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第十一話「思わず探してしまう元カノの影」

Auteur: ひなた翠
last update Date de publication: 2026-02-12 16:51:34

 目を覚ますと、後ろから強く抱きしめられていて、伊織の体温が背中に伝わってきた。寝不足なはずなのに、頭も心もすっきりしていて、不思議な充足感が胸を満たしている。

 シングルのベッドで男二人はきつくて、伊織はまるで抱き枕を抱えるかのように僕を強く抱いて眠っていた。腕が胸の下に回され、逃げられないように固定されている。

 前回の時もそうだった。きっと癖なのだろうと思いながら、胸の奥が苦しくなる。今までの彼女にもこうして寝ていたのだと想像すると、嫉妬が込み上げてきた。

 二週間前まで、伊織には女性の恋人がいた。同じ会社の女性で、きっと同じように部屋に呼び、一緒にこのベッドで眠っていたのだろう。

 抱けなかったとしても――恋人同士なら同じベッドで眠るくらいはするはずだ。こうして兄さんに抱きしめられて、幸せを感じていたのかもしれない。

 何度も絶頂を味わった気だるい身体を起こし、兄さんの腕をそっと外す。ベッドから降りて、洗面所へと向かった。冷たい床が足裏に触れ、身体が僅かに震える。

 洗面所の鏡を見て、全身に残る痕を確認した。前回消えかけていたキスマークが再び、白い肌に赤く濃く点在している。首
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     日曜日の朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいた。 隣で眠る千景の寝顔を、頬杖をつきながら眺める。枕に広がった黒髪の間から覗く白い耳、規則正しく上下する薄い肩。朝の柔らかな光を受けて、指輪の表面に淡い虹が走っていた。 バーで「ちか」と出会ったあの夜から、もう五年になる。カウンターの隣に座った美しい女性が実は義弟で、男で、六年間も想い続けてくれていた人間だったと知ったときの衝撃は、今でも鮮明に覚えている。あの頃の俺は、仕事がどれだけ順調でも、どこか不完全な人間のように感じていた。営業成績も昇進も同僚からの信頼も、全てが砂上の楼閣のように脆く思えて、「女を抱けない」という一点が、積み上げてきたものの土台を静かに蝕んでいた。 千景が、全てを変えてくれた。 千景の睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が持ち上がった。焦点の合わない瞳が天井を彷徨ってから、俺の顔を見つけて柔らかく細められる。二十八歳になった千景の寝起きの顔は、出会った頃よりも少しだけ大人びていて、目元に浮かぶ穏やかさが増していた。「おはよう」「おはよう、伊織」 軽く唇を重ねると、千景の温かい吐息が鼻先に触れる。優しい朝のキスは、一日の始まりを告げる大切な儀式のようなものだ。 先にベッドを出て、キッチンに立った。手際よく朝食の準備をしていく。 背中に温もりが触れた。千景が後ろから抱きついてきて、俺のシャツの背中に頬を押しつけている。細い腕が腰に回されて、寝起きの体温がじんわりと伝わってきた。「今日、どうする?」「午後から店に行く予定だよ。環さんから話があるって」「環さん? もう帰ってきてるの?」「うん。先週帰国したって」 フライパンの上でベーコンが弾ける音を聞きながら、千景の腕を軽く叩いて離してもらう。卵を割り入れると、白身がじゅうっと音を立てて広がった。「会いたいな」「一緒に来る?」「俺が行っていいの?」「環さんも会いたがってたから。喜ぶと思うよ」 千景が嬉しそうに頷いて、トースターにパンを入れた。二人で並んでキッチンに立つ日曜の朝は、五年間で当たり前の風景になっている。当たり前であることが、どれほど贅沢なのかを噛み締めながら、俺は目玉焼きを皿に移した。 向かい合ってダイニングテーブルに着き、トーストにバターを塗りながら千景が口を開いた。「玲司と一ツ橋さん、来月から同棲

