All Chapters of 雪は降るのに、帰ってくるあてはない: Chapter 1 - Chapter 10

10 Chapters

第1話

家に帰ってごはんを食べているとき、幼なじみの松井剛(まつい つよし)が私の従妹・夏川洋子(なつかわ ようこ)のために、北部特殊基地への昇進のチャンスを断ったことを知った。「洋子は地元の大学にしか行けないだろ。おばさんの体調もよくないし。だから俺はお前の出願先も変えておいたよ。俺たち、一緒に地元に残ろう」母の野村恵(のむら めぐみ)もそれに続いて言った。「そうよ、洋子ちゃんのことはあなたのおじさんに頼まれてるんだから。あなたも面倒をみてあげなきゃ。それにどうせ将来、剛と一緒になったらこっちに戻ってくるんだから、東都中央大学なんて行っても意味ないでしょ」そして私が何か言う前に、洋子の目にはみるみる涙がたまって、ぽろぽろとこぼれ落ちた。「私のできが悪いからだよね。居候のくせに、絢香(あやか)さんの邪魔までしちゃうなんて申し訳ないわよ。私に気遣うことないよ、もう行っていいから、私なら一人で大丈夫だから」そう言って洋子が泣き出すと、剛と母はすぐにあたふたして、彼女をなぐさめはじめた。私はそんな彼らを横目に、だまって部屋に戻った。そして出願締め切りの最後の瞬間に、志望校を東都中央大学に書き直した。そもそも東都中央大学に行きたかったのは、ただ剛の近くにいたい、というだけじゃなかった。かつては、私も彼と一緒に、四季の移り変わりの中そのまま年月を重ね、老いていくまで寄り添っていけたらと思っていたが、でも今はもう、そんなのはどうでもよくなった。ただ、私も心に決めていた目標を諦めるわけにはいかないのだ。しかしそう思って、私が志望校を東都中央大学に変えた、まさにその瞬間、部屋のドアが、バンと乱暴に開けられてしまった。ドアのところに、母が鬼のような形相で立っていた。「絢香!早く出て!さっきから食事の席でふてくされて、誰にあてつけてるの?洋子ちゃんはあなたの従妹でしょ、気遣ってあげるべきなのに、なんなのその態度は!今すぐ彼女に謝って!」だが、私は椅子に座ったまま、動かなかった。そして画面の「送信完了」という文字を見つめながら、静かに口を開いた。「私は謝ることなんてなにもしてないでしょ」「なんだって!」母は数歩で駆け寄ってくると、私の腕をぐいっとつかんだ。「反抗する気?お母さんの言うことが聞けないって言うの?今日という今日は、絶対に謝っ
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第2話

母は涙ながらに訴えていたけど、私の心の中の怒りは、ますます燃え上がるだけだった。ついに我慢できずに叫んだ。「そうだよ、おじさんには助けてもらった!でもお父さんがいた時、あなたは彼らにどれだけお金を渡してきた?!お父さんが命がけで稼いだお金で、おじさんのために家や車を買ってあげたじゃない!私が熱を出した時、おじさんは確かにお金を立て替えてくれた。でもすぐ親戚中に、『あの子の母親は未亡人だから足手まといだ』って言いふらしたじゃない!それなのにあなたは、恩があるからってお金を十倍にして返してあげたんでしょ!おじさんが転勤をあきらめたのだって、自分の実力がなくて試験に落ちたからでしょ!なのに、あなたに、『お前たち母娘の面倒をみるためだ』なんて言って!そうやって罪悪感を持たせて、一生恩を着せようとしてたんだよ!」私は一気に叫んだ。その言葉の一語一句がそんな見せかけの「家族の建前」を突き破った。私の剣幕に、母はあっけにとられていた。信じられないっていう顔で、私のことを見ていた。涙がぼろぼろとこぼれてくる中、私は泣きながら母を見つめた。「母さん、あなたがおじさんに借りがあると思うなら、自分で返してよ!なんで私を巻き込むの!なんで私の将来や恋を犠牲にして、あなたの借りを返さなきゃいけないの?」そう言って私は、ぱっと剛のほうに顔を向けた。「あなたもよ、剛!」私は震える指で彼を指さした。「毎月の休みだって少ないのに、用事があるとか言って私に会ってくれなかったじゃない。母さんに言われて、私に内緒で洋子とデートしてたこと、私が知らないとでも思ったの!そんなあなたに、私の進路を決める資格なんてあるわけないんだから!」私がそう言うと、リビングはしんと静まり返った。母は胸を押さえて、唇をわなわなと震わせるだけで、何も言えなかった。一方、剛の目にも一瞬だけ気まずそうな色が浮かんだのが見えた。その時だった。洋子が突然、私の目の前で深々と頭を下げた。「絢香さん!ごめん!ぜんぶ私のせいなの!」彼女は泣き叫びながら、なんと私に向かって、何度も頭を下げ始めた。「私さえいなければいいのよ!すぐに出ていくから!もう二度とみんなの前に現れないから!だからお願い、もう喧嘩しないで。全部、私がわるいの……」そう言ってまるで世界中の不幸を一身に背負った
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第3話

