All Chapters of 元カレの宿敵の腕で幸せになります!: Chapter 671 - Chapter 680

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第671話

もともと絢子は、どういう理由をつけて咲夜と二人きりで話をすればいいのかと悩んでいた。今、千暁が咲夜と同じ病室にいることも知っている。ところが思いがけないことに、エレベーターを待っていたところで偶然にも咲夜と鉢合わせた。せっかく巡ってきたこの機会を、絢子が逃すはずもなかった。千雪はすぐに断ろうとし、咲夜を絢子に近づけまいとした。しかし咲夜は絢子と目を合わせると、「あっちで話しましょう。ここに立っていたら邪魔になりますから」と言った。今、咲夜はまだエレベーターの中にいて、絢子はその外にいる。どう考えても、落ち着いて話をするのに適した場所ではなかった。その言葉を聞いた絢子は、体を横にずらして道を空けた。千雪は咲夜に促され、車椅子を押してエレベーターから出る。絢子はそのあとについていき、観葉植物のそばに小さな丸テーブルと二脚の椅子が置かれた休憩スペースの一角までやって来た。咲夜は千雪を見て言った。「小林さん、悪いけど水を一本買ってきてくれる?」千雪は心配そうな表情を浮かべた。「花江さん、やっぱり私もここに残りましょうか?」そう言いながら、警戒するように絢子へ視線を向ける。咲夜は大丈夫だと伝えるように目で合図した。それを見て、千雪はようやくその場を離れたものの、何度も振り返りながら少し離れたところにある売店へと歩いていった。絢子は鼻を鳴らした。「あなたのアシスタント、ずいぶん忠実なのね」千雪が自分を警戒していることくらい、絢子にも当然分かっていた。まるで次の瞬間にも絢子が感情を爆発させ、咲夜に危害を加えるのではないかと疑っているような目だった。以前の絢子なら、そんな偏見に満ちた視線をひどく気にしていただろう。天志に精神疾患を理由に治療施設へ送り込まれ、治療を受けさせられたことを、彼女は今でも覚えている。退院したあと、周囲の人々から向けられる視線が針のように突き刺さり、ひどく居心地の悪い思いをしたものだ。けれど、何度も繰り返されるうちに、絢子もすっかり慣れてしまった。今では、周囲から狂人扱いされることを、それほど恥ずかしいとも思わない。どうせここまで来てしまったのだ。狂人なら狂人で構わない。むしろ狂人というのも悪くない。少なくとも、狂っていると思われれば、何をしてもまともには扱わ
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第672話

咲夜は絢子の話を聞き、思わず考え込んだ。確かに、自分は千暁のことをそこまで深く知っているわけではない。それでも咲夜は、千暁を心の底から信頼していた。以前の自分なら、こんなふうに無条件で誰かを信じることなどなかっただろう。なぜ自分はここまで千暁を信じられるのか。改めて考えてみれば、それはきっと、彼の誠実さに心を動かされたからだった。少なくとも千暁は、最初から何の条件も求めずに咲夜を守り、信じ続けてくれた。人の想いは、相手にも伝わるものだ。千暁が見返りを求めず、自分を大切にしてくれたからこそ、今の咲夜もまた、心から彼を信じられるようになったのだ。咲夜は絢子を見つめ、穏やかに笑った。「絢子さん、私はそこまで深く知る必要はないと思っています。千暁が私に話したいと思ったことなら、いつか自分から話してくれるでしょう。もし話したくないのなら、それはまだ彼自身の心の準備ができていないというだけです。私に知られたくないことを、無理に覗こうとは思いません。急ぐ必要もないし、彼がいつか自分から心を開いてくれるまで待てますから」咲夜は、千暁のすべてを何が何でも知りたいと思っているわけではなかった。誰だって何かを背負い、人には言えない秘密の一つや二つを抱えて生きている。それ自体は何もおかしなことではないと、咲夜は思っている。少なくとも今は、目の前にある幸せを大切にできれば、それで十分だった。絢子はそんな咲夜を食い入るように見つめると、歯を食いしばり、さらに踏み込んだ。「たとえあの子の過去が、あなたの想像以上にひどいものだったとしても?それでもあなたは、変わらずあの子を選び続けられるの?」咲夜は眉をひそめ、その表情に明らかな不快感が浮かんだ。自分の考えは、もう十分すぎるほど伝えたはずだ。それなのに、なぜ絢子はこうして何度も念を押すようなことを言ってくるのだろう。しかも絢子の表情を見れば、このあと彼女が話そうとしていることが、自分にとって決して聞きたい話ではないことくらい察しがついた。実際、咲夜の心にはすでに強い拒絶感が湧き上がっていた。咲夜は声を冷たくして言った。「すみませんが、これ以上のお話には興味がありません。人と約束がありますので、これで失礼します」今、車椅子に乗っていて自由に動けない状態でなければ、咲夜はと
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第673話