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     金曜日のQueen's Nightは、週で最も客入りの多い夜だった。カウンターの向こう側で玲司がシェイカーを振る音と、フロアに流れる低いジャズの旋律が混じり合い、店内には華やかで親密な空気が漂っている。 ドアの向こう側が、にわかに騒がしくなる。 環さんが小首を傾げて入り口へ視線を向けているのが目に入り、僕もつられるように顔をあげると、ドアを押し開けて入ってきたスーツ姿の男性が、兄さんだとわかった。ダークネイビーのスーツに身を包んだ長身の体躯が、店のネオンに照らされて輪郭を際立たせている。仕事帰りなのだろう、ネクタイは少し緩められていて、普段の隙のない佇まいよりも幾分砕けた雰囲気をまとっていた。 兄さんの半歩後ろに、見覚えのない男性が一人、物珍しそうにきょろきょろと店内を見回しながら立っていた。兄さんより少し背が低く、がっしりとした肩幅にスポーツ刈りの髪型で、顔立ちは人懐っこい犬のような愛嬌があった。「ちかちゃんの彼氏さんと――部下の人かしら?」 環さんが、赤い唇に指を添えて呟くのが聞こえてくる。僕は入り口へと足を向けた。ヒールが床を叩く規則正しい音が、自分の鼓動と重なっていく。(兄さんが僕のバイトの日に店に来るのは珍しい)「ばったりそこで会ったので」 兄さんが環さんに向けて、いかにも困りましたという表情を浮かべながら説明していた。眉間に僅かな皺を寄せて、片手で後頭部を掻いている姿は珍しい。「部下の一ツ橋でっ……あっ!」 僕が近づいた瞬間、兄さんの隣に立っていた男性が大きく目を見開いて声をあげた。丸い瞳が僕の顔を捉えると、まるで有名人に遭遇した少年のようにぱあっと表情が輝いていく。「写真の人」 一ツ橋と名乗った男性が、弾んだ声で続けた。「部長の待ち受けの――めっちゃ美人な彼女……さん? 彼氏さん? どっちだ?」 正解がわからないらしく、首を右へ左へと傾けながら僕と兄さんの顔を交互に見比べている。「恋人でいい。ってか、声が大きすぎる。ボリュームをさげて」 兄さんが眉を顰めて低い声で窘めると、一ツ橋さんは「あ、はい!」と威勢よく返事をしてから、「すんません」と軽く頭をさげた。声を落としたつもりなのだろうが、あまり変わってない。「ちかです」 僕が微笑みながら名乗ると、一ツ橋さんはキラキラと光を湛えた目のまま僕の両手を掴んで、まじまじと

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第二十七話「人事部からの呼び出し」

     俺は出勤すると自分のデスクへと向かい、鞄を置いて椅子に座った。 パソコンを起動させようとしたとき、内線電話が鳴った。受話器を取り、耳に当てる。「営業部、松井田です」『人事部の田中です。松井田部長、すぐに人事部まで来ていただけますか』 低く、事務的な声が響いた。嫌な予感が胸の奥に広がっていく。「分かりました。すぐに伺います」 電話を切ると、俺は深く息を吐いた。人事部からの突然の呼び出しと聞いて、なんだか気が滅入る。人事部と聞くだけで、緊張感が増すはなんでだろうか。 デスクの抽斗を開け、奥に仕舞っていた茶封筒を手に取ると、お守り代わりにスーツの胸ポケットにしまった。 営業部を出ると廊下を歩く。足音が響き、窓の外には青い空が広がっている。エレベーターに乗り込むと、ボタンを押した。上昇していく感覚が身体に伝わり、階数表示が変わっていく。人事部のある階で止まると扉が開いた。(空気からして重い) どんより暗い雰囲気みを感じるのは、錯覚なのかもしれないが――。営業部の階と違って、重苦しい空気が漂っている。 廊下を突き進み、人事部長の部屋の前に立つと、扉を三回ほどノックした。「どうぞ」という声が聞いてから、俺はドアを押し開ける。「失礼します。松井田です」 人事部長はすでに応接用のテーブルに座っていて、俺を見ると椅子を指差した。表情は硬く、眉間に皺が寄っている。(ああ、この表情はいいことではないな)「座ってください」 俺は促されるまま椅子に座った。人事部長が手元にあった封筒から何枚かの写真を取り出し、テーブルに並べ始める。一枚、また一枚と増えていく写真を目にして、俺の手が僅かに震えた。 全て俺と千景が写っている写真だった。 バイトの迎えに行ったときの写真。手を繋いでいる写真。キスをしている写真。親密な関係が一目で分かる構図ばかりだった。この写真には見覚えがある。つい先日、白石さんが俺に見せてきたのと同じものだ。「松井田部長、行きつけのバーの男性キャストと不適切な関係にあるという報告を受けましたが」 人事部長が一度言葉を区切ると、厳しい顔つきでこちらを見てきた。鋭い視線が俺を捉え、答えを待っている。 白石さんの密告だと分かった。俺と一対一で上手くいかなかったから、黒瀬を利用した。それも上手くいかなかったから、今度は上司を利用したのだろう。

