All Chapters of やわらかアルファとおっさんオメガ: Chapter 1 - Chapter 10

32 Chapters

1-1

瀬尾志郎は、行きつけの〝カフェ・ベルウッド〟の奥まった席で、スマホの画面を眺めていた。 静かな午後のひととき。 平日のこの時間帯は、カフェの客も落ち着いていて〝穴場〟といえる。──あ、このブレンド旨い……。 店長が季節の新作と出してきたブレンドは、あっさりとして酸味が強い。──アイスがお勧めって言ってたの、分かる。 初夏の暑さを忘れさせる、爽やかさだ。──少し買っていって、家で淹れるのもいいかもしれない。 そんなことを考えながら、ぽちぽちとスマホの画面をタップしていたのだが……。「すみません、隣り、失礼します」 ガタガタと音を立てて隣の席に座った男は、背が高く肩幅の広い……見るからに〝アルファ〟と分かる容姿をしていた。 微かに鼻をかすめた〝匂い〟にも、その証拠が滲んでいる。 された挨拶に目礼を返し、志郎は意識的に視線を外した。──もう三十分ぐらいは、ゆっくりしたかったんだが……。 他に席が空いているのに、なぜわざわざ自分の隣に……? とは思ったが。 奥まった人目に触れない場所を選ぶと、必然的にそうなることもなんとなく分かっている。 だが、オメガの志郎はとにかくアルファが苦手だった。──だからって、即座に席を立つのもあからさま過ぎる……か? 変に相手に気を回してしまうのも、悪い癖だな……と逡巡しつつも、そこで立ち上がれない。 スマホの画面を見ているつもりで、集中力は全くなく、読んでいる記事の内容が頭に入ってこなかった。「あっ……」 小さな悲鳴が聞こえた……と思ったら、そこから先はドミノ倒しのように「うわわっ」という声が響き、最後にガシャンと物が落ちる音とともに、志郎の肩にドシンと衝撃が加わった。「うわっ!」 びっくりして振り返ると、隣の席に座っていたはずの男は床に倒れていて、コーヒーとお冷のグラスによって全身がびしょ濡れになっており、更に机も傾いている。「だ……大丈夫か……?」 幸いにしてコーヒーもアイスで、彼が火傷をするような事態にはなっていなかったが。 白いシャツにコーヒーの茶色のシミが広がり、綺麗に整えられていた髪はくしゃくしゃである。 志郎は立ち上がり、男に手を貸した。「す……すみません。コーヒーのグラスに手が当たって、抑えようとしたら机の脚に躓いてしまって……」「そんなマンガみたい
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1-2

 それから、件のアルファはカフェの常連となった。 志郎の憩いのカフェタイムは、このアルファによって三度に一度は妨害される。 内容としては、些細なことだ。 例えば、志郎と彼がほぼ同時に会計に立ったら、なぜか彼の電子決済だけがエラーする……とか。 彼が上着を手に取ったら、なぜか隣席の荷物が床にぶちまけられたり……とか。──注意が散漫……って、わけでもないんだよな。 あまりにトラブルの頻度が高いので、本当は気にもしたくないアルファの動向を、観察するようになってしまった。 理由は──簡単に言えば、被害の余波を避ける為……だったが。──ああ、気を惹きたいのも、いるのか……。 アルファ嫌いの志郎からすると、わざわざそんなことをする意味がわからないが。 上着を手にした彼が、隣席の荷物をぶちまける回数が異常に高い理由は、彼の上着で荷物がひっくり返るように仕向けられているからだ……と気付いた。 毎回、相手が違うのは、モテるアルファの吸引力といったところか。 問題は、彼がその仕掛けられていることに全く気付かず、毎回「すみません、すみません」と言いながら荷物を拾い、相手の会計を引き受けて去る……ということだ。──むしろ、哀れだな……。 そう思ったものの、アルファと関わってはロクなことがない……と心で否定する。 が──。 その日は、もうあまりにもあからさまに彼の上着に、隣の荷物が接触しているのが見えてしまった。 志郎は、テーブルに置かれているサービスの紙ナプキンを取ると、そこに走り書きをして席を立ち、会計に向かう途中で彼のテーブルにそれを置いた。「……えっ……?」 彼がアクションする前に、さっさと会計を済ませて店を出る。──ああ、余計なことをしたな……。 微妙な後悔を感じながら、志郎は帰宅の途についた。
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2-1