まだ幼稚園に通うような年齢だったのに。天志は、どうしてそんなことができたのだろう。絢子は咲夜の前で、自嘲するように笑った。「これで終わりだと思った?天志はね、その野良猫のうち一匹を私に料理させたの。そして何も知らない千暁を言いくるめて、スープを何口か飲ませた。千暁が警戒を解いたところで、碗の中に入っているのは、あの子が自分の手で殺した猫だと教えたのよ。それから、スープも肉も全部残さず食べろと強要した」当時の光景を、絢子は今でもまともに思い返すことができなかった。まだ幼かった千暁はその場で口から泡を吹いて倒れ、救急搬送されて胃洗浄を受けることになった。その猫の肉には、何らかの有害物質が含まれていたのだ。それ以来、千暁は小さな動物を見かけるだけで怯え、わざわざ遠回りして避けるようになった。自分が善意で手を差し伸べたせいで、またその動物たちに取り返しのつかない災いが降りかかるのではないかと恐れていたからだ。咲夜は天志の常軌を逸した行為に、心の底から嫌悪を覚えた。胃の奥から込み上げてくる吐き気を必死に堪えながら、絢子を制した。「もういいです。私はそんな話まで聞きたくありません」絢子はかすかに笑った。「でも、私はあなたに知ってほしい。いいえ、あなたは知らなければならないの。咲夜、こんなのはまだ始まりにすぎないわ。千暁が私の首を絞めて殺すよう強要されていた姿なんて、あなたは見たこともないでしょう。私と子供たちは、天志にとって、互いを縛りつけて牽制するための二つの駒だったのよ。天志は、二人の子供の命を盾にして私の尊厳を踏みにじるのが大好きだった。そして実際、あの人はそれに成功した。同じように、子供たちにも何度となく私の首を絞めさせて、『そのまま殺せ』と命じたわ」天志は、他人の生死を自分の手で操ることを、まるでゲームのように楽しんでいた。とりわけ好きだったのは、絢子が子供たちを守るために膝をつき、泣きながら必死に許しを乞い、最後には自ら地下室へ向かって罰を受ける姿を見ることだった。千暁に対しても同じだった。もし千暁が命令に従わず、絢子の首を絞めて意識を失う寸前まで追い込まなければ、今度は瞳が首を絞められる。天志は瞳と絢子を千暁の前に並べ、どちらか一人を選べと迫ったのだ。咲夜は、ただ話を聞いているだけ
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第674話

