All Chapters of 元カレの宿敵の腕で幸せになります!: Chapter 101 - Chapter 110

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第101話

「それと、マンションはもう売ったわ。売却金の半分は、すでにあなたの口座に振り込んである。両社間の取引についても、こちらから時期を見て整理させるつもりよ」咲夜は、この件でもう晴南と揉めたくなかった。だからこそ、すべてを一度に言い切った。咲夜の言葉を聞き終えた晴南の顔には、より一層濃い怒気が滲む。彼はこれまで、一度たりとも咲夜とここまで決裂する未来など想像したことがなかった。最初から晴南は、自分なら咲夜という女を完全に掌握できると思い込んでいたのだ。だが目を覚ました咲夜は、驚くほど冷静で、そして決断が早かった。その潔さに、晴南でさえ思わず息を呑む。本気で自分を切り捨てようとしている。咲夜は瞬きひとつせず、未練を滲ませる晴南を真っ直ぐ見据えた。「晴南。これからは、あなたはあなたの道を行って、私は私の道を行く。もう私たちに何の関係もないわ。これで終わり。お互い、別々の人生を幸せに生きればいい――それだけよ」そう言い終えると、咲夜は静かに視線を外し、瞳に声をかけた。「瞳、行きましょう」その瞬間、脳裏に浮かんだのは、先ほど怒りを滲ませながら立ち去っていった千暁の背中だった。咲夜の胸に、不安がじわりと広がっていく。瞳は頷き、咲夜の手を引きながらマネージャーに言い放った。「悪いけど、さっさとこの人たち追い出して。せっかくの気分が台無しなんだけど」本当なら、今日は咲夜のためにイケメンでも呼んで楽しむつもりだった。それなのに全部、晴南という最低男にぶち壊された。思い出すだけで腹が立つ。今すぐ戻って、もう一発殴ってやりたいくらいだ。とはいえ、さすがにそこまではせず、瞳は咲夜を連れてそのまま個室を後にした。一方、晴南はその場に立ち尽くしたまま、遠ざかっていく咲夜の背中を見つめていた。追いかけようとした瞬間、バーのマネージャーが前に立ちはだかる。「申し訳ありませんが、お連れ様とご一緒に、速やかにお引き取りください。これ以上居座られるようでしたら、こちらも強制的な手段を取らせていただきます」自分の足で出ていくか、それとも大勢に囲まれて叩き出されるか。晴南ほどの男なら、どちらを選ぶべきか分からないはずもない。マネージャーの言葉に、その場の空気が一変する。周囲の視線が、一斉に晴南に注がれた。洸は
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第102話

咲夜は心の中で迷っていた。……千暁を探して、様子を見に行くべきだろうか。立ち去る時、彼の顔にも傷が残っていた。考えれば考えるほど、不安ばかりが募っていく。そのせいで咲夜は、隣で瞳が延々と晴南を罵っていることにも、まるで気づいていなかった。頭の中は、ずっと千暁の傷のことばかりだった。瞳は文句を言い続けるうちに、先ほど千暁と晴南が殴り合いになった件に話を移していく。正直、あれには本当に驚かされた。小さい頃からの印象では、兄はいつも無愛想で冷たい顔をしてはいるものの、人として問題があるタイプでは決してなかった。あんな荒々しく感情を露わにした姿など、瞳も初めて見たのだ。個室でのあの激しい殴り合いを思い出すだけで、今でも少し背筋が寒くなる。特に最後の、全身から近寄りがたい雰囲気を漂わせながら、不機嫌そうに去っていった千暁の背中。まるで、誰かに腹を立てているようにも見えた。……いや、待って。そこでようやく、瞳は違和感の正体に気づく。そうだ。兄は、咲夜のために動いたんじゃないだろうか。もちろん、先に手を出したのは晴南だ。けれど、発端が咲夜だったことも事実だ。瞳は顔を横に向け、じっと咲夜を見つめる。そして、不思議そうに問いかけた。「ねえ、咲夜とうちの兄って……前から本当に仲悪かったの?」だが、ここ数日自分が見てきた限りでは、二人はそこまで険悪には見えなかった。外の噂が間違っているのか。それとも、自分の親友と兄が揃って演技派すぎるのか。瞳の頭の中は疑問だらけだった。咲夜本人に説明してもらいたかった。咲夜は瞳の言葉に、意識を引き戻される。……どう答えればいいのだろう。二人はすでに元の個室に戻ってきていた。瞳の視線は、ずっと咲夜に向けられたままだ。ここまで食いつかれては、誤魔化すのも難しい。咲夜は心の中で小さく溜息をついた。きちんと説明しなければ、納得してもらえそうにない。少し考えた末、咲夜は正直に口を開く。「……別に、仲が悪かったわけじゃないと思う。ただ、晴南が瞳のお兄さんとあまり関わるなって言ってたの。話す内容も、ほとんど悪口ばかりだったし。それに何度か会った時も、あの人はいつもすごく冷たい顔をしてたでしょう?『話しかけるな』って感じだったし。たまに
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第103話

