咲夜は雅紀の部屋を訪れたが、そこに彼の姿はなく、清掃スタッフが部屋を片づけているだけだった。スタッフは笑顔で説明する。「お母さんがお父さんをお庭にお連れになって、日向ぼっこをされています。お庭に行かれれば、お会いになれますよ」「ありがとうございます」咲夜も微笑んで応じた。雅紀は普段から庭で日向ぼっこをするのが好きだ。咲夜はそのまま庭に向かった。角を曲がったところで、危うく誰かとぶつかりそうになる。慌てて足を止めた。「すみま――」そこまで言いかけて、相手の顔を見た瞬間、言葉を失った。千尋だった。今日の彼はいつもの雰囲気とは違い、ずいぶん若々しい格好をしている。ダメージジーンズにスニーカー、フード付きのパーカーという、まさに大学生らしい装いだ。首には白いオーバーイヤー型のヘッドホンが掛けられている。彼は顔を上げると咲夜と目を合わせ、人懐っこく笑った。「花江さん、奇遇ですね」「そうね」咲夜は軽くうなずいた。まさか療養所で彼と会うとは思ってもいなかった。千尋は自分から口を開く。「母がこの療養所に入っているので、お見舞いに来たんです」その言葉を聞いた咲夜は、ただうなずくだけだった。何を言えばいいのか分からない。すると、千尋が続けて尋ねる。「花江さんは、どうしてこちらへ?」「父がお世話になってるの」隠すようなことでもないと思い、そのまま答えた。千尋は小さく笑う。「それは本当に偶然ですね。それじゃ、僕はこれで。お邪魔でしょうから」「ええ」咲夜は療養所で千尋と会ったこと自体には、特に何も思わなかった。ただ、彼の母親も同じ施設に入っているとは少し意外だった。庭に出ると、遠くに母の真奈美が雅紀にスープを飲ませている姿が見えた。真奈美は珍しく穏やかな笑みを浮かべ、家のリフォームが進んでいることを楽しそうに話している。そのとき、千雪からメッセージが届いた。【花江さん、お金の準備できました】咲夜はすぐに洸に口座番号を尋ね、そのまま千雪に転送した。それを済ませると、両親のもとに歩いていく。雅紀は咲夜の姿を見つけると、手を振った。「咲夜」「お父さん、お見舞いに来たよ」咲夜は父の隣に腰を下ろし、母の手からスープの器を受け取る。「お母さん、ここは私がやるね」「お願い」真奈美は器を渡
اقرأ المزيد