絢子は咲夜の目の前まで歩み寄ると、車椅子の肘掛けを両手で強く掴んだ。「咲夜、千暁が持っている株を売ってはだめよ。あれは、あの子が天志に対抗するために残された唯一の切り札なの」千暁が荻野グループを離れると決めたことだけでも、絢子はすでにひどく失望していた。それなのに今度は、咲夜がその株まで売ろうとしているのを、千暁自身が黙って許している。絢子にとって、何より受け入れ難いのはそのことだった。咲夜は眉をきつく寄せた。「さっき、私が千暁のことをどれくらい知っているのかと聞きましたよね。では、絢子さんは?母親である絢子さんは、彼のことをどれくらい分かっているんですか?」咲夜は目の前の絢子をじっと見つめた。その鋭い眼差しは、まるで彼女の心の奥底まで見透かそうとしているかのようだった。絢子は意味が分からないという顔で、その視線を受け止める。「どういう意味?」自分が息子である千暁を理解していないとでも言いたいのだろうか。咲夜は表情を変えず、そのまま言葉を続けた。「絢子さんにとっては、あの株こそが千暁を守るための力であり、天志さんと戦うための切り札なんでしょう。でも、千暁自身はどうなんですか?絢子さんは一度でも本人に聞いたことがありますか?それが本当に彼の望んでいるものなのかって」もし先ほど絢子から、千暁が荻野家でどれほど精神的に追い詰められてきたのかを聞いていなければ、咲夜もここまで早く気づくことはできなかったかもしれない。なぜ千暁が、これほど手間をかけてまで一連のことを進めてきたのか。けれど、たった今、咲夜の中ですべてがつながった。ようやく千暁の本当の気持ちが理解できたのだ。そして理解できたからこそ、今の咲夜は彼がたまらなく不憫に思えた。絢子を見る咲夜の眼差しも、次第に変わっていった。「本当に彼を理解していないのは、絢子さんのほうですよ」その声には、すでにわずかな怒りが滲んでいた。そう考えれば、先ほどまで絢子が自分に浴びせていた非難など、ひどく滑稽に思えてくる。絢子の顔色が一変した。怒りに満ちた目で咲夜を睨みつける。「でたらめを言わないで!自分の息子のことを、私が分からないはずないでしょう!あの子に好かれているからって、いい気になって勝手なことを言わないでちょうだい!」咲夜の言葉など、到底認められ
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第675話

そんな考え方では、天志といったい何が違うというのだろう。咲夜に次々と痛いところを突かれ、絢子は、自分は決してそんな人間ではないと反論したかった。しかし、言葉は喉元まで出かかっていたのに、どうしても口にすることができなかった。絢子は青ざめた顔のまま、どこか途方に暮れたような目で咲夜を見つめていた。――もしかして、本当に自分が間違っていたのだろうか。これまであれほど多くのことをしてきた。屈辱に耐え、千暁のために道を切り開こうと必死に生きてきた。それなのに最後に返ってきたのは、部外者からの「あなたが間違っている」という一言だった。絢子にとって、それはあまりにも重い一撃だった。咲夜にも、絢子が心の中で葛藤していることは見て取れた。そこで咲夜は、さらに言葉を続けた。「千暁がどうしてこんな決断をしたのか、本人に聞いたことがありますか?彼は絢子さんの息子なのに、絢子さんが真っ先にしたことは責めることだけだった。それで本当にいいんですか?」ここまで厳しいことを言いたくはなかった。自分の言葉を絢子が理解できるかどうかなど、もはやどうでもいい。ただ、これ以上自分と千暁に一方的な考えを押しつけ、しつこく絡んでくるのをやめてほしかった。こんなことを続けたところで、何の意味もない。咲夜から問いを突きつけられるたび、絢子の顔色はさらに悪くなっていった。先ほどまでの取り乱した様子はすっかり消え、図星を突かれた気まずさだけだった。それだけ言い終えると、咲夜は口を閉ざした。言うべきことも、本来なら言わなくてもいいことも、もう十分すぎるほど伝えたつもりだった。あとは絢子がどう受け止めるかの問題であり、咲夜にはまったく興味がなかった。絢子の心はひどく乱れていた。唇を固く結んだまま、咲夜の問いには何一つ答えない。必死になって自分自身を納得させ、揺らぎかけた気持ちを立て直そうとしていた。やがて、絢子の表情はようやく平静を取り戻した。彼女は強い意志を宿した目で咲夜を見つめ、改めて口を開いた。「あなたはどうしても、千暁が持っている荻野グループの株を全部売るつもりなのね?」それを聞いた咲夜は、もはや何を言えばいいのか分からなくなった。これだけ話したというのに、結局この人は何一つ聞いていなかったということなのだろうか
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第676話

