All Chapters of 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜: Chapter 11 - Chapter 20

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第十一話「思わず探してしまう元カノの影」

 目を覚ますと、後ろから強く抱きしめられていて、伊織の体温が背中に伝わってきた。寝不足なはずなのに、頭も心もすっきりしていて、不思議な充足感が胸を満たしている。 シングルのベッドで男二人はきつくて、伊織はまるで抱き枕を抱えるかのように僕を強く抱いて眠っていた。腕が胸の下に回され、逃げられないように固定されている。 前回の時もそうだった。きっと癖なのだろうと思いながら、胸の奥が苦しくなる。今までの彼女にもこうして寝ていたのだと想像すると、嫉妬が込み上げてきた。 二週間前まで、伊織には女性の恋人がいた。同じ会社の女性で、きっと同じように部屋に呼び、一緒にこのベッドで眠っていたのだろう。 抱けなかったとしても――恋人同士なら同じベッドで眠るくらいはするはずだ。こうして兄さんに抱きしめられて、幸せを感じていたのかもしれない。 何度も絶頂を味わった気だるい身体を起こし、兄さんの腕をそっと外す。ベッドから降りて、洗面所へと向かった。冷たい床が足裏に触れ、身体が僅かに震える。 洗面所の鏡を見て、全身に残る痕を確認した。前回消えかけていたキスマークが再び、白い肌に赤く濃く点在している。首筋、鎖骨、胸、太腿。至る所に伊織がつけた証が残っていて、触れると鈍い痛みが走った。「顔……やばっ」 鏡に映る自分の顔を見て、驚きの声が漏れる。ちかとして化粧をしていたのに、落とさずに寝てしまっていた。マスカラとアイライナーが落ちて、目の周りが真っ黒になっている。とんでもなく醜い顔になっていた。 こんな悪魔のような顔を伊織に見せるわけにはいかない。玄関に置きっぱなしになっているカバンを取りに戻る。リビングを抜け、玄関でカバンを手に取ると、また洗面所へと急いだ。 カバンから携帯用の化粧落としシートを取り出し、顔を拭いていく。黒く汚れた顔が少しずつ綺麗になり、素の顔に戻っていった。 ふと洗面所の棚に並ぶ小物に目がいく。歯ブラシも歯磨き粉も、洗顔フォームも一つずつしか置いていなくて、女性用の化粧品も見当たらない。 つい最近まで恋人と付き合っていたのなら、まだ彼女の私物が残っていてもおかしくはないのに。元カノの痕跡を探してしまう自分が嫌になりながら、棚の中を覗き込んでしまう。「何を探しているの? 千景――」 背後に人の気配がしたと思った瞬間、後ろから熱いものが突き刺さる感覚で足が
last updateLast Updated : 2026-02-12
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第十二話「木曜日の仕事」

 パソコンの画面を見つめながら、最後の書類を確認し終えると、「あれ」と思わず声がこぼれた。部下たちが一斉にこちらを見て、驚いた表情を浮かべている。「松井田部長、なにかありましたか?」 一番近くに座っていた部下が心配そうに声をかけてきて、俺は顔を上げた。「いや、なんでもない」 首を横に振って答えると、部下は不思議そうな顔をしながら自分の席に戻っていく。 今日一日分の予定していた仕事の作業が、全て終わってしまっていた。就業時間プラス一時間ほどの予定でスケジュールを組んでいたのに、しっかりと昼休憩も取った上で作業が完了している。時計を見ると、まだ午後三時を回ったばかりだった。 時折強い眠気を感じつつも、脳内はクリアで淡々と作業が進んでいった。集中力が途切れることなく、書類のチェックも会議の資料作成も、いつもより速く正確にこなせていた。 そういえば先週の木曜日も同じように早く仕事を終えていたのを思い出す。そういえば先週の水曜日に実家に帰り、感情のままに千景を抱いた。(これは……いいことなのだろうか?) 答えが見つからず、椅子の背もたれに身体を預ける。確実に睡眠不足で、身体には良くないと思う。朝まで千景と繋がっていて、数時間しか眠れていない。それなのに、思考はクリアで雑念がなかった。集中力も高まり、作業効率がいい。 俺にとってはいいことづくめだが、千景にとったらどうだろうか。情事の後の千景は、明らかに歩き方がおかしい。立っているのもつらそうで、忙しく準備をしながらも、壁に手をついては怠そうにため息をこぼしていた。 入れるべき場所ではない箇所に、そこそこ大きいものを入れている。それもなかなかの長い時間、出し入れを繰り返し、さらには気を失うほど何回も絶頂を味わわせているのは、きっとかなりの体力を奪っているのだろう。「ああ、そうか」 独り言が漏れて、また部下たちの視線が集まる。だから昨夜は『エッチなし』と千景に釘を刺されたのだと理解した。 翌日に大学の講義がある。先週セックスをした時点で、翌日の疲労度を千景は理解しているから嫌がったのだろう。気づかずに何度もイかせてしまったのは悪いことをしたと思いながら、さらには朝も激しく求めすぎてしまった事実が胸を刺す。「松井田部長?」 部下に声をかけられて、自分が「ああ、そうか」と独り言を漏らしていたと気づいた
last updateLast Updated : 2026-02-13
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第十三話「薄れた罪悪感と元彼」