瞳がここまで晴南に強い嫌悪感を抱いているのは、自分のためだと分かっていたからこそ、咲夜は小さく笑いながら、瞳を宥めるように声をかけた。その言葉を聞き、瞳は何かを思い出したように、さらに続ける。「ていうか、本当に私、兄があんなにキレるのを初めて見たんだけど。咲夜と兄のことをちゃんと知ってなかったら、私まであのクズ男晴南と同じこと考えてたかも。『この二人、実は何かあるんじゃ……』って。まあ、私としては、咲夜と兄がくっついてくれたら嬉しいけど。でも、だからって兄が咲夜のために晴南と殴り合いするほど、二人が親しいわけじゃないでしょ?ほら見なさいよ、あの晴南って本当に人に嫌われる才能あるんだから。滅多に手を出さない兄ですら我慢できなかったんだし。殴られて当然よ」瞳は興奮気味に手を叩いた。「兄、完全に咲夜の代わりに仕返ししてくれたって感じじゃない?ナイスすぎるでしょ。さすが自慢の兄!」ついさっきまで、「咲夜と千暁が自分に隠れて連絡を取っていたのでは」と半信半疑だった瞳だったが、いつの間にか勝手に自分で自分を納得させていた。彼女はただ、晴南のやり方があまりにも酷すぎて、それを見た兄ですら見過ごせなかったのだと思い込んでいた。まさか千暁が、「これから妻になる女」のために怒りを爆発させていたなど、夢にも思っていない。とはいえ、それも無理はなかった。これまで何の接点もなかった二人が、それぞれの利害のために入籍した――そんな話、口にしたところで、まともに信じる人間などほとんどいないだろう。まだ一人で愚痴をこぼしている親友を見つめながら、咲夜はその流れに合わせるように問いかけた。「ねえ……その、瞳のお兄さん、もう帰ったのかな?一応、お礼を言いたくて。今夜のこと、ちゃんと感謝したいの」咲夜にそう言われて、瞳はようやく思い出したように目を見開いた。そういえば、さっきの喧嘩で兄も怪我をしていたのだ。瞳は勢いよく額を叩く。「うわっ、やば!咲夜に言われるまで忘れてた!お兄ちゃんも顔にケガしてたじゃん!」そう言うなり、瞳は慌てて立ち上がった。なぜ千暁がここにいたのかは分からない。だが、人を探すだけなら簡単だ。瞳はすぐにバーのマネージャーを呼びつけ、千暁の居場所を尋ねた。その頃、千暁は口元の傷をそのままに、三階にある非公開のVI
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第104話

