Semua Bab 強制狂葬 狂眼ドール: Bab 91 - Bab 100

101 Bab

9.天音 澄子と翡翠の過去

「……彼女か」「うん。初代管理人……」「おい、これ」 京が頭蓋を見るよう二人を呼ぶ。 彼女の頭には外傷を受けたと思われる大きな凹みがあり、頭骨が割れていた。「酷い……」「……」「京 ? 」    京はその骸をもう一度見た時、絶句してしまった。「白骨化してるし臭いもねぇ。けど、火葬されてねぇよな ? 」    涼も目を丸くして柩の中を覗く。「う、うん。髪が残ってるもんね」「しかし、魔法の棺桶って訳じゃないだろう ? 直後からここは腐敗臭に侵されたはずだねぇ」「普通の神経じゃねぇ。一度壁に埋めて隠し通す奴はいるが、この蝋燭を見る限りじゃ丁寧に取り扱ってるようだしな」「……。翡翠なら……やるかもね」 ミイラ化したその頭のそばに、小さなメモ帳が置いてあった。「これ、何か書いてあるんじゃないのかい ? 」「見せて」 涼がそっと手を伸ばし中を開いた。「日記だ……。「十一月二十二日、今日は久々に実家へ帰る。甥と姪も正月休みを前倒ししてくれて、二年ぶりに会えることに期待を……」。甥って……」「翡翠だよな ? 」「続けるね」 涼は再び初代管理人の日記へ視線を落とした。 □□□ 十一月二十二日。 澄子はその日、都会の喧騒の中に再び向かっていた。久々に実家へ帰るのだ。 天音 澄子──翡翠の伯母でこの時五十代後半だった。自身の育児を終え、夫と死別した事を境に、仏門へと歩みだした。 師となった寺の住職は厳しい人ではあったが、中年女性である澄子の意思が強いことを見ると、ある条件を提示し澄子
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10.海久寺での償い

 平成元年──天音 翠は澄子に連れられ、海久寺へやって来た。 師である住職から告げられた条件があった。 この海久寺の管理である。 澄子は髪を纏め、御本尊から離れ、翠と共に移り住むことになった。 朝早く起き、経を上げ、子供たちの様子を見ながら作業を割り振り話を聞いては説法を続ける。 下は十歳、上は成人もいた。この時、翠も成人を迎えていた。「翠、玄関のサッシに砂が沢山残っているよ。箒ではいておいで」「やったはずなんだけどなぁ……」 翠の肌はすっかり綺麗になり、身長も驚く程伸びた。染髪した金色の髪が揺れるのを後ろから見た澄子は、翠が年相応の生活をしている事に安堵していた。 寺の清掃が終わり次第、翠は提携先の就職先へと働きに行く。 子供たちもその姿を見ながら更生出来るのだと信じて生活を送るようになる。 成人のように刑を受けることも必要な場合もあるが、刑罰を与えたからと言って全員が反省後悔をする訳では無い。 翠も今は不便もあるだろうが、それは過去の罪は消せはしないのだから……。 澄子はいつも、その当時の事ばかりを思い出していた。 本堂に入ると、何気なく経を上げ始めた。(どうか……何事もなく、天寿を真っ当出来れば……) そう思い思わず木魚を叩く手に力が入る。 その時だった。 澄子の脳裏に見知らぬ土地の風景が突然押し込まれるように視えた。 轟々と燃え盛る炎に細い道。その地面に散らばる剣と釘の山。 息を吸えば喉が焼ける。至る所から人の叫びが聞こえるが姿は見えない。後にも先にもこの足の踏み場もない道の上を先に行かなければならない。 その先に何者かの背が見えた。 澄子は手で火の粉を払いながら先へ進もうとするが、とてもじゃないが横からも容赦なく噴き出す炎に目を細める。 前を行くその者も恐る恐る歩いて、皮膚を焦がしながらフラフラと立っていた。
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11.自立の阻害