 バーカウンターの中で、玲司と並んで仕事をしていた。玲司がシェーカーを振り、僕はグラスを磨きながら店内を見渡している。「順調に交際を続けているようだな」 隣から玲司の低い声が聞こえてきて、視線を向けると、玲司の手が伸びてきて黒色のワンピースドレスの肩紐を少しズラした。首筋に残るキスマークを見ているのだろうと思いながら、僕は小さく頷いた。「順調かどうかはわからないけど。関係は続いているよ」 グラスを置いて、肩紐を直す。玲司の手が離れ、僅かに寂しさが胸をかすめた。「今夜も行くんだろ?」「まあ、ね」 答えると、玲司の視線が鋭くなった。「気をつけろよ。今夜はあいつが来てる」 玲司の視線が動いて、テーブル席へと向けられる。僕がさっきまで座っていた席には別のスタッフが座り、接客をしていた。客の顔を見なくても、誰のことを指しているのか分かってしまう。「玲司にはいつも感謝しているよ」 小さく囁くと、玲司は切れ長の目を細めた。「――感謝だけ?」「うん。感謝だけ」 正直に答えると、玲司が寂しそうにふっと微笑む。 兄さんとの関係は続いている。最初にあった両親や常識から逸脱した行動への罪悪感は、関係を重ねるごとに薄れていった。週に二回、デートをして身体を重ねることが、日常の一部になっている。 外から見れば恋人同士に見える関係だが、僕たちの関係はぼんやりとした形のないものだった。デートらしいことをして、夜は獣のように激しく抱き合う。愛が存在しているのか、僕には分からない。 僕には兄さんへの恋愛感情がある。六年間、ずっと想い続けてきた相手で、今も変わらず好き。でも兄さんに愛されているかは分からない。それに愛がほしいとは望んでいない。 兄さんの恋愛対象は女性だ。女性を抱けなくて困っているのを助けるために今の関係がある。兄さんに恋人ができて、その人と抱き合えたら――僕の役目は終わる。それまでの期間限定の恋でしかなくて、いつか終わりが来ると覚悟していた。 兄さんとの思い出ができたら、僕は次の恋愛に踏み出せるかもしれない。兄さんから「好きな人ができた」と言われたら、笑顔で別れようと心に決めている。「あら、今日は黒瀬さまが来てるのね」 店のママである環さんがカウンター席に座りながら、僕たちに声をかけてきた。さりげなく黒瀬からの視線を遮るように僕の前に座ってくれ
last updateLast Updated : 2026-02-13
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第十四話「千景と綾」

