Tous les chapitres de : Chapitre 111 - Chapitre 120

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第111話

真澄は千暁の側で働ける人間なのだ。その能力が低いはずもない。咲夜は千暁の言葉を聞き、その厚意を素直に受け取ることにした。実際、花江グループに戻る以上、自分にはまだ学ばなければならないことが山ほどある。千暁は咲夜を見つめながら、皺になった服を整える。低く落ち着いた声で言った。「瞳のこと、よろしく頼む。今夜はちゃんと休め。何かあったらいつでも連絡してくれ」「外まで送るね」咲夜は彼を玄関まで見送った。千暁は車のドアを開けながら、ちらりと彼女を見る。「夜は冷える。中に入れ」咲夜は薄着のままだった。夜風に吹かれれば、確かに少し肌寒い。彼女はその場に立ったまま、千暁の車が走り去っていくのを見届けてから、ようやく部屋に戻った。リビングに戻り、咲夜は救急箱を片付け始める。その時、テーブルの上に置いていたスマホが光った。画面に表示された番号を見て、咲夜は通話ボタンを押す。「……お母さん」こんな時間に真奈美が電話してくる理由など、考えるまでもない。きっと晴南のことだ。今夜、自分と晴南が完全に決裂した件が、もう母親の耳に入ったのだと思った。これまでもそうだった。自分と晴南が揉めるたび、真奈美は必ず真っ先にそれを知り、真夜中だろうと構わず電話をかけてくる。そして咲夜を「子供っぽい」「わがままだ」と責め立て、自ら折れて晴南と仲直りするよう迫るのだった。電話の向こうから、真奈美の声が聞こえる。「明日、帰ってくるの?まだお母さんに腹を立ててるの?家にも帰らないつもり?お母さんは全部咲夜のためを思って言ってるのよ。いつかきっと、お母さんの気持ちが分かる日が来るわ」最後には、小さなため息まで混じっていた。咲夜は、少なくとも今夜の件について責められるわけではなさそうだと分かり、密かに安堵する。母が何のために電話してきたのかは分からない。だが、今日瞳に聞いた花江グループの経営問題を思い出し、咲夜は少し考えてから口を開いた。「明日、お昼に帰るよ。ちょうど話したいこともあるし……」本当は、会社の件について真奈美ときちんと話をしたかった。だが、咲夜が帰ると聞いた途端、真奈美は嬉しそうに言葉を遮る。「本当?よかったじゃない。だったら晴南さんも一緒に呼びなさい。あれだけ長く喧嘩したんだから、もうそろそろ
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第112話

翌朝には、ネットが大炎上していた。【花江グループ令嬢が心変わり!?バーで謎の男性と密会、公然浮気か】記事に載っていたのは、昨夜「Fittro」で撮られた咲夜の写真だった。写真には、彼女がある男性と並んで立っている姿が映っている。咲夜の顔には派手なエフェクト付きで強調されていた一方、隣の男にはモザイクが掛けられていた。だが咲夜には分かっていた。――千暁だ。写真の場面は、昨夜千暁が個室に入ってきて、晴南と揉め始めた時のものだった。さらに続けて、別角度からの写真まで流出していた。【森崎グループ御曹司、失恋で泥酔か?深夜に暴行被害、緊急搬送!】記事には、晴南がボロボロの姿で救急外来に出入りする様子が載せられており、さらに「Fittro」から人に支えられて出てくる写真まで掲載されていた。コメント欄はすでに大炎上だ。【ID名:みかんゼリー999】【え、つまりバーに浮気現場を乗り込んで返り討ちに遭ったってこと?最近の浮気ってこんな堂々としてるの?】【ID名:風まかせの旅人】【これ許せる男いる?俺なら浮気した女、まずぶん殴るよ。】【ID名:もちもち大福】【まだ全貌分からんし何とも言えないなー。最近切り抜き記事多いし、とりあえず続報待ち。】【ID名:キラキラ星空】【え、この花江グループのお嬢様って森崎家の御曹司にベタ惚れ設定じゃなかった?私の記憶違い?それとも全部キャラ作ってた感じ?】【ID名:海風ソーダ】【表では清純ぶって裏では男遊びとかエグ。てかモザイクかかってる相手、誰なのか気になりすぎるんだけど。】【ID名:深夜のカップ麺】【そのことなら知ってるよ。昨日「Fittro」にいた友達から聞いた。名前は出せないけど、森崎家より格上のガチ上級らしい。】【ID名:ゆずぽん大好き】【森崎家以上って、景浦市でそんなのもう……】【ID名:今日も平和希望】【上の人誰だよw匂わせるだけ匂わせて消えるのやめてくれw】【ID名:ハトじゃないよ】【もう、ゴシップ追いかけてさすがに疲れてきたよ。誰かまとめてくれる人を求む。】あっという間に、咲夜と晴南の名前はトレンド入りした。どの大型掲示板でも、二人の話題がトップ3を独占している。朝のランニングから戻った咲夜は、本来ならヨガをしているはずの瞳が、部屋の中を落ち着き
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第113話