『海久、出鱈目な事を言うものではないよ』 海久(かいきゅう)は澄子の僧名である。澄子は師である本尊の住職に己が見た白昼夢を告げた。 だが住職から返ってきた言葉は澄子の望んだものではなかった。「はい……取り乱しまして……申し訳ございませんでした」『……。そりゃあ、こんな仕事だ。何か不思議な体験をする事もあるだろうけれどね。でも多くの日本の寺院はオカルト事の面倒を受け入れたがらない。一部には需要があっても、檀家さんなんかは安住の地としてお墓を買うだろう ? そんな場所で悪い憑き物を祓っているなんて聞いたら、その悪い気が留まるんじゃないかと疑ってしまう。 貴女を信用した者程、僧侶としての信用を失う』 寺でどうこうという問題ではない。「翠…… ! 」 死後の運命を変える。捻じ曲げるその手法の手掛かり一つでも掴めればと思っていたが、何も得られず頭を抱える。 そこへ仕事を終えた翠が戻って来た。「ただいま。 あのさ、少し話があるんだけど」 澄子はぐったりしたまま翠へ向かって振り返る。「店長の知り合いの工場の寮で、空きがあるんだって。人が住まないと傷んじゃうし、しばらく一人暮らししないかって話が出てて」「駄目よ」 澄子がキッパリと答えた事に翠は多少気が立ったが耐える。「保護司の田村さんにも同席してもらったし、大丈夫だって言われて……」「田村さん !? あんた、そんな大事な話。先に自分だけで決めてきたの !? 」「……普通なら皆、大学卒業の年だし。合わせて自立してもいいんじゃないかって」「駄目だよ ! あんたね、そんなお気楽にやっていけると思ったら大間違いだよ。徳を積むんだ今以上に ! 」「別にここを出たいとかそういうんではなくて、一度外に……」「いいかい ? 一度し
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12.それぞれの論理

 半年。 たった半年で澄子は手順を済ませ必要な物資を揃え、知り合いのツテで協力者を海久寺へ呼び出していた。 そこには国籍、年齢関係なく、普段は神職者としての皮を被った呪術師ばかりだった。呪い屋や霊媒師も存在した。「本当にありがとうございます」 澄子が深々と三指を付き丁寧に頭を下げ礼を言う。「なに……我々も、自分たちの集大成としては興味がありますゆえ」 一人の老人が人の良さそうな笑みを浮かべて澄子に理解を示していた。 他の者も頷く。「俺は完全に実験ですね。『城』が作動するまではお願いします。そのあとの『海久さんがもし管理人の席を強奪されるようなことがあったら、貴女のご遺体を人柱として『呪いの城』へ変化させる』。これは俺の専門分野なんで、ワクワクしますね」「これこれ、それでは海久さんが殺されると言っているようではないか」「……でも、霊視では見えてるんですよね ? 」 呪術師の男が霊能者へ話を振る。「ええ。申し上げ憎いのですが……恐らく、翠さんは今より攻撃的になるかと。それが更生として本当に正しいのか……」「更生云々は今の話でしょう ? 今、しっかりお仕事されて頑張ってるんですよね ? 」「はい。近くのアパートに住むと……今朝方出ていってしまって。知人伝いに連絡が取れる範囲ですし、保護司が肯定的で止めきれなくて」 翠は結局、その日の朝出ていった。 この客人の面子と、自分の死後の話に懐疑的だった翠は遂に癇癪を起こして出ていってしまった。小一時間程してから、保護司の連絡で話し合い、許可せざるをえなかった。「二十二歳でしょう ? そりゃあ前科があったとしても、海久さんが毒親になってません ? 普通に実家出る年だし」「まずは様子を見て、我々は死後の事を考えましょう。根本は彼の地獄行きを食い止め、地獄行きになる魂の安住の地を創る事が目的です」「それは同意で
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13.強制狂葬の禁術