『松井田部長、今夜少し、相談があるんですが……いいですか?』 元カノである白石綾に仕事中、廊下ですれ違う際にそう誘われた。 彼女と別れてから二ヶ月が過ぎていた。仕事場で見かけたり、業務の話をしたりはあったが、プライベートなやり取りは一切していない。 メッセージのやり取りも、別れを切り出された日の待ち合わせ場所についたという連絡が最後のままで、新たなやり取りはしていなかった。二ヶ月前のあの日、綾から「もう無理」と言われて別れた。一年間付き合って、一度も抱けなかった自分への失望と、綾の涙を今でも覚えている。 職場から少し離れた高級レストランで食事をすることになり、予約なしで店内に入った。前にも一度来たことがある場所で、綾がすごく気に入っていた記憶がある。 重厚な内装と落ち着いた照明、白いテーブルクロスが敷かれたテーブルでワインリストを手渡され、綾が嬉しそうに笑っていた。 綾とデートする時は、少し高めのレストランで食事をしてホテルに行くのがいつもの流れだった。事前にここに行きたいと綾から連絡があると、デートの日に合わせて予約を入れておく。今夜は急だったから、予約する暇がなかった。 ソムリエが現れてワインを勧めてきて、綾が嬉しそうに選んでいる。以前と変わらない綾の様子を見ながら、彼女への感情がすっかり薄れていることに気づく。 メニューを開きながら、千景はこういう場所を嫌がるだろうなと考えてしまう。外で食べるよりも、俺の家で、俺が作る料理を美味しそうに食べてくれる。 先週、軽いおつまみを作った時、千景は「伊織の作る料理が一番美味しい」と笑顔で言ってくれた。シンプルなカプレーゼだったのに、何度も「美味しい」と繰り返して、幸せそうに食べてくれた。 外に出かける時も、アットホームな雰囲気の店に惹かれて入ることが多い。前もって調べて行くというよりは、二人でぶらぶら歩いていた先で見つけた店に入って食べるのが好きらしかった。 いつもにこにこと楽しそうに笑い、美味しいものを食べると「伊織も食べて」と勧めてくれる。千景の箸が伸びてきて、俺の口に料理を運んでくれる仕草が愛おしい。基本的に食事はシェアが多くて、食べたいものを一緒に食べて分かち合うのが好きだと話していた。「二人で同じものを食べるのが好きなんだ。伊織と一緒に美味しいって感じたい」と千景が言ったとき、胸が温か
last updateLast Updated : 2026-02-13
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第十五話「別れられない二人」

 深夜一時半、伊織のマンションに到着した。呼び鈴を鳴らすと、すぐに玄関のドアが開いて、兄さんがにっこりと微笑んで僕を抱きしめてきた。「伊織、ただいま」「お疲れ様、ちか」 玄関で熱い抱擁をし、甘いキスを交わす。バイト上がりで、アルコールやタバコの匂いが身体に染み付いていただろうに、兄さんは気にせず激しく抱きしめてきた。 キスだけで身体が反応して、ワンピースの裾が持ち上がっているのが分かる。兄さんの股間に何かが当たり、硬くなっているのが伝わってきた。「ベッドいく?」 兄さんが囁き、僕は戸惑いながら答えた。「でも、僕……まだ」「おいで。まずはベッドで愛し合って、それからシャワーを浴びておいで。すっきりしたら、一緒に軽く飲もう。おつまみも用意してある」「――うん」 手を繋いで寝室へと向かい、ベッドに押し倒された。服を脱がされて、兄さんの熱が身体の奥まで入り込んでくる。激しく腰を動かされて、何度も名前を呼ばれた。快感が波のように押し寄せてきて、絶頂を迎える。 仕事で疲れているはずの兄さんは、一回果てると同時に僕の上で力を失い、そのまま寝落ちしてしまった。規則正しい寝息が聞こえてきて、兄さんが深い眠りに落ちたのが分かる。 身体を起こし、兄さんの熱が抜けた場所から白濁の液体が垂れてくるのを感じた。ティッシュで拭き取りながら、ベッドから降りる。 シャワーを浴びようと脱衣所に入ると、甘ったるい香水の匂いが鼻についた。女性用の香りで、兄さんが使うような匂いではない。フローラル系の甘い香りが脱衣所に充満していて、胸が苦しくなる。 洗濯かごに目をやると、兄さんが今日着ていたワイシャツが入っているのが見えた。白いワイシャツが無造作に放り込まれていた。 手を伸ばしてワイシャツを手に取り、鼻先につけて匂いを嗅ぐ。甘い香水の匂いが強く残っていて、胸が苦しくなった。兄さんの体臭と混ざり合った香水の香りが、嫌な予感を呼び起こす。 そっとワイシャツを洗濯かごに戻し、鏡に映る自分の顔を見つめた。青ざめた表情で、唇が震えている。目が潤んでいて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。(兄さん……ワイシャツに匂いが移るほど女性と近距離で何をしてきたの?) 僕が帰ってくる前に、兄さんはこの匂いを落としたかったのだろう。だからすぐにシャワーを浴びて、身体を洗い流していた。 兄さん
last updateLast Updated : 2026-02-14
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第十六話「全てが曝け出される夜」