 志郎は、トレーダーを仕事にしている。 昔は勤め人だったが、とにかく他人と関わることを避けたら、そうなった。 幸いにしてトレーダーは志郎の性格にあっていたらしく、今や高級マンションに一人で暮らしていけるだけの利益を得られるようになった。 たまにベルウッドへ出かけ、マスターと世間話をしたりするのもいい息抜きだ。 だが、そんな生活をしていては体が鈍ってしまう。 それなりの金回りもあることだし……と、一念発起して、この一年ほどは近所のジムに通っていた。「ああ、瀬尾さん。久しぶり」「やあ、こんにちは」 このジムが気に入った理由は、申告するとオメガ専用のトレーニングルームを使わせてくれることだ。──そういう意味では、やはり大手のほうが線引はちゃんとしてくれるな。 そこで馴染みのトレーナーとセットメニューについて話をしていると、廊下から騒がしい音が聞こえてきた。「どうしたんでしょう?」「なんでしょうね? 火事とかなら、火災報知器が鳴ると思うんですけど……」 バタバタと慌てた様子で、職員が部屋に駆け込んできた。「すみません! 急いでおかえりください!」 意味もわからず、場にいる者が駆け込んできた職員に詰め寄った。「いきなり帰れと言われても、説明も無いのか?」「見学に来ていたオメガの方が、突然ヒートを起こされまして。ご利用中のアルファの方が触発されて発情しております。こちらの部屋に影響が出る前に、ご利用者様がたには避難をしていただいたほうが良いと判断いたしました」 ざわめきは、ややパニックに近い騒ぎになった。 志郎も慌てて──、ほぼ取るものもとりあえず立ち上がる。「落ち着いてください。どちらのお客様も既に別室に隔離済みです。落ち着いて、体調が優れない方はこちらに申し出てください」 職員の案内に、利用者たちは落ち着かない様子で部屋を出る。──落ち着け、部屋は離れている……。 志郎は深呼吸をして、職員の指導に従い更衣室に向かった。
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2-2

 岩崎駆は、岩崎総合病院に勤める内分泌科のドクターである。 と言ってもカケルは院長の次男であった。 優秀なアルファで外科医の兄・尊は、院内での人望や信頼も厚い。 タケルとの仲も良いカケルは、大学で内分泌を専門とする分野を選択した。 内分泌科を選んだ一番大きな理由は、カケルはアルファではあるがフェロモンを感じにくい体質をしていたからだ。 オメガの患者が多い内分泌科は、ベータの医者が多い。 岩崎総合病院でも、そこに勤めるドクターはベータだ。 もちろんベータの中にも優れた医者はいくらもいるが、アルファのドクターが常駐している〝金看板〟は世間体も良い。 もちろん、父やタケルはカケルの選択を歓迎してくれた。 そうして大学を卒業後、しばらく大学病院で研修を兼ねた武者修行を経て、今年の春から実家の病院に戻ってきたのだ。 ピーッと、甲高いエラー音が響く。「あ、カケル先生、またですか?」 若いオメガの看護師が、ふふっと笑いながら駆け寄ってきた。「すみません」 院内に置かれている自販機は、職員が個別に持つカードをかざすと、支払いをまとめてくれるシステムになっている。 だが、なぜかカケルは三度に一度はエラーしてしまうのだ。──自分の不運体質が嫌になる。 親切な看護師のフォローのおかげで、ペットボトルが受け取り口にガコリと落ちてきた。「お手間をおかけして。ありがとうございます」「いいんです。それよりカケル先生、お昼はどうされますか?」「今日はランチミーティングがあるんです。お気遣いどうも」 ペットボトルを持って、部屋に戻る。 診療時間になり、多くの患者を診察し、ミーティングを済ませると、もう午後も良い時間になっていた。──ベルウッドに行って、新しく出た論文を読もう。 病院の近くにある〝カフェ・ベルウッド〟は、カケルの憩いの場であった。 客数が少なく、コーヒーが美味い。 マスターは気さくな男で、コーヒーの話を始めると止まらなくなる。 通い始めて三ヶ月になるが、マスターが季節毎に新作コーヒーを出してくるのも楽しみだ。──そうだ。あの人に会えたらお礼を言わなければ……。 カケルは、バッグの中にベルウッドのコーヒーギフト券が入っていることを確認して、外出した。
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2-3