「ここは…… ? 」 翠が気付くと、そこは知らない場所だった。体の感覚もある。暑い寒いも感じる肌感。 しかし、自分の手を見て思わず握ったり広げたりを繰り返す。「なんだこれは……」 明らかに人の体ではない姿。 そして思い出す。生前、澄子が提案してきた死後の過ごし方についての『城』建設の提案。 強制的な死後封印。 こんな事なら、当てつけに澄子の元へ帰らずにどこかひっそり逝くべきだったと後悔する。「う、うあぁっぁああああっ !!!! 」 激しい怒りで鉄格子を蹴り上げる。 そこへ聖職者達を連れた澄子がやってきた。 鉄格子を挟んだ向こうにいる澄子と彼らは人の肉体を持っていた。「仕方がないのよ翠。このままでは貴方は地獄へ堕ちてしまう」「こんな ! こんなところに閉じ込める気か !!? なんでだよ !! 」「時期にわたしたちも死んだらここへ行くわ。それまでは特殊な術で出入りするけれど」 話を遮り老人の僧侶が手を挙げた。「寿命だけで言ったら、わたしが最初にここへ来そうじゃな。その頃にはもっと人も増えているだろう。看守が必要になる」「死後、こんな場所に入れられるほど俺は悪人なのか !!? 」「……事情はあれ、地獄へ行くというのはそういう事じゃろ」「……っ ! じゃあ俺を虐げた連中も地獄へ堕ちるんだろうな !? 俺だけが罪人か !? 」「それは神のみぞ知ることだよ」 □□□「それがこの『城』の始まりだ」 翡翠が話し始めた『城』のルーツを囚人達も無言で耳を傾けていた。「それほど地獄は恐ろしい場所なのだろう。しかし、ここへ永遠に監禁されることなど誰が望むものか」 これには囚人達も激しく動揺した。 管理人だったはずの翡翠自身が囚われていた。そうなると、自分たちもこの先はこのままいるの
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14.フローライト

「この石が、『核』の本体だよ」「即身仏……には見えないね。ミイラどころかただの生き埋めだね」「『城』が外法で建ててんなら即身仏も何もねぇだろ。呪物になっただけじゃねぇかよ。元々が呪いの城なんだよ。翡翠に殺されて云々じゃねぇ」「そうかもね。なんの準備もない者がなんの修行もなく出来るはずがないんだ。そもそも法律で禁止されてるはずだよ」「それで ? これ、どうすりゃいいんだよ。壊すのか ? 蛍石って燃える ? 」「お前はなんでも燃やそうとするな。発光するとか割れるという事は聞いた事はあるが……呪いを解くイコール壊す、では無いかもしれん」 どうしたものかと慌てふためく側で、涼がジッと出入口を見たまま固まっていた。「涼 ? どうした ? 」「……やばいかも……」 そのうち、足音が近付いて来るのが分かった。バタバタと何人もの物音は大きな騒音となって執務室へ向かっていた。「どうする !? 」「これが本体ならとりあえず ! 」 涼が石に手を伸ばす。「馬鹿 ! やめろ ! 」 何が起きるか分からないものを素手で掴もうとした涼を、誰も止めることはできなかったら。「う、うわぁぁぁっ !! 」「涼 ! 」 カツンと音を立てて涼の指先に石が触れた途端、両眼が狂った様にギョロギョロと動き出す。「くそ、どうなってんだ」「すぐに離して ! 涼 ! 石を離すんだよ ! 」「は……剥がれない ! 」 目の前の何かを払い除ける仕草をしながら涼はもがいたまま尻餅をついてしまった。 そこへプライドと翡翠がやってきた。後には囚人達がゾロゾロと身を乗り出してついてきていた。「呪いの物と分かっていながら何故荒らした !! 」 翡翠が涼に掴みかかる。「涼、『核』への生贄に選ばれて
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15.己の品格