【お前のお父さんの故郷の雪が見たいって、いつも言ってたよね。隊長が言うには、俺は半年後に北部特殊基地に移れるんだ。そしたらお前は東都中央大学の学生だし、雪を一緒に見に行けるようになるね】そのメッセージを見たとき、私は感動して泣いてしまった。今思えば、あれは結局私だけの夢だった。どうやら、一人で叶えるしかないみたい。そう思いながら私は海辺で夜が明けるまで過ごして、それから家に向かった。その間、剛も母も、私の居所を一度も尋ねてこなかった。ただ、SNSで洋子の投稿だけが更新され続けていた。それはみんなが彼女を囲んで慰めている動画だった。そして、家に帰ってドアを開けると、私の布団と枕がリビングの床に投げ捨てられていて、母が私に冷たく言った。「洋子ちゃんがあなたと同じ部屋にいたら、また嫌な思いをさせられてしまうでしょ。だから今日からあなたはリビングで寝て」さらに、剛も目を真っ赤にして、私の前に来て言った。「おばさんの言うことは正しいよ。お前のその性格は、本当に直すべきだ。これから俺と結婚して一緒に暮らすんだ。もしそれでも変わらなかったら、誰もお前のわがままを許してはくれないぞ」だが、私は二人を無視して、ただ黙って自分の布団を拾い上げた。そしてソファの上に置くと、その中に潜り込んで目を閉じた。昨夜、一晩中眠れなかった私は、今はただ静かに眠りたかった。母は鼻で笑った。「あなたは死んだ父親そっくり。どこまでも頑固で、ひねくれてるんだから」それから彼女は笑顔で、洋子と腕を組んで言った。「さあ、行こっか。私と剛が、新しい服を買いに連れて行ってあげる。もうすぐ大学生なんだから、うんとオシャレしないとね」そう言って、三人は楽しそうに笑いながら家を出て行った。誰一人私に目を向けることなく。一方、私は午後まで眠り続け、ようやくゆっくりと目を覚ますと、家の中は、しんと静まり返っていた。喉が少し渇いていた。私は起き上がって寝室へ行き、自分の水筒を手に取ると、ごくごくと二口飲んだ。でも、水にマンゴーの味がすることに気づいたときには、もう手遅れだった。途端に息が苦しくなって、私の体中に赤い発疹が広がった。私は慌ててアレルギーの薬を探した。でも、薬箱にあったはずの薬が、全部なくなっていることに気づいた。その代わり、洋子の
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第4話

