兄さんが使っていない部屋の扉を開けると、想像以上に綺麗に片付けられた空間が目に入った。 窓際には真新しいハンガーラックが置かれ、壁際には大きな姿見が立てかけられている。クローゼットの扉は開け放たれ、中には何も入っていない空っぽの棚が僕を待っているようだった。床には埃一つ落ちておらず、窓から差し込む夕日が部屋全体を優しく照らしている。「ここを、千景の衣装部屋にしようと思って」 背後から聞こえた兄さんの声に、僕は振り返った。腕を組んで立っている兄さんの表情は柔らかく、僕の反応を窺うように視線を向けてくる。「いつから……片付けてくれてたの?」「昨日の夜。千景が帰った後に」 兄さんは軽く答えたが、仕事で疲れているはずの身体で、夜遅くまでこの部屋を片付けてくれたのだと思うと胸が熱くなった。物置のように使われていた部屋だと聞いていたから、それなりの荷物があったはずなのに、今は何もない。「ありがとう、兄さん」 僕は小さく呟くと、玄関に置いてきた段ボール箱を取りに戻った。玲司のマンションから運び出してきた僕の私物が、全部で五箱ある。兄さんが車で迎えに来てくれて、一緒に荷物を運んでくれた。「重いから、無理しないで」「大丈夫。これくらい」 兄さんは軽々と段ボールを床に置くと、また玄関へと向かった。僕も慌てて後を追い、残りの荷物を二人で運び込む。五箱全てが部屋に並ぶと、兄さんは額の汗を拭って微笑んだ。「じゃあ、荷解きは千景に任せるよ。俺は夕飯の準備するから」「わかった。ありがとう、兄さん」 兄さんが部屋を出て行くと、僕は一箱目のガムテープを剥がしていく。「ちか」として使っているウィッグやメイク道具が詰め込まれていて、一つ一つ取り出しては棚に並べていった。 荷解きをしながら、僕はふとポケットの中に手を入れた。指先に触れる冷たい金属の感触に、胸がどきりと跳ねる。兄さんからもらった合鍵だった。「バイトの日だけじゃなくて、いつでも来ていいから」 兄さんがそう言って鍵を手渡してくれたとき、僕は嬉しくて言葉を失った。いつでも来ていい。いつでもここに帰ってきていい。 鍵を握りしめながら、僕は深呼吸をする。胸の奥が熱くなり、喉の奥が詰まったような感覚になる。六年間、ずっと憧れていた人の部屋に、自由に出入りできる。恋人として、この家で帰りを待っていいのだと思うと胸が
最終更新日 : 2026-02-18 続きを読む