「涼 ! 聞こえてんのか !? 」 既に囚人たちの半分は開いた門から闇へ出ていった。 京の声だけが『核』である自分のすぐそばから響いてくる。「ふふ ! くすくす…… ! 」 涼は耐えられずに笑ってしまった。『……』「面白いね。視えてないのは貴女だってば」『わたしはこの城の脳であり眼でもある』「京はきっと意地でも出ていかないよ ? 貴女も意地でも門を開け続ける ? 」『閉じて欲しいの ? 』「それはさせない。分かるでしょ ? どんどん力が俺の方に流れてる。 門の開け閉めくらい、もう俺の手中にあるよね ? 」『確かにそれは感じる。けれど、そんな脅しでお前を核から吐き出したりするものか。 お前は永遠にこの核になり、魂を捧げ続ける』「貴女は何も見えていない」『見てる』「見てない」 そんな攻防も知らず、『核』の下で京はへたりこんだ。 しかし数秒してすぐに立ち上がる。座り込んでいても仕方がないのだ。「囚人塔は…… ? 大時計はもう出たのか ? 」 一度、『核』の元を離れる。 京の気配が側から消えたのを感じながら、涼は核に釘を刺し続ける。「京が出るまで時計は出さないし、させない。あれは次の後継者を選ぶまでのタイマーだ。京を選びたくないしね」『いくら探し回っても、無駄だよ』「どうかな ? 」『すぐに諦める』「ねぇ、貴女は京が残った理由がわかる ? 」『友情とでも言うのか ? 』「ほらね。見えてない。京はそんな安い言葉で生きてない。 結局、貴女は他人の運命を自分で理解した気になって暴走した身勝手女だ」『その身勝手女の代わりになるのがお前だよ、涼』「望むところだね。最も俺は信じてるけど」 □□□「京 !
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16.最後の一口

「ふ……っ、ふはは ! てめぇ逃げてなかったのかよ……」「……ふ……ふふ。何故だろうね ? 」「知らねぇーよ、ふひひ」 翡翠は窓から京にチェアを向けると組んでいた足を組み直した。「京。お前は脱獄に興味があったんじゃないのか ? 門が開いたが ? 」「……ククク ! 馬鹿じゃねぇの ?  俺ぁ、てめぇが『幻のドールアイ』の片方を無くしたら、どんな顔で焦り出すんだろうって面白半分でやってやっただけ ! 」「ああ。馬鹿なんだな。 でも正解だった。両眼揃って闇の世界に出たところで、目的が分からなければサミールの二の舞だ。 ……ははは……本当にね。俺も自分の馬鹿さ加減が嫌になる。 輪廻転生のドアだってさ、くく、そんな不確かな理由であの闇の先に行けるか ? 」「まぁ〜、俺も人の事言えねぇ馬鹿だけどよ。 今、考え無しに門から出ていった囚人らよりゃ考えてるつもりだぜ」「そうか。 じゃあ聞こう。どう考えているんだ ? 」 京はぷくくと吹き出しながら翡翠を指差した。「そりゃあ、管理人様が一番心当たりあるんじゃねぇの ? 」「言ったろ ? 俺は酷い馬鹿なんだ。そんなもんがあるかないか不確かなまま出ていくなんて……その度胸があったら、とうの昔に逃げてるのさ」 京はふと真剣な面持ちに変わるとソファへと体を沈ませる。「過去だけ見りゃ、俺はてめぇだけが凶悪犯様には思えねぇけどな」「ふん。放火魔にそう言ってもらえると嬉しいものだね。罪が軽くなった気がするよ。 最後に一つ聞かせてくれよ。片方のドールアイはどこにある ? 」 京は隠し部屋から倒れて転がっていた絵蝋燭にライターで火をつける。ユラユラと揺らめく光が照らしたローテーブルの上にハラハラと埃
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17.藤紫の継承