「たぶん、お前がアレルギー持ちだってことを忘れてたんだと思う。彼女の代わりに、俺が謝るよ」それから、剛は私から目をそらして言った。「このことはおばさんには黙っておいてくれ。洋子はもう十分に可哀想なんだ。おばさんにまで嫌われたら、この家での居場所がなくなっちゃうだろ?彼女にはもう、俺たちしかいないんだ。だからこの件は、もうこれで終わりにしてくれ。大目に見てやってくれよ」大目に見てやってくれ、か。その軽い一言で、私が受けてきた理不尽も心の傷も、すべてを無かったことにされてしまった。私は、小さくうなずいた。そうか。確かに、もうこの人たちに期待すべきじゃないのかもしれない。こうして退院したあと、私は住み込みのアルバイトを見つけて、家には帰らなかった。そして大学の合格通知が届く日に、私はやっと家に戻った。ドアを開けると、家の中はとても和やかな雰囲気に包まれていた。剛と母は、新しいきれいなワンピースを着た洋子を囲んで、嬉しそうに抱き合っていた。「うちの洋子ちゃんも、もう大学生なのね。本当に嬉しいわ。洋子ちゃんは優秀できれいだから、大学に入ったらきっとモテモテだね」そう言われ、洋子は恥ずかしそうに剛の腕を掴んで揺らした。「ううん、剛さんが一番だよ。私の中では、剛さんが一番かっこいいんだから!」しかし、私が入ってきたことに気づくと、彼らの楽しそうな笑い声は、ぴたりと止んだ。母は私を睨みつけた。「何日もどこをほっつき歩いてたの。てっきり外で野垂れ死んだかと思ったわ」一方、私の痩せた姿を見て、剛は胸が痛むような顔をして、すぐに駆け寄ってくると私の手を取ろうとした。「お前と洋子の大学の学費、俺も一部払うから。そんなに無理して、自分で稼がなくてもいいんだよ」だが、私はその手を振り払い、冷たく言い放った。「いらないから」そう言って、私は自分の部屋へ向かおうとした。「絢香」剛は私を呼び止めた。わざと優しい声を作っているのがわかる。「合格通知も届いたことだし、俺が車で大学まで送るよ。前もって見ておけば、慣れるだろ」「ほんと?やったぁ!」洋子はすぐに彼の腕に絡みつき、目を輝かせた。「剛さん、大好き!」でも、次の瞬間にはしょんぼりして、おずおずと私の方を見ながら言った。「でも、絢香さんはまだ私のこと怒ってるみ
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第5話

東都に着いたのは、もう夜も更けたころだった。9月の夜風は、もうひんやりとしていた。スーツケースを引いて駅を出た私は、明るいけれど見慣れない街並みを見ても、不思議と不安はなくて、むしろ心が落ち着いていた。その時、大学の入学手続きまでは、まだ少し時間があったから、私は大学の近くで安い宿を見つけて泊まることにした。それは1泊2000円くらいで、2段ベッド付きの8人部屋だった。同じ部屋の子たちは地方から出てきた学生ばかりで、大学院を目指していたり、就職活動をしていたりした。夜になると、みんなが持ち寄った地元のお菓子を食べながら、いろんな夢を語り合った。「大学に通うために来たの?」と、向かいのベッドの子が話しかけてきた。彼女は三浦椿(みうら つばき)だ。公務員試験の勉強中なんだって。「東都中央大学なんて、すごいね」そう言われ私はただ、微笑み返すだけにした。その夜は、ぐっすり眠れた。母の小言も、洋子の泣き顔も、剛の、「いい加減にしろ」っていう声もない。本当に、最高の気分だった。しかし翌朝、起きたとたんにスマホが鳴った。剛からだった。電話に出ると、私が何か言うより先に、彼が怒りを抑えた声で言った。「絢香、昨日の夜どこ行ってたんだ?バイトはするなって言っただろ。それに今日は大学に連れて行くって約束したじゃないか。今どこにいるか教えろ、すぐに迎えに行くから!」私はスマホを握りしめ、宿の窓際まで歩いて行った。「剛」私は落ち着いた声で言った。「私はいま東都にいるの」すると電話の向こうは、5秒くらい黙りこんでいた。「なんだって?」「私は東都にいるの」私はもう一度繰り返した。「東都中央大学の近くよ」「ありえない!」剛の声が急に甲高くなった。「絢香、そんな冗談はやめろ!俺が地元の大学への出願に変えてやっただろ、なんでそんな所に行ってるんだ!」「志望校を変えたの」私は彼の言葉をさえぎった。「東都中央大学にね。合格通知も昨日、ちゃんと受け取ったわ」「嘘おっしゃい!」今度は、母が電話を奪い取った。耳障りな金切り声だ。「絢香、ずいぶん偉くなったじゃない。嘘までつけるようになったわけ?いつ志望校を変えたのよ、私に黙っていたって言うの!」そして電話の奥から、洋子の泣きじゃくる声がかすかに聞こえてきた。「おばさん、私
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第6話