絢子の目には、わずかな期待が浮かんでいた。彼女は、咲夜がこんなことをする理由など、結局は金が欲しいからに違いないと思い込んでいた。金で解決できることなら、何の問題もない。咲夜が金を望むのなら、いくらでも払えばいい。ただし、その代わりに持っている株をすべて自分へ譲渡してもらう。いくら要求されようと、絢子にはどうでもよかった。絢子の考えは以前と何も変わっていなかった。千暁が頼りにならないのなら、自分でやるまでだ。しかし、期待を込めて見つめる絢子に対し、咲夜はきっぱりと拒絶した。「申し訳ありませんが、いくら積まれても絢子さんには売りません」あまりにも明確なその拒絶は、見えない手で頬を思いきり叩かれたかのような屈辱を絢子に与えた。その顔色は、さらに険しくなる。絢子は震える指で咲夜を指さした。「咲夜、そこまで徹底的に私を拒む必要があるの?何と言っても、私は千暁と瞳の母親なのよ。二人の顔を立てると思って、私に株を売ってちょうだい。もちろん、ただで寄越せなんて言ってない。いくら欲しいのか、好きな金額を言えばいい。私には払えるから」絢子は、ついに自分の二人の子供まで持ち出した。千暁も瞳も、咲夜とは親しい間柄だ。それなのに、どうして自分には株を売れないというのだろう。絢子は、以前自分が千暁と咲夜の仲を邪魔したことを、咲夜がいまだに根に持っているのだと思った。なんて執念深い女なのだろう。しかし咲夜は、やはり首を横に振った。「瞳も以前、私に株を譲ってほしいと言ってきました。でも、そのときも断っています。絢子さん、誰との付き合いがあるかは関係ありません。この株を絢子さんに売るつもりはありません」咲夜は再び、取りつく島もないほどはっきりと言い切った。絢子の心に残っているわずかな期待まで、完全に断ち切るためだった。絢子は、これほど何度も頼み込んでいるのに、咲夜がここまで頑なに拒むとは思っていなかった。そもそもこの株だって、自分の息子が恋愛にのめり込んだ挙げ句、咲夜に譲ったものではないか。息子から譲られたというだけなのに、それを笠に着て、本当に自分の力で手に入れたものとでも思っているのだろうか。絢子は心の中で咲夜を何度も罵り、それだけでは飽き足らず、恋愛に溺れてまともな判断もできなくなった千暁のことま
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第677話

もし本当にあの蹴りをまともに受け、咲夜の脚が再び傷つくようなことになれば、後遺症が残る可能性さえある。千雪は緊張のあまり、心臓が喉から飛び出しそうだった。これまでの人生で、誰かのためにこれほど必死になって走ったことなど一度もない。――ドンッ!突然、大きな音が響いた。その瞬間、駆け寄ろうとしていた千雪の足が止まった。目を大きく見開き、信じられないという表情で目の前の光景を見つめた。咲夜もまた、絢子が自分の傷口を狙って蹴りを入れようとしていることには気づいていた。彼女は負傷した脚をわずかに持ち上げ、その蹴りを避けようとする。今の咲夜にしてみれば、平手打ちを何発か食らうほうが、まだましだった。手術した傷口をまともに蹴られるよりは、よほどいい。それと同時に、咲夜は怪我をしていないほうの脚を持ち上げ、絢子に蹴り返そうとしていた。やられたら、やり返す。自分だけが一方的に殴られるつもりなどない。絢子にも無傷では済ませないつもりだった。しかし、覚悟していた痛みはいつまで経っても襲ってこなかった。代わりに、先ほどの大きな音だけが耳に残っている。見ると、咲夜に掴みかかろうとしていた絢子が、何者かに見事な一本背負いを食らい、咲夜の目の前で床に転がっていた。痛みに顔を歪め、低い呻き声を上げている。咲夜は突然現れ、鮮やかな手際で絢子を投げ飛ばした人物を見て、思わず目を瞬いた。「た……鷹司さん?」香織は少し前からカフェで待っていた。しかし、しばらく経っても咲夜が現れなかったため、自分から様子を見に出てきたのだ。実のところ、香織はここへ来る前に咲夜の病室番号も調べていた。なぜわざわざ病室ではなく、階下のカフェを待ち合わせ場所に指定したのかは分からなかったが、それでも香織は咲夜の意向を尊重していた。だが、いくら待っても来ない。それなら自分から病室まで様子を見に行こうかと思い、席を立ったところだった。まさかエレベーター付近まで来たところで、遠目にも分かるほど取り乱した絢子が、咲夜に殴りかかり、さらには蹴りまで入れようとしている場面に遭遇するとは思わなかった。しかも咲夜は車椅子に座っていて、満足に動くこともできない。どう見ても、一方的に襲われているのは咲夜のほうだった。その光景を目にした
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第678話