さらには、最初に拡散したアカウントや、特に酷い中傷コメントまで、瞳はすべてスクリーンショットして保存していた。事情も知らないくせに、面白半分でデマを拡散し、下品な冗談で盛り上がる。正義漢を気取って、上から目線で他人を叩いて裁いている連中なんて、滑稽でしかなかった。もし自分がこいつらを訴えて破産寸前まで追い込めなかったら、弁護士としての名折れだ――それくらい本気で怒っていた。咲夜はプランクを終え、瞳の隣に腰を下ろす。そして瞳の頭を軽く撫でながら笑った。「はいはい、瞳の頭をなでなで。これで悩み事も吹き飛ぶよ。もう怒らないの。怒ると綺麗な顔が台無しだよ?瞳がいつも言ってるじゃない。『しんどい女になっちゃダメ』って」瞳はじっと咲夜を見つめる。「……その反応、逆に怪しいんだけど?全然焦ってないじゃん。ねえ、何か策あるでしょ?」あまりにも落ち着きすぎていた。むしろ、その冷静さが不自然なくらいだ。だが不思議なことに、咲夜が平然としているから、瞳の怒りも少しずつ落ち着いていく。咲夜はゆっくり息を吐いた。「本当のことは消えないし、嘘も永遠には続かない。今ここで無理にトレンドを消したら、世間から見れば『後ろめたいから揉み消した』って思われるだけ。逆にもっと炎上するよ」確かに、それにも一理ある。だが、このまま炎上を放置するのも危険だ。だからこそ瞳は焦っていた。そんな瞳に、咲夜は安心させるような視線を向ける。「大丈夫。ちゃんと考えてるから」その表情を見た瞬間、瞳はようやく肩の力を抜いた。咲夜なら、うまく片付けられる。そう信じられたからだ。ただ、それでも咲夜がどうやってこの件を収めるつもりなのかは気になる。だが聞こうとした矢先、咲夜のスマホが鳴った。――真奈美だ。おそらく、トレンドを見たのだろう。咲夜はスマホを持って立ち上がる。「お母さん」そう言って窓際に向かい、通話に出た。次の瞬間、電話の向こうから真奈美の甲高い怒鳴り声が飛んでくる。「そのトレンドって何!?咲夜、晴南さんと本当にここまで揉めないと気が済まないの!?今すぐ家に帰ってきなさい!」声が大きすぎて、咲夜は眉をひそめ、スマホを耳から離した。そのまま、真奈美が感情のまま怒鳴り散らすのを黙って聞き流した。やがて相手の勢いが
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第114話