そして、洋子も隣で小声ですすり泣いていた。「私のせい……私のせいで、絢香さんが……剛さん、絢香さんを連れ戻しに行って。私なんて構わないで、どこかへ行くから……」「黙れ!」剛が、とつぜん怒鳴った。リビングは一瞬で静まりかえった。洋子はその声に呆然として、泣くのも忘れていた。恵も驚いた顔で彼を見ていた。「剛、あなた……」「黙れって言ったんだ!」剛は激しく胸を上下させながら、いきなり立ち上がった。「あいつは行ったんだ!もう戻ってこない!わからないのか!」彼はスマホの画面に映る写真を睨みつけ、頭の中がぐちゃぐちゃだった。絢香は、本当に東都へ行ってしまった。本当に、自分と別れる気なんだ。小さいころから自分の後ろをついてきて、目に映るのは自分だけだった絢香が。一緒に雪を見ようって約束した絢香が。絶対に離れていかないと思ってた絢香が……本当に、自分から離れて行ったんだ。「東都に行く」剛は車のキーをつかむと、外へ向かった。「剛さん!」洋子が駆け寄って彼を引き止めた。「だめ!今日が休暇の最終日で、あなたは明日は持ち場に戻らないといけないでしょ!だって北部特殊基地への異動を断ったことで、もう上席に睨まれてるんじゃないの。もし休暇が終わっても戻らなかったら、罰則を受けることになるかもしれないのよ!」それを聞いて剛の足が止まった。彼はゆっくりと振り返り、洋子を見た。自分の過去の決断が、なんて馬鹿げていたんだろうと、ふと思った。洋子のために、あんなに良い昇進のチャンスを諦めるなんて。そして今、いちばん自分を愛してくれていた絢香まで失ってしまった。自分は一体……何をしてるんだ?そう思って、魂を失ったあやつり人形みたいに、剛は硬直した足取りで一歩ずつ外へ出ていった。……一方、私は安い宿に2日間泊まって、同じように早めに東都へ来ていた学生の子たちと知り合った。みんな若さにあふれていて、私たちはすぐに仲良くなった。「絢香さん、これからチラシ配りのバイトに行くんだけど、日給10000円ぐらいでお昼も出るよ。一緒に行かない?」ルームメイトの椿が誘ってくれた。「行く!」それで、私たちは何人かで連れ立って、人通りの多い道でチラシを配り始めた。9月の東都は、まだ日差しが強かった。汗で服はびっしょ
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第7話

「剛!」私は思わず叫んでしまった。剛が顔を上げると、その目は怒りに燃えていた。しかし、ひどくやつれているのも隠せないでいたのだった。それから彼は地面に倒れていた翔を放し、手首をぶらぶらさせながら、私の前に歩いてきた。「絢香、ちょっと話があるんだ」「お前誰だよ!彼女を離せ!」それを見て、翔がまた割って入ろうとした。私は急いで彼を自分の後ろに引っぱって、「大丈夫。知ってる人だから」と言った。翔は、それでようやく引き下がってくれた。私は剛を見つめて、淡々と言った。「話があるなら、ここで言って」「東都で3日間、お前を探したんだ」剛はかすれた声で言った。「聞ける人には全員聞いて、ホテルも全部調べた……絢香、ひどいよ」それを聞いて私は鼻で笑って、何も言わなかった。すると彼の口調は、とたんに弱々しくなった。そしてため息をついて言った。「絢香、お前がどれだけ俺を好きか知ってる。俺なしじゃいられないだろ。だから一緒に帰ろう。一年浪人して、来年、地元の大学を受け直すんだ。費用は全部俺が出す。これは、その、埋め合わせだから」剛の言葉に、私はあきれて笑ってしまった。「剛、あなたはまだ、私がどうして去ったのか分かってないの?」「分かってる!」剛は焦って言った。「お前を叩くべきじゃなかった。でも、あのときは本当にカッとなっちゃって……そうだ、それならお前も俺を叩いてくれよ。それでお前の気が済むなら」私は首を振った。「母に叩かれたとき、あなたは見てるだけだった。洋子のせいでアレルギーを起こして死にかけたときも、『もういいじゃないか』って言った。そうやってあなたは何度も、私と対立する側に立ったの。そんなんじゃ私たち、もう無理よ。帰って」剛は焦ったように口を開いた。「そんなの、もう過ぎ去ったことだろ……」「過ぎ去ってなんかない!」私は彼の言葉を遮った。「剛、あのビンタは、私の頬だけを打ったんじゃない。私の中のあなたへの愛情と信頼、そのすべてを打ち砕いたの」それを聞いて剛の顔がさっと青ざめた。「それに」私は続けた。「どうして私が浪人しなきゃいけないの?どうして東都中央大学をあきらめて、わざわざランクを落とさないといけないの?あなたと一緒にいたいっていう、ただそれだけのために?」剛は言い返した。「でも卒業して俺と結婚したら、
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第8話

