ、可哀想になあ」彼はわざとらしくチッチッと舌を鳴らし、大げさにため息をついてみせた。陽咲は不満たっぷりの目を絃葉に向けた。「あなたの分は部屋にあるわよ。まだ出してないだけ」絃葉は呆れたように言い、雅也に向き直った。「雪で道が滑るから、くれぐれも気をつけてね」雅也は「わかった」と頷いた。彼が帰った後。絃葉と陽咲は少し休憩を挟んでから、部屋の大掃除に取り掛かった。2時間かけて家の中を隅々まで掃除し終えると、正月用の飾り札を飾り付けた。陽咲と絃葉は服を着替え、ソファに深くもたれかかってひと息ついた。絃葉が先ほどつけたテレビからは、ドラマの音声が流れている。2人のとりとめのない話し声とテレビの音が心地よく混ざり合い、陽咲の胸にはかつてないほどの幸福感が広がっていた。「お腹空いた?私、ご飯作ろうか」絃葉が言った。陽咲が「うん、手伝う」と答えようとしたその時、蒼空から電話がかかってきた。陽咲は電話に出た。「もしもし」電話の向こうで、蒼空は傍らにいる清子を優しく宥めていた。「はいはい、今かけてるから」それから陽咲に向かって言った。「もしもし、陽咲。お祖母さんがどうしても君と白瀬先生に会いたいって駄々をこねていてね。君と白瀬先生、今から時間は取れるかな?」彼は少し困ったような声を出した。陽咲はふふっと笑った。「ちょうど今から絃葉とご飯を作ろうとしていたところよ」陽咲の声を聞きつけた清子は、蒼空の手からスマホを受け取ると、慈愛に満ちた声で陽咲に語りかけた。「陽咲ちゃん、もしこれからご飯なら、蒼空にお迎えに行かせるから、御影荘へご飯を食べにいらっしゃいな。どうかしら?2人の顔をずっと見ていないから、会いたくてねえ」蒼空は心の中でツッコミを入れた。ついこの間会ったばかりじゃないか?陽咲は答えた。「先に絃葉に聞いてみるね」清子が自分に会いたがっていると聞き、絃葉の胸がわずかに高鳴った。なぜだか分からないが、以前清子に会った時、ひどく懐かしいような、親しみのようなものを感じたのだ。きっと何かの縁があるのに違いない。絃葉はそう思った。
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第194話

怜央は呆気にとられた。「俺への新年のお祝いじゃないのか?」陽咲はピクリと口元を引きつらせ、蒼空へのプレゼントだと言い返しそうになった。だが、怜央が彼に難癖をつけるのを面倒に思い、適当に誤魔化した。「これは絃葉にあげるものよ」怜央は内心寂しさを覚え、無愛想に「そうか」とだけ返し、黙り込んでしまった。陽咲は彼を一瞥しただけで特に気にも留めず、さっさと外へ出た。車に乗り込むと、陽咲は自ら打ち明けた。「これ、実は蒼空へのプレゼントなの。この間、彼には色々と助けてもらったから」絃葉は納得したように頷いた。「そうね」御影荘に到着し、車を停めると、2人は蒼空の元へと向かった。蒼空は門の外で2人を待っていた。陽咲は歩み寄り、彼に小箱を手渡した。蒼空は少し驚いたように目を瞬かせた。「これは……?」陽咲はにっこりと微笑んだ。「新年のお祝いよ」蒼空は嬉しそうに口元を綻ばせると、受け取った箱を傍らの使用人に預けた。必ず寝室に置くようにと念を押してから、2人を清子の部屋へと案内した。清子はここ数日、ずっと考えを巡らせていた。絃葉こそが、あの時死産だったと聞かされていた子ではないのか、と。人を遣って調べさせようとも考えたが、もし蒼空にそのことを知られ、彼が再び父親のところへ問い詰めに行くような事態になるのを恐れ、思いとどまっていた。後日、折を見て密かに調べようと考えているのだ。清子は陽咲といくつか言葉を交わした後、視線を絃葉へと移した。「あなたが絃葉ちゃんね?」彼女は微笑み、手を伸ばして絃葉の手を引き寄せると、慈しむような眼差しを向けた。「蒼空から聞いたわ。