咲夜に関する炎上は、なおも勢いを増し続けていた。「大丈夫」と言われて少し安心したはずの瞳ですら、また不安になってくる。何度も咲夜の方を見るが、当の本人はというと――普段通りに生活し、さらには大きな窓辺に腰掛けて、のんびりと本まで読んでいた。まるで自分が炎上の中心人物だという自覚すらないかのように。その間にも、森崎家からは何度も電話が掛かってきていた。だが咲夜は、一度も出ない。あまりにしつこくて嫌気が差したのか、最後には森崎家の連中の番号をまとめてブロックした。ただ一つの番号だけを除いて。さらに千暁からもメッセージが届く。【手伝いが必要なら言え】だが咲夜は、礼儀正しくその好意を断る。【ありがとう、自分で解決できるよ】そう返された千暁も、それ以上は踏み込まなかった。【何かあれば俺か灰原を頼れ】そうだけ残し、咲夜の意思を尊重した。時計を確認した咲夜は、ふいに顔を上げて瞳を見る。「瞳、行こう。スタジオに」「え、何しに?」口ではそう言いながらも、体は正直だった。瞳はすぐに立ち上がり、咲夜の後を追う。そしてスタジオの入り口で清治の姿を見つけた瞬間、ようやく咲夜の狙いを理解した。――このスタジオの大株主は、もう咲夜ではないのだと、晴南たちに見せつけるためだ。清治は笑顔で咲夜に声を掛ける。「花江さん、てっきり遅れるかと思ってたよ。時間ぴったりだね」咲夜は肩をすくめた。「鈴村さんの方こそ、私よりも、この手続きを急いでいたんじゃないですか?」今朝の炎上騒動のせいで、晴南は間違いなく森崎グループで対応に追われているはずだ。だが、このスタジオには彼の息がかかった人間がいる。だからこそ咲夜は、わざとここで清治との譲渡契約を交わすつもりだった。契約書は既に晶子に準備させてある。そして案の定、咲夜がスタッフ全員の前で契約書にサインした直後、一人の社員がスマホを持って彼女の元へやって来た。「あの、花江さん……森崎社長からです」咲夜はスマホを受け取ろうとはせず、淡々と言う。「スピーカーにして」次の瞬間、晴南の怒声がスタジオ中に響き渡った。「咲夜!誰が株を売っていいなんて言った!?売るな!今そっち行くから待ってろ!」だが咲夜は、まるで気にも留めない。「残念だけど、もう契約は成立済みです。これ
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第115話

だからこそ、咲夜がそう告げた瞬間、彼女についてきたスタッフたちは、迷うことなく首から社員証を外した。そして口を揃える。「私たち、辞めます。もともと咲夜さんについて来たんです。咲夜さんがいないなら、ここに残る意味なんてありません」「そうですよ!咲夜さん、私たちこんなところで我慢なんかしません。咲夜さんを裏切ったクズ男と一緒に働くなんて絶対無理です」晶子はそう言いながら、メンバーたちの社員証をまとめて回収していく。もちろん、そのやり取りは電話越しに晴南の耳にも入っていた。彼は向こうで低く舌打ちし、部下に命令する。――何としてでも咲夜を引き留めろ。そう言い残して電話を切った。通話していた社員は、おどおどしながら咲夜の前に来る。「花江さん……森崎社長がもうすぐ来ます。少し待ってほしいって……」だが咲夜は即答だった。「必要ないわ。もう、あの人と話すことなんて何もないから」もともと彼女は、「株を売った」という事実を晴南に突きつけたかっただけだ。本人と直接顔を合わせるつもりなど最初からない。そう言って立ち去ろうとする咲夜を見て、社員は慌てて前に出る。「花江さん、俺は……!」だが最後まで言わせなかった。晶子がすぐに咲夜の前に立ち塞がり、彼女を庇う。「咲夜さんはあんなクズ男と話す必要ないの。湊(みなと)、あんたもこれ以上晴南の片棒を担ぐのをやめなよ」その言葉に合わせるように、他のメンバーたちも前に出て、湊を足止めした。その隙に、咲夜と瞳は無事スタジオを後にした。……帰り道。咲夜のスマホに晶子から電話が入った。メンバー全員が退職届を出したものの、晴南側が認めなかったらしい。さらに契約違反を持ち出し、違約金まで請求してきた。だが、その点も咲夜は既に手を打っていた。全員分の違約金は、彼女が立て替えていたのだ。清治との譲渡契約にも、その補償項目はしっかり含まれている。後でそこから差し引けば済む話だった。それでも晴南側は執拗に引き止めようとしたため、スタッフたちは最後には集団でスタジオを出て行った。荷物も持たず、そのまま。咲夜はグループチャットで全員に送金した。【今日は本当にありがとう。しばらく休んでて。こっちの準備が整ったら、すぐ連絡する】すると、グループ内の反応は見事に一致してい
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第116話

