All Chapters of やわらかアルファとおっさんオメガ: Chapter 21 - Chapter 30

32 Chapters

7-2

 志郎が身支度を整えて、マンションを出たところで、向こうからカケルが走ってきた。「志郎さん!」「カケルくん、どうしたの?」「これを……」 カケルは、きっちりとパッケージングされた錠剤を一つ、差し出した。「なにこれ?」「最近出たばかりの新薬です。ヒートを抑える効果がすごく高いんですけど、体への負担も結構掛かるんで、普通に処方するのが難しいんですけど……」「え、そんなの、俺に渡していいの?」「ホントは、あんまり良くないです。……でも出先で志郎さんになにかあったら、僕すごくいやなんです」 薬包を渡しながら、カケルは志郎の手をぐっと握る。 志郎は、その手をそっと握り返して……、それからその指をほどいた。「心配かけて、悪いな。ありがとう」 指をほどかれたことで、カケルは一抹の寂しさを感じたが。 顔を上げると、志郎は微かに笑って、カケルへの感謝をにじませていた。「お車ですか?」「いや……、免許はタツヤと同棲してた時に失効して……、それっきりだ」「電車での移動、大丈夫ですか?」「完全防備で行くから、平気だよ」 志郎はポケットからマスクを取り出すと、ぴったりと押し当ててみせる。「気分悪くなったら、電車降りてくださいね」「分かってる」「……いってらっしゃい、志郎さん」「うん、いってきます。なんか、土産買ってくるよ」 志郎は薬を大事にしまうと、カケルに手を振って、駅に向かった。
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8-1

 駅前のロータリーには、従兄弟の冬馬が迎えにきてくれていた。「志郎兄ちゃん! おかえり!」「よう、トウマ。でっかくなったなぁ」「ひどいな。俺、もう大学卒業ですよ」 助手席に乗り込むと、トウマが滑らかに車を発進させる。 本家は、駅から車で十分ほどの場所にあった。「伯父さんと伯母さん、元気か?」「ウザイぐらい元気。あと、今回志郎さんが来るからって、親父が親戚連中に連絡してたよ」「げえ……」 ウンザリ顔の志郎に、トウマは笑った。「そう嫌な顔しないでよ。親父もお袋も、志郎さんのこと息子みたいに思ってるんだ」「娘の間違いじゃないのか……」 志郎はため息とともに言った。 伯父の正夫は、志郎の父の兄だが、結婚は父の方が早かった。 と言うより、志郎の父は少々〝羽目を外しやすい〟性格をしていて、志郎の母とは学生時代に付き合い始め、大学を卒業する頃には既に志郎がいたのだ。 子を持つ親と言うよりは、永遠に学生気分の抜けない恋人同士だった父母は、二人でデートに出かけて事故に会い、他界した。 当時中学生だった志郎は、伯父夫婦の元へ引き取られた。 トウマが生まれて間もなかった伯父夫婦に、極力迷惑を掛けないようにと気を使い、子守や家事を率先して手伝った所為か、伯母からは〝娘扱い〟されているのだ。 本家に荷物を置いた志郎は、先に墓参を済ませた。 戻ると、屋内が既に宴会の空気になっている。「まあ、志郎ちゃん! よく来てくれたわね」 伯母の千鶴が嬉しそうに、志郎を招き入れてくれた。「ご無沙汰してます、伯母さん」「まあまあ、上がって上がって。みんな、志郎ちゃんが来たわよ」 伯母に招かれるまま、広間に通される。 予想通り、そこでは既にアルコールをきこしめした近隣の親族が集まっていた。「久しぶりだな、志郎」「なんだ、そろそろ結婚式の招待状が来
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8-2