 京は吸い終えたシケモクを花瓶へ落とした。透明な一輪挿しの中で紙が解け、冥花がふわりと水に馴染むと途端に真っ青な水に変わる。「もう一本やるか ?」 翡翠は震える手で同じく冥花を落とすと、深く肺の中を空にするように息を吐き燻らせていた紫煙の漂う筋を見る。 細くなった煙の帯が、隙間風に乗ってツイッとドアの外に流れている。「いや、要らん。 ……行こう」 ギシッと椅子が大きく軋み、立ち上がった翡翠は一度隠し部屋の中へ行き、すぐに戻った。「なんだ ? 」「これさ」 翡翠の真っ白な手袋の中には蛍石が握られていた。 この『心臓部』となるその石を持ち、二人は執務室を後にした。 □□「ほらね。……京は逃げない。それに翡翠も」 涼はぼんやりと『核』の中を漂いながら、天音 澄子の意識に言葉を向ける。涼の目は瞼にまで侵食が及び、顔を上半分が藤紫色に変色していた。そのドールアイには城の内部がどこでも視えた。 翡翠と京がこの部屋に向かう姿も。 ドンッ !  大きな音がたち、ふと涼の視線が揺らぐ。 肉眼では見えない外の光景が、視ようとすれば脳裏に流れ込む光景。 翡翠と京が自分──『核』を見上げて立っていた。「『核』よ。いや、天音 澄子」 翡翠が前に出る。そして、純白の手袋をゆっくりと開き蛍石を見せた。「よく見ていろ」 翡翠が蛍石を摘むと、そのままゆっくりと口の中にカコンと音をっ立てて放り込んだ。「翡翠……。あの石は棺の中にあった……」 それを涼が視認した時、また現段階で半分『核』である天音 澄子の悲鳴が響いた。『翠 !! 翠ぃ〜〜〜っ !! 何故 !!? それは捧げ身に入れるもの !! 何故盗った !! 』 錯乱状態で声を発したキューブ型の浮遊物に、翡翠と京が顔を見合せ静かに頷いた
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18.エピローグ

 京の足音は黒いブーツのゴム底を床に擦りながら歩く音だ。 ズザ……ズザ…… 無言で暗い囚人塔を歩く。誰もいなくなった『城』の内部。カビ臭く、湿度が高い。大きな声で喚く者も、賭けで盛り上がる男たちも、今はもういない。全て外の闇へ巣立って行った。 半分は輪廻転生を叶えるだろう。中でも辿り着けず意気消沈してしまう者も。皆、覚悟の上で出て行った。 今、『城』は大時計が出る前。これから翡翠が完全に『核』へ変貌したら、再びこの天井には藤紫色の大時計が現れるだろう。そしてまたいつか囚人から生贄が選ばれ、時が来たら鐘の音が響き、生贄の眼は狂ったように変色していくのだ。 京は一人、食堂への渡り廊下へ向かう。「…… ! 」 食堂の明かりはついていた。「陳さん……残ったって聞いてた。まじかよ……すげぇ。すげぇよ」「……」 陳は相変わらず口を開かない。しかし京をじっと見つめたあと、トレイに銀の皿とスプーンをカンッと置き差し出した。「はは。こんな状況でも腹は減るもんなぁ……」 トレイに乗ったものは豆カレーとライス。 いつだったか。涼が楽しそうに豆カレーを毎日食べる男の話をしていた記憶がある。 あの時、涼に「生贄に選ばれている」と伝える事が出来ていれば……しかし、京自身あとから聞いた話。不可能だったことは分かっている。 後悔はいつまでも込み上げるものだ。 椅子に座ろうとした時、長テーブルの上に食事の乗ったトレイが他にもある事に気付く。 誰も居ない席。 京はすぐにそれが何か気付いた。 トレイの横に写真立てがあった。中にあるのは写真ではなく絵だったが、恐らく陳が自分で描いたものだ。必死で、何度も描いては消しを繰り返しながら。ようやく描けた愛妻の絵を遺影に使い、誰もいない時に食事を供えていたようだ。
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