 バイトの時間ぎりぎりまで本当にするとは思わなかった。午後五時に兄さんのマンションを出る予定だったのに、気づけば午後六時を過ぎていて、玲司のマンションに寄る時間がなかった。 やばいと思った時点で、玲司にメッセージを送って今日着るワンピースドレスをお店に直接、持ってきてもらった。 呆れながらも玲司が下着と衣装を持ってきてくれて、助かった。「……腰、だるっ」 思わずこぼした僕の言葉に、背後でワンピースのファスナーを上げている玲司の指がぴくっと反応する。鏡越しに玲司の呆れた表情が見えて、恥ずかしくなる。「昨日の今日で、よくやるな」 玲司に呆れられ、僕は視線を逸らした。(僕だって、こんなにされるなんて思わなかったし) 一回しかしてくれなかった――という僕の言葉に、兄さんは嬉しかったのかどうかわからないが、長時間僕を抱き続けた。途中、ちょっと僕が意識を飛ばしていたところもあるが……ソファで僕が起きてからバイトのぎりぎりまでほぼ繋がっていたのには、僕自身驚いている。 特に腰と太腿が辛くて、立っていられない。ワンショルダーのドレスを着る時も、身体を動かすのが億劫で、玲司に手伝ってもらったくらいだ。 僕たちの後ろを通った環さんが、鏡越しに僕を見てにっこりと微笑んできた。華やかな着物姿の環さんは、店のママとして堂々とした雰囲気を纏っている。「昨日の今日で……ちかちゃんの彼氏ってすごいのねえ」 環さんの言葉に、僕は苦笑した。「すごいんですかねえ」 環さんが鏡越しに僕の鎖骨を指差して、眉を上げる。細い指が僕の肌に触れて、ワンピースの生地を少しずらして歯形を確認した。赤く腫れた痕を見て、環さんが小さく笑う。「太腿へのキスマークの禁止を出したら、歯形でしょう? しかも鎖骨に」 環さんの指摘に、僕は乾いた笑い声を上げた。鎖骨についた歯形は、今はワンピースで隠れているが、動くと見えてしまいそうだ。兄さんに噛まれた痕が、赤く腫れていて、触れると少し痛む。 ベッドに一緒に寝なかっただけで、あんなに機嫌が悪くなるなんて思わなかった。「あはは。これはちょっと僕がやらかしたんで」 曖昧に答えると、環さんが楽しそうに笑った。「あら、お仕置きってこと?」 環さんが興味津々な様子で尋ねてきて、僕は視線を逸らした。「そうなるんですかねえ」「お仕置きが長引いて、玲司く
last updateLast Updated : 2026-02-14
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第十七話「元彼と元カノと今彼」

「心臓がヒュッてなって、胸が抉られて――お化け屋敷にいるより心臓がおかしくなりそうだった」 バーカウンター内で人から隠れるように座り込んで、顔を覆う。冷たい床の感触が手のひらに伝わってきて、身体が震えていた。膝を抱えて丸くなり、できるだけ小さくなろうとする。隣で玲司が立ってグラスを磨いている音が聞こえて、規則的な音が僕の耳に響く。キュッキュッという音が心地よくて、少しだけ気持ちが落ち着いた。 玲司の革靴を見ながら、深いため息をついた。黒く光る革靴が目の前にあって、動こうとしても身体が言うことを聞かなかった。足が震えて、立ち上がれる気がしない。「どうするの?」 玲司が低い声で問いかけてきて、僕は顔を上げた。「どうもこうも――どうしたらいい?」 震える声で答えると、玲司が小さく息を吐く音が聞こえた。「俺に聞かれても。今は環さんが対応しているからいいけど。彼氏の連れは楽しそうにくそ高いシャンパンを飲んでるよ」 玲司の言葉に、僕は唇を噛んだ。 あの後、黒瀬さんは玲司の対応に文句を言いながらも、帰っていった。 兄さんと一緒にいた女性は何かを察知したのか、それとも単純に興味があったのか分からないが――店に入ってみたいと兄さんの腕を引っ張った。「ねえ、こういうお店って初めて。ちょっと見てみたい」と言って、兄さんの腕に身体を擦り寄せていた。綺麗な女性で、兄さんの隣に立つ姿がよく似合っているように見えた。 兄さんもそれに同意して、今こうして店内にいる。 最初は僕を指名してきたが、僕が「無理、無理、無理」と連呼していたら、環さんが代わりに接客に入ってくれた。環さんの優しい声が聞こえて、女性の笑い声が店内に響いている。「玲司、あの二人の支払いは僕の給料から天引きしてほしい」 顔を覆ったまま、小さく呟いた。「まあ、一応環さんにはそう伝えておく」 玲司が答えて、グラスを磨く音が止まった。「お願いします」「あっ。彼氏さんが席を立って、こっちに来る」 玲司の言葉に、僕は身体を強張らせた。「玲司、いちいち実況しなくていいから」 必死に訴えると、玲司が小さく笑う気配がした。「千景、そこにいる?」 頭上で兄さんの声がして、僕は息を止めた。低く、優しい声で僕の名前を呼んでいる。(怒っていないのだろうか?) 店の外で会ったときは、ひどく怖い顔をしていたよ
last updateLast Updated : 2026-02-15
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第十八話「六年間の片想い」