正午十二時、咲夜はついに声明を発表した。【本気で向き合っていました。でも、人の心だけは引き留められるものではありません。森崎晴南さんとは既に破局しています。私はずっと、恋愛とは二人だけの問題だと思っていました。お互いに誠実でいられれば、それで十分だと。最後くらいは互いに体面を残したかった。ですが、一方的に汚名を着せられる以上、私は自分の名誉のために声を上げるしかありません。私たちの関係が浮気相手によって壊れたのは事実です。ただし、裏切った側は私ではありません。以下、スライドを添付します。どう受け取るかは皆様にお任せします。】声明と共に公開されたスライドには、晴南が何度も洸を優先して咲夜を置き去りにしてきた証拠が、時系列順に整理されていた。さらに、洸のSNS投稿のスクリーンショットや、咲夜のスマホに送りつけられてきた晴南との親密な写真、挑発的なメッセージまで余すことなく晒していた。声明の最後には、こう締め括られていた。【この恋愛に対して、私は何一つ後ろめたいことはありません。しかし、私たちの恋はもう終わりました。これからは森崎さんとは完全に別々の道を歩みます。互いに干渉せず、それぞれの人生を生きていく。今後、私の名前を利用した便乗行為や憶測の拡散はお控えください。花江咲夜】最後の「便乗行為」と「憶測」という言葉は、晴南の裏切りを自分は決して許していないこと、そして今回の報道騒動も誰かが意図的に仕組んだものだと、暗に世間に示していた。さらに最後には、咲夜は証拠写真まで公開し、先導して記事を拡散した複数のメディアを正式に提訴したことを発表する。公開されたスライドの内容によって、世論は一気にひっくり返った。朝には咲夜を叩いていた人間たちが、声明が出た途端、その何倍もの勢いで今度は晴南と洸を非難し始める。それだけでは終わらない。咲夜は各SNSや配信プラットフォームで、洸が自分を挑発してきた音声データまで公開した。もちろん、洸が自作自演で咲夜を陥れようとしていた動画も、まとめて投下していく。さらには晴南自身も、完全に晒し上げた。洸が咲夜を陥れようとするたびに、晴南が何を言い、どう振る舞ったか。初回だけは証拠を残す余裕がなかった。だが、それ以降については、咲夜はすべて記録してい
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第117話

咲夜は、ありのまますべてを晒した。晴南と激しく口論した場面も。我慢の限界を超えて、彼女自身が怒鳴り返した内容すら、一切隠さず公開する。それによって逆に、「都合の悪い部分だけ切り取っていない」という説得力が増した。この声明を、千暁も当然目にしていた。その耳元では、瞳が「もっと拡散して!」と騒いでいる。千暁は低い声で淡々と言った。「お前にとって、俺の金は湧いて出てくるもんなのか?なんで何かあるたびに俺頼みなんだ」……とは言いつつ。実際のところ、彼自身も力を貸す気は十分にあった。だが瞳はまるで悪びれる様子もない。「だって私はお兄ちゃんの妹でしょ?咲夜は私の一番大事な親友!四捨五入したらもう妹みたいなもんじゃん!妹助けて何が悪いの?ねえ?」千暁は一瞬、返す言葉が見つからなかった。咲夜は、自分がいつの間にか荻野家の「身内認定」されていることを知っているのだろうか。妹の独特すぎる思考回路は、いつ正常化するのか。その上、瞳はこっそり探りを入れてくる。「で、お兄ちゃん。正直、咲夜のことどう思ってるの?」瞳は本気で思っていた。咲夜と千暁はお似合いだと。親友が義姉になるなんて、最高じゃないか。今や瞳の中では、「恋のキューピッド計画」が着々と始動しつつあった。だが千暁は、ただ短く鼻で笑う。「……ふっ」自分がどう思っているかなど、もう大して重要ではない。なぜなら、咲夜はすでに、自分との結婚に同意しているのだから。もっとも、「もう少し待って」とは言われているが。千暁のその冷笑に、瞳は内心呆れていた。――お兄ちゃん、ほんと見る目ない……咲夜みたいないい女、普通は大事にするでしょ!そんなことを考えながら、瞳はすでに「どうやって二人きりにする機会を増やすか」まで頭の中で計画し始めている。そんな瞳をよそに、千暁は会話を打ち切った。「仕事がある。切るぞ」返事を待たず、そのまま通話を切った。結局、「もっと拡散するかどうか」については最後まで答えなかった。切れた通話画面を見つめながらも、瞳は全くめげない。今度はそのまま良太に電話を掛ける。こちらは話が早かった。良太は豪快に即答する。「任せろ、そのくらい余裕さ」……一方、咲夜は森崎家の番号を全部ブロックしていたが、真奈美からの電話だ
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第118話