瞳は咲夜を連れて、千暁を探しに来ていた。だが、ドアを押し開けた瞬間――隙間から飛び込んできたのは、「千暁、お前まさか……好きな女いるの!?」という、とんでもなく爆弾級の一言だった。――えっ!?瞳は目をぱちぱちと瞬かせる。危うく聞き間違いかと思った。自分の兄に、好きな女がいるの?そんなの、自分は一度だって聞いたことがない。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう――!?瞳の好奇心は一気に爆発した。兄からその話を根掘り葉掘り聞き出したくてたまらない。今にも飛び込みそうな勢いで、瞳は興奮気味に咲夜の手を掴み、そのまま中へ突撃しようとする。そのせいで、背後にいる咲夜の表情がわずかに変わったことには、まるで気づいていなかった。――千暁に、好きな人がいる。なら、どうして自分と結婚しようとするのだろう。もちろん咲夜は、自惚れて「その相手が自分だ」などと思うほど浅はかではない。ただ、分からなかった。好きな相手がいるのに、なぜ千暁は自分との入籍を選んだのか。そんな複雑な感情を抱えたまま、咲夜は瞳に引っ張られるようにしてVIPルームに入っていった。その頃には、ちょうど良太の絶叫がマイク越しに響いた直後だった。千暁は無表情のまま、良太に向かって容赦なく蹴りを入れていた。ちょうど咲夜たちが入室した瞬間、蹴り飛ばされた良太が二人の方向に盛大に吹っ飛んでくる。そのまま勢いよく床に突っ伏し、まるで土下座でもするかのような格好になった。突然の「お辞儀」に、咲夜と瞳は揃って後ずさる。床に這いつくばったまま、良太は怒鳴った。「千暁!お前、親友殺す気か!」だが次の瞬間、顔を上げた彼は、そこに立つ瞳と咲夜の姿を見つけ、ぴたりと口を閉ざした。良太は慌てて床から起き上がると、不機嫌そうに千暁を睨みつける。一方、千暁は咲夜の姿を認めた瞬間、ほんのわずかに視線を向け、そして何事もなかったかのように、冷淡に目を逸らした。その反応に、咲夜は一瞬息を呑む。……まるで、自分に会いたくなかったように見えた。そう感じた途端、彼女はそっと視線を伏せ、感情を悟られないよう、まつ毛の影に隠す。瞳の隣に立っている今の自分が、妙に場違いな存在のように感じられた。だが当の瞳は、そんな空気の変化など微塵も察
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第105話

以前、良太は本気で感心していたことがある。こんな綺麗な女が、どうしてよりによって晴南みたいな狂犬を選んだのか。目でも腐ってるのかと思ったくらいだ。だからこそ今、晴南を遠慮なく罵る良太に対し、瞳は珍しく満足げに親指を立ててみせた。――分かってるじゃん。まさに自分の言いたいことを代弁してくれた気分だった。そんな彼女の反応に、良太はどこか得意げに眉を上げる。――どうだ、俺は空気読めるだろ?そんな顔だった。そのやり取りを、咲夜と千暁は終始無言のまま眺めていた。咲夜としては、多少なりとも気まずい。どう反応するのが正解なのか分からなかった。そんな咲夜の居心地の悪さを察したのか、瞳は突然、良太の腕を掴む。「ねえクロちゃん、ほらほら、教えてよ。兄の片想い相手って誰なの?あなたは知ってる?私もう気になって死にそうなんだけど!」その呼び方を聞いた瞬間、良太は大袈裟に悲鳴を上げた。「お願いだから、その呼び方やめろ!揶揄うなよ」だが瞳はお構いなしだった。「クロちゃん、クロちゃん」わざと連呼しながら笑い転げる。その横で良太が「やめろって!」と抗議し続ける声が重なった。やがて瞳は、そのまま良太を部屋の隅に引きずっていく。どうやら本気で、千暁の「片想い相手」について聞き出すつもりらしい。そうして気づけば、ソファには、咲夜と千暁だけが並んで残されていた。とはいえ、二人の間は妙に離れている。あと二人くらい余裕で座れそうな距離感だった。千暁は薄く唇を結んだまま、口を開こうとしない。それでも、その視線だけは静かに咲夜に向けられていた。彼の視線に気づき、咲夜は小さく喉を鳴らす。少し迷った末、彼女は小声で口を開いた。「……さっきは、ありがとう」だが返ってきたのは、素っ気ない声だった。「別に」千暁はフンと鼻を鳴らした。「君のためってわけでもない。先に手出してきたのは晴南の方だしな」本当は、怪我のことを聞こうとしていた。大丈夫なの、と。だが、そんなことを聞ける空気ではなくなってしまった。咲夜は言葉を飲み込み、そのまま静かに彼を見つめる。……まだ怒ってるのかな?そう思った瞬間、彼女は意を決して尋ねた。「……怒ってるの?」その言葉に、千暁は相変わらず不機嫌な声音のまま返す。「へえ。
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第106話