 食事が終わっても、宴席は続いていた。 と言うよりは、飲んで動けなくなった一部の者の酔いが覚めるのを待つ時間になったというのが、正しいかもしれない。 広間の食器を集め、キッチンへと運ぶと、洗い物をしていた伯母が言った。「志郎ちゃん、先にお風呂入っちゃいなさいよ」「俺、布団用意するよ」「悪いわねぇ。お客様の志郎ちゃんに……」「客じゃ、ないしさ」「そうお? じゃあ、トウマ! 志郎ちゃんをお部屋に案内してあげて」「はぁい!」 親族の酒の相手をしていたトウマが、これ幸いとばかりにこちらにくる。 本家の邸宅は、それなりの旧家の造りをしていて広い。 先を歩くトウマは、こころなしちらちらと志郎を振り返りながら廊下を進んだ。「この部屋、使って」「ああ、すまん」 和室の一角に、布団が一組置いてある。 志郎がそれを広げると、トウマはシーツを掛けるのを手伝ってくれた。「志郎……さんさぁ……」「んん?」 車の中では今まで通り〝志郎兄ちゃん〟だったのが、突然〝さん〟呼びに変わったことに違和感はあったが。──トウマも、大人になったってことか……。 と、流した。「運命の相手と別れたって、ホント?」「ああ、別れたよ」「じゃあ、運命じゃなかったの?」「いや、運命だったと思うぞ。だが、運命なんてのは、所詮〝フェロモンの相性が良い〟ってだけだ。まぁ、人生を変えるほどの衝撃って意味なら、間違いなく運命だったけどな」 滞りなく寝具を整え、志郎は伯母に勧められた風呂を使うべく、鞄を開けて着替えを取り出そうとしていた。「じゃあ、志郎さんは今、フリーなんですよね!」 切羽詰まった声音で、トウマが志郎の腕を取る。「フリー……っちゃフリーだが……」「じゃ
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8-3

 広間には、あとからトウマが駆け込んできた。「どうした?」 慌ただしい志郎の様子と、切羽詰まったトウマの表情に、正夫が問う。「なんでもないです」「なんでもなくなんかないよ!」 なんとかやり過ごしたい志郎の思惑は、叫ぶトウマによって粉砕された。「なんで、俺じゃ駄目なんだよ!」「おまえが駄目なんじゃなくて、今は誰かと一緒になる気がねぇっつってんだよっ!」 がなりあうトウマと志郎の間に、正夫が割って入る。「トウマは……、志郎と番になりたいのか?」 トウマは強く頷いた。「志郎、おまえはまだそのつもりはないと言っていたが……。少し考えたらどうだ? 都会に出て、未だ一人でフラフラして。オメガのおまえがそんなんじゃ、天国の弟たちも安心できないぞ? それに、うちのトウマと一緒になれば、晴れて本家の者になれる」「ちょ……ちょっと待ってください!」 言い返そうとした志郎の言葉は、周りにいた親族たちの声にかき消される。「そうだな、従兄弟なら親等的にも問題ないし」「アルファのトウマとオメガの志郎ちゃんなら、ちょうどいいんじゃない?」「志郎くんもいい年齢なんだし……」「トウマちゃんが本気なら……ねぇ……」 周囲の反応に、気が遠くなりかけた。「冗談じゃありませんよっ!」 ここにいたらまずいと感じた志郎は、ガッと鞄を掴むと、立ち上がる。「失礼します」「ちょ……、志郎さんっ!」「志郎、待ちなさい!」 引き止めるトウマや正夫たちの声を振り切って、志郎は玄関に走った。 そして、靴を掴むと履きもせずに表に飛び出す。 力付くで引き止められたら、オメガ一人でかなうわけがない。 夜道を全力で走り、追手に見
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9-1

 診療時間を終え、カケルが患者のカルテを見返しているところに、内線が鳴った。「はい」『今、忙しいか?』「特には……」『じゃあ、ちょっと執務室に来てくれ』 海外出張から戻ったばかりのタケルに呼び出されるとは、何事だろう? とは思うが。 特に感情的な声音でなかった様子から、トラブルの気配はない。 カケルはパソコンの画面を消し、執務室へと向かった。「どうしたんですか?」 部屋に入ると、タケルはいつもようにデスクの向こうに座っている。「親父が、おまえもそろそろ身を固めろと言ってたぞ」「そんな話のために、呼び出したんですか?」「まさか」 タケルは肩を竦めると、デスクの上に紙束をどさりと置く。「なんですか、これ?」「親父から、おまえ宛だ。……中身は、全部見合い写真だけどな」「ええっ! いりませんよ!」 本気で嫌そうな顔をしているカケルを眺め、タケルは吹き出した。「早々に引退宣言なんぞしたが、暇なんだろうな、親父も」「………………」 カケルは、恨めしそうにタケルを見た。「僕……、正直言って志郎さん以外の人、考えられません」「俺に反対されてもか?」「お義姉さんはしっかりしてるし、兄さんには悟くんっていうアルファの息子がいるし。僕のパートナーに細かい注文つけられるスジもないですよね?」 タケルはふんっと鼻で笑う。「口説き落とせてもないのに、大きく出たな」「いや、志郎さんは常識的な人だから、医者と患者って立場に倫理的な抵抗感とかもありますけど! でもこれから少しずつでも距離を縮めて行こうとですね……」 そこまで言いかけて、カケルはタケルが微妙に……ニヤニヤとした意地
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9-2