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第七話「突然の帰省」

     自分の部屋でベッドに横になりながらスマホを眺めていると、階下から騒がしい声が聞こえてきた。何事かと思い、スマホを手に持ったまま部屋を出て廊下に立つと、声が聞こえてきた。 階段を降りながら玄関を覗き込むと、スーツ姿の義兄、伊織が立っていた。長期休みにしか帰ってこない兄さんが、平日の何でもない日に帰宅するなんて予想もしていなくて、心拍数が跳ねあがる。(なんで兄さんが――)「伊織くん、どうしたの?」 母が驚いた声を上げ、義父が心配そうに兄さんの顔を覗き込んだ。「体調でも悪いのか」 父の問いかけに、兄さんは首を横に振って答える。 僕は階段を降りながら、いつも通りを装って声をかけた。

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第六話「夢の中でも――」

     朝六時、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。身体がびくんと跳ねて、意識が浮上してくる。上半身を起こすと、下半身に不快な違和感が広がっていて、深いため息が自然と漏れた。 布団から足を出し、パジャマのズボンと下着のゴムを引っ張って中を覗き込む。濡れた下着が肌に張り付いていて、白く濁った痕が広がっているのが見えた。げんなりとした気分が胸を満たし、頭が重くなる。「またやってしまった」 呟きながら、ベッドから降りた。 あの日から毎日、同じことが続いている。ちかを抱く夢を見て、目が覚めると下着を汚している。ときにはちかではなく、千景の姿で現れることもあった。 今までだって、欲求不満の具合によっ

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第五話「千景とちか」

     目覚まし時計のアラームが鳴り響き、目を覚ますと窓から朝日が差し込んでいた。手を伸ばしてアラームを止め、ベッドから身体を起こす。 全身にまだ疲れが残っていて、昨夜バイトから帰ってきてすぐに眠りについたことを思い出した。 顔を洗い、髪を整えて、階下へと降りていく。リビングからは母の声と父の笑い声が聞こえてきて、朝食を作る良い匂いが鼻をくすぐった。「おはよう、千景」 母が振り返って微笑み、僕は小さく頷いた。「おはようございます」 父が新聞から顔を上げ、「よく眠れたか」と尋ねてくる。僕は「はい」と答えて、テーブルに着いた。 母が焼きたてのトーストと目玉焼き、サラダを運んできて、僕の前

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第四話「ちか」

     マンションのドアを開けて中に入ると、リビングから明かりが漏れていて、キッチンに人の気配がした。玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩いてリビングに足を踏み入れると、黒髪の長身の男性がキッチンに立っていて、こちらに気づいて振り返った。「随分と遅い帰りだな」 鷹宮玲司が低い声で言いながら、切れ長の目を細めてこちらを見つめてくる。整った顔立ちに鋭い眼光が宿っていた。(これは……怒ってる)「起きてたんだ」 僕が答えると、玲司はカウンターに手をついて首を傾げた。「昨日は早くあがったのに」 俺より帰宅が遅いのはどういうことだ――と言いたいのだろう。 玲司は僕がバイトしているカマバー「Queen's

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