LOGINオメガの志郎は、大のアルファ嫌い。運命のつがいと出会い搾取をされた過去がある、アラフォー男。 行きつけのカフェ〝ベルウッド〟で、いつもように憩いの午後を過ごしていたら、隣席にアルファのカケルが座った。 立ち上がるタイミングを逸してしまった志郎は、そこで漫画のように机を倒し、カップのアイスコーヒーを頭から被っているカケルを目撃する。 アルファは嫌いだが、困っている者を放っておけない志郎は、カケルにハンカチを貸した。 だがある日、公園で立ち往生していた志郎は、通りがかったカケルに助けられる。 運命を断ち切り自立を目指す志郎と、鼻が利かないポンコツアルファのカケルの、静かなラブロマンス。
View Moreマンションに戻ったところで、志郎はぼすんとソファに体を投げ出した。「いや、まいった」「すみません、志郎さん」 後ろをついてきたカケルが、申し訳なさそうにしょんぼりとしている。「カケルくん、全然知らされてなかったの?」「はい……。兄さんは『突然、俺の家に来いと言われても、瀬尾さんが萎縮するだろうから、来慣れてる病院のほうがいいだろう』って、言ったんです」「あ、そう……。さすがに食わせ者だな、きみの兄さん……」 思わず、はぁっとため息が出る。 とはいえ、自分はカケルと番になった。 どちらにせよ、カケルの親族との顔合わせは避けられないのだし、気まずい時間を最短に縮めてくれたタケルには、感謝をすべきなのかもしれない。「ホント……、すみません」 志郎は体を起こすと、傍で床に座り込んでいたカケルの頭を撫でた。「きみは、良い家族に囲まれていて、羨ましいよ」「え……っ? 怒ってないんですか?」「なんで? 挨拶はしなくちゃなんないと思ってたし。どうやってカリフォルニアまで行こうか考えていた」 志郎が促すと、カケルもソファの隣に座り直した。「母さんが、志郎さんのこと気に入ってくれて良かったです」「こんなおっさん見て、喜んでくれると思ってなかった」 志郎は、カケルの肩に頭をあずける。「志郎さん……?」「タケルさんには改めてお礼しなきゃだよなぁ。それに、タケルさんのご家族にも挨拶に行かなきゃ……」「じゃあ僕、それまでにお義姉さんの好物、調べておきますね」 そこで会話が途切れたところで、カケルが変にもじもじしている。「どうしたの?」「あの……、志郎さんは今更こんな話を聞きたくもないかもなんですが&hellip
志郎は、持っている服の中でも一番仕立ての良いスーツを着て、岩崎総合病院の前に立っていた。 休診日にここに来たのは、カケルの「志郎さん、兄さんに会ってください」に〝そそのかされて〟の結果だ。──それでも、親族勢揃いの顔合わせとかじゃないだけ、まだマシか……。 とはいえ、それはむしろ、最初にタケルが値踏みをしてきているとも取れる。 だから一番まともに見える服装でやってきたのだ。「志郎さん! こっちです」 正面玄関ではなく、救急外来の扉から、カケルが手を振った。「これ、お兄さんに渡してくれる? 甘いものが好きなら良いんだけど」「手土産なんて、気を使わなくてもいいのに……。あ、カステラだ! お義姉さんが喜びます」 渡された紙袋の中を見て、カケルは嬉しそうに言った。「カケルくん……、俺、変じゃない?」「すごくかっこいいです。アルマーニですか?」「いや……、個人店舗のフルオーダー。俺の一張羅?」「惚れ直します」「よせよ……」 廊下を歩き、タケルの執務室へと案内される。 扉を開けると、そこにタケルが待っていた。「は……はじめまして、瀬尾志郎と申します」「こんにちは、岩崎尊です」 握手を求められ、志郎は応じたのだが──。 タケルは、その手を握ったまま、深々と頭を下げた。「この度は、愚弟が様々なご迷惑をおかけしまして……」「え……、あの……」 狼狽える志郎は、思わず振り返ったが。 カケルも驚いた顔で首を左右に振っている。「カケルは、不束者でございますが、私にとっては可愛い弟です。今後も至らずにご迷惑をおかけすると思いますが、どうか……