「それで、帰省はどうだったんですか?」 久しぶりのベルウッドで、カケルと行き合った。「予想以上に、最悪だった」 マスター特製ブレンドを楽しんでいた志郎は、そこで表情を曇らせる。「それは、残念でしたね」「別に。親父とお袋は、いろいろ問題あったし。いっそこれで、もう二度と行かないって心も決まったし」「じゃあ、気分転換に僕がお勧めを奢ります。この今季の新作、チョコバナナパンケーキが、最高にこのブレンドに合うんです。試してください」「きみ、実はかなりの甘党だよな」「ホントに合うんですって。あ、マスター! チョコバナナパンケーキを二つ、お願いします」 カケルは、ニコニコしながらさっさと注文を済ませてしまう。 ホイップクリームとミントの葉が飾られたパンケーキが、すぐにも運ばれてきた。「でも……。きみには感謝しかないよ。あの薬のおかげで、すごく助かった」 少しでも気を紛らわせてくれようとするカケルの心遣いに、志郎は素直に感謝を述べる。「薬……って、あの抑制剤、使うようなことがあったんですか?」「うん……。実は帰省で、アルファの従兄弟に口説かれてね……」「ええっ!」 カケルの声に、他の客たちの視線が集まる。「あ、すみません。なんでもありません……」 思わず立ち上がっていたカケルは、集まった視線にしおしおと頭を下げて、座り直した。「く……口説かれただけなら、薬使うようなことにはならないと思いますが……」「まぁ、口説きがエスカレートして、ちょっと押し倒されたりしたし」「それで、なにもなかったんですかっ?」「振り切ったあと、きみの薬のおかげでヒートも起こさずに帰ってこられたってわけさ」「……そういうことなら、戻ってからすぐに主治医の僕に連絡くだ
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9-3

 先に席を立ち、志郎は自宅へと歩き出す。 帰省から戻ったあと、本家からの連絡は、特に無い。──まぁ、伯父さんの性格から考えると、怒ってんだろうな。 本家のある土地では、子を産み育むことが出来るオメガは、ファースト性が男であっても扱いは女と同列にされる。 子を為せるオメガは、嫁いで子供を生んでこそ幸せ……という、アレだ。 更に伯父の場合は、本家絶対主義もついてくる。 志郎の父が正しいとは言えないが、そうした思想の父や兄から逃げるために放蕩息子になったと言われれば、気持ちはわからなくもない。──本家の跡取りが、嫁き遅れのオメガに求婚したのを断わられた……って格好になったもんな。 伯父の怒りは容易に想像がつくだけに、連絡が来ないのはむしろありがたい。──育ててもらった恩はあるが、親父とお袋の生保で、養育費は足りたはずだ。もう……義理もねぇよな。 蔑ろにされたとは思っていないが、居場所がなかったような気はしている。──まぁ、あすこに長居をする気は、引き取られた時からなかったけど。 そんなことをポツポツ考えながら歩いていると……。「志郎さんっ!」 前から、見知った顔が駆け寄ってくるのが見えた。「トウマ……」 一瞬、即座に踵を返して逃げそうになった。 が、ここで逃げれば、自宅にまで追ってこられるかもしれない。──それはそれで、面倒だ……。 そこまで考えて、志郎は踏みとどまった。「あの……、俺……」 駆け寄ったトウマは、腕を伸ばして志郎の服を掴もうとしたが。 志郎はそれを、さり気なく避けた。「ここじゃなんだから、こっちこい」 志郎は、出たばかりのベルウッドに戻った。
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9-4

