本人はそんなことなど、まるで気にしていなかった。そんな千暁の様子を見て、咲夜もようやくそれ以上言うのをやめた。一方、絢子はなおも感情をむき出しにして責め立てていた。「あなたなんかに期待した私が馬鹿だったわ。結局、あなたもお父さんと何も変わらないじゃない!」「母さん」千暁が声を上げ、彼女の言葉を遮った。「俺はもう荻野家には残れない。それに、母さんと父さんの争いにこれ以上巻き込まれるつもりもない」そう言って、憎しみに満ちた絢子の目をまっすぐ見つめた。「俺を信じられるなら、一緒に荻野家を出よう。母さんの身の安全は俺が必ず守る」「あなたについていけっていうの?」絢子は嘲るように笑った。「そんな役立たずのあなたが、私を守る?千暁、今のあなたの何を信じろっていうの?女一人のために家まで捨てようとしている息子を、まだ頼りにしろっていうの?」目を赤くした絢子は、もういいと言わんばかりに手を振った。「もういいわ。あなたも頼れない、瞳も頼れない。結局、私には誰一人頼れる人なんていないのよ。ふっ……いっそ、このまま荻野家の財産が他人の手に渡ってしまえばいい。あなたたちが私を守れないように、私だってあなたたちを守れるわけじゃないもの」そう言って笑っていた絢子の目に、いつしか涙が滲んでいた。「誰も頼りにならない……本当に、誰一人として。千暁、そんな女のために荻野家を捨てたいなら、好きにすればいいわ。もう、あなたみたいな情けない息子なんて最初からいなかったと思うことにする。ここまで来たら、私に失うものなんて何もないんだから」絢子は千暁を深く見つめた。その眼差しには、恨みと悲しみが入り混じっていた。だが、それもほんの一瞬だった。絢子はすぐに視線を逸らすと、歯を食いしばって込み上げる怒りを押し殺し、千暁の横を通り過ぎて救急外来を出ていった。良太は二人をちらりと見てから口を開いた。「えっと……俺、ちょっと様子を見てくる」今の絢子の尋常ではない様子を見ていると、良太としても放っておくのは不安だった。このまま周囲の制止を振り切って初療室へ乗り込み、手術用のメスを手にして天志を何度も刺しかねない勢いだ。やはり自分がついていって見張っていたほうがいいだろう。千暁も良太を止めることはなく、そのまま絢子のあとを追うのを見送った。
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