以前は児童養護施設で育ったのだとか。いい子ね、本当に苦労したことでしょう」彼女はため息をつき、目尻を湿らせた。仮に絃葉があの時の子でなかったとしても、蒼空から彼女が孤児だったと聞いた時、胸が痛むのを止められなかった。絃葉は穏やかに微笑んだ。「別にそれほどでもありませんよ。慣れっこでしたから。それに今は陽咲がいるので、ちっとも孤独じゃありません」絃葉は静かな声で言った。清子は頷き、3人でしばらく楽しく歓談した。蒼空は少し離れたところに立ち、目の前の温かな光景を口元に笑みを浮かべながら見守っていた。今日のように心から満たされ、幸せを感じたのは、本
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第195話

出かける前、陽咲はドアによりかかり、笑顔で絃葉を見送った。「帰ってきたら、進展があったかどうかちゃんと報告してよね」絃葉はぽんっと彼女を軽く叩き、出かけていった。1人残った陽咲は、家でゲームをして過ごした。最近暇を持て余していたため、以前やっていたあのゲームを再ダウンロードしたのだが、ここ数日すっかりのめり込んでしまっていた。夜の9時半になってようやく絃葉が帰宅し、天華閣の料理をテイクアウトしてきてくれた。日々はそんなふうに、穏やかに過ぎていった。あっという間に6日が経った。大晦日の日。陽咲と絃葉は、夜に安部家の本邸へ年越しの晩餐に向かう際の手土産をいくつか買い揃えていた。午後6時、明美から陽咲にメッセージが届いた。【雪も止んだし、そろそろいらっしゃい。そうだ、あなたも絃葉もしっかり厚着してくるのよ。外は冷えるから、風邪を引かないようにね】陽咲は【わかりました】と返信した。やり取りを終え、2人は着替えを済ませた。いざ出かけようとしたその時、絃葉が声をかけた。「陽咲、ちょっと待って」陽咲はドアノブに伸ばしかけた手を引っ込め、不思議そうに振り返った。「どうしたの、絃葉?」絃葉は一度部屋に戻ると、陽咲のために編んだマフラーを手に出てきた。そして陽咲の首元に隙間なく丁寧に巻いてやると、ようやく「行きましょうか」と口にした。陽咲は嬉しそうに目尻を下げ、ふわりと微笑んだ。「うん」2人は用意した手土産を車のトランクに積み込み、車に乗り込んだ。絃葉は陽咲がまた風邪を引くのではないかと心配し、わざわざ厚手のブランケットを新しく買っていた。陽咲が車に乗ると、絃葉は暖房を入れ、さらにその上からブランケットで彼女をすっぽりと包み込んだ。くるくると動く大きな瞳だけが覗く状態にして、ようやく安心して車を発進させた。通りは華やかなイルミネーションや飾りに彩られ、街全体がお正月特有の喜ばしい空気に包まれている。信号待ちの合間、陽咲は車窓の向こうを行き交う人々を眺めた。皆、新調した服に身を包んでいる。ふと唇がほころび、目元にも自然と笑みがこぼれた。絃葉が横目で彼女を見て、少し弾んだ声で尋ねた。「何を笑ってるの?」「今年はあなたと一緒に年を越せるのが、すごく嬉しいなって思って」陽咲はそう言いながら、思わず口元を手で
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第196話

悠里の姿を見るや、明美の表情はサッと凍りつき、冷淡な顔つきへと変わった。「誰がここへ来いと言ったの?お正月だっていうのに、自分の家でおとなしくしてないで、よその家に上がり込んで何をするつもり?」傍らにいた陽咲は、表情一つ変えずにじっと悠里を見据えていた。怜央は端正な眉を微かにひそめ、悠里が一体何をしにここへ来たのかと怪訝そうにしていた。陽咲は、悠里の手に1枚の診断書のようなものが握りしめられているのを、目ざとく見逃さなかった。嫌な予感がする――そう直感した陽咲は、あえて口を挟まず、黙って事の成り行きを見守ることにした。