役所を出る頃には、咲夜と千暁、それぞれ婚姻届受理証明書が収まっていた。千暁は隣を歩く彼女に視線を向ける。「結婚の件は、しばらく公表しないでおく。君の準備が整ったら、その時に正式に発表すればいい」彼は理解していた。咲夜にはまだ、片付けなければならない問題が山ほど残っていることを。だから彼女は、安心して自分のやるべきことに集中すればいい。その言葉を聞いた咲夜は、彼を見上げながら静かに答える。「ううん。成り行きに任せようと思う」もし本当に誰かに知られたとしても、別に構わなかった。いつまでも秘密の結婚を続けるわけにもいかない。それは千暁に対して不公平だ。そもそも彼が自分と結婚した理由だって、両親への「対策」が必要だったからなのだから。なら、自分もちゃんと契約内容を果たさなければならない。そんな咲夜の前で、千暁はポケットから小さなケースを取り出した。「演技は最後まで完璧にしないとな。君の用事が片付いたら、その後で一緒に荻野家に戻ろう」ケースの中には指輪が入っていた。中央には淡いピンクダイヤモンドがあしらわれていた。その周囲を、今にも羽ばたきそうな小さな蝶が二匹囲んでいる。蝶の羽には細かな白いダイヤが散りばめられていた。咲夜は、「リアルさを出すための演出」だと理解し、そのまま受け取ろうとする。だが、千暁は彼女の手をそっと避けた。「俺がつける」その言葉に、咲夜は素直に左手を差し出す。千暁は彼女の薬指に、ゆっくりと指輪をはめた。「……よし」咲夜は自分の指を見る。驚くほどぴったりだった。――自分のサイズ、知ってた?そんな疑問が浮かんだ瞬間。千暁がふっと笑う。「俺、目測は結構得意なんだ」その一言で、咲夜の小さな疑念は自然と消えた。そして今度は、何かを思い出したように彼を見る。「ごめんなさい。あなたの指輪、まだ準備してなくて……あとでちゃんと選ぶね」こちらで片付けるべきことも、だいぶ整理できてきた。だから咲夜は、入籍の話を前倒しにしたのだ。だけど指輪のことまでは頭が回っていなかった。すると千暁は再びポケットから男性用のリングケースを取り出した。「大丈夫。こっちは自分で用意してる」中に入っていたのは、装飾の少ないシンプルなリングだった。表面には細かな模様が刻まれて
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第119話