 バイトが終わり、兄さんのマンションに到着した。深夜一時半を過ぎていて、街は静まり返っている。冷たい夜の空気が肌に触れて、身体が震えた。 インターフォンを押すと、「どうぞ」という兄さんの声が聞こえて、エントランスの自動ドアが開く音が響いた。低く、優しい声が僕を迎えてくれて、怒っている様子はなさそうだ。 部屋の玄関に着くと、扉が開いて笑顔で立つ兄さんがいた。店にいたときの雰囲気とは違って普段着のTシャツにスウェットパンツ姿で、リラックスした姿になっていた。 昨日と同じ、すでにシャワーを浴びた後なようで、ボディーソープのいい香りがした。 靴を脱ぐ前に、僕は深く頭を下げる。「いろいろと黙っていてごめんなさい」 震える声で謝ると、兄さんが小さく息を吐く音が聞こえた。(ため息かな。そりゃ、呆れるよな――)「確かに千景の言う通り、飲食店でのバイト……だね。太腿にキスマークをつけないでっていう意味がわかった。こんなに深いスリットが入ったスカートなら、座った時に見えるよね」 兄さんの声が優しくて、涙が溢れそうになる。「――はい」 小さく答えると、兄さんが僕の肩に手を置いた。「とりあえず、中でゆっくりと話そうか」 兄さんに促されて、僕は靴を脱いで中に入った。ヒールを脱ぐと、身長差がさらに大きくなって、兄さんを見上げる形になる。 ダイニングテーブルで向かい合って座った。テーブルの上には温かいお茶が二つ置いてあって、湯気が立ち上っている。僕がエントランスから上がってくるまでの間に用意してくれたのかと思った嬉しく思う。「ごめんなさい」 もう一度頭を下げると、兄さんが首を傾げた。「なんで謝るの?」 兄さんが優しく問いかけてきて、僕は唇を噛んだ。「ずっと黙ってたから」「女装は趣味って言ってたけど、あれは嘘? 初めてバーで会った日はバイト帰りだった?」 兄さんの問いかけに、僕は頷いた。「女装は趣味ではないけど、嫌いじゃない。でもバイトのときしかしない。兄さんとバーで会った時は、バイト帰りだった」「あの店でバイトするきっかけは?」 兄さんが真剣な表情で尋ねてきて、僕は深呼吸をした。「お世話になったから。恩返ししたくて、バイトさせてもらってる。僕は、中学生のときに、恋愛の対象が同性だって気づいた。それで……あの……」 声が震えて、言葉が続かなくな
last updateLast Updated : 2026-02-16
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第十九話「伊織と玲司」