咲夜の瞳の中に、ようやく別の感情が浮かんでいることに、千暁は気づいた。わずかに傷ついたような色が滲んでいた。その瞬間になって、彼はようやく理解する。自分が無意識のうちに、感情をそのまま彼女にぶつけていたことを。千暁は軽く咳払いをした。「……確かに機嫌は悪かった。だって、先に手を出してきたのは晴南だろ。俺は正当防衛しただけだ。やり返したっていいじゃないか。俺があいつを殴って、何が悪いんだよ。なのに君、止めただろ。……そりゃ腹も立つさ」結局、千暁は自分が怒っていた理由を、真正面から口にした。彼からすれば、咲夜が彼を止めた行為は、遠回しに晴南の側に立ったように見えたのだ。だからこそ、余計に腹が立った。だが彼の言葉を聞いた瞬間、咲夜はすぐに察した。――この人、私が晴南を心配して止めたと思われていたらしい。咲夜としては心外だった。そんなつもり、これっぽっちもない。彼女は慌てて身を乗り出し、真面目な顔で説明する。「先に言っておくけど、止めたのは、別にあの人を庇いたかったからじゃない。あなた、あの時かなり怒ってたじゃない。止めなかったら、本当に半殺しにしてたと思うの。そんな最低な男のために、あなたまで巻き込まれる必要ないでしょう?だから止めたのよ」それが、あの時の咲夜の本音だった。彼女は一度たりとも晴南の立場で考えてなどいない。ただ単純に、千暁が自分自身を危うくすることを望まなかった。その言葉を聞いた瞬間、さっきまで不機嫌だった千暁の空気が、あからさまに変わった。彼の唇の端が、わずかに緩む。ほんの一瞬だった。見逃してしまいそうなほど微かな笑み。けれど、声だけは隠しきれていない。「……つまり、晴南を心配したんじゃなくて」千暁は低く喉を鳴らしながら、じっと咲夜を見つめた。「俺のことを心配してたんだな?」咲夜は素直に頷く。「当たり前じゃない。だってあなた、あの時本当に人殺しそうな勢いだったし。もし何かあって、晴南に訴えられたらどうするの?もちろん、あなたなら何とかできるんでしょうけど……だったら、最初から避ければいい話でしょう。どうしてわざわざ狂犬に噛まれに行くのよ」そう言いながら、咲夜は眉を寄せた。晴南の性格は、誰より彼女自身がよく知っている。もし今夜、千暁
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第107話

千暁は真面目な顔のまま、低く言い切った。「ちゃんと反省する。今後もし俺に直した方がいいところがあったら、今日みたいにはっきり言ってくれ。君の監督付きなら、俺も改善できるよう努力するから」その言葉に、咲夜は思わず吹き出した。まさか千暁が、こんなふうに冗談めかして話せる人だとは思っていなかったのだ。やっぱり、人づての印象なんて当てにならない。結局、自分でちゃんと向き合ってみなければ、本当の人柄なんて分からないのだと改めて思う。その頃、少し離れた場所では、瞳と良太が顔を見合わせていた。そして次の瞬間、二人は同時に視線を咲夜と千暁に向ける。瞳はこそこそと良太の耳元に顔を寄せた。「……ねえ、私の見間違いじゃないよね?兄、なんで咲夜とあんな普通に喋ってるの?」しかも見た感じ、普通に会話が弾んでいる。それが余計に異様だった。咲夜の笑顔を見つめながら、良太も声を潜める。「いや、俺に聞かれても困るんだけど。今までほとんど会話すらなかったろ?……まさかとは思うけど。千暁ちゃんの片想い相手、お前の親友だったりする?」彼はまるでとんでもない特大スクープを掘り当てた記者みたいな顔で、意味深に瞳を見つめた。なんてことだ。もし本当にそうなら、千暁の妹であり、咲夜の大親友でもある瞳が、何一つ気づいていなかったことになる。それ、妹としても親友としてもどうなんだ。良太の視線には、そんな無言のツッコミが滲んでいた。その目を真正面から受けた瞳は、逆に自分自身を疑い始める。……え、待って。この二人、本当に私に隠れて何かあった?頭の中が一瞬疑問で埋め尽くされた。いや、でも。それは絶対におかしい。もし千暁が咲夜を好きだったなら、これまで何の動きもないなんてあり得ない。しかも長年、「不仲説」まで流れていたのだ。自分の好きな女が他の男と付き合っているのを、兄が何年も黙って見ている?そんなの現実味がなさすぎる。瞳は再び、自分に言い聞かせた。彼女は迷いを振り払うように、良太の頭をぺしっと叩く。「頭おかしいんじゃないの?兄が咲夜好きとかあるわけないじゃん。兄の性格で、咲夜が晴南みたいなクズと何年も付き合ってるのを黙って見てられると思う?」「……あー、それは無理だな」良太も素直に頷いた。「確かに千暁ちゃんの性格じ
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第108話