「絢香さん、図書館で静かな席なら、いいところ知ってるよ」「絢香さん、週末にバイトあるけど行かない?一人分、おさえておいたよ」こうして、傷ついてボロボロだった私の心は、翔やクラスのみんなの優しさで、少しずつ癒されていった。味気なかった毎日が、だんだんと色鮮やかになっていった。そんな中、母からたまに電話がかかってきた。毎回決まって同じ内容だった。「絢香、あなたがいないからせいせいしてるわ。洋子ちゃんは毎日買い物に付き合ってくれるし、剛もよく来てくれるの。ふたりはすっかり仲良しよ。あなたなんて後悔すればいいわ!」だけど私はいつも、ただ黙って最後まで聞いてから電話を切った。本当は、母の話が全部うそだってわかった。でも、いちいち指摘するのも面倒だった。だって、剛もいろんな番号から、しつこくメッセージを送ってきてたから。【絢香、洋子に食事に誘われたけど、断ったよ】【絢香、今日もお前のことを考えてた】【絢香、俺が悪かった。本当に反省してる。だから、もう一度チャンスをくれないか】……最初のうちは、新しい番号で来るたびにブロックしてたんだ。でもそのうち、ブロックするのさえ面倒になってしまった。もう、好きに送らせておいた。なぜなら私の心は、もう本当に、なんの波も立たなくなっていたからだ。私には、もっと大事なことがあった。翔が大学の起業コンテストに出るからって、私をチームに誘ってくれた。私が市場調査と財務計画を担当して、翔が技術と運営を担当した。その頃の私たちは、ほとんど図書館か大学のインキュベーションセンターにこもりっきりだった。資料を調べて、企画書を書いて、プレゼンの準備をして、夜中まで作業することもよくあった。「絢香さん、眠くない?」翔が目をこすりながら聞いてきた。「平気だよ」私は首を振った。「だってすごく有意義なことをしているから」自分の努力で何かを創り出すこと。それは小さくても、一歩一歩が全部自分の選択なんだ。その感覚が、確かな手応えを感じさせてくれた。そして学期末に、起業コンテストの結果が発表された。私たちは、一等賞をとった。翔はすごく喜んで、私を抱きしめた。「絢香さん、やったね!俺たちの勝ちだ!」私も、心からの笑顔で笑った。「さあ、お祝いに行こう!」翔がいたず
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第9話