 一番奥の席には、まだカケルが座っていた。 志郎は奥から一つ手前の──以前はカケルの定番席だった場所に座り、向かい側をトウマに勧める。 カケルは、店に志郎が戻った時に笑みを向けてきたが、すぐ後ろに連れがいることに気付いたところで、声をかけるのは控えてくれた。「なんで、おまえがここにいるんだよ?」 コーヒーが運ばれてきたところで、志郎はトウマに訊ねた。「親父は、志郎さんに腹を立てていて……。でもお袋は、親戚のおじさんたちと説得して、志郎さんが了承すれば、親父も最後は納得するからって……」「相変わらず、俺の意見は無視か……」「俺は!」 吐き捨てるように言った志郎に向かって、トウマは顔を上げたが。 すぐにもまた、俯いた。「俺は……、志郎さんが好きだし。志郎さんが、俺のパートナーになってくれたら良いと思ってる……けど……。そんな無理に……お袋やおじさんたちとのしらがみで断れなくなって仕方なく……とか、嫌だし……」「それで?」「だから、お袋に俺が自分で志郎さんと話をするからって言って……」 ちらっとトウマを見やって、志郎はコーヒーを一口飲んだ。「俺の住所、伯父さんにもおまえにも、教えてないよな?」「……志郎さんのスマホ見て、最寄り駅調べました……」「そりゃ、犯罪だ」 ははっと、志郎は乾いた笑いをもらす。「でも……、俺、本気なんだよ」「おまえ、大学行ったんだろ? いくらでも可愛い子いただろうが……」「志郎さんみたいに、俺のこと全部わかってくれてる人、いなかったし……」 はあ
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10-1

 相変わらず、周期的にヒートはやってくる。 荒れ狂う本能の波は、小舟のような理性をやすやすと覆し、飲み込み、最後はタツヤを求めて叫び、イキ狂わねば済まない。「あああっ!」 引きちぎらんばかりにシーツを掴んだ瞬間、ぎゅうと体を抱きしめられた。 ふわりと志郎を包む、柔らかな匂い。「カ……ケル……くん?」「はい、僕です」「今日、何日?」「二十二日です」 心の中で日数をかぞえ、それでも二日経っていることに、少しがっかりした。 とはいえ、今までは、理性が途切れて戻るまでに最低でも三日、下手をすると五日は掛かった。 それがカケルの〝フェロモン療法〟を受けてからは、最長で三日に短縮されているのだ。「毎回……、済まない……」「なに言ってるんですか。僕の方こそ、志郎さんが苦しみ抜いているのに、臨床例みたいにしちゃって、申し訳ないんです」 志郎は体を離し、ベッドサイドのペットボトルを手に取ると水を飲んだ。「きみのおかげで、ヒートで死ぬ可能性が下がったんだ。こっちこそ、感謝だよ。最悪の時は、飲まず食わずでオナってて、ヒート明けに体重が六キロ近く減ってて、ちょっとヤバかったからな」「それ、ヤバいってレベルじゃないじゃないですか……」 額に手をあて、志郎はふふっと笑った。「だけどさ……。こんなのいつまでも続かないよな。……ヒートの度にきみを呼びつけて……。この間、トウマにあんな啖呵を切ったけど、実際にもう〝一人じゃやってけないオメガ〟の典型だな……って、あのあと、思って……」 込み上げるものを感じ、志郎は一度言葉を切った。「ごめん……、ヒートで気弱になってる……」
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10-2

 首筋に、カケルの牙の先端が当たったと感じた直後に、それが皮膚を食い破る痛みが続いた。「あ……、あああっ!」 志郎は、カケルの体にぎゅうとしがみつく。 ぶわっと、涙が溢れた。 痛い──のではない。 自分が〝感動〟して泣いていることを、志郎はしばらく理解できなかった。「志郎さん、大丈夫ですか?」「カケルくん……、抱いてくれ!」 言ってから、自分で驚いていた。 抱いてほしいとせがむ言葉も……。 マーキングを求めることも……。 満たされたいと願う気持ちも……。 とうの昔に、自分からは失われたと思っていた。 脳がショートしそうな快感の中、何度タツヤに「噛んで!」と懇願したかわからない。 その度に、うなじに牙をあてがわれ、今度こそはと期待をしても、ペロリと舐められる。「また、今度な……」 タツヤの口元が、ニヤリと笑う。 そして続くセリフも、毎回同じ。「俺だって、本当は番になりたいんだ」 実際、タツヤも〝運命〟を感じていて、マーキングしたい本能はあったのだろうと思う。 だが、番になれば責任も出てくる。 それ以上に不安定な環境に置くことで、志郎への支配を強めたかった打算もあったのだろう。 カケルが、まるで宝物でも扱うように触れてくる指先に、快感以上のなにかを感じて、また涙が出てくる。「志郎さん……、本当に大丈夫ですか? 怖いなら……」「違うんだ、カケルくん。……俺、嬉しくて泣いてるだけだから……、ごめん……」 泣きながら笑った志郎に、カケルは頬を染めて……それから志郎と同じく
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