 カケルは、ややがっかりしてベルウッドを出た。 ベルウッドの奥から二番目の席は、カケルのお気に入りの場所だ。 最初は、入口付近から見えづらい一番奥の席を狙っていったのだが、そこにはいつも落ち着いた中年男性がいる。 マスターに聞くと、カケルが来る以前からの常連だと教えられた。 身なりも容姿も地味だが、服装はよく見るとちょっと良いブランドを上品に使っているし、佇まいも静かで温和な印象だ。 マスターのコーヒーを楽しむ様子も静かで、時々テーブルにノートパソコンを開いてなにか作業をしている。「作家さんみたいですよね」 と言ったカケルに、マスターは「志郎さんは、トレーダーさんですよ」と教えてくれた。──個人情報として、どうなんだろう? と少しだけ思ったが。 つまるところ、マスターは〝志郎さん〟に助言をもらいつつも、自分も老後資金の蓄えを作るべくトレーディングをしている……らしいのだ。──興味があるなら、ご一緒に……ってことか。 とはいえ、自分は初来店時に、志郎に思い切り迷惑を掛けている。 しかも、たぶんそれが理由で嫌われている……ように思える。 そうして、話しかけるきっかけもないまま、うかうかと時間は過ぎてしまった。 おまけに、自分の〝不幸体質〟で起きたトラブルに数回、志郎を巻き込んだこともあり、敷居は高くなるばかりだ。 しかし先日、志郎が席を立った時に、一枚の紙ナプキンをスッとテーブルにおいていった。 そこにはボールペンで〝上着に荷物が乗っている。気をつけろ〟と書かれていた。──荷物が……乗っている? 意味がわからず、椅子に置いてある自分の上着を見る。 と、巧妙に隣の荷物が裾に絡まるようになっていて、何気なく手に取ったら床に荷物が落ちるような形になっていた。──親切だなぁ。 と思って、あまりなにも考えずに、会計時、マスターにそのことを話したら。「え、今まで全然気付いてなかったの?」 と言われた。 意味がわからずに問うと、呆れた顔をされる。「イケメンで、身なりも良くて、金回りも良さそうだから。秋波を送ってる人、ウチの店にもいっぱいいるじゃない」 と、言われた。 そこに至って、カケルはようやく、自分の不幸体質の一部は、偶然でもなければ不幸なめぐり合わせでもなく、故意に仕掛けられたトラブルだと気付いたのだ。 戻ってからタケ
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2-4

 ベルウッドと病院の間には、ちょっとした公園がある。 こちらを通ると車道を避けられるので、カケルはいつもそこを横切るのだが。 いつもはあまり人のいないベンチに、今日は人が座っていた。──珍しいな……。 そう思った以上に、その人物が傾いて座っていることが気になった。 医者として、具合の悪そうな者を気にしてしまうクセがある。「え……、志郎さんっ?」 ベンチの背もたれにすがりつくようにして、志郎がぐったりしていた。「あの、大丈夫ですか? 僕、そこの病院の医者です。車を呼びましょうか?」「……医者……いらん……。家に……帰れば……薬がある……か……ら……」 医者として、急病人をそのままにしておくことはできない。 が、本人が自身の症状を把握していて、それに対処するための薬が自宅にあるというのならば、そちらを優先すべきだろう。「立てますか?」 手を伸ばした瞬間、驚くほどの強さで振り払われた。「触るな!」「……あっ」 そこに至って、カケルはようやく、志郎がヒートを起こし掛けているのだと気付いた。 アルファのカケルに触れられることを拒んだのだろうか?──てっきり、ベータの中年男性だと思っていた。 だが、長く抑制剤を服用しているオメガ男性は、外見がベータ男性に酷似することは、学説でも一般的だ。 カケルは、むしろ己の〝フェロモンを感じにくい体質〟によって、そういう弊害があることを、改めて知った。「あ……んた、アルファだろ。さっさと、俺から……離れろ!」 近づいたアルファに〝オメガハラスメント〟をしないための牽制のようだが、刻一刻と志郎の様子は逼迫していく。「志郎さんのおうちはどこですか? ここから歩いて帰れますか?」 ふるふると首を横に振り、カケルを追い払うように手を振る。「今、ベータの助けを呼びます。おうちを教えて下さい。部屋に戻れば、使っている抑制剤があるんでしょう?」「……………………っ」 苦しい息の下、志郎がボソボソっと住所を告げる。 カケルは病院に電話をして、車と職員を寄越してくれるように頼んだ。
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2-5