悠里は居並ぶ面々をぐるりと見渡し、深呼吸をして気を静めると、覚悟を決めたように口を開いた。「明美さん、私を追い返すことはできませんよ」彼女はゆっくりと自身のお腹に手を当て、慈しむような柔らかな眼差しを向けた。「だって……私、怜央さんの子を身ごもっているんですから」その一言は、静まり返った場に凄まじい衝撃を叩きつけた。怜央はガタッと立ち上がり、悠里を信じられないといった目で見つめ、言葉を詰まらせた。「君……一体、何をでたらめなことを言ってるんだ!?」明美と直樹も、その言葉に雷に打たれたように固まった。その言葉を耳にした絃葉は、陽咲の代わりに一言物申してやろうと、反射的に腰を浮かせた。だが、すぐ隣に座っていた陽咲がそっと彼女の手を引き、座ったままでいるよう目で制した。「大丈夫、大事にはならないから」陽咲は絃葉に向けて、声を出さずに口の動きだけでそう伝えた。絃葉はようやく胸のつかえが下りたように、小さく息を吐いて椅子に座り直した。我に返った怜央は、弾かれたように陽咲へと視線を向け、無意識のうちに弁解の言葉を口にしていた。「悠里がでたらめを言ってるんだ!俺は絶対にそんなことしてない!」陽咲は静かに伏し目がちになり、瞳の奥に浮かんだ嘲りの色を押し隠して、ただ沈黙を貫いた。明美も焦ったように陽咲の顔色を窺い、それから鋭く冷ややかな視線を悠里に突き刺した。「そうよ、あなたが私たちを騙そうとしてるだけじゃないって、誰が証明できるの!」誰も自分の言葉を信じようとしない様子、何より怜央が必死に自分との関係を否定しようとする姿を目の当たりにして、悠里の胸にはズキリと痛みが走った。いっそヤケになっ
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第197話

その一言は、悠里の目的をあからさまに示していた。今日ここへ来た彼女の目的は、他でもない、陽咲と怜央を離婚に追い込むことなのだ。明美はその言葉の裏にある思惑を瞬時に察知すると、即座に冷笑を漏らした。「絶対にダメよ!私たち安部家は、陽咲以外の嫁を認めるつもりはないわ!うちに嫁ごうなんて、寝言は寝てから言いなさい!」直樹も傍らで頷き、低い声で言った。「ああ。この間、陽咲が何度も紬希を庇ってくれたこと、俺たちはちゃんと見ている。恩を仇で返すような真似は断じてしない。悠里、怜央の子を身ごもったと言うなら、そのまま病院へ行って堕ろしてこい。お前の腹にいる子供なんぞ、安部家には必要ない!」直樹と明美の言葉は、どちらも陽咲を庇うものばかりだった。陽咲は目頭を熱くし、瞳の奥に一抹の罪悪感を滲ませた。直樹がそう言い終えた、まさにその時。聡子と大輔が本邸へと入ってきた。「誰がここへ来ていいと言ったの?」明美は冷ややかな声で放った。聡子は明美を相手にせず、傍らで表情を変えずに佇む陽咲をちらりと見て鼻で笑うと、悠里のそばに歩み寄り、彼女を庇うように立った。「もし怜央さんと陽咲を離婚させないと言うのなら、私たちは彼を強姦罪で法廷に引きずり出すわよ!それだけじゃない、安部グループからも出資を引き揚げさせてもらうわ!よくお考えなさい。陽咲と、あなたたち安部家の評判や会社、一体どちらが大事なのかをね!」明美はその脅し文句に唇をワナワナと震わせ、震える指で聡子を指さしたが、怒りのあまり言葉が出てこなかった。傍らにいた直樹が険しい顔で立ち上がり、明美の肩をぐっと押さえて座らせると、聡子たち3人に座るよう促した。「話があるなら、座って落ち着いて話せ」直樹が低い声で窘めた。聡子は得意げに腰を下ろすと、陽咲を鋭く睨みつけ、フンと冷たく鼻を鳴らした。直樹は聡子を一瞥して言った。「子供には罪はない。子供のことは認知しよう。だが、怜央と陽咲を離婚させることについては、金輪際考えないことだ!」大輔が冷笑した。「では、安部グループはどうなってもいいという意味か?」その口調には脅しが込められていた。ずっと沈黙を保っていた怜央が、突然声を荒らげた。「もう結構です!」彼は勢いよく立ち上がると、大輔夫婦を冷ややかに睨みつけ、氷のように冷たい