咲夜は千雪を見て言った。「小林さん、絢子さんを連れて、腰を診てもらってきて」絢子が腰を押さえていることに気づいたのだ。おそらく、先ほど投げ飛ばされたときに痛めたのだろう。千雪は絢子を起こそうと手を差し伸べたが、すぐにその手を振り払われた。「触らないで」千雪は何も言わずに手を引っ込め、その場で静かに見守ることにした。絢子は痛みに顔を歪めながら床から立ち上がると、憎々しげに咲夜を睨みつけた。何か言おうと口を開きかけたそのとき、咲夜は香織に声をかけた。「場所を変えて話しましょう」それを聞いた香織は、すぐに咲夜の車椅子を押してその場を離れようとした。「咲夜、待ちなさい!」香織が咲夜を連れて行こうとしているのを見て、絢子は腰の痛みも忘れ、慌てて追いすがろうとした。咲夜と香織が株の売却について話し合うのを、黙って見過ごすわけにはいかない。しかし絢子が一歩踏み出したところで、千雪がすぐさまその前に立ちはだかった。絢子は腹立たしげに千雪を睨みつけ、押しのけようとする。「どきなさい……」「さっき腰を打って痛いんでしょう?診てもらいに行きましょう」絢子が最後まで言い終えるのを待たず、千雪は強引にその腕を掴み、救急外来の受付へと連れていった。絢子は振りほどこうとしたものの、千雪の手から逃れることができず、そのまま引っ張られていくしかなかった。一方、香織は咲夜の車椅子を押し、二人がもともと待ち合わせをしていたカフェへ向かった。香織は自分用にアイスアメリカーノを注文し、咲夜には白湯を頼んだ。咲夜は差し出されたカップを受け取った。「ありがとうございます」香織は相変わらず、仕事のできる女性らしい隙のない装いをしていた。咲夜の向かいに腰を下ろすと、にこやかに彼女を見つめる。「咲夜が怪我をしたって、つい最近知ったの。傷の具合はどう?順調に治ってる?」そう尋ねながら、バッグの中から一つの白封筒を取り出し、咲夜の前に差し出した。「急いで来たから、ちゃんとしたお見舞いの品を用意できなくてね。でも病人のお見舞いに手ぶらというのも気が引けるでしょう?ほんの気持ちだから、受け取って」それを見た咲夜は、すぐに辞退した。「これは受け取れません。わざわざ会いに来てくださっただけで十分ですから、本当にそこまでお気遣いいただかなくても大丈
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第679話