先ほど、良太は瞳にこそこそ耳打ちしながら、咲夜と千暁をくっつけられないかと真剣に作戦会議をしていた。正直に言えば、その話を聞いた瞬間、瞳も「案外アリかも」と思ってしまった。そんなことを考えながら、にやにやと二人を観察していたのだが――ふと、千暁がこちらに視線を向けた。ただ、それだけ。たった一瞥で、瞳は即座に考えを引っ込めた。彼女は首を横に振った。「縁結びしたいなら、あなたがやってよ。私はたまに優しいお兄様に資金援助してもらわなきゃいけない身なんだから。そんな私が、彼に勝手に変な縁談押しつけられるように見える?」さっきの兄の視線を思い出し、彼女はあっさり引き下がることにした。もちろん、咲夜が自分の義姉になってくれたら最高だとは思っている。想像するだけなら罪じゃない。でも、いざ本当に行動に移すとなると、瞳はやはり「命あっての物種」を選んだ。良太は彼女を横目で見ながら呆れたように言う。「お前の根性、その程度かよ」瞳はにこにこと笑いながら良太を見た。「クロちゃん、できるならやってみなよ。勇敢に突撃してきなって。私は応援してるから」「俺がやるなら――」良太は胸を張り、胸を叩いて大口を叩こうとした。やればいいんだろ、誰が怖がるもんか――そう言いかけたが、彼はちらりと千暁を見た。そして最後には、あっさり弱気になって口をつぐむ。「……いや、やっぱやめとこう。俺たちは余計な手出しせず、流れに任せるのが一番だ」いくら彼でも、真正面から千暁と咲夜をくっつけようとする勇気はなかった。もし逆効果になったら最後、千暁にどこか遠くへ飛ばされるかもしれない。そうなれば、しばらくは惚れた女にも会えなくなる。それはさすがに困る。瞳はそんな良太に心底呆れたが、気持ちは理解できた。彼女はそれ以上ふざけ合うのをやめると、再び咲夜と千暁の間に戻っていく。見た目だけなら、今の空気はやけに穏やかだった。だが瞳としては、自分の見えていないところで、この二人が水面下で火花を散らしていてもおかしくないと思っている。だからこそ、自分が間に入っておいた方が安全だと判断したのだ。――我ながら名采配。そんなふうに一人で満足していた瞳は、隣にいる千暁が、一瞬だけ露骨に嫌そうな顔をしたことにはまるで気づいていなかった。そ
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第109話