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第198話

直樹の言葉を聞いて、明美はようやく我に返り、慌てた様子で陽咲を見つめた。「陽咲、安心して。私は絶対にあなたと怜央を離婚させたりしないからね」陽咲は心の中で密かにため息をついた。事態の展開が、彼女の思惑とは少し違ってきているようだ。怜央は、傍らで静かに佇む陽咲を見て、不意に強烈な罪悪感に駆られた。今夜、彼が最も申し訳ないと思うべき相手は、他でもない陽咲なのだ。先ほど悠里から妊娠を告げられた時の、陽咲のあの静まり返った表情を思い出すと胸がズキリと痛み、彼は軽く咳払いをして口を開いた。「この件で陽咲には辛い思いをさせることになるが、今は大局を重んじるべきだ。安部グループがここまで来るのにどれだけ苦労したか。それが目の前で台無しにされるのを、俺は絶対に黙って見過ごすわけにはいかない」そう言うと、怜央は何か言い返そうとした明美を制して言葉を続けた。「お母さん、急いで反論しないでくれ。俺にいい考えがある。望月家を納得させつつ、会社も守れる方法だ」直樹と明美が口を開くより先に、絃葉が動いた。彼女は心配そうに陽咲をちらりと見やり、それから怜央を冷ややかな目でにらみ据えて凛とした声で言い放った。「先に言っておくけど、その方法で陽咲を傷つけるような真似は許さないわ。もし陽咲が傷つくようなことなら、私は絶対に同意しないからね」陽咲は傍らで宥めるように絃葉の手をぽんと叩き、安心させた。陽咲としては、怜央が一体どんな「いい考え」をひねり出すのか、お手並み拝見といきたかったのだ。怜央はコホンと喉を鳴らした。「年明けに、いったん陽咲と偽装離婚をする」「偽装離婚ですって?」明美は眉をひそめた。傍らにいた直樹も、全く解せないという顔をしている。「ああ、偽装離婚だ」怜央は頷き、説明を加えた。「あの聡子が、俺と陽咲を離婚させろと言ってきただろう。なら、向こうの言う通りにしてやるんだ。俺は先に陽咲と離婚届を出して、望月家の連中を安心させる。そして安部グループの地盤が完全に固まったところで悠里に子供を堕ろさせ、俺と陽咲は復縁する」怜央は低い声で言い切った。直樹と明美は顔を見合わせ、深々とため息をついた。今のところ、そうするほかに手立てはなさそうだ。明美は申し訳なさそうに陽咲を見つめ、その手をぎゅっと握りしめた。「陽咲……
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第199話

怜央は苛立たしげに髪を掻きむしり、一歩下がって椅子にどっかりと腰を下ろした。「俺が解除に応じないと言ったら?」彼はどうしても陽咲と離婚したくなかった。その理由については、ただ「紬希が陽咲を必要としているから、そばにいてもらわなければ困る」と自分に言い聞かせていた。しかし、果たして本当にそれだけなのだろうか?怜央は深く考えようとはしなかったし、考えることすら恐れていた。心のどこかで、自分が陽咲を少なからず気にかけ始めているという事実を認めたくなかったのだ。陽咲は、彼が婚前契約の破棄を渋ることなどとうの昔に見透かしていた。フッと冷ややかな笑みをこぼすと、怜央の視線を受けながら、彼女も傍らの椅子を引き寄せて腰を下ろした。「いいわよ。あなたが解除に同意しないなら、私も偽装離婚には協力しないから。どうせ安部グループは私が立ち上げたものじゃないもの。そうでしょ?」陽咲は笑みを浮かべて彼を見つめていたが、その瞳の奥は氷のように冷え切っていた。