香織は、花江グループを支援するためにまとまった資金を出すつもりだった。その資金に加え、鷹司グループという後ろ盾まで得られれば、花江グループを守り抜くことは十分可能だっただろう。それどころか、荻野グループでさえ花江グループに手を出す前に慎重にならざるを得なかったはずだ。何しろ、桜ノ宮市の鷹司グループは背景も実力も荻野グループに引けを取らない。鷹司グループの支援が得られれば、荻野グループもこれまでのように簡単には花江グループを狙えなくなる。咲夜の目に疑問が浮かんだ。香織が花江グループに出資しようとしていたことなど、自分はまったく知らなかったのだ。よくよく思い返してみれば、当時、確かに出資を申し出ている人物がいると聞いたような気がした。ただ、その頃にはすでに咲夜自身が花江グループを手放すと決めていたため、千雪に頼んで断ってもらったのだ。まさか、あのとき出資を申し出ていた人物が香織だったとは思いもしなかった。本人からその話を聞かされ、咲夜は少し気まずそうに笑った。「すみません。あのときは、出資を申し出てくださったのが鷹司さんだとは知らなかったんです。ただ、会社は何度も大きな打撃を受けていましたから、以前の水準まで立て直すのは本当に難しいと思って……それなら、いっそ手放したほうがいいと判断しました」咲夜は、それなりに筋の通った理由を口にした。彼女が再び会社の経営を引き継いでから、一度は危機的な状況を立て直したのは事実だった。しかし、さすがに荻野グループから何度も狙い撃ちにされれば、耐え続けるのは難しい。だからこそ、雅紀とも十分に検討したうえで、花江グループを手放すという決断を下したのだ。香織は黙って咲夜を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。「私があのとき出資を決めた以上、あなたを負けさせるつもりなんてなかった。必ず立て直せると思っていたわ。咲夜、その説明では私を納得させるには少し無理があるわね。私だって長年、ビジネスの世界でやってきたのよ。あなたが経営していた会社に将来性があるかどうかくらい、判断できないと思う?」その一言で、咲夜の説明に無理があることをあっさりと見抜いてしまった。実際、香織には咲夜の説明がどこか腑に落ちなかった。そもそも咲夜自身に、花江グループを立て直し経営していくだ
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第680話

香織の言いたいことは至って単純だった。これから咲夜と荻野家が争うことになれば、自分もできる範囲で力を貸すつもりだということだ。ただ、咲夜には香織がそこまでする目的が分からなかった。もしかすると、香織が本当に興味を持っているのは荻野グループなのだろうか。彼女も荻野グループをめぐる争いに加わり、そこから何らかの利益を得ようとしているのか?咲夜の頭の中は疑問でいっぱいになった。香織はそんな咲夜を前にしても平然としたまま、静かに唇を開いた。「正直に言えば、確かに少しは興味があるわ。そこまで強い興味ではないけれどね」彼女は自分の考えを隠すことなく、率直に認めた。咲夜は一瞬、今の自分の気持ちをどう表現すればいいのか分からなくなった。ただ何となく引っかかるものがある。けれど、具体的に何がおかしいのかと聞かれると、自分でもうまく説明できなかった。香織は続けた。「前に連絡先も交換したでしょう?何か困ったことがあったら、いつでも私に連絡して。迷惑かもしれないなんて考えなくていいのよ。私は喜んで力を貸すから」そう言い終えると、香織は腕時計に目を落とし、申し訳なさそうに口を開いた。「ごめんね。このあと桜ノ宮市に戻らなきゃいけないの。病室まで送っていこうか?」彼女はそう言いながら周囲を見回したが、咲夜のアシスタントはまだ戻ってきていないようだった。今の咲夜は車椅子に乗っているため、一人で移動するには何かと不便そうに見える。香織は景浦市まで直接やって来て、わざわざ咲夜を見舞ったあと、そのまま乗り継ぎ便で桜ノ宮市へ戻る予定だった。そのため、今回の滞在時間にはそれほど余裕がない。次に来るときは必ず時間を作り、咲夜とゆっくり話をしよう。香織はそう考えていた。咲夜はその申し出を丁寧に断った。「大丈夫です。もうすぐ小林も戻ってきますから。それに、ちょうど外の空気を吸いたかったんです。病室の中は少し息が詰まるので……すみません、今こんな状態だから、お見送りもできなくて」「気にしないで。それじゃあ、私は先に行くわね」香織は咲夜に別れを告げると、彼女に見送られながら席を立ち、その場をあとにした。病院の入口では、すでに香織のアシスタントが待っていた。香織の姿を見つけると、すぐに歩み寄る。「社長」香織はポケットから小さな透
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