 ベータの職員に手伝ってもらい、カケルは志郎の自宅マンションに来た。 入口には有人のエントランスがあり、エレベーターには居住者の指紋認証がついている。 部屋の入口も、指紋認証だった。 扉を開けようとしたところで、志郎はベータ職員の支えを断り、自力で立って施錠をはずす。「お家まで戻ったことだし、きみたちは帰っていいよ」「大丈夫でしょうか?」「うん。僕はフェロモンの匂いわかんないし、大勢でお部屋にあがるのも失礼だからね」 職員と会話している間に、志郎はフラフラと一人で中に入ってしまった。 慌てて後を追い、カケルは部屋の中へと進む。 医者として、志郎が無事に薬を飲んで落ち着くところまで見届けたかった。「志郎さん、お薬はどこでしょう?」 薬を飲ませるために、まずはキッチンでグラスに水を用意する。 次に、志郎が朦朧としながらも在り処を告げた棚を開いて、薬を取り出す。 しかし手に取ったその薬の、処方箋に書かれた用法を確認して、カケルはびっくりした。──随分、強い薬ばかりだ……。 処方箋の発行元の医院を見ると、カケルも知っている名称が書かれていた。 近隣で、内分泌科では高名なクリニックで、タケルや父からライバル医院であると教えられたところだ。 薬局は大手のチェーン店で、こちらも特に不審な点はない。 カケルは、グラスと薬包を持ってリビングに向かった。 だが、床に点々と志郎が脱いだと思わしき衣服が落ちているだけで、本人の姿が無い。「志郎さん……?」 奥に続く部屋の扉が半開きになっていて、その向こうから人の気配がしている。 具合の悪さに寝室に行ったのかもしれないと考え、カケルはそのままそちらに歩みを進めた。「んっ……ああっ! あっ!」 扉の向こう、ベッドの上で、志郎はあられもない姿で横たわっていた。 服をすべて脱ぎ捨て、うつ伏せで尻を高く上げ、自身の後ろになにか器具を入れながら、もう片手で前を扱いている。 部屋に入ってきたカケルの存在にも気付かない。──まずい……っ! カケルは、慌てて部屋から飛び出し、扉を閉めた。 フェロモンの匂いも分からない、ある意味アルファとして欠陥のあるカケルですらが、むせるほどに立ち込めた甘いオメガの香り。──いくらヒートだって言ったって、あんなになってるの、おかしいだろ。 狼狽えつつも、臨床例を
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3-1

 意識が……と言うよりは、理性がぽかり……と浮上してくる。 オメガの本能とも言えるヒートの嵐が荒れ狂う大波だとしたら、この一瞬は繰り返す波……とでもいうべきであろうか? 視界の端に人の顔が見えて、志郎はびくりと竦み上がった。「タツヤ……っ?」「あ……、お話、できますか?」 悪夢の延長のような……あの最悪の運命が再び現れたのかと思ったが……。 幸いにして全くの他人だと気づき、一瞬、安堵する。 が──。「ベルウッドの、ポンコツアルファ……?」「ポ……ポンコツはひどいなぁ……」 カケルは、柔らかく笑った。 だが、あの狂乱を見られたのかと思うと、志郎の安堵は吹き飛んだ。「なんで……あんたが……?」「公園で、僕に会ったの覚えてますか? どうしてもおうちに帰りたいとおっしゃるので、付き添わせてもらいました。……あ、申し遅れましたが、僕は岩崎総合病院で内分泌科の医師をしている、岩崎駆と申します」 カケルの自己紹介を、志郎はどこか遠くに聞いていた。 ヒートの波は、去った訳では無い。 ただ、この波の引き具合から、どうやら抑制剤を飲んだのだろうと想像出来た。「世話を掛けて済まなかったが……。申し訳ないが、帰ってくれないか」「あの……、不躾ですが……」「帰ってくれ! 見たんだろ、アレを。続きが来るんだ、まだな……」「わかってます。……そんなの、他人に見られるのなんてすごくお辛いでしょうことも、想像できます。&h
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3-2