千暁はそう言ってくれたものの、咲夜はやはり申し訳なさを感じていた。そんな彼女の気持ちを察したように、千暁は自ら話題を変える。「実家に戻るなら、俺も一緒に行こうか?」もし咲夜ひとりでは家族を説得できないなら、自分が行って話を逸らすこともできる――そんな思いもあった。だが、咲夜は慌てて首を横に振った。「ううん、大丈夫。私ひとりで何とかできるから」今はまだ、千暁を母の前に連れて行くわけにはいかない。母の性格を考えれば、きっと以前の晴南の時と同じようになる。咲夜は、千暁を「第二の晴南」にしたくなかった。それに、咲夜にはまだ別の考えもあった。先ほどの自分の反応が少し強すぎたと気づいたのか、咲夜は小さな声で言い訳するように続けた。「そういう意味じゃないの。ただ……ちゃんとしたタイミングで家族に話したくて……」最後のほうは、ほとんど聞き取れないほど声が小さくなっていた。千暁は理解を示すように微笑む。「君の好きなようにすればいい。俺は別に気にしてない」何より彼は、咲夜のどんな決断も尊重したかった。そして、彼女にこれ以上プレッシャーを抱えてほしくもなかった。その言葉のおかげで、咲夜の張り詰めていた気持ちも少し和らいでいく。彼女は、できるだけ早く家族に二人のことを正直に話すつもりだと伝えた。千暁も頷き、「分かった」と穏やかに応じる。その後、咲夜は実家に戻る予定があったため、二人は役所の前で別れた。花江家に向かう前に、彼女はまず療養所に足を運ぶ。雅紀の見舞いを済ませてから、ようやく車を走らせて帰宅した。家では、真奈美が珍しく静かだった。咲夜の姿を見ると、冷え切った視線を一度だけ向け、すぐに無関心そうに目を逸らす。「……お母さん」咲夜は真奈美の前まで歩み寄った。すると真奈美は、冷ややかな声で皮肉を返す。「まだ自分に母親がいるって覚えてたのね。てっきり、もう私のことなんて母親だと思ってないのかと思ったわ」その言葉を聞き、咲夜は傍のソファに腰を下ろした。そして、なんとか話し合おうとする。「今の私と晴南の関係は、もう完全に決裂してるの。あれだけのことになって、もう元には戻れない」真奈美の表情が一気に険しくなる。咲夜をじっと見つめ、しばらく沈黙したあと、押し殺した声で問いただした。「あなたは小さい頃
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第120話

咲夜の言葉を聞き終えた真奈美は、長い沈黙のあと、小さくため息をついた。「人を好きになる気持ちって、そんな簡単に消えるものじゃないでしょう……?咲夜。晴南さんだって、前はあんなに咲夜に優しかったじゃない。白羽洸ひとりに、咲夜が負けるはずないでしょう?」真奈美は、咲夜がこの恋に本気ではなかったのだと思い込むほうが、晴南との婚約破棄という結末を受け入れるよりずっと楽だった。たとえ晴南に問題があったとしても、彼が咲夜を好きでいる――それだけで十分だと信じていたのだ。「お母さん、私は『真心』そのものを疑ってるわけじゃないの」咲夜はどうしようもないというように苦笑する。「でも、人の気持ちなんて一瞬で変わる。『晴南は私を愛してる』なんて、それこそお母さんの思い込みだよ」真奈美は晴南に期待していたからこそ、無意識に「晴南は咲夜を深く愛している」「だから咲夜が我慢すべきだ」と、自分自身に言い聞かせ続けてきた。そうやって何度も思い込むうちに、いつしか真奈美自身まで、本当にそう信じ込んでしまったのだ。どれだけ言葉を尽くして説得しても、咲夜が少しも折れようとしない。その様子に、真奈美のわずかに取り繕っていた表情も、みるみるうちに陰っていった。咲夜もその変化には気づいていた。だが咲夜は気づかないふりをして、そのまま話を続けた。「手元のことは全部片づけたから、明日、会社に行くつもりなの」「会社に?何をしに?」真奈美は、咲夜の言葉に即座に反応した。咲夜は静かに答える。「お母さん。私、お父さんと話は済ませてるの。これからは私が会社を引き継ぐ。だからまず、社内の状況をちゃんと把握したいの」今の会社は、ずっと外部から招いたプロ経営者が運営している。真奈美に森崎家との不平等な契約をどうやって承諾させたのかは分からない。だが、現状を見る限り、その人物に問題があるのは間違いなかった。自分にも落ち度はある。以前、会社のことを気にして尋ねた時も、真奈美は「専門の人が管理しているから大丈夫」と言っていた。だから咲夜も、その言葉を信じ込んでしまっていたのだ。だからこそ、明日は必ず会社へ行って状況を確認しなければならない。しかし真奈美は、深く考える様子もなく否定する。「何を確認する必要があるの?ここ数年、朝倉(あさくら)さんはちゃんと会社を回してくれ
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