まさか逆に脅されるとは思ってもみなかった怜央は、胸の内で苛立ちを募らせ、愕然として言い返した。「お父さんやお母さん、それに紬希が悲しんでもいいっていうのか?」情に訴えかけ、陽咲に罪悪感を植え付けようとする。だが、陽咲はそんな揺さぶりに一切乗らなかった。「今話しているのは安部グループのことでしょ?お義父さんやお義母さん、それに紬希が何の関係があるのよ」怜央はどう反論していいかわからず、ただ口をつぐむしかなかった。部屋の中には、息が詰まるような重苦しい沈黙が立ち込める。10分後、怜央はとうとう折れ、陽咲との契約解除に同意した。陽咲は彼を冷ややかに一瞥し、嘲笑を浮かべた。目的を果たした以上、これ以上彼と一緒にいる理由もない。彼女は立ち上がり、ドアを開けて1階へ降りようとした。「あとで白檀荘に戻って、解除の合意書にサインするぞ」怜央が低く、微かに掠れた声で言った。ドアノブに手をかけていた陽咲は一瞬動きを止め、「ええ」とだけ短く応じて階段を降りた。怜央は去っていく彼女の背中を複雑な眼差しで見つめ、その後を追って下へと降りていった。1階に降りた陽咲は、こみ上げる歓喜を必死に抑え込み、絃葉と視線を交わした。そして、怜央と話し合って決めた通り、彼に協力して偽装離婚に応じる
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第200話

陽咲は自嘲気味に笑い、静かな眼差しで怜央を見据えて尋ねた。「怜央。結婚する前、私にあの婚前契約書へサインさせた時、あなたはすでにこの解除合意書も一緒に用意していたのね。――少しでも早く、私との関係を清算できるように」その問いかけは、かつて心の底から彼を愛していた「過去の自分」の代わりに投げかけたものだった。怜央は伏し目がちになり、長い睫毛を微かに震わせると、唇をぎゅっと引き結んで黙り込んだ。陽咲も焦ることはなく、ただ無言で彼を見つめ返した。どうしても彼の口から直接答えを聞き出すつもりだった。怜央はこの問いから逃げられないと悟り、心の中で深くため息をついた。確かに、以前の自分はそのつもりだった。それは彼自身も認めざるを得ない。だが、陽咲と日々を共にするうちに、彼はいつしか彼女に対して特別な感情を抱き始めていた。とはいえ、プライドの高い怜央がそんな本音を素直に口にできるはずもなかった。一瞬の沈黙の後、彼はただ短く一言だけ答えた。「……ああ」陽咲はフッと冷笑を漏らし、その瞳にありありと嘲りの色を浮かべた。「そうそう、契約解除のサインも済んだことだし、お正月の合間にでも離婚協議書の作成を進めておいてよ。ちょうどいい機会だから、悠里に席を譲ってあげるわ」陽咲は淡々とした声で言い放った。その瞳にはもはや何の感情の揺らぎもなかった。そんな彼女の態度に、怜央は得体の知れない焦燥感に駆られた。この瞬間になって初めて、彼は思い知らされたのだ。陽咲は、本当に自分のことを愛さなくなってしまったのだと。彼は陽咲を見つめ、その言葉には答えず、ただ茫然と問いかけた。「陽咲……どうして、そんなに変わってしまったんだ?」なぜこれほどまでに別人のようになってしまったのか。かつて、心の中も瞳の奥も彼への愛で満ち溢れていた、あの頃の陽咲の面影はどこにもない。陽咲はくすりと笑い、氷のように冷え切った眼差しを怜央に向けた。「あの冬の日、あなたと悠里がいちゃついている声を聞いたあの瞬間に、私はあなたに完全に見切りをつけたのよ」一言一言、彼女はひどく落ち着いた声で言った。まるで、取るに足らない些細な出来事を語るかのように。その言葉を聞いた瞬間、怜央はハッと息を呑み、手足の先から急速に血の気が引いていくのを感じた。背筋を這い
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