 カケルは、エントランスの受付に自身が医者であることを告げ、病院のスタッフが必要なものを届けに来る許可を得た。 そうして、結局、志郎のヒートが明けるまで、志郎の部屋に滞在したのだ。 そして今、ヒートの収まった志郎は、憮然とした顔でカケルの前に座っている。「あんたが、滞在する必要はなかっただろう?」「医師として、あんな状態の人を放ってはおけませんよ」「……だが、俺のヒートは毎回あんなもんだし……」 志郎の答えに、カケルは眉根を寄せる。「毎回? 時々じゃなくて、毎月あれを?」「……ああ」 しばらくの沈黙のあと、カケルは真面目な顔で口を開く。「苦しいお話だとは思いますが、志郎さ……いえ──瀬尾さんは、運命の番の方と、どれぐらいの期間、一緒にいらっしゃったんでしょう?」「それって、医者としての好奇心?」「どうなんでしょう? 僕は、ぜひとも治療をさせていただきたいと思ってますが。好奇心が全くない……と言えば、嘘になります。臨床医学として、興味深いことは確かですし……」 チラとカケルを見やり、志郎は肩で大きく息を吐いた。「もうちょっと、体裁っぽいこと言うかと思った」「嘘くさい取り繕ったことを言っても、納得はしてくれないでしょう?」 ヒートの間、散々に悪態をつかれた。 実際に、あんなひどい状態を晒し続けねばならない志郎からしたら、悪態でもつかねばやっていらない気持ちだったことも、充分理解できる。 反面、その言葉の端々に、志郎の為人も見えた。「……あんたが、医者として親身になってくれてるのは分かる。だが、俺は正直アルファが怖い。今回、俺がヒートしている間、全くなんにもなかったのが不思議なぐらいだ」「僕は、アルファとしては欠陥と言うか、落ちこぼれでして。今回、瀬尾さんのヒートを目
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3-3

「だが、運命の番と出会えることが良いか悪いかから言えば、俺は最悪だった」 数秒、言葉を途切れさせてから、志郎はため息を吐く。「タツヤは、最低のクズ野郎だった」「く……くず?」「そうさ。競馬にパチンコ、借用書は全部俺のところに持ってくる。挙句の果てになんて言ったと思う? 『抱いてやるから払っとけ』だとさ」 ニヤリと笑う志郎に、カケルは言葉を失った。「脳が焼けるほどの快感に狂ってた俺は、それをまた引き受けて……。まぁ、結局は覚醒して、とにかく身の回りの物だけ持って逃げたんだけどな」「そんな着の身着のままみたいな状態で……」「どうやって、この〝いい暮らし〟に持ってけたかって? タツヤは俺の口座の金もあらかた搾り取ってったが、ほとんど使ってなかった口座にひとつだけ、定額貯金が作ってあってな。運良く気付かれなかったそれを使って、なんとか生活を再スタートしたのさ。……もう十年も前の話だけどな」「待ってください。つまり、あの地獄のようなヒートを、もう十年も続けていると……?」「ありゃ、マシになったほうだ。最初の頃は、ヒートのたびにタツヤの元に帰ろうとしたよ」「なぜ、とどまれたんですか?」「そうなると思ってたから、ケータイを買い替えてタツヤとの連絡を、自分から取れなくしたからさ。ヒートの最中は、頭が回らないから、ケータイの番号さえなきゃ、自力で縋りに行けないからな」 皮肉めいた口調でさらりと話しているが、むしろそれで志郎の覚悟が透けて見えた。「それで……、そのタツヤという人は、志郎さんが出ていってしまったあと、追ってこなかったんですか?」「弁護士が言うには、かなり血眼になって探してたっぽいな。まぁ、フェロモン依存とまではいかなくても、快楽依存みたいのは残ってたっぽいし。俺を売れなきゃ借金がえらいことになる……とか言ってたみたいだし……?
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