咲夜は思わず言葉を失った。――そんなことを言われても、どう返せばいいのだろう。もっとも、千暁も咲夜の返事を期待していたわけではなかったらしい。そのまま彼女を連れて、千尋のもとに向かった。その頃、千尋は部屋で経典を書き写していた。一方の良太はというと、傍らの椅子にもたれかかり、スマホゲームに夢中になっている。時折ボイスチャットで味方に容赦なく暴言を吐いていた。従兄のマシンガンのような悪態を聞き続けていた千尋は、とうとう顔を上げた。「兄さん、お願いだから勘弁してよ。黙るか、外で遊んでくれない?うるさくて全然集中できないんだけど」良太が意地でもここに居座ろうとしなければ、とっくに追い出しているところだった。良太は「分かった分かった」と口元に指を当てる仕草を見せ、悪態を吐きたい衝動をどうにか抑えながら、ようやく一戦を終えた。苛立たしげにスマホを脇に放り出し、天井を見上げたあと、部屋を見回す。千尋の部屋は黒澤家の豪邸と比べれば質素だったが、寺の中では十分に恵まれた環境だった。壁には数点の書画が飾られている。ふと良太は首をかしげた。「あれ?いつの間に絵なんか増えたんだ?前に来たときは書が二幅あるだけだった気がするけど」ようやく違和感の正体に気づいたらしい。千尋は筆を止めることなく答えた。「うん。暇なときに何枚か描いただけ」その言葉に、良太は勢いよく椅子から身を起こした。「えっ、千尋、お前絵なんか描けるのか!?」驚いた様子で千尋を見つめる。そんな話、今まで一度も聞いたことがなかった。千尋はちらりと良太を見た。「僕が絵を描けると、そんなにおかしい?」なぜそこまで驚くのか理解できない。良太は頭をかきながら苦笑する。「いや、おかしくはないけどさ。お前が言わなきゃ知らなかったって話」すると千尋は即座に言い返した。「だって兄さん、聞かなかったじゃないか。まさか自分から追いかけ回して、『兄さん見て見て、僕絵が描けるんだ。しかも結構上手いんだよ』なんて言うわけないだろ」その頃には、良太はすでに立ち上がり、掛けられていた絵の前に歩み寄っていた。一幅は風景画、もう一幅は美人画だった。絵の知識などまるでない良太ですら、思わず感嘆の声を漏らしたくなるほど見事な出来栄えだった。千尋にこれほどの画才があると
Read more