「これって部長の彼女ですか?」 部下の声に驚いて、書類から顔を上げた。デスクの上に置いていたスマホの画面が光っていて、部下の視線がそこに注がれている。「――え?」 スマホのロックを開けたままだったらしく、待ち受けにしている画面を見られてしまった。千景が俺に抱きついて、頬にキスをしている写真だ。「ちか」の姿のときに、一緒に写真を撮りたいと頼まれて何枚か撮ったうちの一枚で、長い黒髪のウィッグを着けた千景が幸せそうに微笑んでいる。「恋人だよ」 素直に答えると、部下の瞳が輝き、興奮した声で食い気味に話しかけてきた。「超美人じゃないですか! いつから付き合ってるんですか?」 俺は答えに詰まり、視線を逸らしながら曖昧に答えた。「最近かな。ちゃんと付き合い出したのは」「それって、大人の関係からのステップアップ……。どこで知り合ったんですか? 出会いは? どうやって美人さんと出会うんですか!」 だんだんと鼻息が荒くなる部下に、俺は手に持っている書類を突き返した。質問攻めに遭っていては仕事が進まないし、何よりこれ以上突っ込まれるのは面倒だ。「今は仕事中だよ。叩き台としていいと思うよ。ただ詰めが甘いから、付箋を貼ったところを見直して」 冷静な口調で告げると、部下が残念そうな顔をした。肩を落として、それでもなんとか食い下がろうとするように口を開く。「今日、飲みに行きません?」「行かない。仕事に戻って」「はあい」 力なく返事をして、部下がデスクに戻っていく。 千景は綺麗だ。「ちか」のときでも、「千景」のときでも変わらない。顔立ちが整っていて、肌も綺麗で、触るとスベスベしてもちもちしている。 抱きしめると柔らかくて、心地よい体温が伝わってきて、俺はいつまでも腕の中に閉じ込めておきたくなる。昨夜も腕の中で眠る千景を見つめながら、何度も頬に触れていた。 父から再婚相手を紹介されたときの千景は、幼さの残る中学生だったが、同年代の子たちより大人びて見えた。 あまり話さず、感情の揺れもなく――俺は思わず観察するように見つめていた気がする。細い身体、長い睫毛、静かな瞳。どこか儚げな雰囲気を纏っていて、目が離せなかった。 長く母親と二人で生活をし、反抗期真っ只中に再婚を知ったとなれば、母親を奪われたような気がして苛立ちや冷たい態度を見せるかと想像していた。 結
last updateLast Updated : 2026-02-17
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第二十話「赤い薔薇が咲く肌」

 課題を終えて、兄さんのマンションに向かった。いつもの「ちか」の格好ではなく、普段着のパーカーにジーンズ姿で、リュックを背負っている。エントランスのインターフォンを押すと、「どうぞ」という兄さんの声が聞こえて、自動ドアが開いた。エレベーターに乗り込んで、兄さんの部屋がある階へと向かう。 玄関の扉を開けると、スーツ姿の兄さんが待っていた。ネクタイを緩めた姿が色っぽくて、心臓が高鳴る。「お邪魔します」 靴を脱ぐと、兄さんに抱きしめられた。激しいキスが降ってきて、舌が口の中に侵入してくる。絡み合う舌、混ざり合う唾液、熱い吐息が顔にかかって、身体が熱くなった。「んっ……兄、さん……」 名前を呼ぶと、兄さんの腕が僕をさらに強く抱きしめた。玄関で立ったまま、濃厚なキスを貪られる。息が苦しくなって、兄さんの肩を掴んだ。 ようやく唇が離れると、酸欠でぼうっとする頭で、兄さんを見つめる。「僕、今日は……ちかの格好じゃない」 僕の言葉に、兄さんが口元を緩めた。「女の格好しているから欲情してるわけじゃないよ。千景だから、いつも抱きたいって思うんだよ」 兄さんの言葉と柔らかい眼差しに、顔が火照った。「千景、寝室に行こう」 僕は頷くと、手を繋いで寝室へと向かう。 部屋のドアが閉まると兄さんの手が僕のズボンに伸びて、ベルトを外していく。金属が擦れる音が響いた。「兄さん……」 ズボンがゆっくりと下ろされていく。下着も一緒に脱がされて、下半身が露わになる。「恥ずかしい……」 両手で隠そうとすると、兄さんがそっと手を取った。「隠さないで。全部見せて、千景」 兄さんの低い声に、力が抜けていく。パーカーとシャツは着たままで、下半身だけが裸という状態が余計に恥ずかしくて、顔が熱くなった。(私服を脱がされるのって、まだ慣れないな) 兄さんが僕の足を大きく開かせて、膝を立てさせた。太腿が露わになって、兄さんの視線が僕の肌に注がれている。「綺麗な肌だね、千景」 兄さんが小声で言って、太腿に唇を這わせた。熱い舌が内腿をゆっくりとなぞって、肌を舐めていく。「んっ……」 小さく声が漏れて、腰が震える。兄さんの唇が太腿の柔らかい肉に触れて、何度もキスを落とす。繰り返されるキスに、肌が熱を持っていった。「あっ……兄さん……」 甘い声が出て、自分の声だと分かって恥ずか
last updateLast Updated : 2026-02-17
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