瀬尾志郎は、行きつけの〝カフェ・ベルウッド〟の奥まった席で、スマホの画面を眺めていた。 静かな午後のひととき。 平日のこの時間帯は、カフェの客も落ち着いていて〝穴場〟といえる。──あ、このブレンド旨い……。 店長が季節の新作と出してきたブレンドは、あっさりとして酸味が強い。──アイスがお勧めって言ってたの、分かる。 初夏の暑さを忘れさせる、爽やかさだ。──少し買っていって、家で淹れるのもいいかもしれない。 そんなことを考えながら、ぽちぽちとスマホの画面をタップしていたのだが……。「すみません、隣り、失礼します」 ガタガタと音を立てて隣の席に座った男は、背が高く肩幅の広い……見るからに〝アルファ〟と分かる容姿をしていた。 微かに鼻をかすめた〝匂い〟にも、その証拠が滲んでいる。 された挨拶に目礼を返し、志郎は意識的に視線を外した。──もう三十分ぐらいは、ゆっくりしたかったんだが……。 他に席が空いているのに、なぜわざわざ自分の隣に……? とは思ったが。 奥まった人目に触れない場所を選ぶと、必然的にそうなることもなんとなく分かっている。 だが、オメガの志郎はとにかくアルファが苦手だった。──だからって、即座に席を立つのもあからさま過ぎる……か? 変に相手に気を回してしまうのも、悪い癖だな……と逡巡しつつも、そこで立ち上がれない。 スマホの画面を見ているつもりで、集中力は全くなく、読んでいる記事の内容が頭に入ってこなかった。「あっ……」 小さな悲鳴が聞こえた……と思ったら、そこから先はドミノ倒しのように「うわわっ」という声が響き、最後にガシャンと物が落ちる音とともに、志郎の肩にドシンと衝撃が加わった。「うわっ!」 びっくりして振り返ると、隣の席に座っていたはずの男は床に倒れていて、コーヒーとお冷のグラスによって全身がびしょ濡れになっており、更に机も傾いている。「だ……大丈夫か……?」 幸いにしてコーヒーもアイスで、彼が火傷をするような事態にはなっていなかったが。 白いシャツにコーヒーの茶色のシミが広がり、綺麗に整えられていた髪はくしゃくしゃである。 志郎は立ち上がり、男に手を貸した。「す……すみません。コーヒーのグラスに手が当たって、抑えようとしたら机の脚に躓いてしまって……」「そんなマンガみたい
最終更新日 : 2026-02-25 続きを読む