首筋に、カケルの牙の先端が当たったと感じた直後に、それが皮膚を食い破る痛みが続いた。「あ……、あああっ!」 志郎は、カケルの体にぎゅうとしがみつく。 ぶわっと、涙が溢れた。 痛い──のではない。 自分が〝感動〟して泣いていることを、志郎はしばらく理解できなかった。「志郎さん、大丈夫ですか?」「カケルくん……、抱いてくれ!」 言ってから、自分で驚いていた。 抱いてほしいとせがむ言葉も……。 マーキングを求めることも……。 満たされたいと願う気持ちも……。 とうの昔に、自分からは失われたと思っていた。 脳がショートしそうな快感の中、何度タツヤに「噛んで!」と懇願したかわからない。 その度に、うなじに牙をあてがわれ、今度こそはと期待をしても、ペロリと舐められる。「また、今度な……」 タツヤの口元が、ニヤリと笑う。 そして続くセリフも、毎回同じ。「俺だって、本当は番になりたいんだ」 実際、タツヤも〝運命〟を感じていて、マーキングしたい本能はあったのだろうと思う。 だが、番になれば責任も出てくる。 それ以上に不安定な環境に置くことで、志郎への支配を強めたかった打算もあったのだろう。 カケルが、まるで宝物でも扱うように触れてくる指先に、快感以上のなにかを感じて、また涙が出てくる。「志郎さん……、本当に大丈夫ですか? 怖いなら……」「違うんだ、カケルくん。……俺、嬉しくて泣いてるだけだから……、ごめん……」 泣きながら笑った志郎に、カケルは頬を染めて……それから志郎と同じく
相変わらず、周期的にヒートはやってくる。 荒れ狂う本能の波は、小舟のような理性をやすやすと覆し、飲み込み、最後はタツヤを求めて叫び、イキ狂わねば済まない。「あああっ!」 引きちぎらんばかりにシーツを掴んだ瞬間、ぎゅうと体を抱きしめられた。 ふわりと志郎を包む、柔らかな匂い。「カ……ケル……くん?」「はい、僕です」「今日、何日?」「二十二日です」 心の中で日数をかぞえ、それでも二日経っていることに、少しがっかりした。 とはいえ、今までは、理性が途切れて戻るまでに最低でも三日、下手をすると五日は掛かった。 それがカケルの〝フェロモン療法〟を受けてからは、最長で三日に短縮されているのだ。「毎回……、済まない……」「なに言ってるんですか。僕の方こそ、志郎さんが苦しみ抜いているのに、臨床例みたいにしちゃって、申し訳ないんです」 志郎は体を離し、ベッドサイドのペットボトルを手に取ると水を飲んだ。「きみのおかげで、ヒートで死ぬ可能性が下がったんだ。こっちこそ、感謝だよ。最悪の時は、飲まず食わずでオナってて、ヒート明けに体重が六キロ近く減ってて、ちょっとヤバかったからな」「それ、ヤバいってレベルじゃないじゃないですか……」 額に手をあて、志郎はふふっと笑った。「だけどさ……。こんなのいつまでも続かないよな。……ヒートの度にきみを呼びつけて……。この間、トウマにあんな啖呵を切ったけど、実際にもう〝一人じゃやってけないオメガ〟の典型だな……って、あのあと、思って……」 込み上げるものを感じ、志郎は一度言葉を切った。「ごめん……、ヒートで気弱になってる……」
診療時間を終え、カケルが患者のカルテを見返しているところに、内線が鳴った。「はい」『今、忙しいか?』「特には……」『じゃあ、ちょっと執務室に来てくれ』 海外出張から戻ったばかりのタケルに呼び出されるとは、何事だろう? とは思うが。 特に感情的な声音でなかった様子から、トラブルの気配はない。 カケルはパソコンの画面を消し、執務室へと向かった。「どうしたんですか?」 部屋に入ると、タケルはいつもようにデスクの向こうに座っている。
志郎がカケルの診察室に入ると、そこには──見るからにアルファと分かる、カケルに良く似た男性が、丁度、奥の仕切りに入っていくところだった。「今の……」「ええ、兄です。……あ、別に志郎さんのことを見に来たわけじゃないですよ」 カケルは、声を潜めて言った。「そうなの?」「近々、学会で海外出張に行くんですけど、その時に、父に会いに行くから、なんか伝えることがあるなら……って」「お父さん、海外なんだ?」「ええ。兄が優秀
カケルは、午後の息抜きにベルウッドへと向かった。 奥の席に、志郎の姿がある。「こんにちは、志郎さん」「よう」 カケルは、あの日渡せなかったコーヒーギフト券を取り出すと、志郎に差し出す。「これ、先日助けていただいたお礼です」「ええ〜、これは駄目だよ、カケル先生〜」 困った顔で、志郎は受け取ってくれない。「なぜですか?」「だって、俺の借りのほうがデカくない?」「いえ……、アレは僕の医者としての倫理観が…&hel
ベータの職員に手伝ってもらい、カケルは志郎の自宅マンションに来た。 入口には有人のエントランスがあり、エレベーターには居住者の指紋認証がついている。 部屋の入口も、指紋認証だった。 扉を開けようとしたところで、志郎はベータ職員の支えを断り、自力で立って施錠をはずす。「お家まで戻ったことだし、きみたちは帰っていいよ」「大丈夫でしょうか?」「うん。僕はフェロモンの匂いわかんないし、大勢でお部屋にあがるのも失礼だからね」 職員と会話している間に、志郎はフラフラと一人で中に入ってしまった。 慌てて後を追い、カケルは部屋の中へと進む。 医者として、志郎が無事に薬を飲んで落ち着くとこ