それを聞いて、私の心のなかに、温かい気持ちが込み上げてきた。あの牢獄みたいな家を出たら、この世界はあたたかい場所であふれてるんだ。祖父と祖母がいてくれたおかげで、東都にやっと私の家ができた。そして週末はいつも、ふたりに会いに行くことにしてたのだ。祖母はごちそうをたくさん作ってくれて、祖父は大学の勉強や私の生活を気にかけてくれた。「絢香ちゃん、お金は足りてるのかい?私たちには年金があるんだから、そんなに無理してバイトしなくてもいいんだよ」祖母はいつも私のことを心配してくれる。「うん、足りてるよ」私は笑って言った。「バイトもけっこう稼げるようになったし、あなたたちにプレゼントも買えるんだから」その頃、翔とはじめた事業が、本当に軌道に乗りはじめたんだ。大学のなかで小さなチームを作って、仕事もどんどん大きくなっていった。自分の生活費をまかなえるだけじゃなくて、少しだけど貯金もできるようになった。私の毎日は、日に日によくなっていくのを実感していた。そんなある日、母からまた電話がかかってきた。でも今度は、自慢げな声じゃなかった。泣きじゃくっていて、絶望したような声だった。「絢香……絢香、お母さんを助けて……洋子ちゃんが、私を追い詰めて狂いそうなの!」私は眉をひそめて聞いた。「どうしたの?」「彼女がチンピラみたいな男と付き合ってて、私の名義で勝手に闇金から借金したの!2000万円よ!しかも家を担保にまで入れて!それで彼女はその男に騙されて海外へ逃げちゃって、今じゃ借金取りが毎日家に来るのよ。家を空けろ、返さないなら殺すって!」母は息も絶え絶えに泣きじゃくって言った。「剛が少しは返してくれたけど、彼もそんなにお金がないし……絢香、お母さんは間違ってた。本当にごめんね。帰ってきてくれない?お母さんにはもうあなたしかいないのよ……」しかし、私はスマホを握りしめたまま、黙っていた。「絢香?絢香、聞いてるの?」「母さん」私は冷静に言った。「それはあなたが自分で選んだことでしょ。自分でなんとかして」「なんて冷たい子なの!私はあなたの母親なのよ!」私は問い返した。「洋子のために私を何度もぶったり罵ったりしたとき、私の布団をリビングに放り投げたとき、マンゴーアレルギーだって知ってて『自殺する気か』って罵倒したとき
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第10話

剛は母の方へ振り返ると、厳しい口調で言った。「おばさん、約束が違うじゃないか!」そう言われ母はびくっと体を縮こませたけど、すぐにまた泣き出した。「私だって仕方がなかったのよ……絢香、お母さんにお金を少しちょうだい。もう生きていけないの……」「渡せない」私はきっぱりと断った。「渡せないわけないでしょ!」母は叫んだ。「大学生にもなって、バイトだってできるんだから、お金がないはずないじゃない!」私は鼻で笑い、母の本心を突きつけた。「母さん、別に反省なんかしてないでしょ。ただ、もうどうしようもなくなって、私からお金を搾り取ろうとしてるだけじゃない。それと、ずっと思ってたことがあるの。血のつながった娘は私のほうなのに、どうしてあなたは私にだけあんなに冷たかったの?どうして洋子のほうがずっと大事だったの?」それを言われた瞬間、母は目に憎しみを込めて、歯を食いしばりながら言った。「あなたが、あの死んだ父親にそっくりだからだよ!あれだけあなたの祖父母のことを憎んでるって言ったのに、彼はこっそり連絡を取り続けたんだ!あなたを産んで何年も経たないうちに、私を幸せにするどころか、自分だけさっさと死んで!あなたっていう足手まといを私に押し付けて!あの男が憎い!だから、あなたも同じくらい憎いのさ!」……そう言われて私は、大きく息を吸った。「母さん、気づいてないの?あなたが憎んでるのは、おじいちゃんもおばあちゃんも、父さんも、私も、みんな優しい人たちよ。逆にあなたが好きになった人は、あなたのすべてをだまし取った。結局あなた自身に問題があったんじゃないの?まあ、もうどうでもいいけどね。これからも私を憎み続ければいいよ。もう気にしないから。法律で決められたぶんの仕送りは毎月するつもりだけど、でも、それ以外の要求は一切受けつけないから。だから、もう二度と連絡してこないで」そう言って、私は翔の手を引いて、その場を去った。「絢香!絢香、待って!」母が後ろで叫んでいた。剛が追いかけようとしたけど、結局、その場で足を止めた。彼は、私のきっぱりとした後ろ姿を見て、ようやく悟ったのだ。一度失った相手は、もう二度と取り戻すことはできないのだと。それから東都に来て2年。この年の冬は、ついに大雪になった。大晦日の夜、翔が真夜中に、私の
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