千暁はその様子に、呆れたようにため息をついた。咲夜は甘やかすように瞳の頭を軽く撫で、それから千暁に視線を向ける。「よかったら、中まで運ぶのを手伝ってくれる?」今の瞳は完全に酔っぱらっていて、咲夜ひとりでは支えきれそうになかった。千暁は断ることなく、瞳を抱えるようにして咲夜の後ろについていった。咲夜はそのまま彼を二階に案内し、主寝室に入った。瞳はベッドに倒れ込むなり、そのまま眠ってしまう。枕を抱きしめたまま、すぅすぅと寝息を立てていた。千暁は思わず額を押さえた。咲夜はそんな寝姿を見て、くすっと笑みを漏らす。布団を掛け直してやってから、二人は寝室を後にした。「お水、飲む?」咲夜が自然に声をかける。その間、千暁は室内の様子をさりげなく見回していた。以前、瞳が送ってきた動画で見た通りだった。咲夜の声に、千暁は視線を戻す。「……もらう」咲夜はキッチンに向かい、ぬるめの水を二杯用意して戻ってきた。そのうち一つを千暁に差し出し、自分も一口飲む。ふと視線が、彼の唇の端の傷に止まった。咲夜はコップを置くと、棚から救急箱を取り出す。「その口元……薬、塗りましょうか」自分のせいで、晴南に殴られた傷だ。見て見ぬふりなんてできなかった。千暁はそのままソファに腰を下ろす。「助かる」咲夜は消毒液と綿棒を取り出し、身を屈めて彼の唇の傷にそっと触れた。薬を塗るため、自然と二人の距離が近づく。千暁が目を上げれば、微かに震える彼女のまつ毛が見えた。そして、ほのかに漂う酒の混じった甘い香り。彼はすぐに視線を逸らし、小さく喉を上下させた。いつもの余裕も落ち着きも、その瞬間だけはどこか影を潜めていた。わずかな緊張が滲んでいた。だが咲夜は、その変化に気づいていなかった。薬を塗り終えると、彼女は体を起こし、一歩距離を取る。「他にも怪我、してない?」さっき個室であれだけ激しく殴り合っていたのだ。唇だけで済んでいるとは思えない。千暁は咲夜の視線をまっすぐ受け止め、低い声で答えた。「ある」そう言うと、彼は咲夜の前でそのまま服をめくり上げた。鍛えられた胸元には、殴られた痕がいくつも青紫に浮かんでいる。咲夜は一瞬目を見開いた。まさか彼が、自分の前でここまで平然と服を脱ぐとは思ってい
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第110話

咲夜は倒れ込んだ瞬間、小さく悲鳴を上げた。慌てて両手を千暁の胸につく。掌の下から伝わってくるのは、温かい体温と、鍛えられた身体の硬さ。千暁は彼女が倒れてくるのを見た途端、服を着かけていたことも忘れ、大きな手で咄嗟に彼女の腰を抱き寄せた。「大丈夫か……?」怪我をしていないか確かめようと顔を上げる。ちょうどその時、咲夜も彼の胸に手をついたまま、声につられるように顔を上げた。次の瞬間、額に柔らかく湿った熱が触れる。千暁の唇が、偶然にも咲夜の額に触れていた。ほんの一瞬。けれど、その感触だけは妙にはっきり残っている。咲夜は驚きに目を見開いた。体は固まったまま、ぴくりとも動けない。それは千暁も同じだった。腰を抱く腕も、体の筋肉も、不自然なほど強張っている。互いに、動いてはいけないとでも思っているようだった。咲夜はぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、困ったように千暁の顔を見つめた。――これ、どうすればいいの?今の二人の体勢は、どう考えても距離が近すぎた。咲夜の頬は一気に真っ赤になり、熱を持ったように火照っていく。千暁の手はまだ彼女の腰に回ったままだった。掌に伝わる柔らかな腰の感触が、今すぐ離すべきだと彼自身に訴えてくる。そう思った彼は、ゆっくりと腕の力を抜き、咲夜の腰から手を離した。真っ赤になっている咲夜とは対照的に、千暁の方は比較的落ち着いていた。「……その、先に起きた方がいいんじゃないか?」そう言われて、咲夜はようやく我に返った。「あっ……う、うん、ごめん!」何に対して謝ったのか、自分でも分からない。咲夜は千暁の胸に手をついたまま、慌てふためきながら彼の上から起き上がった。しばらくの大混乱の末、ようやく立ち上がる。そしてソファに座る千暁から逃げるように、何歩も後ろに下がった。気まずそうに視線を逸らしながら、小さく促す。「……その、服」千暁はゆっくり体を起こすと、傍らの服を手に取り袖を通した。「もう着た」その目には、わずかにからかうような笑みが浮かんでいた。だが咲夜が視線を向けた瞬間、その笑みはすぐに消え、いつもの冷静な表情に戻る。咲夜の頬はまだ赤いままだ。何度か彼を見ながら口を開きかけるが、何を言えばいいのか分からない。先ほどの光景が脳裏によみが
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